離別 その1
あの日、泣きじゃくる妹の、ただ事では無い様子にイヤな予感がして急いで家に入ると、戸板の上に乗せられ微動だにしない父と兄の姿、その傍らで、跪きうなだれて嗚咽する者達が目に飛び込んできた。
わたしは隣にいる妹の手を固く握りしめ、そのまま土間の上から一歩も動けずに呆然と立ち竦んでしまった。
お社さまと会っていたあの日、父と兄は村の仲間達と共に山へ行き、作業小屋の屋根修理をしていた。その作業中に父は屋根の上で足を滑らせ、それを助けようとした兄と共に裏側の崖へと落ちてしまい、二人共亡くなってしまったのだった。
……あの日、わたしが「嵐が来るよ」って、お地蔵さまから聞いた事を言わなければ、山に入る事も無く、二人は亡くならなかった筈なんだ。いや、そもそもわたしが神さまと関わる事さえしなければこんな事には……考え始めると、後悔の念に圧し潰されそうになる。
突然の事に途方に暮れ、喪心の体でいられたのも束の間の事だった。すぐに厳しい現実が襲寄せて来た。
葬儀の支度は村の人達も手伝ってくれたけど、仏さまとなった二人の清めや線香番など、家族だけでやらなければならない事も沢山だ。母と祖母を手伝い、棺を埋め終えるまでは寝る間も無い程忙しかった。
そしてようやく葬儀が一段落着いたと思ったら、今度は身重な母が心労で体調を崩し、祖母も身体を痛め、相次いで臥しがちになってしまう。その結果、家の事も外の事も、全て長女であるわたしの双肩に掛かってしまった。
家の中の事は妹が手伝ってくれたので幾らか助かった。ただ田畑は、たまに村の人達が心配そうに見に来て手伝ってくれる事もあったけど、基本的にはわたし一人での作業だ。
田の畔切りは既に済んでいるけど、種籾を池から引き揚げなければならないし、畑の方も整地もしなければならない時期だ……やらなきゃいけない事が山済みだ。
連日、朝も暗い内から田畑に入って陽が沈んでも作業を続けているけど終わりが見えてこない。
本来はこんな状況になった場合は、親類に助けを求めるのが普通なのだそうだ。……だけど、どうやら亡くなった祖父がかつて面倒事を起こしてしまって、親類とは疎遠になってしまっているんだって……何してくれちゃってるの、お爺ぃ……
普段なら「もっと広ければ収穫も多くなるのに……」って思っていたうちの田畑も、一人でやるとなるととても広く感じる。この時期ならもう既に終えていなければならない田起こしも、まだ半分も終えられていない。
……せめてお金があれば、人を雇う事が出来るんだけど……
当然、うちにそんな余裕は無いし、そんなお金があれば苦労はない。今さら嘆いても仕方がない。
今やっておかなければ今年の収穫は絶望的になる。それだけは避けねばならない。その為に少しでも作業を進めなければ!!
気合を入れ直し、鍬を持つ手に力が入る。柄に力を込め勢い良く振り上げるがスルっと、後ろにすっぽ抜けてしまった。
きゃっ!
その反動で尻餅をついてしまう。
……ふぅ……拾いに行かなくっちゃ……あれ?
手足が震え、立ち上がろうとするが体が言うこと利かない。
やる気があっても心に身体がついてこない。その気力さえも、体力の限界を意識してしまうと無くなっていく。気力が無くなると途端に体が重く感じてきた。
……もぅ……限界……
何もかも放り出したい気分でそのまま座り込んでしまった。
どんなに頑張った所で、子供のわたしが一人が出来る事なんてたかが知れている。精々お手伝いの延長だ。そんな事は百も承知ではあるけど、今動けるのはわたしだけだ。だからわたしが何とかしないと!と、自分を奮い立たせていたが、焦燥感に駆られ空回りしているだけなのを実感した。
……わたし、何してるんだろう……
どの位の時間がたったのだろうか、それとも殆ど時間がたっていないのだろうか。何もかも考えるのが嫌になって、ただひたすらボーっと空を見上げ黄昏ていたら、ふと、
「……おーぃ!おはるやー!」
自分を呼ぶ声がした。誰か手伝いに来てくれたのだろうか?声のする方に顔を上げると、わたしと同じ年頃の少女が駆けてくる姿が見える。
……お社さま……?
いやいや、まさかお社さまがこんなとこに来るはずがない。以前、「わしは今やだいぶ力を無くしておるからな、この境内から出れんのだよ」って悲しそうな顔をしてたのを覚えてる。それもあってわたしが足繁く通っていたんだから。今はまったく行けなくなっちゃってるけど……
……疲れて幻覚でも見えてるんだろうか。ほんの数日前の事なのに、家族がみんな揃っていて、お社さまと楽しく遊んでいた事が遠い昔のように感じる。あの頃に戻りたいって、考えていたからかな?……そうそう、丁度こんな風にお社さまと仲良く手を繋いで一緒に踊ってたりもしたっけ……って、アレ?
何時の間にかわたしの手が握られていた。
「おい。聞こえてるか?わしが見えるか?」
目の前で心配そうに覗き込むその顔は今にも泣き出しそうだった。
え⁉幻じゃないの?ホンモノ⁉
ハルは思わずその手を離すとお社さまに飛びついた。




