第63話 モブの転移者は、低レア魔法少女と反旗を翻す
地下研究所の風景が丸ごと、一瞬で灰色に染まった。
ほんの瞬きの合間だった。
今までそばにいたシリウスの気配がなくなっている。大和はたった一人で、人の気配のない休憩所に取り残されていた。
「シリウス、どこにいったんだっ!?」
何かの間違いかもしれない。
叫んだが、しかしどこからも返答はない。
額に嫌な汗が伝った。
(まさか、もうタイムリミットなのか……!)
大和は歯を噛み締めて、背筋を冷たく這い上がってくる恐怖心を耐えた。
一番恐れていたことが起こってしまった。
まだ用意は終わっていないのに。
「……すみちゃん」
こうなったらなす術はない。シリウスのことは諦めて身を翻し、倉庫のほうに走った。
しばらく走っていると、向こう側に見えた地下倉庫の両開きの扉が勢いよく開いた。
青ざめた表情で出てきたのは純連だった。
「すみちゃん!」
「よかった、いてくれたのですね……!」
大和の姿を見つけたとたん、走り寄ってきた純連は、胸を撫で下ろした。
この異様な状況で、一人ぼっちでないことが分かって安心したのだろう。大和も、その気持ちは同じだ。
しかし再会できたとはいえ、状況が変わったわけではない。
「まさか、前に教えていただいたことが、起こってしまったのですか……?」
「多分……」
人の気配のない倉庫の奥に視線を向ける。
不気味なほどに静まりかえっていた。
「一緒にいた研究員の人はどこにいったんだ?」
「急にいなくなってしまいました。ことちゃんも、もしかして……」
大和が頷くと、純連の表情がみるみる青ざめた。
自分たちを助けてくれる魔法少女はいなくなってしまった。
大和と純連。
この場に、たった二人で研究所に取り残されたことを意味していた。
原因は分かっている。
見ると、手の甲の痣は消えていた。かけられた魔法が役目を果たしたのだろう。
自分たちは異次元に囚われたのだ。
やっぱり、逃げることなんてできなかったのだと、悔しさに歯噛みする。
「すみちゃん。装備は、持っているか?」
「は、はいっ。ちゃんと言われた通りに身につけています!」
「……ここに居続けるのは、たぶん危ない。移動しよう」
その提案には、純連も頷いてくれた。
こうなった以上、敵には捕捉されているのだろう。
地下の細道で攻撃を受けたらひとたまりもない。天井が崩落したら、防御どころではなくなってしまう。どこも安全な場所とは言えなかったが、外のほうがマシだ。
(なんとか逃げられないか……)
大和が重い足取りで歩き進んでいると、制服姿の純連が足を止めた。
「ちょっと待ってください!」
「どうした?」
「出る前に、変身しておこうと思うのです」
「ああ、うん。そのほうがいいな」
そういえばそうだった。
頷いて了承した。
すると、いまだ変身前の純連は、何かを言いたそうに大和を見つめていた。
「どうしたんだ?」
「……その。向こうを向いていていただけませんか?」
じっと様子を伺うように、上目遣いで大和を見つめながら、もじもじと指先をこねくり回している。
普段と様子が違う理由を、すぐに思い至った。
「えっ……」
「…………」
どうしたのだろう、などと考える余地はない。
ばれてる。
即座に全てを理解した大和は、真逆の方向を向いた上で両目を手で塞いだ。
「へんしん、です……っ」
普段の意気込みはない。ひたすらに弱気な声だった。
とうとう、やってしまった……。
塞いだ手の向こうで、淡い魔力の光があふれたのがわかった。その間、大和は申し訳なさすぎて、呼吸さえも止めていた。
「もう、いいですよ」
「あの。すみちゃん、俺っ」
振り返って謝ろうとしたが、魔法少女になった純連は言葉を止めてきた。
「いいです、何も言わないでください。とても恥ずかしいので……」
顔を真っ赤に染めた純連。恥ずかしがるのを誤魔化し、大和の手を引いて前を歩いた。
握られて、触れ合った肌から伝わってくる温度は、いつもよりも高く感じた。
いつ気付いたのだろう。
戸惑っていると、顔を見せないままに教えてくれた。
「記憶を覗いてしまったときに、その……一緒に見えてしまいまして」
「そ、そうか……」
そういうことか。
純連は、魔物化した大和を助け出したときに、『大和が見られたくなかった記憶』を見ている。
ほとんどが現実の光景だったが、その中には僅かに、この世界に来訪してからの景色も含まれていた。
他に色々なことがありすぎて、純連も今の今まですっかり忘れていたのだ。
この世界の住人の純連は、絶対に気づくことはなかった事象だ。だが大和の視点で自分自身を見て、恥ずかしい事実を知ってしまったのだ。
平静でいられるはずがなかった。
このまま行くのはだめだ。
大和は、足を止めた。
純連が振り返る。腰が折れるかと思うくらいに深々と頭を下げた。
「ごめん……!!」
純連は黙り込んだのが分かったが、決して大和は謝るのを止めなかった。
今は緊急事態だ。
悠長に話をしている場合じゃないことは分かっていたが、謝らなければならなかった。
しばらく無言の時間が流れた。
純連は、大和に尋ねてくる。
「では、正直に答えてください」
「な、何をだ……?」
「あなたと純連は、ここから生きて帰れる可能性はありますか」
顔をあげて、視線を合わせた。
まだ僅かに顔は赤いが、表情は真面目なものだった。謝罪ではなく真剣な答えを求めていた。
さっきまでの羞恥や申し訳なさはどこへやら。
この先の死地に想いを巡らせて、真剣に考えた上で答えを返した。
「可能性はゼロじゃないと思う」
励ましではなく、本心からそう答えた。
恐る恐る。
そんな心持ちで返答を待っていると、純連は薄らと微笑んだ。
「では、そうですね。純連のあられもない姿を見たことは……許してあげましょう」
「え、いいのか……?」
「生き残れたら、できれば、もう一度謝ってくれると嬉しいですね」
普段のような元気の良い返事はなく、困ったような照れ顔だ。
生まれたままの姿を見られた魔法少女は、恥ずかしがってこそいたものの、大和が恐れるほどに頓着はしていないようだった。
純連が大和を見る目は、純粋なままだ。
「もし、このままお別れになっても、純連はあなたを恨まないので安心してください」
その一言で、ゆだっていた頭が冷えた。
呼吸が止まりそうになった。
(お別れって……そうか、そうだった)
大和は顔を抑えた。
負ければ死んでしまう。
勝ったとしても、元の世界に戻ってしまうかもしれない。
今、この時が、今生の別れになるかもしれないことを、二人とも知っている。
昂っていた感情が嘘のように凪いだ。
「色々なことがありましたが、この困難を乗り越えたあとに考えましょう」
純連は、こんな時でも諦めていなかった。
結果がどうなろうとも、今するべきことは変わらないのだ。
ひたすらに自分を信じて突き進む。
純連にはそれしかできないが、それだけは誰よりも得意だった。
「……死ぬ可能性の方がずっと高いぞ」
「ですが、まだ、勝つための作戦を用意してくれているんですよね」
純連は確信を持ってそう言ってきた。
一度も話したことはないのに、どうして知っているのだろう。
その勘は正しい。確かに大和は、あともう一つだけ作戦を用意している。
(うまくいくかは分からないけど……)
それは"ガチャ"を引いた時と同じくらい不確定な前提に成り立った作戦だ。
今も、手放しに頷けるほど自信を持っているわけではない。
しかし、すでにお互いのことを理解しつつある二人の間柄だ。何も言わずとも、純連は相方に希望を託していた。
「あなたのことを、必ず御守りします」
変身姿の巫女服を広げて、言ってみせた。
今は腕に小さな盾を装備しており、白の髪留めも、先ほどの"ガチャ"で新しく身に付けた特別な品だ。全身から綺麗なオーラがこぼれている。
ラスボスに挑むために最適な装備は、大和が選んだものだが、振るうべき力は、本人が努力によって身に付けたものだ。
八咫純連は、もう一人前の魔法少女だ。
「魔法少女として与えられた役割を、全力で果たしますので、必ず生きてください」
全ての進化を経て、強くなった魔法少女は、大和に手を伸ばした。
純連は守り、大和が希望を繋ぐ。
最初に出会った時から、そういう役割だ。
「作戦、うまくいかないかもしれないぞ」
「その時はその時ですね」
純連は照れるように、可愛らしくころっと笑った。
大和が繋げられる希望なんて、か細く、あっという間に千切れてしまいそうな蜘蛛の糸のように脆い。
しかし、こんなに絶望的な状況なのに足が震えない。純連がいてくれるからだ。
「必ず勝ちましょう。生きて帰りましょう」
戦場に出れば、大和にできることは何もない。しかし勝つための努力はできる。
「すみちゃん」
小さな魔法少女と大和は、真っ直ぐに視線を合わせる。
同じ未来を目指す者同士で、手を握り合った。
「俺たちは、この世界じゃモブキャラみたいなものかもしれない」
「……はい」
「でも、そうじゃないってところを、一緒に見せつけてやろう」
「はいっ!」
目の前の困難に立ち向かうために、頷き合った。
もしかすると。
互いに言葉を交わせるのは、これが最後なのかもしれない。
だが未来のために、地上への道を進んだ。




