第62話 転移者と七夕琴海の独白
「し、シリウスさん……?」
ガチャを回し終えたあと、研究所の休憩スペースで追い詰められた。
厳しい視線を向けてくるのはシリウスだ。いつも助けてくれる純連は、ここにはいない。みんなは、きっとまだ倉庫で装備を見繕っている最中だろう。
「どうして、今まで"あれ"をやらなかったのですか」
「いや、その……できるかどうか分からなかったし、説明もできなかったし」
当然、大和が行った“ガチャ”の件だ。
シリウスは、やがて息をついた。
「あなたは魔法が使えるのが嘘だと言っていましたね」
「ああ」
「ですが、あれは明らかに"魔法"でした。どういうことですか」
シリウスは、探るような視線に変わった。
今までのような情報なら、まだ分かる。しかし何もない場所から道具を作り出すなんて、魔法でもなければ説明できない現象だ。
大和は弁明する。
「俺は、"アルプロ"のユーザーだ。だから、使い方が分かったんだ」
「……理解できません」
シリウスは、危機が迫っていることは信じたが、大和の言い分を信じていない。
だが、これでは本当に"ゲーム"のようではないかと、頭を抱えた。
「あなたは、本当に"外の世界"から来たというのですか……」
それを聞いた大和はかすかに震えた。
「信じるのか……?」
「あんなものを見せつけられたら、多少なりとも別な理由も考えます」
「まあ、確かに……」
今までと今回は、まったくわけが違う。
使い方のわからない本台が、見たこともないような魔法武器や防具に化けたのだ。研究所は大騒ぎになっていた。
「あれだけの魔法を使って、代償はないのですか?」
「それはない。だから大丈夫だ……うん」
「……?」
大丈夫と言いつつ、視線を逸らしたことにシリウスは首を傾げた。
ガチャの使い方を天啓によって理解したとき、その"対価"についても理解した。
そして、それをしっかりと支払った。
(貯めた給料、ほとんど消えていったな……)
本台で装備ガチャを引く直前に思い浮かんだのは、現実世界の口座残高だ。
ガチャを一度引くたびに三千円程度が消えていくことが分かった。
しかし、今更それが何だというのか――などと言って容赦無く引きまくったが、冷静になるとやりすぎた。
ほとんど使い果たしてしまったのだ。
(でも、後悔とかはないんだよな。不思議と)
車が買える金額だったが、大和はちっとも、そのことを気に病んではいなかった。
後悔がゼロと言ったら嘘になる。
しかし思ったほどじゃない。
迷惑をかけてしまった世界で、自分の身銭が役に立つなら万々歳だ。きっと誰かが使ってくれるだろう。
そんなことを考えていると、シリウスは言った。
「これで、多くの魔法少女が救われます」
「どういうことだ?」
大和は理解できない。
常に頂点を走ってきた魔法少女は、未来に想いを馳せた。
「あれだけの武器や防具があれば、魔物との均衡は崩れるでしょう。この武器には、それだけの力が込められています」
懐に携えた剣を、親指で撫でてみせた。
それは、もし大和たちの戦いに参戦できた時のためにと、装備してもらったものだ。
自らの能力で作り出している剣にデザインはよく似ている。水色の柄は変わらないが、神々しい白いオーラを纏っている。
ゲームでは、神話の中に登場する霊剣の名を冠するSSR装備だった。
最強装備として相応しい剣だ。
「他の装備も素晴らしいものでした。この街の魔法少女に行き渡れば、きっとわたしたちは、魔物に奪われた未来を取り戻せます」
魔法少女の戦力が引き上げることは、この国で戦う人間の悲願だ。
ガチャを引いた当人である大和は、今まで“ガチャ”に気づかなかったことを、申し訳なく思った。
(今までは、何も装備していないのと一緒の攻撃力だったのか……そりゃ、ゲームクリアなんてできるわけないよな)
武器があれば、低くても1割、高ければ倍に性能を底上げする程度の影響がある。この世界で攻略が進んでいないのは、そういった事情もあったのだろう。
初期状態で戦い続けて、攻略なんてできるはずがないのだ。
「あなたには、感謝してもしきれません」
シリウスはぽつりと言った。
"進化"にはじまり、強力な装備を与えた。しかし大和は、素直に受け取れない。
「俺のしたことなんて、ゲームの知識を披露しただけだよ。それに……これだけじゃ全然駄目なんだ」
「……そうですか」
状況は大きく改善されたが、しかし最後の敵に打ち勝てる見込みはまだなかった。
ラスボスはもともと最強装備、高レアの魔法少女をフル出撃させて、ようやく倒せるような設定の敵だ。
大和はそれを、純連とシリウスだけで攻略したことがある。
だが、それは最強装備が前提だったし、何度もリセットを繰り返して、いい乱数を引くことで成り立っていた。
なんとかして、シリウスを異空間に連れて行けたとして、ようやく1%以下の可能性が見えてくるという程度の希望しかないのだ。
「……ですが感謝しているのは、その件だけではありません」
一度、言葉を区切って、大和に伝えてくる。
大和が顔をあげると、シリウスは言った。
「あなたは、純連も救ってくれました」
「すみちゃんを……?」
急に、大和が愛しく思っている純連の話になって、目を丸くした。
親友のシリウスは、理由を語る。
「もともと、あの子が魔法少女になっていて、大きく挫折していることは知っていました」
「……もしかして最初に会ったときの話か?」
そう聞くと、シリウスは頷いた。
「ええ。知っていてなお、その頃のわたしは、何もできませんでした」
言い訳はある。
魔法少女シリウスの立場にある以上、私情で『七夕琴海』であることを明かせない。自分の都合ではなく、国に迷惑をかけてしまうからだ。
魔物が倒せずに挫折していることを知っていた。
だが出会えば、違法に街に侵入していることを、咎めなければならない。
どう接すればいいのか、分からないうちに、時間は過ぎていった。
だから、語るのは、今更すぎる後悔だ。
「わたしは、純連に、何もしなかった。そのことを後悔していました」
純連が無謀にもクイーン・スライムに挑んで、敗北した日。
シリウスはその様子をずっと見ていた。
逃亡する純連の追手の魔物を切り払いはしたものの、結局、声をかけることはしなかった。
英雄の立場を裏切れないがゆえに、親友を救わなかったのだ。
「両親がどこかの魔物に殺されたことは、調べて知っていました。挫折しかけていることも、知っていました」
その日、八咫純連の親友は、自分自身を呪った。
今思えば、立場なんて構わずに傍にいればよかったと思う。だが事実として、七夕琴海は動かなかったし、純連も救われなかった。
「でも……純連は折れなかった。魔物と、戦い続けてくれました」
琴海は、いまの桜花学園の現実を知っている。
ここには魔法の才能があるものが集められているが、実際に魔法の力を扱えて、それで魔物と戦えるレベルに至る人数もまた1%にも満たない。
その限られた人材さえ、さまざまな理由で戦場から離れていくのを見てきた。
殺意を持って襲ってくる魔物を前にして、心を折った。
大怪我を負って、そのまま引退した。
家族や友達、仲間を失って、戦う意思を失った。
そして、そんなことがあるたびに、多くの仲間が心を痛めてきた。
しかし一度袂を分かった親友は、誰よりも強かった。
純連は自分が多くの魔物を倒せないことを知っていた。しかし決して折れずに、戦っていたのだ。
「わたしは、全部、知っていたのに」
少しずつ、シリウスの声が震え始めている事に気がついて、大和はぎょっとした。
戦い続けることが、どれほど辛い事なのかは知っている。一人で涙を拭っていたところを、琴海は陰から何度も見ていた。
「あの子が、大切だったはずなのに。わたしは、なにも……っ」
手を差し伸べられない自分を責めて、悔やみ続ける日々があった。
純連は琴海を親友だと思っているが、同じように、琴海だって純連のことを親友だと思っている。
「だから、今回は必ず、純連を救いたい」
しかし、泣き顔を見せないように涙を拭った。
二秒も経たずに息を整えたのは、魔法少女シリウスとしての意地だった。
「あなたが純連を、導いてくれました。だから感謝しているんです」
「……それを言うならシリウスだって。ずっと、魔物狩りに付き合ってくれたじゃないか」
「わたしがしたことなんて、大したことじゃありません」
顔を上げたシリウスに、垣間見せた激情の余韻は、もう残っていなかった。
「あの子は、あなたを信じています」
普段通りの静かな表情で見据えられる。
「あなたは、わたしと純連を信じさせてくれました。だから、あなたを信じます」
「……ああ」
そう言われて、大和はうつむいた。
期待を背負わせてしまった責任は、取らなければならない。
「どうか俺とすみちゃんを助けてください」
大和も深々と頭を下げた。
お互い示しあわせたように頭をあげて、意思を確認しあった。
「わたしは、純連を守るためなら何でもします」
はっきりと返された。
必ず、大切な人を救わなければいけない。
そのために真っ直ぐに手を伸ばす。
シリウスは、大和の手を握った。
「改めて。俺と一緒に、戦ってくれないか」
「当然、そのつもり――」
シリウスが、消えた。
その言葉を言い切る途中だった。
「えっ……」
最初からいなかったみたいに、目の前から消えた。
途中まで聞こえていた言葉は、動画の再生ボタンを途中で止めたみたいに途切れた。
大和は伸ばした腕を、茫然と見下ろした。
握っていた感触がなくなっている。
周囲を見回した。
いつの間にか地下研究所の電気が、全部消えている。それなのにずっと先まで見える。
足音どころか、空気の音さえ消えている。
いつの間にか恐ろしい空気が流れていた。
「嘘だろ」
背筋から、死の恐怖が這い上ってきた。
まだ、準備は終わっていない。
これから、シリウスの説得で"天橋立"のメンバーを呼び戻し、事情を話して、助けを求めるところだったのだ。
しかし、この世界に彼らはいない。
ここは外部から誰の干渉も不可能な異空間。
壁時計の針は、午前零時を指して止まっていた。




