第9話 転移者と待ち合わせ
多くの住人が寝静まっている真夜中に、大和は約束の場所に向かっていた。
「本当にこんなことをしていいのか……?」
いまだに信じられない気持ちだった。
狐につままれたような気持ちになるのは、恋をした相手――魔法少女・八咫純連が、この先で待っているから。
今の大和は懐中電灯とバットを装備した不審者だ。
もちろん目的は強盗などではなく、レベルアップのために、この武器で"魔物"を討伐しにいくのだ。
そんな危険で身勝手な行為に、わざわざ付き合ってくれるという。もはや親切というより、お人好しだ。
「でも、やらなきゃいけないよな……」
この間のようなこともある。一人では死んでしまうかもしれないのだ。
断る選択肢はなかった。
以前と同じように山を降りて、砂利道に出た。
他の魔法少女のように、山を飛び越えたりできない大和では、地道に進むしかない。だがそれでも、二回目はずっと早く辿りつくことができた。
道沿いに歩いていくと、神社の鳥居と、バス停のロータリーが見えてくる。
そこにある小高い丘の上に、待ち合わせた魔法少女が立っていた。
「来ましたね……!」
純連は、すでに変身を終えた後の姿。青色基調の巫女服らしき格好だ。
ひょいと、宙で一回転して大和の前に飛び降りる。
そして、何事もなかったかのように、混じり気ない純粋な笑みで出迎えてきた。
「お疲れ様ですっ。今日はがんばりましょうねえ」
「ああ。どうかよろしくお願いします」
自分の身を守ってくれる相手に、会社で上司にそうするように、素直に頭を下げた。
「いい心がけです! ですが……本当に、それで戦うつもりですか?」
そばに寄ってきた純連は、バットを見て難しい表情で唸った。
改めて持ち上げてみる。
慣れた道具ではないので使いづらさを感じていたが、ズッシリと重く、取り回しはいい。国が運営する雑貨店で購入してきたものだ。
「これしか思いつかなかったんだけど……ダメかな?」
「んー、こう、もっと、攻撃力が高そうな武器が欲しいですね」
「というと?」
「例えば、刀とかはお持ちでないですか。ズバッと魔物を切れるようなやつです」
「いやいや、そんなの持ってたら怖いわ」
いくらゲーム世界とはいえ、日本刀を所持できるような世界観ではない。
……と言いたいところだが。
(刀を使う魔法少女もいるんだよな)
頭を抑えた。
ゲームでは”レア武器ガチャ"も存在していたが、装備アイテムがドロップアイテムになるステージも存在していた。
もしかして、探せばどこかに落ちているような世界観なのだろうか。だとしたら怖すぎる。
「もしかして、魔法少女が持っているような武器って、そのへんに落ちてたりするのか?」
「うーん、それはないと思いますが……魔力で作っているのではないですか?」
「魔法って、そんなに万能なのか」
「純連もできますよ。こんな風に……そりゃっ!」
力をこめて手を掲げると、手におさまるような、小さな盾が出現した。
銀色の小さな盾だ。
改めて見る魔法現象に、大和は目を輝かせた。
しかし、それは腕を守る程度の大きさで、実戦で役に立つようには見えなかった。
「すごいな。魔法を、こんな間近で見れるなんて」
「ふふん……まあこの装備は、あまり役には立たないのですが」
「盾を大きくしたり、武器を作ることはできないのか?」
「これ以外のものを作ろうとしても、うまくいかないんですよ」
そう言いつつ、とりあえず試してくれた。
盾を真上に放り投げて、挑戦する。
「……ああ、だめです。やっぱりうまくいきません」
両手に水色の光が集まって、一瞬は刀のような形を形成した。だがすぐに崩れて、そのまま消えていく。
純連はがっかりとした表情だ。
「あなたは、できないんですか? 魔法が使えるというお話だったと思いますが」
「あ、うん。まあ、それはね。そう……なんだけど」
とっさに顔を背けると、純連は疑り深い視線を向けてくる。
大和は、自分が"魔法"を使えるのだと、とっさに嘘をついてしまった。
ゲームで得た知識を披露するときに「魔法の力で知ったんだ!」と説明できれば便利かと思ったのだが、またボロが出てしまいそうになって、胃が痛んだ。
「まあ、ないものは仕方ありません。今日はそのバットでいきましょう」
まあ大丈夫だろうという態度で、純連はバットから視線を外した。
若干の不安を感じたが、しかし今更言っても、これ以外の選択肢がなかったのだから仕方がない。
「さあ、それではさっそく魔物退治にっ、行きますよ!」
二人きり、無人の夜の神社だというのに、純連はやたら元気だった。
「ああ。よろしく頼む!」
大和も気を取り直して、その意気込みについていく。
神社を出て、二人で真っ直ぐに危険地帯へと歩き出した。
――そんな、騒々しい侵入者が去ったあと。
「…………」
鳥居の上に立っていた洋装の魔法少女が、去っていく二人を、影から見守っていた。
街に入った大和は、怯えながら純連に尋ねた。
「なあ。なんで電気が通ってないのに、信号がつくんだ?」
「そういえばそうですね。言われてみれば……考えたこともありませんでした」
あっけらかんと言った。こんなにも不気味なのに、指摘されて初めて気づいたという態度だ。
それでいいのだろうか。
しかし、まあ確かに魔物なんていう訳のわからない生物に支配され、魔法という未知の力で対抗しているような状態だ。今更気にならないのかもしれない。
そして、不安がる大和をよそに、さっそく道路の真ん中で立ち止まった。
「さてっ。魔物と戦うと言いましたが、まずは計画を立てましょう」
振り返った純連は、粋がるように両手を腰に当てて、そう主張した。
「計画って何のことだ?」
「戦略ですよ。何もなしに突っ込んで、たくさんのゴブリンに囲まれたら大変でしょう」
それは……確かに、そうだ。
「でも、何を決めればいいんだ?」
「このあたりに出る魔物は知っていますか?」
「ええっと。最初のステージは、ゴブリンと、レッドスライム……だったかな」
「やけに詳しいですねえ」
確信を持って答えたことで、純連は目を丸くして、感心したようだった。
またやってしまったかと冷や汗をかく。
「この前の時に、ちょっと見かけたから。たまたま知ってただけだよ」
「ふむふむ。それで合っていますよ!」
純連は特に、何も気付いていない様子だ。
「純連の考えですが、まずはスライムだけを狙いましょう」
「ゴブリンが出ることもあるんじゃないのか」
「川沿いを歩けば多くないと思います。群れる魔物なので、あなたでは危ないです」
純連は大丈夫なので、スライムを倒すことに集中してください、と言った。
大和も納得する。
というより、この間の恐怖が身に染みたばかりだ。できればゴブリンとは戦いたくなかった。
点々と外灯が点っている夜道を歩き進んで、大和と純連は、また違った空気の流れる場所に足を踏み入れた。
流れる川がせせらぎの音を響かせている。
静寂の中で唯一、侵入した二人だけが、生きて動く存在だ。
大和はできるだけ距離が離れないように、魔法の使える純連の横に付き従った。
「ところで。あなたは学園に入学する前、どこから来たのですか?」
純連は、この緊張を解くためか、何気ない世間話を振ってきた。
大和はどう答えるべきか少し悩んだ。
肝心なところは隠しつつ、正直に答えることにした。
「実は東京のほうから来たんだ」
「ほう、それはまた。遠くから来られましたねえ」
本当に珍しかったのか、驚いたような表情だ。
「向こうのほうも、魔物が出て色々と大変だと聞きましたが」
「色々あったんだ。ほんとに、気付いたらここにくることになっていたっていう感じで」
「遥々遠いところから、大変でしたねえ。環境が変わるのは大変なことですから、本当にお疲れ様です」
純連は同情してくれているみたいだった。
わけがわからなかった初日は、本当に大変だったことを思い出して、息をついた。
「ですが、それなら、純連と会えたのは幸運でしたね」
そう言って、にっと笑う。
「街に一人で出てきて、助けてくれる人なんて、普通はいませんよ?」
「それは……ああ、そうだな」
「そうです! ですから、ちゃんと感謝して、純連をあがめてください!」
ふふん、と調子に乗った態度を取る純連に手を合わせて、本当に心の底から崇めた。
「えっ、あ、えとっ……ほ、本当にやらなくてもいいんですよ……?」
「あ、そうなの」
一転して困った様子になった純連を見て、お互いにばつが悪くなって、頭を掻く。
彼女は、調子に乗りやすい性格で描かれた魔法少女だったので、それ以外の姿は全部新鮮だ。なんだか調子が狂う。
微妙な空気を変えるべく、大和が話を変えた。
「じゃあ君は、どこの出身なんだ?」
「この街が故郷です」
そう尋ねると、純連はしれっと答えた。
予想していなかった答えに、大和は完璧に固まる。
「えっ……?」
「ここです。この、誰も住んでいない街が、純連の故郷です」
間違えないように、純連は二度も言った。
適当に空気を流すために出す話題だったが、すでにそんな軽い雰囲気ではない。
「今はもう誰も住んでいませんし、魔物ばかりになってしまいましたけれど……」
純連は、あたりの風景を、何か特別な感情の篭った視線で見まわした。
「ここが――この街が、純連の故郷なんです」
苦く笑った彼女を前に、大和は息を飲んだ。
(えっ、そんな……嘘、だろ?)
大和は動揺した。
目の前の少女のことは、何でも知っていると思っていた。
ステータスの数値やスキルはもちろん、プロフィールや物語上の台詞を暗唱できるレベルに至っている。
だが、そんな重要な設定は知らない。見た覚えがない。
もし書いていれば、自分が知らないはずがない。
「じゃあ、実家とかも……?」
「はい。魔物に壊されて、お母さんもお父さんも、なくしてしまいました」
純連が嘘をついている様子はなかった。嘘をつく意味も、理由もない。
元気と明るさが取り柄の彼女が、僅かに寂しさを滲ませているのが、何よりの証拠だ。
「でも、住んでいたので、このあたりの地理には詳しいんです。案内は任せてくださいっ」
「あ、ああ……頼む」
寂寥感を漂わせたのは、ほんの数秒のこと。
まるで幻のように、普段通りの快活な笑顔を取り戻した。機嫌よさそうに歩いていく彼女と違い、大和は大混乱の渦中だ。
これはゲームの設定にはなかった話だ。
しかし、あり得ないわけではない。
(そうか、こういう裏の話も出てくる可能性があるのか)
この世界は、決められた設定のみ語るゲームではなく、現実になっている。
開発者が語らなかった、あるいは決めていなかった設定も、形作られているのだ。
三年間も、画面の向こう側から八咫純連の活躍を待ち続けた大和は、すっかり黙り込んだ。