turn4 「面影」
――ザシュッッッッ!!!!
ユイの放った一撃が、強烈な音を立てて突き刺さった。
――矢を放った本人である「彼女」自身に。
「っぁぁぁぁ!!!!」
ユイは声にならない悲鳴を上げながら、その場にしゃがみ込んだ。
彼女の腿から、白い光が勢いよく噴水のように噴き出す。
「はあはあ……油断、したわ……まさか、そんな、カードを……」
ユイは自身の矢が刺さった箇所を押さえ、痛みを堪えながら俺に尋ねた。
「はあはあ……ずっと待ってたんだ、こいつを使うタイミングを……そのお陰で、消耗やばいけどね……」
俺は息を切らしながら、目の前に現れた鏡のような物体を指差して苦笑する。
この物体は、見た目こそ鏡によく似ているが、その正体は特殊なバリアで、俺が発動したスキルによって生み出されたものだ。
俺の発動したスキルは、ハートのQ――《反射》。
相手の攻撃を防ぐと共に、それをそのままの威力で相手に返す強力なスキルだ。
ユイの一撃が命中する直前に、俺はこのスキルを発動していたのだ。
彼女が自身のスキルで攻撃力を上昇させたことは想定外だったが、それが俺にとって有利に働いてくれた。
役目を終えたバリアが光となって消えていく。
俺は立ち上がると、残り少ない力を使い、ユイへと向かってゆっくりと歩き出した。
強烈な一撃を受けた彼女には、矢を放つ力はもう残されていないだろう。
仮に残っていたとしても、あの傷では狙いを定めることすら不可能なはずだ。
ユイの前に辿り着いた俺は、腰から双剣を引き抜くと、それで彼女の持っている弓を弾き飛ばした。
「はっ!!」
キィンッ!!
「くっ!!」
ユイの手から離れた弓が、回転しながら地面を滑っていく。
これでもう、彼女に反撃の手段は残されていない。
「……さっさと、とどめを刺したら?」
ユイが肩で呼吸をしながら、俺を挑発する。
強がってはいるが、その声はとても弱々しい。
「……悪いけど、そうさせてもらうよ」
少しの沈黙のあと、俺は振り上げた二本の刃を彼女に向かって思い切り振り下ろした――。
――ザクザクッッッッ!!!!
俺の振り下ろした二本の刃が、強烈な音を立てて突き刺さった。
目の前のユイの――足下の地面に。
俺はあと一歩のところで、彼女にとどめを刺すことができなかった。
「……どういうつもり?」
驚いた表情のユイが、震えた声で俺に問いかける。
そう問いかける彼女の瞳は、涙で少し潤んでいた。
その表情が俺の胸の中の何かをぎゅうっと締め付ける。
俺は知らず知らずのうちに、その表情に妹の姿を重ねてしまっていたのだ。
二年前に亡くなった「響」の姿を……。
俺は両手に握っていた剣から手を離すと、ユイの前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせた。
「はは……俺の負けだ……」
俺は軽く笑いながら、彼女の額を指でピンッと弾く。
この仕草は、妹をからかう時によくやっていたものだった。
すでに満身創痍だった俺は、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
相当な数の矢を受けた俺の体力は、いつの間にか限界に達していたようだ。
俺の全身から力が抜け、意識が遠くなっていく……。
薄れゆく意識の中で、試合終了のサイレンが鳴り響いた。
とても小さく、とても遠くに――。
――気がつくと、俺はベッドの上にいた。
どうやらここは、ナイト・アリーナの中にある医療施設のようで、俺は治療を終えてベッドで寝かされているようだ。
負傷した箇所には、包帯が巻かれている。
「痛っ!」
起き上がろうとしたが、全身が痛み身体が思うように動かない。
「あ、起きた?」
聞き覚えのある声が、少し遠くから聞こえたかと思うと、妹によく似た顔が俺の視界にフェードインしてきた。
どうやら、治療を終えたユイが、俺の様子を見に来たようだ。
彼女は俺と違い、目立った外傷は少なかったが、試合で負傷した腿には、しっかりと包帯が巻かれていた。
ユイは少し足を引き摺りながら、ベッド脇の椅子まで歩くと、ゆっくりとそれに腰掛ける。
俺は彼女の方を向き、小さめのトーンで話しかけた。
「ユイさん、来てくれたんだ」
「どう? 調子は」
「まあ、なんとか、ユイさんの方こそ、怪我、大丈夫?」
「私は別に平気よ、この程度の怪我、すぐに治るわ」
そう答えるユイの表情は、どこか曇っているというか、何だかパッとしない。
「ユイさん、三回戦、頑張って」
俺はそんな彼女に向かって、激励の言葉をかける。
しかし、ユイからの返事は俺の予想とは真逆のものだった。
「三回戦に進むのは私じゃないわ、リツ君よ」
それを聞いた俺は、彼女の言っている言葉の意味が理解できず、戸惑いながら質問する。
「え、それってどういう?」
「二回戦が終わったあと、運営を説得したの、私の負けだって」
「いや、でも、あの時の俺はもう」
「いいの、攻撃手段を失った時点で、私に勝ち目はなかったし」
ユイはそう言い終えると、俺に向かって不満そうに続けた。
「でもあの時、どうしてとどめを刺さなかったの? 情けでもかけたつもり?」
「あ、あれは……その、ユイさんが……」
「私が、何?」
「いや、その、何でもない……」
妹に似ていたから、とは流石に言えず、俺は言葉を濁す。
「ふーん、ま、別にいいけど」
はっきりしないわね、と言いたそうな態度で、軽くため息をついたあと、ユイはムスッとした表情で俺に詰め寄ってきた。
「そ・れ・よ・り、何なのよ、あのデコピン! あれ、普通に痛かったんですけど?」
どうやら、彼女の一番の不満はデコピンだったようだ。
「すいません、本当にすいません」
慌てて俺が謝罪した次の瞬間。
――チュッ
ユイの唇が、俺の額に一瞬だけ触れた。
突然の彼女の行動に驚き、反応が少し遅れる。
若干のタイムラグのあと、俺はユイの目を見たが、すぐに逸らされてしまった。
「えっと、ユイさん?」
「ふん、デコピンの仕返しよ! 三回戦、絶対勝ちなさいよ、応援してあげるから」
そう言い残すと、彼女は部屋をあとにしていった。
試合結果といい、ユイの行動といい、今日は最後までイレギュラーの連続だった。
試合で全身に矢を受けたあとに、まさか心にまで矢を受けることになるとは……。
俺は胸の辺りに負傷とは別の違和感を感じ、その部分を軽くさすりながら苦笑する。
こうして、激戦のナイト・トーナメント二回戦は幕を閉じたのだった――。