turn3 「射手」
――ナイト・トーナメント二回戦当日。
間もなく、俺とユイの試合が始まろうとしていた。
「リツ君、悪いけど、最初から全力でいくわよ」
「ああ、俺もそのつもりだよ」
俺たちは軽く挨拶を交わし合うと、互いの武器に手を伸ばす。
ユイは《弓》を構えると、腰にマウントされた《矢》の羽根に軽く触れ、余裕の表情を浮かべた。
試合開始の合図があればいつでも射れるといった様子だ。
スタートから速攻を仕掛けて来るつもりだろう。
向こうがそのつもりなら、こちらも同じように迎え撃つまでだ。
俺は彼女の意図を察すると、腰の左右に携えた剣の柄に触れながら少し腰を落とし、試合開始の合図を待った。
「これより、ナイト・トーナメント二回戦を開始します」
無音になったフィールド内に、アナウンスとサイレンが響き渡り、ナイト・トーナメント二回戦が幕を開けた。
試合開始の合図が終わると同時に、ユイは自身の弓に矢を番え、それを思い切り引き絞った。
俺はその様子を確認しながら、彼女との距離を詰めるため走り出す。
「はっ!!」
ユイは俺に狙いを定めると、引き絞った矢の羽根から指を離した。
彼女の弓から放たれた矢が、俺に向かって真っ直ぐ正確に飛んでくる。
キィンッ!!
俺は腰から双剣を抜き、ユイの攻撃を弾き落とすと、さらに彼女との距離を詰めるため走った。
「いい反応ね、結構やるじゃない!!」
ユイは一射目を放ち終えると、すぐに次の矢を弓に番え、二射目に移行する。
「そいつはどうもっ!!」
ユイの射撃を阻止するため、俺は彼女目掛けて渾身の突きを放つ。
「甘いわっ!!」
ユイは二射目を中断すると、ステップで後ろに下がり俺の攻撃を回避した。
「まだまだっ!!」
攻撃をかわされた俺は、もう一方の剣でさらに追い討ちをかける。
その剣先がユイの防具を掠めた。
「くっ!!」
彼女の肩から微かに白い光が舞い散る。
「ユイさん、まだ本気じゃないでしょ?」
先制した俺は、肩をさすっている彼女を軽く挑発した。
「ふふ……当たり前じゃない」
ユイは余裕の表情を浮かべながら、自身のポーチに手を伸ばす。
「でも……ここからは本気よ」
冷たくなった声でそう言うと、彼女はスキル・カードを取り出し、スキルを発動した。
ユイの発動したスキルは、クラブのJ――《不可視化》。
彼女の姿が徐々に薄くなっていく。
最終的には完全に透明になり、見えなくなってしまった。
これまた面倒なスキルを……。
ユイを視認できなくなった俺は、その場で苦笑する。
ザシュッ!!
その時、俺の腹部に衝撃が走った――。
――ブシュッ!!
突然、俺の横腹から白い光が噴き出す。
不可視化状態のユイから放たれた矢が、俺の横腹に突き刺さったのだ。
「がはっ!!」
俺はその突然の痛みに立っていられず、地面に両膝をついた。
彼女がどこから撃ってくるのか、矢がどこから飛んでくるのか。
それを視認できないのは非常に厄介だ。
「あと、何発耐えられるかしら?」
姿の見えなくなったユイの声がフィールド内に響く。
その声と同時に、俺の肩に衝撃が走った。
「くぅっ!!」
彼女から放たれる矢が、徐々に俺の体力を削っていく。
この状況を乗り切るにはどうすればいい? このままでは、完全に俺は負ける……。
そんなことを考えている俺に、さらにユイが追い討ちがかかる。
「ぐぅっ!! がはっ!! ぐぁっ!!」
腕、腹、脚。
彼女から放たれる矢が、俺の身体を撃ち抜く度、周囲に白い光が舞い散る。
俺は体中の痛みを堪えながら、ゆっくりと自身のポーチに手を伸ばした。
「なかなかしぶといわね……でも、この状況をどうするつもり?」
フィールド内のどこからか、少し呆れたようなユイの声が聞こえる。
「はあはあ……とりあえず……休憩って感じかな」
フィールド内のどこかにいる彼女に向かって語りかけながら、俺はスキル・カードを使用した。
俺の発動したスキルは、スペードの7――《体力回復》。
光となったカードが俺の体内に吸収されていくにつれて、徐々に身体の痛みが和らいでいく。
これで、もうしばらくはなんとかなりそうだ。
未だ、俺の不利な状況に変わりはないが……。
「ふーん、回復ね、でも、今のままではリツ君に勝ち目はないわよっ!!」
ユイの攻撃が激しさを増し、彼女の放った矢が次々と俺に襲いかかった。
「くぅっ!! ぐぁっ!! ぐぅ!! がはっ!!」
その攻撃を、俺はひたすら耐え続ける。
今はただ耐え抜くしかない、逆転のチャンスが来るのを待つしかない。
不可視化の効果が切れるまで。
間もなく、もう間もなくだ。
そして、ついにユイの不可視化の効果が切れ、彼女の姿が俺から視認できるようになった。
「はあはあ……やっと……見つけた……」
俺は瀕死の状態で体中の痛みを堪えながら、ユイに向かって話しかける。
「ふふ、見つかっちゃった、かくれんぼなら私の負けね」
俺の十数メートル前方にいる彼女は、まだ冗談を言えるだけのだけの余裕を残していた。
そして、もう一枚のスキル・カードも。
「でも残念、勝負はリツ君の負けよ」
ユイは残り一枚のスキル・カードを使用すると、瀕死状態の俺に狙いを定め、自身の構えた弓を思い切り引き始めた。
彼女の発動したスキルは、ハートの2――《攻撃力上昇2》。
このスキルは、アタルが一回戦で使用した、ダイヤの2――《攻撃力上昇》の強化版に相当するもので、こちらの方が攻撃力の上昇量が大きい。
ユイはこの一撃で完全に勝負を決めるつもりだろう。
彼女の引く弓がキリキリと嫌な音を立てながらしなっていく。
「さよなら、リツ君」
ユイはそう言い残すと、限界まで引き絞った矢の羽根から指を離した。
ザシュッッッッ!!!!
次の瞬間、今までの彼女の攻撃とは桁違いの威力の一撃が、大きな音を立てて突き刺さった――。