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turn2 「残響」

 ――ナイト・トーナメント一回戦を突破した俺は、ナイト・アリーナのロビーに設置されたソファに座っていた。

 試合会場を出ると同時に、一気に緊張がほぐれたのか、急激に疲労感を感じたのだ。

 自動販売機で購入した缶コーヒーを一口飲んでから、俺は深く溜息をつく。

 「流石に疲れたな……」

 一回戦で戦ったアタルは今頃、アリーナ内の施設で傷の治療を受けている頃だろう。

 ここは仮想世界なので、傷の回復もあっという間のため、大きな心配は無用だ。

 「少し休んでいくか……」

 ソファにもたれ掛かった俺の身体から力が抜けていく。

 遠くなっていく意識の中に、一人の少女の顔がぼんやりと浮かんだ。

 「これで、少しは近づいたかな……」

 『もう一度、死んだ妹に会う』という俺の願いに――。


 ――俺の二つ年下の妹「十三札(とさふだ) (ひびき)」は、二年前に交通事故で亡くなった。

 妹はいつでも明るく元気な普通の高校生で、当時十六歳。

 俺との兄妹仲も良好で、休日はよく二人で出掛けたりもした。

 とある休日のこと、いつも通り二人で買い物に出掛けた際に、悲劇は起こった。

 「(りつ)兄ちゃんのバカ」

 「響、頼むから機嫌、直してくれよ」

 なぜかその日に限って、俺と妹は出先で喧嘩をしてしまったのだ。

 喧嘩の内容など、今となっては全然大したことではなかったのだけれど。

 「もういい、私、先に帰るから」

 震えた声でそう言い放つと、瞳を潤ませた響は、その場から走り去ってしまった。

 「あっ、おい、ちょっと待てって」

 俺も急いで妹のあとを追いかける。

 なぜかその日は天気が悪く、雨が降っていた。

 まるで、二人の未来を予感するかのように。


 俺が響に追いついた時、妹はずぶ濡れの状態でアスファルトに横たわっていた。

 どうやら、帰る途中でトラックに牽かれたらしい。

 トラックの運転手が手配した救急車で、急いで病院に向かったのだが、到着した時にはもう手遅れだった。

 こうして、俺と響との別れは突然に訪れたのだった。


 俺の心に空いた穴は、埋まることはなかった。

 俺の心に降り続く雨は、止むことはなかった。

 どうして響が、こんな目に合わなければならなかった?

 あの時の俺は、一体どうすればよかった?

 俺は周囲のことを責め、自分のことも責めた。

 そんなことをしても、妹はもう戻ってこないと分かっていたのに。

 もう一度だけでいい、響に会って謝りたい。

 心に残った後悔が、次第に俺を苦しめていった。


 響と別れてから約二年が経った。

 妹を失った俺の生活は荒れ、自室で塞ぎ込む日々が続いていた。

 だがそんな時に、俺はシャッフル・ディール・オンライン――sdoの存在を知った。

 このゲームの運営であるキティ・ドローの提示した、『sdoの頂点に立ったプレイヤーの願いを叶える』という驚愕の内容。

 さらに、キティ・ドローは現実世界、仮想世界を問わず、全面的にバックアップをするという。

 しかし、当初の俺はこの内容に懐疑的だった。

 もし仮に願いが叶ったとしても、出来ることには限界がある筈だ。

 それに、幾ら何でも死んだ人間を生き返らせることなど出来る筈がないだろうし、もし仮にそんなことが出来たとしても、人道的な意味で様々な問題が生じるだろう。

 もう二度と、妹に会うことは叶わないのだろうか……。

 完全に諦めかけていた俺の中に突如、一筋の光が射し当たった。

 「仮想世界なら、もしかしたら、もう一度響に――」

 その一筋の光が、俺の中の雨雲を払い、sdoの世界へと導いてくれたのだった――。


 ――「もしもーし、そこの白いコートの君、こんなところで寝てたら風邪引くわよ?」

 俺の脳内に、若い女性の声が響く。

 明るく元気な印象を持つ声だが、初めて聞く声だった。

 どうやら俺はしばらくの間、ロビーのソファで眠ってしまっていたようだ。

 俺はゆっくりと目を開き、声の主の方を見た。

 「響……?」

 俺の目の前に、響によく似た女性が立っている。

 寝起きで意識が不明瞭なこともあってか、俺はつい妹の名を呼んでしまった。

 「えっと……多分、人違いじゃないかしら?」

 その女性は軽く苦笑すると、俺の向かい側に設置された、空いているソファに座る。

 俺と女性がテーブルを挟んで向き合う形になった。

 視界が鮮明になってきた俺は、もう一度その女性の方を見る。

 顔は妹の響によく似ているが、彼女より髪の色が明るく、やや年上に感じた。

 外見は少女と女性の中間といったところで、年齢は俺と同じくらいだろうか。

 「はじめまして、私はユイ、よろしく、一回戦観てたわよ」

 「ああ、試合観てたんだ、ありがとう、俺はリツ、よろしく」

 初対面の俺たち二人は、お互いに軽く挨拶を交わした。

 目の前の女性――ユイは、どうやら先程の俺の試合を観ていたらしく、偶然ロビーで寝ていた俺を発見し、声をかけてきたようだ。

 「えっと、リツ君って呼んでもいいかしら?」

 「ああ、いいけど、その、ユイさんは、俺に何か用があって来たんだよね?」

 俺が質問すると、彼女は真剣な表情へと変わり、二人の間にわずかな沈黙が流れる。

 「リツ君、二回戦、絶対に負けないわよ」

 ユイはそう告げると、俺に軽く微笑んでからアリーナの出口へと歩き出した。

 彼女が、二回戦の俺の相手という訳か。

 「俺も、絶対に負けられない……響に会うためにも、絶対に」

 ユイの後ろ姿が消えていくのを見送りながら、俺は小さく呟く。

 しばらくの間、俺の周囲を静寂が包み込んだ。

 俺は飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干すと、それを掌で握り潰した。

 その瞬間、パキッと言う乾いた音が、小さくも確かな存在感を放ちながらロビーに響く。

 静寂を打ち破るかのように。

 号砲を打ち鳴らすかのように――。

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