turn1 「旋律」
――西暦二〇五〇年。
現実世界とは別の、もう一つの世界。
「シャッフル・ディール・オンライン」――sdoというゲームの中に存在する、もう一つの世界。
俺は「十三札 律」、二十歳。
俺は今、《双剣》使いのプレイヤー「リツ」として、sdoの世界で戦っている。
sdoの頂点に立ち、俺の『願いを叶える』ために。
『もう一度、死んだ妹に会う』ために――。
――ここは、sdoの世界に存在する地域の一つ――《ナイト・エリア》。
騎士をモチーフに設計されたこの地域には、店や宿といった建物はもちろん、それ以外にも様々な施設が存在している。
その中でも一段と目を引くのが、このエリアの中央にそびえる巨大な闘技場――《ナイト・アリーナ》。
ここでは、プレイヤー同士の熱い戦い――「ナイト・トーナメント」が繰り広げられている。
sdoのプレイヤーたちは皆、それぞれの願いを胸に抱き、ナイト・アリーナへと集う。
もちろん、俺もその中の一人だ。
頂点に立ち、自らの願いを叶えるために。
「食らいやがれえっ!!」
目の前の大柄な男が、自身の武器である《ハンマー》を、俺目掛けて一気に振り下ろした。
「はっ!! はぁぁぁぁっ!!」
俺はその攻撃をかわしながら、両手に構えた剣を水平に振り、男の胴を切り裂く。
男の腹部に二本の線が入り、その線から白い光が舞い散った。
「ぐっ!!」
男は地面に片膝を付くと、俺に切り裂かれた部分を片手で押さえる。
その隙に、俺は両腰に剣を納め、男との距離を取った。
俺は今、ナイト・トーナメントの一回戦を戦っている。
男は一回戦の俺の対戦相手で、「アタル」というプレイヤーネームのハンマー使いだ。
試合は中盤へと差し掛かり、お互いに消耗も激しくなっていた。
「はあはあ……なかなかやるな、だが、そろそろ決着といこうぜ」
そう言ってアタルは立ち上がると、ポーチから二枚のカードを取り出す。
「はあはあ……だったら、こっちも本気でいかせてもらうよ」
対する俺も、ポーチから一枚のカードを取り出した。
俺とアタルが取り出したカード――《スキル・カード》は、試合時のプレイヤーをサポートする《スキル》がインストールされた、カード状の特殊アイテムだ。
スキル・カードは、トランプをモチーフに設計されていて、全53種類が存在している。
各プレイヤーには、試合開始時にランダムで選ばれた数枚のスキル・カードが与えられ、その中から決められた枚数を試合中に使用することによって、お互いの戦況を有利に進めていくという仕組みとなっている。
「混ぜる」と「配る」の名の通り、sdoを代表するシステムの一つだ。
ちなみに、ナイト・トーナメントのルールでは、各プレイヤーに五枚のスキル・カードが与えられ、試合中に使用できる上限は二枚までとなっている。
アタルの取り出したスキル・カードは、ダイヤの2――《攻撃力上昇》と、ダイヤの9――《攻撃範囲拡大》。
それに対し、俺の取り出したスキル・カードは、ダイヤの4――《機動力上昇》。
お互いにスキル・カードを使用し、スキルを発動する。
使用されたスキル・カードが、光となってお互いの身体へと吸収されていく。
これによって、お互いにスキルの発動が完了した。
「速攻で終わらせてやるぜえっ!!」
アタルがハンマーを地面に思い切り叩きつけた。
その衝撃が、会場であるナイト・アリーナ全体を揺らす。
叩きつけられた地面から衝撃波が発生し、俺に向かって波のように押し寄せてくる。
今のアタルの攻撃は、二つのスキルによって威力と範囲を強化しているため、まともに食らったら一撃で戦闘不能になりかねない。
「間に合えっ!!」
俺は衝撃波の範囲外へと勢いよく飛び出し、地面を転がる。
衝撃波は勢いを失うことなく、俺が先程までいた地点を通過すると、その奥のフィールドの壁に衝突し、その一部を粉々に破壊した。
「くっ、なんて威力だっ!!」
スキルで機動力を強化していたことによって、辛うじて避けることが出来たが、仮にそうでなければ、この試合は俺の負けで終わっていただろう。
……「そうでなければ」の話だが。
俺の口元が軽く緩む。
次の瞬間、俺はアタルへと向かって全速力で走り出した。
「はっ、自分から突っ込んでくるとは馬鹿な野郎だっ!! おらおらおらぁぁぁぁっ!!」
アタルが次々とハンマーを連続で地面に叩きつけ、衝撃波を生み出していく。
その数一つ、二つ、三つ。
生み出された衝撃波が、途轍もないスピードで俺に襲い掛かってくる。
「まず一つ!! 次に二つ!!」
俺は次々と押し寄せてくる衝撃波を避けながら、全速力でアタルへと向かって走った。
《機動力上昇》のスキルの効果時間が切れるまでが勝負だ。
「これで三つ!! 全部だっ!!」
三つの衝撃波をなんとか避けきった俺は、ついにアタルの目の前へと辿り着いた。
「ちっ、避けたか、だが、これで終わりだぁぁぁぁっ!!」
軽く舌打ちをしたアタルは、ハンマーを勢いよく振りかぶると、そいつを目の前の俺目掛けて一気に振り下ろす。
この一撃で決めるつもりだろう。
だが、俺も負けるつもりはない。
「はぁぁぁぁっ!!」
振り下ろされたハンマーが直撃する寸前に、俺は一歩後退してその一撃をかわす。
俺を捉え損ねたハンマーが地面にめり込む。
地面と一体化したそいつを踏み台にして、俺は上空へと思い切り跳躍した。
「これが、俺の切り札だっ!!」
空中へと跳んだ俺は、ポーチから残り一枚のスキル・カードを取り出し、それを発動させると同時にアタルへと向かって飛ばす。
そのスキル・カードは、ハートの8――《状態異常・麻痺》。
俺の放ったスキル・カードは、回転しながら光へと姿を変え、アタルへと吸収されていく。
「なにっ!? 身体がっ!!」
それから程なく、アタルの身体は麻痺し、身動きが取れない状態となった。
俺は地面へと着地すると、両腰から剣を抜き、無防備になったアタルの胴目掛けて、二本同時に突きを放つ。
「だぁぁぁぁっ!!!!」
俺の握った二本の剣が、アタルの胴を貫通した。
「ぐぁぁぁぁっ!!!!」
アタルの絶叫と共に、彼の腹部から白い光が勢いよく舞い散る。
俺はアタルの腹部から双剣を抜き、その場から離れた。
舞い散っていた白い光が消えていくと共に、アタルの絶叫が止む。
しばらくの沈黙の後、彼は意識を失い地面へと倒れ込んだ。
静まり返ったフィールド内に、アナウンスが響き渡る。
「ナイト・トーナメント一回戦、勝者は、リツ選手ですっ!!」
アナウンス終了と同時に、場内の観客席から、強烈な大歓声が鳴り響いた。
この瞬間、ナイト・トーナメント一回戦の、俺の勝利が確定したのだった――。