ちょいとあそこに行って来る~奥入瀬~
今年のゴールデンウィーク10連休。
豪勢なと思われるかも知れないが、私が勤務しているような小さな会社ではそんな豪華な連休など取れない。だがある程度は楽になる。これは取引先が休みのため、出勤してもすることがあまりないからだ。
そんなわけで10連休前半、青森県の十和田湖、奥入瀬渓流にでかけた。
上野から新幹線で2時間40分。八戸駅で宿を取り、翌朝奥入瀬渓流へ。というのが私のパターンである。今回の宿は八戸地域地場産業振興センター(ユートリー)。ここは「安い」「部屋が広い」「駅から近い」という三拍子揃った宿。あえて欠点を言うなら、設備がちょっと古いということぐらいか。
何しろホテルの部屋の鍵が、あの「四角い棒に鎖でつながれているアレ」なのだ。カードキーどころか鍵なし・暗証番号入力のホテルもある中、実にほっとする。私はあの「鍵なし、暗証番号で部屋のドアを開閉」というホテルがどうも苦手なのだ。
翌朝、前日に地元スーパー「よこまちストア」で買った値引シールつきのパンで朝食を済ませると、早々にチェックアウトしてバス「おいらせ号」に乗り込む。
天気予報では数日前まで雨とされていたが、日が近づくにつれて天気がよくなり、当日は文句のない上天気となった。心配した花粉も「多い」から「少ない」に変わっていた。
東京ではすっかり散ってしまった桜もここでは満開。途中にある十和田市現代美術館の桜と数々のアートが並ぶ姿は見応え充分。真っ赤なアリの巨大彫刻はいつ見てもインパクトがある。いつもバスから眺めるだけだが、いつかは下車して散策してみたい。
観光案内によると奥入瀬渓流は子ノ口~焼山とあるが、私は石ケ戸で下りてる。石ヶ戸は石が重なり、ちょうど人が数人隠れるのにちょうど良い形になったもので、昔は有名な女盗賊が道行く人達を伺うのに潜んでいたとか。実際、道からはただの石の重なりにしか見えないが、裏から見ると広い空間があって潜むのにはもってこいの場所である。
川を遡る形で上流の十和田湖へと向かう。
私が奥入瀬渓流に興味を持ったのは1枚の絵からだった。川島未雷という画家がいる。水の表現が抜群な画家で、初めて見たとき、思わず足を止めて魅入ってしまい。画商から声をかけられたぐらいだ。
ちなみに、その時の絵は現在においても私の衝動買い最高金額である。
最近はそうでもなくなったが、川島未雷は奥入瀬渓流を数多く描いており、それだけでショールームの2つ3つ埋められるのではないかと思っている。
そうして彼の絵に見入られた私は、モデルとなった奥入瀬とはどんなところだろうと興味を持ち、2~3年に1度ぐらいの割合で奥入瀬渓流を訪れるようになった。え、少ない? ……みんなビンボが悪いんや。
もともと私は森や水辺を歩くのが好きだ。「駅からハイキング」でも、コースが川沿いになっていたりすると、それだけで何となく嬉しくなってくる。なんと言っても川の音を聞いているだけでリラックスできる。愛用のウォークマンにも清流音だけの環境音楽がしっかり入っている。
奥入瀬はどこで足を止めても絵になる場所ばかりである。数ある滝はもちろん、なんてこともない場所でも、激しく泡を立てる水流。流れから切り離されたような静かな川面。苔むした岩とそこから生える木。それらが1つの絵となって視界に広がっていく。
色も木々の枯れた茶、上に新緑、下には苔と2つの緑。視線を下に向ければ白い水疱とそれから切り離されたかのような穏やかな川面は琥珀色。その上に渇いた茶の葉が泳いでいる。新緑に混じって艶のある白い花が咲いている。薄汚れてしまってはいるが、所々に雪が残っている。
一見、似たような景色だが、同じものは1つとしてない。
1歩踏み出ししゃがみ込めば、川面に触れることが出来る。まだ冷たい。同じようにした家族連れのお父さんが「5秒も入れてたら手が凍るよ」なんて言っている。
目を閉じる。近くの水の音に混じって遠くから聞こえる荒れた水音は滝だろうか。鳥の声が聞こえる。近くを走るのは車の音。
鼻を水と土の匂いがくすぐる。時折草の匂い。車の排気ガス。
……うーん、車が邪魔だ。奥入瀬の特徴のひとつが、川に寄り添うように走っている道路だ。おかげでバスから外を見るだけでも楽しめるし、バスにはガイドのテープが流れている。それはそれで楽しめるのだが、遊歩道のないところではせまい車道の脇を歩くことになり、一気に俗世に引き戻されるようだ。
渓流沿いの遊歩道。ぬかるみに気をつけながら上流へ、上流へ。ところどころにまだ雪が残っている。流れも激しいかと思えば、流れが止まっているのではないかと思うほど静かな場所に出る。そしてまた激しさを見せる。同じ川でも数分歩くだけでこうも変わる物なのか。
とはいえ、さすがに1時間近く歩けば見事な景色といえども飽きてくる。その頃に左右に滝が見え始める。小説で言えば、少しダレてきたところで入る事件のような見事なタイミングである。
渓流という横の流れの中、縦の流れとしていくつもの滝がある。
2段階の高さがあり、上から途中の段に流れ落ち、水滴が霧のように広がっていく雲井の滝はやはり人気があるようで、多くの人達がそれを背景に自撮りしている。実際人気が出るのもわかる。道路から少し奥まった所にあるため、車の音も滅多に聞こえない。
白絹の滝や九段の滝も捨てがたい。一気に高所から流れ落ち、水が広がることなく1本の白い布が揺らいでいるような白絹の滝はこれぞ滝という直球勝負だし、無数の段を滑るように流れ落ちる九段の滝は高さではない滝の美しさと力強さを見せてくれる。
石ヶ戸から歩いて2時間半ほどで銚子大滝に着く。今までの滝が川の両側に聳えているのに対し、これは川幅一杯に広がる正に水の壁。いわば「奥入瀬渓流のラスボス」である。
実際はここから子ノ口までまだ1キロ以上あるのだが、その存在感の大きさからここがゴールに思えてくる。
さすがに体は疲れたが、精神は回復していた。前にもエッセイで書いたが、海が体にたまったパワーを一気に放出するのに対し、山や森は周囲からパワーをもらう。奥入瀬の自然は、私の精神にパワーと安らぎを与えてくれる。
快い疲労感を感じながら、私は子ノ口まで歩く。ここまで来ると流れはすっかり静かになっており、川と言うより細長い池のようだ。
「やっぱり見えないな……」
奥入瀬渓流&十和田湖で、私は1つ不満なのは、魚の姿が見えないことだった。大きな魚はもちろん、目をこらさないと見逃してしまいそうな小魚すら見つからない。なまじ水が澄んでいるだけに、魚が全く見えないのは残念と言うより不気味でもあった。いつかは見たいぞ小魚を。
そうこうしているうちに、目の前に大きな広がりが見えてくる。
十和田湖だ。渓流散策(上り)のゴール、子ノ口である。
子ノ口からは遊覧船で休屋まで行くつもりだ。そう、今回、焼山でなく石ヶ戸からスタートしたのは、遊覧船の時間を考えてのことである。
軽く息を整え子ノ口に到着した私が見たのは、今し方出航したばかりの遊覧船の後ろ姿だった。岸は写真を撮る人が並び、船の上では、それらに向かってみんな手を振っている。まるで私に「さよ~なら~」と言っているようだ。
「……のんびり歩きすぎた……」
悔やんでも仕方がない。次の遊覧船まで約1時間。昼食を取ることにする。子ノ口湖畔食堂入り口で売っているきりたんぽは私の楽しみの1つだ。きりたんぽ。鍋はいまひとつに感じる私だが、焼いてタレを塗ったこれは実にうまい。
考えてみれば、きりたんぽはごはんをつぶして棒に巻き付けたもの。これを焼くのは棒状の焼きおにぎりに近い。濃いめのタレが合うのは当然である。
でも名前がきりたんぽで良かった。方言ネタの鉄板「半殺し」を使われたら「半殺し焼」とか「半殺し鍋」と呼ばれるところだった。私が知らないだけで、そう呼ぶところもあるのかな?
そして遊覧船に乗り込んだ私だが、精神は充実しても、やはり体は疲れていたらしい。ましてやお昼を食べたばかりである。
出港して心地よい揺れの中、気がつくと休屋が目の前だった。
「寝ちまったぁっっっっ!」
何のために遊覧船に乗ったかわからない。移動だけならバスの方が早いし安い。
帰りのバスまで少し時間があるので乙女の像を見に行く。
その途中、時季外れかと半ば諦めつつもヒメマスを探して各店をのぞく。店内メニューならばほとんどの店にあったが、店内でのんびり食べるほど余裕は無い。
店頭で魚を串焼きにしている店の看板に「ヒメマスの塩焼き」とあったので頼んでみたら「ありません」と断られた。焼いているのは鮎だった。うまくいかないものである。
帰りのバスも遅れた。想定以上の乗客に、車両を増発、ぎゅうぎゅう詰めの乗客をそちらに移動させるため、休憩所で増発車両を待たなければならなかった。八戸駅には約30分遅れで到着。幸いにも新幹線に乗り遅れることはなかったが、出発前にどこかで食事するほどの余裕はなく、弁当を買うことになった。
私は実家へのお土産として買ったみしまサイダー(シトロン&バナナサイダー)をリュックに詰め、新幹線に乗り込んだ。……重い……。
前半楽しく、後半はうまくいかなかった今回の奥入瀬。
うまくいかなかったのは良いことだ。
次にやることが出来る。次回を楽しく思い描くことが出来る。
次は夏にするか、紅葉の季節か、それとも来年のGWか、数年後か……。
鯖寿司で膨れた腹に満足しながら、私は新幹線のシートを少し倒し、目を閉じる。
軽い睡魔に身を委ねながら、私は今回の旅行を思い返す。
いかめしや烹鱗の「せんべい汁とイカめしのセット」美味しゅうございました。
よこまちストアの「フルーツサンドと塩バターパン(チーズ)」美味しゅうございました。試食でつまんだカンパーニュも美味しゅうございました。棚になかったため、わざわざ倉庫からみしまサイダーを持ってきてくださった店員さん、ありがとうございました。
三島シトロン&バナナサイダー、美味しゅうございました。強めの炭酸で、本当に何年ぶりかでゲップをしました。
子ノ口湖畔食堂の「バラ焼き丼、焼ききりたんぽ」美味しゅうございました。
朝市屋の「焼き鯖&鯖寿司」美味しゅうございました。
次来るときは、何を食べよう、何見よう……。
そう言えば、八戸駅東口からよこまちストアへ行く途中にあった洋菓子店のケーキ、今回は素通りしたけれど、美味しそうだったな……。