父の自殺から始まる本当の人生とは
父が死んだ。
小さな町工場を営んでいた父は、古くから付き合いのあった会社の連帯保証人になっていた。
その会社が1億円の借金を抱えたまま、ある日突然夜逃げしたのだ。
1億円の借金はそのまま父が肩代わりすることになった。
何とか資金を集めようと銀行や知人を駆け回っていたが、結局誰もお金を貸してくれるところは現れず、絶望した父は、自ら命を立ってしまった。
小学生のころ、夏の暑い日に汗だくで働く父の姿を毎日見ていた。
真面目で誰よりも一生懸命働き、家族を養ってくれた。
困っている人を見ると放っておけない性格をしていた父のことを尊敬していた。
しかし、信頼していた人に裏切られ、命まで奪われてしまった。
自分が人生をかけて必死に積み上げてきたものが、ある日突然崩れ去ってしまい絶望したのだろう。
父との関係は、良くも悪くもなく年に一度お正月に帰省して仕事の話をしたり結婚をせっつかれたりしていた。そんな、何でも無い時間も嫌いではなかった。
今年のお正月も実家に帰省するつもりでいたが、まだ残暑の残る10月の初旬に母から1通のメールがきた。
「落ち着いて読んでください。
お父さんが自殺しました。
友達の借金の連帯保証人になって一億円の借金を肩代わりしていたの。
でも、どうしてもお金を借りることができなくてね。
それでも、お父さんが何とかしてやるって、だから心配するなって、不安な様子なんか全然見せてなかったのに。
そしたら、自分の保険金で暮らせって、自分は十分生きたからって、書き置きだけ残して飛び降り自殺したの。
突然のことでびっくりしたと思うけど、お葬式とか色々あるから一度戻ってきてくれる?
お母さんも工場のこととかやることいっぱいあるから準備とか色々任せたいの。
仕事が忙しいのにごめんね。」
最初は何を言っているのか全然わからなかった。
こんなことを冗談で言うなんて信じられないと、怒りすら湧いてきたほどだ。
なぜなら、父は自殺なんかするような弱い人間じゃないからだ。
母に電話して文句を言ってやろうと、スマホを取り出すと落としてしまった。
手が震えて力が入らない。
圧迫していた時に感じるジーンとした感じがして、血液がうまく循環していないことがわかった。
気が付いたら心臓の鼓動がやけに早くなっている。
五感が研ぎ澄まされ自分の息がやけにうるさく感じる。
しばらくして、自分に喝を入れてスマホを拾い母に電話をかけた。
「もしもし。誠司だけど。」
「・・・」
「メール読んだよ。ちょっと信じられないんだけど。何かの間違い?冗談なら本気で怒るよ?」
心のどこかでは本当のことじゃないかと感じてはいる。
でも、信じられないのだ。
尊敬していた父が、僕を育ててくれたお父さんが、もうこの世にいないなんて。
「誠司。辛いと思うけど本当のことなの。
お母さんもびっくりしてる。
だって、あの人直前まで元気いっぱいに、俺が何とかしてやるって・・言って・・たのに・・・」
電話の向こうから声を押し殺したような泣き声が聞こえる。
本当に辛くて、どうしようもなくて、感情を抑えきれなくて、母の感じていることが痛いほどよくわかる。
でも、嘘だと言って欲しい。信じたくない。
あんなに感じていた怒りの気持ちはどこかに行ってしまって、ただただ神様に”これが悪い夢でありますように”とひたすらに祈ることしかできなかった。
「なん・・で。なんで、お父さんが死ななきゃいけないんだよ。なんだよ借金って。」
声が震える。
頭が真っ白になって考えることができないみたいだ。
なんでお父さんがこんな目に合わなきゃいけないんだ。
去年のお正月に帰省した時は、あんなに元気だったじゃないか。
不安なそぶりなんて全然なかったのに。
まるで昨日のことのようにお父さんと一緒に談笑していたことを思い出す。
でも、もう2度と繰り返されることはない。
だって、もうこの世にいないのだから。
自分の無力感にさいなまれながら、お母さんに今すぐ帰省することを伝える。
そこからは、どうやって実家に帰ったかあまり記憶にない。
何も考えられず、ただ実家に帰るという意思にしたがって体を動かしていた。




