第9話 コルセッター柳町
京子の父、犬飼 治五郎に実力を試された柳町は、強くなる為にブレイブハウンドで特訓する事になった。
とりあえず話がついた柳町は、一旦事務所に戻るが……
時刻は12時27分。
僕は、お昼休みの間にB級能力者相談所に帰って来た。
「戻りました!」
京子先生と黒川さんは出前をとったようで、土用の丑の日でもないのに2人とも鰻重を食べていた。
「あら、柳町君。仕事をサボって喉仏からスパゲティーでも食べてたの?」
口答えしたかったが、事情が事情だったので特に否定はしなかった。
「すみませんでした。急に出て行ってしまって」
「別に大丈夫よ。2人で回すのは大変だったけど、お昼もおごってもらった事だし」
「ご馳走さまでした」
僕の金だった。
京子先生は、良くも悪くも金で解決する事が多い。
嫉妬はするが、根に持つタイプではないので、後腐れなくて良いと言えば良いのだが……
「そう言えば新右衛門。あなたの今月のお給料、なんだかんだで850円だから、いろんな意味で頑張ってね」
「月の給料が高校生の時給並み!!」
1ヶ月850円での生活は、どう考えても無理だ……
しかし、ここの良い所は出来高制だという事!
何故か、締め日=支払い日なんで、給料が支払われるその日までいくら貰えるか分からない!
来月の生活の為にも、まだまだ望みは捨ててはいけない!
「そう言えば、柳町さんの幼なじみだって言ってたあの娘はどうしたんですか?」
ヤバい……
聞いてくるとは思ったが、さっきの事を正直に言って良いものか……
「そうね。柳町君がアメリカンスクールに通ってたなんて初耳だわ」
「いや〜話したい事は沢山あるんですが、もうすぐお昼休みも終わりますし、その話はまた後にしましょう」
そう言いながら僕は奥の部屋に行き、ナポリタンで汚れた喉仏を入念に拭いていた。
思いのほか汚れを隠し切れなかったので、首にコルセットを巻き、何とか襟元をごまかして出て来た。
「どうしたの? ライオンにでも噛まれたの?」
似たような目にはあったが、うまい返しが出来なかったので変顔でごまかした。
「新右衛門君。殴って良い?」
「すみません」
ごまかしきれなかった。
「も……もうすぐ午後の診療の時間なんで、相談者の方を呼びますね」
僕はライオンから逃げるように部屋を出て、待合席に向かった。
「次の方どうぞ」
次の相談者は何処にでも居そうなお婆さんで、何やら大きめのケースを手に持っていた。
「持ちましょうか?」
「ありがとうございやす」
軽い気持ちで言ってみたが、意外と重いと思い、重い物を持つ想いで、そのケースを持った。
すると、中でガタガタと動く音がした。
「この中に入っている物は?」
「すみません。犬なんでございやす」
本来ペットを入れるようなケースではなかったので違和感を感じていたが、お婆さんなのに語尾が「ございやす」と言っていた事の方がもっと違和感を感じた。
「実は相談というのは、この犬の事なんでございます」
「わ……分かりました。では、とりあえず中に入りましょう」
さっきまでの「ございやす」が急に「ございます」に変わっていたのが気になって、今夜は眠れそうにないと感じたまま、僕はお婆さんを中に案内した。
お婆さんは中に入るとゆっくりとソファーに座り、靴を脱いで正座した。
黒川さんがお茶を出してくれている間に、京子先生は問診票に目を通していた。
僕も一緒に覗きこんで問診票を見ていたが、そこにはお婆さんの名前と相談内容しか書かれていなかった。
「桐山 セツさんですね」
「はい」
「相談内容に犬の事としか書かれていませんが、もしかしてそのケースに入っているのが、その犬なんですか?」
「そうなんです」
そう言うと、桐山さんは手持ちのバッグからういろうを出してひとかじりし、バッグにしまってからまた話を続けた。
「私は今、年金生活で1人暮らしをしているんですが、3日前に散歩をしている途中にこの犬を拾ってしまったんです」
「拾ってしまった?」
確かに拾ってしまったという表現の仕方に違和感を感じた。
「何かあったんですか?」
京子先生が詳しく問いただすと、セツさんはまたバッグからういろうを取り出し、ひとかじりしてバッグにしまった。
「実はこの犬の後頭部から背中の辺りにかけて擦り傷があったので、手当てをしてあげようと思って家に連れて帰ったんです」
「擦り傷ですか?」
「はい」
セツはバッグからイチ◯ー選手の写真を取り出し、スシ◯ーの割引券を握りしめながら、ういろうを1本たいらげた。
そして何故か、おもむろに老眼鏡をかけて喋り出した。
「首輪が無かったので野良犬だとは思ったんですが、近所の人に虐待でもされているんじゃないかと思って心配になったんです」
優しい人だ。
ういろうの件はともかく、この犬を保護しようとしたって事か。
「その犬をケースから出しても大丈夫ですか?」
「はい」
セツさんが立ち上がり、自分からケースを開けて犬を外に出した。
犬種はダックスフンドだろうか。胴長で黒く、愛らしい目をした可愛い犬だった。確かに後頭部から背中にかけて擦り傷がある。
「小太郎って言うんです」
別に聞いてはいなかったが、もう名前を付けた事を教えてくれた。
「実はこの小太郎、何か変なんです」
「変?」
この犬!? 良く見ると後ろ足に羽が生えている!?
「京子先生! これ、羽じゃないですか!?」
「本当だわ! これは一体……」
「羽ですか?」
セツさんは一人キョトンとしていた。
「本当だ! こんな犬、初めて見ました!!」
黒川さんも驚きを隠せなかった。
「羽なんて私には見えませんが……」
「老眼鏡かけてるからだろ!!」と思ったが、良く見ると既に老眼鏡は外していた。
「アイマスク!!」
何故か見たままをつっこんでしまった事を後悔し、凄く恥ずかしい気分になった。
アイマスクを外したセツは、小太郎を抱き抱えたていたがそれでも羽は見えていなかった。
僕達3人には見えているのに……
「もしかしてこの羽、能力者にしか見えないのかも」
そういう事か!
京子先生の考えは、的を得ていた!
という事は……
「この犬の羽も能力って事ですか!?」
「おそらくそういう事ね」
食べかけのういろうを分けてもらい、食べ終わってから少し考えた後、京子先生が口を開いた。
「桐山さん。この犬、少しの間こちらで保護させてもらってもよろしいですか?」
「構いませんよ。正直、うちのアパートはペット禁止なので、どうしようか悩んでいたんです。名前こそつけましたが、あまり愛着もないんですよ」
最初は少し優しい人だと思ったが、実はそうでもないのかも知れない……
京子先生は、セツさんに住所と連絡先を書いてもらい、小太郎を拾った時の状況や拾った後の事などを詳しく聞いて、黒川さんにメモしてもらっていた。
「では、こちらでこの犬の事をいろいろと調べてみます。その状況によっては、桐山さんの元に返せなくなるかも知れませんが、ご了承下さい」
「構いませんよ。元々拾ったものですし、うちでは飼えませんから、お宅で何とかしてもらえるとそれはそれで助かります」
京子先生はどうする気なんだろう?
僕はセツさんを相談所の外まで送った。
「では、すみませんが小太郎の事を宜しくお願いしやす」
そう言い残すと、何故かセツさんはスキップで帰って行った。最後まで語尾の謎は解けずに迷宮入りになってしまったが、残された小太郎をどうするか、これから3人で話し合う事になった。
相談所に戻ると、京子先生が紐のような物で小太郎と遊んでいた。
何処かで見覚えのある紐だと思って辺りを見回して見ると、僕のバックの手で持つ部分が1つ引きちぎられていた。
「正直、この手のケースは初めてだわ」
「僕も初めて見ました……」
人のバックを引きちぎり、犬の遊び道具にしている人を見るのを……
そして何よりも、その紐に小太郎が一切興味を示さない事が心の底から悲しかった。
「異能力については、生まれつき持っている先天的なものと、何らかのきっかけで備わる後天的なものがあるけど、どちらも基本的には人に限ったものなの」
「基本的にはって事は、こういう動物も他に居ない訳ではないんですね?」
「まぁそうなんだけど、私も直接見るのは初めてね」
「先生! 何か小太郎君が、飛ぼうとしているみたいです!」
黒川さんの声を聞き、小太郎の方を見てみると、確かに今にも飛びそうな感じだった。
後頭部の擦り傷の謎が分かった……
僕達3人は黙って小太郎を見守っていた。
「この子、しょうがないけどここで面倒を見た方が良いかも知れないわね」
「えっ!? 飼うんですか?」
僕と黒川さんは目を丸くして、お互いの顔を見合った。
一体誰が世話をするんだろう……
「黒川さんは実家暮らしよね?」
「そうですけど、両親とも犬嫌いなんでうちはムリです」
「柳町君は1人暮らしだったと思うけど、ペットは飼えるの?」
無理です! と言いたい所だが、実は……
「うちは大丈夫です! アパートの大家さんが親戚で、入居する時に1匹だったら、犬か猫を飼って良いって言われました!」
「じゃあ決まりね! 小太郎は私が飼うわ!」
「ええ〜っ!!? その話の流れだったら、僕が飼うんじゃないんですか!?」
正直、ちょっと可愛いと思い飼う気マンマンだったのに、実は京子先生の方が気に入ってしまったようだ。
京子先生に抱き抱えられていた小太郎は、少しの間大人しくしていたが急に暴れ出し、京子先生の腕を振りほどいて僕の所へやってきた。
「あら。新右衛門君の方が、気に入ったのかしら」
やっぱり可愛い……
頭は悪そうだけど、何とも愛くるしい……
「そう言えば、何かの漫画でありましたね。良いハンターは動物に好かれちゃうって」
黒川さん、良い事言う! 僕も優秀な能力者になれる素質があるって事かな!
「柳町君の場合、知能指数が同じだと思われたんじゃない?」
「失礼な!」
否定はしてみたが、小太郎より低い可能性も十分ある……
!?
しまった!!
そう言えば、僕はもう少ししたらお父様の所で特訓をしなきゃいけなかったんだ!!
おそらく休暇ももらわなきゃいけなくなるし、犬を飼っている場合じゃなかった!!
「何か新右衛門君の事が気に入ったみたいだし、しょうがないから小太郎は柳町君にお世話してもらうって事で良いかしら?」
「えっ……え〜と……僕もそのつもりだったんですけど、実は週末くらいからお休みを頂かないといけない状況になりまして……」
「何よ? 休むの!? 何処の女と遊びに行くのよ!」
「いや……遊びに行くというより、戦いに行くという感じなんですが……」
「戦い? 週末に女と戦いってどういう状況なの? エリザベス女王杯かなんかなの?」
「いや、牝馬限定のG1レースじゃないです!! 週末も女の子もあまり関係ないんですが、なんせ急にいろいろあったもので……」
「もしかして、あの静香とかいう女がらみなんじゃないでしょうね?」
絡んでない事もないが、本当の事を言ったらまた話がややこしくなる……
どうしたもんか……
京子先生は、僕のこの一瞬の間を嘘をついていると感じたのか、とんでもない距離から飛び蹴りをかましてきた!
その瞬間、小太郎が僕の足に体当たりし、よろめいたお蔭で間一髪、飛び蹴りを避わす事が出来た!
「ちっ!」
ちっ! じゃない! あんなのをまともに食らったら、全治3ヶ月はかかるぞ!!
小太郎の体当たりが、偶然なのか意図的なのかは分からなかったが何とか命拾いした。
「じゃ、とりあえずは私が小太郎の面倒を見るわ」
「ありがとうございます!」
「休みの件に関しては、後でゆっくり話ましょう」
「…………わ……分かりました」
後で何を言われるのか分からないが、京子先生の目の奥の輝きが怖かった。
「新右衛門君は小太郎グッズを買いに行ってきなさい」
「仕事の方は良いんですか?」
「柳町君なんて居ても居なくても一緒なんだから、少しは役に立ちなさい」
相変わらずヒドイ……
この人のヒドさは一体どこまで行くんだろう……
「新右衛門君。勘違いして欲しくないんだけど、居ても居なくても一緒っていうのは仕事場にっていう意味よ」
そういう意味でとりました!!
「分かる? ユースレス、役立たずっていう意味ね」
「何度も言わないで良いです!!」
一応、自覚はありますんで!!
だからこそ、この週末の特訓で見違えるようにパワーアップして帰って来てやる!!
「あの〜………小太郎グッズを買いに行くのは良いんですけど、お金の方はどうしたら……」
「またお金なの!?」
どの口が言う……
「柳町君は、口を開けばお金の事ね!」
そっくりそのまま返したい!!
「全く、銀行員じゃないんだから」
「銀行員は仕事でしょ!!」
「分かったわ。これで買って来なさい。小太郎も実験動物として経費で落とすから、領収書だけはもらってきてね」
「わ……分かりました」
僕も実験動物なんじゃないかと思いながら、もらった3万円を握りしめてペットショップに向かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
あきらさんです!
今後は小太郎も活躍させたいと思っています!
次回もよろしくお願いします!!