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第8話 一回休みの髭マスター

ふとしたきっかけで、京子の家に泊まる事になった柳町。

ドキドキハラハラの急展開に、果たしてこの後の2人は一体どうなってしまうのか……

 朝、目が覚めると、そこは玄関だった。


 僕は知らない内に眠ってしまったようだ。

 昨晩食べたコーンフレークの味に違和感を感じていたので薄々は気付いていたが、どうやら睡眠薬的な物が入っていたような気かする。

 僕にロマンスはまだ早いのだろう……


「おはよう。柳町君」

「おはようございます」


 もう身支度を整えた京子先生は、僕をおいて出勤する気マンマンだった。


「私はもうご飯を食べたからすぐ出るけど、新右衛門君もご飯食べてからいらっしゃい」

「はい」

「ご飯は居間に用意してあるからね」

「ありがとうございます」


 僕は家の鍵と睡眠薬を受け取ると、京子先生を見送り、朝ご飯が準備してある居間に向かった。


挿絵(By みてみん)


「ナイフ2本で無理矢理食べなさい……か……」


 昨日の夜に作っていた朝ご飯は、京子先生の分だけだという事に今更ながら気が付いた。

 一度、自分の家に帰らないと出勤用の服が無いが、帰る時間も無いのでしょうがなく京子先生に借りた部屋着のまま出勤する事にした。


 案の定2回ほど職務質問にあったが、何とかB級能力者相談所(サテライトキングダム)に着いた。


「おはようございます!」

「おはよう、変態さん」

「おはようございます。どうしたんですか? その格好……」


 黒川さんは驚いた表情で僕を見ていた。

 それもそうだ。朝から女性物の部屋着で出勤して来たら、黒川さんじゃなくても驚くだろう。


「ちょっといろいろ事情があって、今日から変態になるそうよ」

「どんな事情ですか!!」


 黒川さんは笑っていたのでとりあえず良しとしたが、僕はこの時、死ぬまで京子先生に弄ばれるという()()が、()()に変わった。


「次の方どうぞ!」

「すみません! 着替えだけ先にさせて下さい!」


 朝一の相談者が入っ来たので、僕はそそくさと奥の部屋に行き、急いで着替えた。


「柳町君は居ますか?」


 着替えを終えて出て行こうと思っていたら、微かに部屋の向こうから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 扉を開けると、そこには自分と同じくらいの年齢の女の子が相談に来ていた。


「柳町君! 久しぶりね! さっき後ろ姿を見かけてもしかしたらと思ったんだけど、やっぱり柳町君だったのね!」


挿絵(By みてみん)


 う〜ん……

 申し訳ないが、思い出せない。こんなに可愛い子だったら、忘れる訳ないのに。

 かなり昔に会った子かなぁ?


「私よ! 静香! 覚えてない? 昔、アメリカンスクールで一緒だったじゃない!」


 当然の事ながら僕はアメリカンスクールに行った事が無いのだが、その静香と名乗った子の目を良く見ると、何故か涙ぐんでいた。

 体も小刻みに震えていて、無理やりに話を作っている所が、僕に何かを訴えかけているような感じがした。


 何かおかしい!

 助けを求めてる!?

 あまりにも不自然な様子が、理由を説明出来ないけど凄くヤバい状態なんじゃないかと察した。


「あぁ! 静香ちゃん! 久しぶりだね! 本当に何年ぶりだろ!」


 僕がそう答えた瞬間、静香ちゃんは溢れる涙を止め切れなかった。


 やっぱりだ!

 僕の予想は当たっていたようだ!

 僕は自慢じゃないが、察する力だけは人より長けていると思っている唯一の長所だ。

 僕は静香ちゃんの涙を皆に見せないようにして、一緒に部屋を出た。


「すみません! 久しぶりに会えたので、ちょっと小一時間ほどお茶してきます! 仕事中に本当、すみませ〜ん!」


 僕は静香ちゃんの肩を抱き、小走りで相談所を離れた。


 絶対に何か理由がある!

 静香ちゃんの挙動は何かに怯えているようで、演技をしなくてはいけない状態にあるようだ。

 誰かから能力で攻撃されているのか分からないが、助けを求めている事だけは確かだった。


「何があったんですか? 言える範囲で良いです。このまま幼なじみを振る舞えというなら、このままでいます。あなたを助けられる情報を下さい」


 僕は周りの人達に聞こえないように、小声で呟いた。

 静香ちゃんは涙を拭い、僕に微笑んでくれたが何も答えなかった。

 小声での会話も出来ないのかと思い、近くに不審な人が居ないかを警戒して注意しながら歩いていた。



 数分ほど歩くと、僕の行きつけの喫茶店が見えてきた。


「あそこで少しお茶しようか?」

「……うん」


『喫茶 一回休み』


 そこはテーブル席が6つ、カウンター席の椅子も6つのこじんまりした内装で、何処にでもある昔ながらの喫茶店という感じのお店だ。

 髭のマスターが入れるコーヒーは本当に旨いと評判で、軽食で食べられるナポリタンも絶品なのだが、店の名前は『一回休み』よりも『ひとやすみ』の方が良いんじゃないかと昔から思っている。


「いらっしゃいませ。2名様で宜しいですか? 奥のテーブル席をご利用下さい」


 今の時間帯は客も少なく、カウンター席に1人、テーブル席に1人、男性が居るだけだった。

 僕達は奥の席に座ると、すぐに注文をした。


「僕はメロンクリームソーダにするけど、静香ちゃんは何にする?」

「同じ物を2つお願いします」

「かしこまりました」


 オーダーを受けたマスターがカウンターの奥に戻ったので、静香ちゃんに理由を聞く為に話を切り出そうと思ったら、メロンクリームソーダを作り終えたマスターがもの凄いスピードで戻ってきた。


「お待たせしました」


挿絵(By みてみん)


 何かそんな気がした……

 一言で言うと、ここのマスターは頭が悪い。

 あの一瞬で3つも作るスピードといい、評判になるほどの腕前といい、只者じゃないのは分かっていたが、微妙につっこみにくいキャラなのだ。

 普通に考えれば2人しか居ないんだから「同じ物を2つ」って言われたら、合計で2つだろう。

 分かりにくかったら確認すれば良いのに……


「3つで120円です」

挿絵(By みてみん)

「安いな!!」


 昨日は1つで380円だったのに……

 急に何かのキャンペーンでも始めたのか?

 それより毎度の事ながら、すぐに会計しようとするのは何とかならないものか……


 僕は面倒くさいと思い、先に会計を済ませたら、まだ手をつけていないのに3つとも下げようとされた。

 いつも通りのバカマスターとの一悶着が終わり、やっと本題に戻る。


「パパなの」

「えっ!?」

「あれ、パパなの」


 静香ちゃんが目線を送ったカウンターの方を振り返ると、マスターが僕を睨み付けながらナポリタンを食べている。

「お前が食べるんかい!!」と、心の中でつっこんではみたが、状況が混乱し過ぎて訳が分からなくなってきた。


「静香ちゃん。いくつか確認したい事があるんだけど、ここでなら話せる?」

「はい」

「僕と静香ちゃんは会うの初めてだよね?」

「はい。初めてです」


 やっぱり。


「さっき、相談所で嘘をついてた理由は話せる?」

「はい。実は私の意思ではなく、私はある能力で攻撃されていたんです。そして、その事がバレるとえらい目に合うので、攻撃されている事をバレないように柳町さんだけをあそこから連れ出さなければいけなかったんです」

「今はもう大丈夫なの?」

「はい。ここに連れ出せた事で、攻撃は解除されました」

「誰に攻撃されていたの?」

「パパです」

「!?」


 マスターの方を振り返ると、今度はハムカツサンドを頬張りながら僕を睨み付けていた。


「私の名前は一ノ条 静香。あそこに座っている一ノ条 司の娘です」


 良く見ると、マスターの前のカウンター席に1人で座っていた男性は、昨日見た一ノ条さんだった!

 僕と目が合うと、一ノ条さんはゆっくりと歩いて来て静香ちゃんの隣に座った。


「私の分のメロンクリームソーダも注文してくれるなんて、粋だね柳町君」


 何か怖さと優しさが、同時に出ているような不思議な雰囲気を持っていた。

 一ノ条さんがメロンクリームソーダを一口で飲み干すと、奥からマスターがやってきて、グラスを下げた。


「追加のご注文はありますか?」

「同じ物を2つ」


 一ノ条さんがそう言うと、マスターはカウンターに戻り、またもやもの凄いスピードで帰ってきた。


「お待たせしました」


 テーブルにはハムカツサンドが2つ置かれた。


「お前が食ってたのと同じ物じゃねーよ!!」と、つっこみたかったが、そんな雰囲気ではなかったので、心の中に留めておいた。


「2つで120円です」

挿絵(By みてみん)

「だから安いな!!」


 その単価でやっていけるのか心配だったが、それよりマスターの脳みそが心配だった。

 一ノ条さんがお代を先に払うと、やっぱり手をつける前に下げようとしたので

「まだ食べます」

「すみませんでした」

 と、マスターとの一悶着の下りを繰り返し、やっと本題に戻れそうだった。


「マスター! 同じ物を2つ」


 静香ちゃんが余計な事を言う。

 物凄いスピードでやってきたマスターはナポリタンを2つテーブルに置いた。

「お前が1個前に食ってたやつじゃねーか!!」と、つっこみたかったが、つっこんだ所で普通の感覚を持っているのは僕だけなんじゃないかと思って、つっこむのをやめた。


「2つで4800円です」

挿絵(By みてみん)

「これが高いのね!!」


 この店がやっていける理由が分かったが、この後の下りはさっきと同じなので、説明は省略します。


「柳町君。君は、お嬢様とどんな関係なんだい?」

「僕は京子先生の助手です」

「今日の朝は、お嬢様の家から出て来たようだけど、本当にただの助手かい?」


 痛い所をつかれた。が、この時、静香ちゃんに何らかの能力で攻撃し、嘘をつかせてまでやりたかった事は、僕をここに連れ出す事なんだと改めて理解した。


「いろいろと訳があって、昨日は泊めてもらいましたが、今はただの助手です」

「今はというと?」


 この人の目的が分からない以上、どこまで話していいものやら……


「……。正直、ここだけの話ですが、僕自身は密かに好意を抱いていますが、京子先生がどう思っているかは分かりません。第三者から見てどう見えるかも分かりませんが、現時点ではただの先生と生徒……いや先生と助手の関係です」

「まぁ、とりあえずは君の言う事を信じよう。だが今のお嬢様にとって、君の存在は正直邪魔なんだよ」


 ちょっと失礼だと思ったが、貶されたのは僕だけだったので、一先ず怒りを抑えた。


「こちらにもいろいろ事情があってな。申し訳ないんだが、君にはお嬢様の前から消えてもらいたいんだ」


 そう言う事か……

 何となくそんな気もしていたが、引く気は全くない。


「理由を聞かないと納得出来ません! それに京子先生は、それを望んでいるんですか?」


 僕が強気に返した瞬間、場の空気が変わった。


「お嬢様から私の事は聞いているかい?」


 僕はあえて答えなかった。


「今は穏便にしているが、私が怒る前に素直に従った方が良い。そもそも本当なら、君にお願いするような事でもなく、物理的に君を消してしまう事も出来なくはないんだ」

「脅しですか?」


 それでも僕は一歩も引かなかった。


「お嬢様の気持ちを考えて、話し合いで済まそうと思ったんだが……」


 そう言いはなった瞬間、一ノ条さんは殺意を丸出しにした!!

 圧倒的な恐怖と威圧感で、オシッコがチビりそうだったが、僕は何とか持ちこたえた。

 前回の赤スーツGさんの時の免疫のせいか、ビビりはするものの会話も出来ないというほどではなかった。


「話し合いで済まそうと思ったんだが、何ですか? オセロで勝負でもしますか?」


 強気で押し返した僕を見て一ノ条さんが苦笑いしていると、マスターが奥からオセロを持って来た。

 何も言わずに無言のまま僕達はオセロで勝負したが、全面を黒で覆われた僕は2分で完敗した。


「参りました」


 とりあえず土下座した。


「しかし、勝負に負けたからといって、京子先生の前から消えるとは一言も言っていません!」


 その瞬間、正座したままの僕は一瞬で一ノ条さんに後ろをとられ、喉仏にはフォークが押しつけられていた。

 気付くと床には、喉から血が滴り落ちている……


「もう少し深く抉ろうか?」

「そ……そのフォークはマスターの作ったナポリタンを食べる為の物です! 僕の喉に突き刺す為の物じゃない!!」


 僕がそう言うと、さっきまで大人しくしていた静香ちゃんが素手でナポリタンを掴み、僕の喉仏に投げつけた!


「パパ。確かにそのフォークはナポリタンを食べる為の物だから、柳町君の喉と一緒に突き刺して食べると良いわ」


 この娘もグルか! さっきまでのは、ただの演技……

 何なんだ、こいつ達は……


「では、ひと思いに首ごといたただく!!」


 そう言って一ノ条さんがフォークを振り上げた!!


「司、もう良い!! その辺にしときなさい!!」


 店のどこかから渋い声が聞こえた。

 良く見るとテーブル席の端に座って英字新聞を読んでいた、もう1人の客だった。


 嫌な予感がする……

 一ノ条さんを司と呼び捨てに出来る人間なんて1人しかいない……


「君が柳町 新右衛門君か。噂通り良い面構えだな。鼻の穴を1つにしてあげようか?」


挿絵(By みてみん)


 さらっと怖い事を言ったその人は、どこか京子先生と似た雰囲気を持ち、今にも人を殺しそうな勢いで、僕に笑顔を振り撒いた。


「ワンさん……」

「黙っとれ、司!!」

「自己紹介が遅れたが、私は犬飼 治五郎という者だ。娘の京子がいつも世話になっているようだな」


 やっぱりだった。


「いえ。僕の方がお世話してもらっています」

「ふふっ。思ったより真面目そうじゃないか。ちょっと怖い思いをさせて悪かったね。申し訳ないが、君の事を少し試させてもらったよ」

「試す?」

「いろいろと事情があって言えない事もあるんだが、実は京子やその周りに居る人達が、これから危険な目に合う事が多くなるだろう」

「どういう事ですか?」

「その理由を言ってしまうと、君達が更に危険に晒されてしまう。だから、君達の安全の為に今は話す事は出来ない」


 安全の為……

 この人達は、僕達を守ろうとしてくれているのか?


「司や静ちゃんには、ちょっと悪い演技をしてもらって、君の肝がどれだけ据わっているか試させてもらったんだよ」

「ごめんなさい。あなたがどんな人間性なのか、知りたかったのよ。でも思ったより鈍感じゃなくて安心したわ。優しさも根性もあるし、少しは見込みありそうね」

「そうだな。お嬢様の周りは本当に危険になる可能性があるから、いろんな意味での強さが必要になってくる。腕力は無さそうだが、芯はお嬢様並みに強そうだ。まぁ、そうでなくてはお嬢様と一緒に居る事自体難しいか」


 重めのドッキリ大成功といった空気の中、僕は1人で疲れ果てていた。


「ちなみになんですが、あのマスターは?」

「彼はこの店の店主だろう。私達とは関係ない」


 意外とインパクトの強かったマスターは、裏の社会とは関係無かったのか……

 世の中分からん……


「柳町君。こういう状況なんで率直に聞くが、君は強くなる気はあるか?」


 急に真顔になったお父様は、本気の目で僕に問いかけた。


「君は確かに芯は強い。人として大事な部分をちゃんと持っている。しかしこの先、異能力業界に関わっていく以上、物理的な強さ無くしてまともな生活は望めないぞ」

「そうだ。異能力業界と闇社会は切っても切れない関係だからな。内密には動いているが、ワンさんが柳町君に接触した事がバレたら、B級能力者相談所(サテライトキングダム)も危険に晒される可能性が高くなるだろう」

「君にその気があるのならば、早急に特訓して強くなってもらいたいと思っている。そして京子の近くに居て、あいつを守ってやって欲しい」


 確かに、いつまでも守ってもらっているのは、男として情けない。

 京子先生ほどは無理だとしても、今より強くなる事は必要だと前から感じていた。


「お願いします! 僕をもっと強くして下さい!」

「そうと決まれば話は早い! では、明後日の朝7時に、富士山の山頂で待ち合わせだ!」

「山頂ですか!?」

 

 待ち合わせ場所に混乱している僕を、能面のような顔で見つめる3人。


「冗談だ」


 お父様といい京子先生といい、冗談なのか本気なのか全然分からない……


「諸々の事は近々の内に何らかの方法で連絡する。体調だけ整えて、待機しといてくれたまえ」

「分かりました」


 そう言い残すと、3人は何故か店の奥にあるトイレに向かった。

 なかなか出て来ないと思ったら既に姿は無く、3人はそのまま消えてしまった。

 やはりこの業界は、不思議な力を持った人達が本当に多い。

 思っている以上に住んでる世界が違うので、付いていくので精一杯だ。

 そういえば今回の事は何も言われなかったけど、この事は京子先生には黙っていた方が良いんだろうか?


 とりあえず仕事をほったらかして来てしまったので、僕はB級能力者相談所(サテライトキングダム)に帰る事にしたが、京子先生に本当の事を言うべきかどうか迷ったままだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

あきらさんです!

マスターはまた登場するか分かりませんが、次回もよろしくお願いします!!

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