第52話 やめてやれ!!ガムシャラに味方を殴る弥生!!
格好をつけてせせらぎに向かって行く尊の背中を見送った弥生は、少々困惑していた。
尊の稼いでくれた5分間で何か突破口を見出だすように言われても、弥生は作戦を考えたり、弱点を見破ったりする事は一番苦手だからだ。
怒りに任せてせせらぎに向かって行った事がそれを物語っている。
大抵の相手だったら、本気を出した弥生の体術の前に立っていられる者はそうはいない。思い付くまま気の向くままに攻撃して連戦連勝してきた事が、何よりも天才だと言われる所以なのだから。
しかしそれでも弥生は、無い知恵を絞って作戦を考えていた。
せせらぎは『最高キネシス』を使って見えない尊をガムシャラに攻撃しようとしていた。端から見ると、パラパラを踊っているようにしか見えないような手の動きでそこら中を攻撃しているようだった。『見猿、聞か猿、死人に口なし』の空間内では最高キネシスの影響がないようで『見猿、聞か猿、死人に口なし』の外の空間にある棚だけが次々と倒れていった。
「「この空間内なら、せせらぎの『最高キネシス』も通用しないのか!?」」
尊と弥生は同時に同じ事を感じた。
この瞬間、弥生は迷わずせせらぎに向かって行く。
尊もその様子を見て、弥生と一緒に攻撃を仕掛ける。
『最高キネシス』が遮断されたこの空間なら、5分を待たずにこのまま畳み掛けてしまった方が2人は勝機があると感じたからだ。
『見猿、聞か猿、死人に口なし』の残り時間は約3分。
尊と弥生は、ここぞとばかりに2人でせせらぎを集中攻撃した。
前から後ろから。
右から左から。
そして上からも下からもメチャクチャに殴る2人の攻撃は、5回中2回はカブっていて、たまにお互いを殴り合っていた。いや……ほとんど弥生が尊を殴っているようだった。
何故かここに来てコンビネーションの悪さを見せた2人だったが、残り30秒の所で相当なダメージを負ったせせらぎは気を失った。
「……や……やったか?……ハァ……ハァ」
尊は自分の傷を拭いながら倒れているせせらぎを見下ろしていた。
「そのようですね。でもトドメを刺しましょう」
「殺るのか?」
「勿論。このままでは婆様が報われない」
「でも天影自身が手を汚す必要はないんじゃないか?」
ここで尊の『見猿、聞か猿、死人に口なし』が解除された。
「天影さえ良ければ、せせらぎを一度拘束してイボルブモンキーに連れ帰った後、親父達に後始末してもらうが……」
「…………」
「天影も悔しいと思うが、お前が手を汚す事を鳥谷さんは望んでいないんじゃないか?」
弥生は自分の拳を見つめていた。
鳥谷 紫園の敵。いや……弥生にとっては、親の敵同然だろう。
しかし弥生は、気を失うほどせせらぎを殴った事で、ある程度の怒りは収まっていたようだった。
「分かりました。私の身勝手でいろいろな人に迷惑を掛けてしまいましたから、この後の事はイボルブモンキーに任せます。でもその前に、最後に1発だけこいつを殴ります!」
「良いだろう。せせらぎの事はこっちで責任を持つ。すぐに部下達をここに来るように手配するよ。事が終わったらまた天影に連絡する」
そう言うと尊はスマホを取り出し、弥生はそっと頷いてこれまでの想いを全て込めて拳を握りしめた。そして気絶しているせせらぎの顔面に拳を振り下ろそうとした瞬間、せせらぎの目が開き、尊と弥生はふっ飛ばされた!!
服の汚れを払いながら立ち上がったせせらぎは、何故か傷が癒えていて、殴られた形跡すら残っていなかった。
「ど……どういう事だ!?」
「さっきまでボロボロだったのに、一体……!?」
血で汚れていた口元を拭き、不敵に笑うせせらぎは余裕の表情で倒れている2人を見下ろした。
「まだ言ってなかったかな? 実は俺は特殊でな。異能力を2つ持っているんだ」
「ふ……2つだと!? ありえん!!」
「実は俺の脳は左脳だけが別の人間の物で、そいつの異能力も兼ね備えているんだ」
「左脳だけが別の人間の物!? そんな馬鹿な事があるなんて!?」
弥生と尊は驚きの表情を隠せなかった。
「そして、俺が持っているもう1つの異能力は『すべっても折れない心』。簡単に言うと治癒能力だ」
「治癒能力だと!?」
それを聞いた尊の顔が一気に青ざめた。
「今の俺の体力は無傷同然だ。さぁ……また1から戦ろうか?」
「ヤバいぞ……天影。俺はもう、マギアオーラを使い果たした。今の俺じゃ全く歯が立たな……」
そう弥生に告げようとした瞬間、尊の体がもの凄い勢いで飛ばされた。
『最高キネシス』でいたぶるように何度も壁に叩きつけられた尊は、うつ伏せに床に倒れ込むとそのままぐったりと動かなくなった。
「天影。これでお前と2人きりだな。お前はまだ異能力を使ってないが、このまま終わるのか?」
「そんなつもりはない!!」
弥生は尊に駆け寄って、生きている事を確認した後、せせらぎを睨みつけて異能力を発動させた。
「『子供の落書き』!!」
どこから出したか分からないスケッチブックにスラスラと謎の絵を描き始めた弥生を、せせらぎは腕組みをしながらのんびりと見ている。戦いを楽しんでいるのか馬鹿にしているのか分からないが、弥生を見下している事は確かだった。
「天影。お前ほどの女だったら俺の女にしてやっても良いぞ」
「寝言は寝てから言うものです。あなたもすぐに婆様の所に連れて行ってあげます!!」
ババァには興味ないといった表情を浮かべるせせらぎを尻目にしながら、弥生はひたすら絵を描いていた。そして数秒で絵が描き終わると、スケッチブックの中から飛び出した。
「ガルルルゥゥ……」
目を光らせ、歯茎を剥き出しにし、涎を垂らした狼のように獰猛な生き物は、スケッチブックから3匹ほど出て来て、獲物を見つけたかのようにせせらぎに向かって突進して行く。
苦笑いしながら腕組みをしていたせせらぎは、その生き物が噛み付こうとした瞬間に軽く手首を返し、振り払うようなアクションをしただけで、3匹とも壁に叩きつけられてしまった。
「キャイ〜ン……」
そしてその狼のような生き物は、生まれたての子鹿のようにプルプルしながら立ち上がれなくなるほどのダメージを受けると、煙のように消滅してしまった。しかし弥生はそんな事などお構いなしで、間髪入れずに畳み掛ける。
ペンを止めずに描き続けるスケッチブックからは、次々とモンスターが飛び出して来た。
ライオン? 熊? 像? ……いや、アリクイか?
最早、何のモンスターか分からないほどのクオリティーの絵なので、とりあえず『凶暴な生き物』とだけ表現しておこう。
弥生はどうやら質よりも量で勝負しようとしているようだった。途中からまともに描くのを諦めたせいか後半はほとんど殴り描きのような絵だったが、数える事が難しいくらいその数だけは多かった。
しかし、せせらぎにはその攻撃が届かない。
ターゲットに手をかざしただけで吹き飛んでしまう為、モンスター達は触れる事すら出来ずにいた。
その様子を見た弥生はスケッチブックを床に置き、今度は両手で絵を描き始める。
更にモンスターの数を増やし、せせらぎに休む暇を与えない。
「芸が無いな天影。この程度のモンスターじゃ何匹居ても一緒だぞ? それとも俺に『最高キネシス』連発させて、マギアオーラを使い果たさせるのが目的か?」
弥生は一瞬だけ、痛い所を突かれたというような表情をした。
「何だ図星か? 分かりやすい女だなお前は」
額から冷や汗が滴り落ちた弥生はそれでも描く手を止めようしなかったが、無情にもせせらぎの手は弥生に向かってかざされた。その瞬間、弥生の体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられた弥生は床に投げ出されると、壁に凭れかかるようにしてなんとか起き上がろうとしていた。
せせらぎは少しずつ弥生に向かって歩いて行き、途中にいた尊を蹴り上げてから更に近づいて来る。
「俺のマギアオーラを使い切らせようとしていたようだが、俺はオーラの量も通常の2倍はあるぞ。お前の方が保たなそうだが大丈夫か? この辺がお前の限界かも知れないな、天影」
「私に限界は無い!」
「この状態を見る限りじゃ、それこそただの寝言にしか聞こえないぞ」
「こう見えても、私は今寝てるんですよ」
「フン。俺もぶっ飛んでいるが、お前もやっぱりぶっ飛んでるな天影。言っている事がさっぱり分からん」
「私やあなたはぶっ飛んでいる内には入らない」
「何?」
「ナニナニに会えば分かります。本当にぶっ飛んでいるというのは彼女のような人間の事を言う。そしてある意味、柳町さんも……」
「ああいうただの馬鹿には用はない」
「あなたには用が無くても、ナニナニはあなたに用があるみたいですよ」
弥生の目線はせせらぎの後ろを見ていた。
自分を見ていない事に気付いたせせらぎが後ろを振り向くと、既に目の前には京子の飛び膝蹴りが迫っていた。慌ててせせらぎが京子に向かって手をかざそうとしていたが、『最高キネシス』を発動させる間も無く、せせらぎの顔面には京子の飛び膝蹴りが炸裂した!!
いつも読んでいただきありがとうございます!
あきらさんです!
今後は出来るだけ挿し絵を入れてから投稿したいと思いますので、これからも宜しくお願いします!!




