第49話 猫虎と江頭
聖夜と呼ばれたそいつは微動だにしなかった。
同時に襲いかかってきた3人の武器が聖夜に当たる瞬間、一瞬だけオーラが全身を覆う。金棒は弾き返され、真剣は折れてしまい、鎖鎌だけが体に巻き付いた。聖夜は巻き付いた鎖鎌を右腕で掴み、片腕で鎖鎌を持っていたモブ青スーツごと振り回して他の2人を薙ぎ倒してしまった。
他の青スーツ達と一緒に3人の青スーツも伸びてしまい、聖夜はその中で1人佇みながら溜め息を吐いた。
「やっぱり小者は何人集まっても小者か……」
鉄のブーツを脱ぎ、全身鏡の前で汗を拭く。
体を拭き終わったタオルを投げ捨て、上着のシャツを探していたが、中々シャツが見つからないようだった。良く見ると、体を拭いて投げ捨てたタオルがシャツだった。
聖夜は結局、そのびしょびしょのシャツを迷わず着る。
「着んのかい!!」と思いながらも、鶴瀬はその様子を一部始終見ていた。
さっきの戦いぶりを見て、その強さから明らかに幹部クラスだと感じていた事もあり、まともに戦うのは危険だと思っていた鶴瀬だったが、この時「もしかしたら頭脳戦でなら勝てるかも知れない」と頭を過った。
仕方なく聖夜と戦う覚悟を決めた鶴瀬はトレーニングルームの扉を少しだけ開けた。そして倒した青スーツから拝借したボールペンを出して掌に置き、自分の口の前まで持ってくる。そのペン先の照準を後ろ向きの聖夜に合わせた鶴瀬は、ボールペンに勢い良く息を吹き掛けた。するとボールペンが吹き矢のごとく、もの凄いスピードで聖夜に向かって飛んで行った!
後頭部に直撃しそうになった瞬間、聖夜はそれに反応する。後ろを振り返りもせずに親指と人差し指だけでボールペンを掴んでしまったのだ。
「そこに誰か居るのは分かっていた。サインならお断りだ!出て来い隠れファン!!」
ドアの方に振り返り、勢い良く怒鳴った聖夜の目には誰も映っていなかった。
しかしその瞬間、視界の端に鶴瀬の姿が目に入る。一瞬の内に真横まで来ていた鶴瀬は、既に後ろ回し蹴りのモーションに入っていた。
あと20㎝ほどで頭に蹴りが当たろうとしていたが、聖夜はその位置から即座にカウンターの左フックを合わせようとする。そのスピードは明らかに聖夜の攻撃の方が早く、鶴瀬も自分の蹴りが当たる前に聖夜のパンチが自分に当たる事がすぐに予想出来るほどだった。普通なら避けるのは絶対に無理な体勢だったが、鶴瀬はそのまま頭だけをスウェーさせて躱した。あまりにも不自然な体勢からの動きに聖夜も驚いていた。
鶴瀬はバックステップで1回距離を取り、後ろを取られにくい壁を背にして身構えた。
「あの体勢から俺のパンチを躱すのか……。お前、ただのファンじゃないな? 一体何者だ!?」
「せせらぎ 面太郎のファンだよ」
「そっちかい!!」
惑わす為に言った自分のしょうもないボケに対してそのつっこみもどうかと思っていたが、鶴瀬は今だに聖夜のキャラを掴めずにいた。
身体能力は自分より上なのは確実。
オーラを扱う事が出来る所から考えると、異能力者である事も間違いないだろう。
鶴瀬は自分の事がバレる前に倒したかったが、こうやって対峙してしまった以上、どんな能力を持っているのか警戒しながら戦かわなくてはいけなくなってしまった。ただ、今のつっこみによって頭が悪いという事だけは確信したようだった。
「せせらぎのファンだから、俺の存在が邪魔って事か? まぁ確かに、いずれ俺がせせらぎを倒してブルーハワイのトップに立つのも時間の問題だからな」
「…………」
「せせらぎのライバルになるような奴を消しておきたいっていうファンの気持ちも分からんでもないが、残念ながらお前に俺は倒せん。そして俺は、せせらぎ 面太郎より強い!」
「お前が探していたタオルはそのカゴの中にあるぞ」
聖夜がそのカゴに目をやった瞬間、鶴瀬が死角から殴りかかる。聖夜は躱せるスピードだと思っていたが、突然足下がすくわれてバランスを崩した。そして鶴瀬の強烈なパンチが聖夜の顔面を捉えた!
「ぐっ!」
聖夜は一歩だけよろけて鼻血を出した。
納得のいかない様子の聖夜は、鼻血を拭きながら鶴瀬を睨みつける。
自分の攻撃が避けられた事と、避けられると思っていた攻撃が避けられなかった事に、鶴瀬も異能力者なのではないかと悟る。
「……何だ今のは!?」
「ただのお通しだよ」
「殴っておいて金を取るのか!?」
「そういう意味じゃねーよ、ただの挨拶代りって事だ」と思いながら、鶴瀬は思っている以上にペースを崩される。心のどこかで「おかしい奴は柊 京子だけにしてくれ」と思っていた鶴瀬は、ここに来て聖夜のつっこみをさせられている事に対し、柳町の重要性を実感した。
頭のおかしい奴を相手にすると、つっこみの疲労度は半端ではない。正直鶴瀬は、ここに辿り着くまでの間に精神的には結構削られていたのだ。
「お前も異能力者だな? どっかの組の暗殺者か?」
「ラッキーカラーノイローゼの鶴瀬 ずんだ 要とだけ言っておこう」
「ラッキーカラーノイローゼ? ……鶴瀬 ずんだ 要? ……何を言っているんだお前は? 頭は大丈夫か!?」
「そこでまともな返しをしてくんな!」とつっこみたかったが、このままつっこんでいては体がいくつあっても足りないと思い、鶴瀬は頭を切り替えて戦略を考える方に脳みそを使う事にした。
聖夜は戦闘経験の多さからか、鶴瀬に一撃を入れられても比較的平然としていた。そして不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ、お前が誰でも構わない。少しは腕が立つようで嬉しいぜ。小者ばかり相手にしていたから丁度退屈していた所なんだ。俺は生粋の戦闘マニアだから強い奴は大歓迎だぜ! 俺が本気を出して戦える相手はそうそう居ないから、お前の本気を見せてくれ! どんな卑怯な手を使っても良いぞ!」
鶴瀬は厄介な相手に出会してしまったと心の中で呟いた。鶴瀬は経験上、戦闘マニアは戦い慣れている為に奇策が通用しにくい事を知っている。そして頭の悪い奴には何が奇策として有効なのかも分かりづらい。鶴瀬はまず、相手を探りながらメンタルを揺さぶる作戦に出た。
「青スーツの奴らに聖夜と呼ばれていたようだが、お前は何者なんだ?」
「俺は虎塚 聖夜。クリスマスに生まれた虎だ。そして今は、青の四獣最強の男でもある」
鶴瀬の嫌な予感は的中していた。只者ではない事は分かっていたが、予想通り青の四獣だった事は鶴瀬にとって嬉しくないビンゴだった。
人数が居れば良いという訳ではないが、幹部クラスの相手はタイマンでやるべきでは無いと思っていた鶴瀬にとって、この状況はある意味最悪でもある。勝ち負け云々の前に自分もタダでは済まないという覚悟が必要だからだ。でも考えようによっては、弥生達の元にこの男を行かせないという意味では好都合だとも思っていた。
「聖夜。お前は相当強いと思うが、お前が本気で戦ったのは何時以来だ?」
「つい先日だ。思い出すだけで腹が立つが、せせらぎの野郎にボコボコにされちまった。あと勝てなかったのはGさんくらいか……。ブルーハワイに入りゃ強ぇ奴と戦えそうだったから加入したんだが、正直今のせせらぎは化物だぜ。まぁ、俺ももう1度やったら負けるは気はしねぇけどな。知らない内にブルーハワイじゃナンバー3になっちまったが、あの2人もその内に俺が叩き潰すさ」
「その為にこうやってトレーニングしてるって訳か」
「まぁそんな所だ。ずんだは名探偵だな。とりあえずは、あの2人を倒さない事には俺のプライドが許さねぇ。お前はその為の踏み台になってもらう」
「踏み台ならお前の後ろにあるぞ」
さっきのフリと同じ様なフリなのにも関わらず全く警戒をしていない聖夜は、そのまま後ろを振り向いた。その瞬間、今度は鶴瀬のトラースキックがモロに聖夜の脇腹に直撃する。
一撃目に見せた後ろ回し蹴りの時よりも鶴瀬の動きは倍くらい早かった。
聖夜は天然で振り向いたのか、わざと隙を見せて攻撃を誘ったのかは分からなかったが、聖夜の予想していたスピードより鶴瀬の動きが明らかに早かったのは確かだった。そして鶴瀬は攻撃を畳み掛ける。
後ろを向き、反転してからの水面蹴りで聖夜の足下をすくい、体勢の崩れたその顎に右手でアッパーカットをお見舞いする。そのパンチを顎の下に左手を添えて受け止めた聖夜は、そのまま鶴瀬の拳を握りしめて逃げられないようにしたまま、右手で鶴瀬の顔面を正拳突きした。後ろにスウェーして避ける事が出来ない鶴瀬は、ブレイクダンスのコークスクリューのように体を捻ってパンチを躱す。右手を掴まれたままの鶴瀬は、捻った体をマトリックスのような体勢で着地し、勢いのまま両足で聖夜の顔面を捉えようとした。
避ける為にとっさに手を放した聖夜は、空中で体勢を崩している鶴瀬の背中に右肘を叩き込もうとする。しかしその瞬間、蹴りを躱されて空中で身動きが取れないようになっているはずの鶴瀬が、一気に間合いを詰めた事で聖夜が押し潰された。
2人共倒れ込む形になり、回転しながらお互いで間合いを取る。
変則的な動きの攻撃に困惑する聖夜は、そのまま警戒してマギア状態になった。
ずっと後手に回っていた聖夜は、ここで初めて自分から仕掛ける。
正面から突っ込んで行き、そのままの勢いで左手のパンチを繰り出したが、鶴瀬に右手で払いのけるように軽く往なされる。これも計算尽くだった聖夜は、往なされた勢いを利用して右のバックハンドブローを鶴瀬の後頭部にお見舞いした。
まともに入った一撃に前のめりに倒れ込みそうになったが、床に両手をついて逆立ちをし、そのままの体勢で蹴りを出す。聖夜はその蹴りをあっさりと躱し、逆に鶴瀬の背中に回し蹴りを炸裂させた。前方に投げ飛ばされた鶴瀬は、海老のように体全体を使ってバックステップし振り向きざまにをパンチを繰り出す。
「金剛雷牙!!」
そう叫んだ聖夜の左腕は虎…………いや、猫のような腕になり、凶暴な爪でパンチを繰り出してきた鶴瀬にカウンターを食らわせた!
鶴瀬の体は右肩からヘソの辺りまで爪の痕がザックリと入り、ずんだ色のウェットスーツもズタズタにされてしまった!
そして滴る血を拭いながら鶴瀬は片膝をついた……
「そ……その腕は……!?」
「言っただろう。俺はクリスマスに生まれた虎だと。全身を虎のように変化させる事が出来る能力、それが俺の『絶対に猫じゃない』だ!!」
聖夜は腕だけを変化させたつもりだったが、興奮状態のせいか顔の一部も変身していた。「その顔はどう見ても猫だろ!」とつっこみたかったが、鶴瀬の傷は思っている以上に深くダメージは深刻だった。足元はふらつき、多少の目眩もしてきている。
「今の一撃でお前のダメージは相当のようだが、この程度で終わってくれるなよ」
「くっ……」
「まぁそれはそうとしても、最初から気になっていたんだが、もしかしてその首の傷はドミニクと戦ったのか?」
鶴瀬は動揺していた。
確かにドミニクとは戦ったが、首は噛まれていなかったはずだからだ。
鶴瀬は全身鏡で自分の姿を確認しながら首筋に手を当ててみると、確かに2つの小さな穴が空いていて噛まれたような傷になっていた。その傷は、本当に気付くか気付かないか分からない程度の小さなものだった。本人が気付かない程度なのがそれを物語っている。
「1つだけ言っておくと、ドミニクの牙には毒がある。もし噛まれていたとしたら、今のお前は本調子じゃないんじゃないか?」
鶴瀬には心当たりがあった。馬鹿を相手にしていた疲労感だと思っていたが、途中から体の怠さを感じていたからだ。
「ドミニクの毒は全身が麻痺する程度で死に至るほどじゃない。まぁだからと言って同情するつもりはないが、とりあえずお前の本気を見せてくれ。お前の能力がなんだか分からんが、まだまだいろいろ技があるんだろ? 死ぬ前に出し惜しみだけはしないでくれよ」
「そこまで言うならしょうがない。このまま戦っていても体力があまり長く持ちそうもないから、俺の戦い方を見せてやるよ」
気合いを入れ直した鶴瀬の目は見開き、全身は強烈なマギアオーラに包まれた。爪で裂かれた上半身の部分だけウェットスーツを破り捨て、江頭のような格好になった鶴瀬の背中からは布袋寅泰の『スリル』が流れてきそうな感じすらした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
あきらさんです!
Twitterの方では、少しずつ絵のついたキャラクター紹介をしているのですが、今年は少しずつ挿し絵も描いていきたいと思っています!
絵師さんに描いてもらえたら一番嬉しいのですが、私の小説を気に入ってくれる絵師さんに出会うまで、何とか頑張って描くぞ~!!
今後とも宜しくお願いします!!




