第40話 骨付きチキンと熱々チーズ
テラフェズントの別荘である翡翠邸で、エロマギア状態を会得した柳町は、どういう訳か京子と一緒のダブルベッドで寝る事になった。
いつもお預けのこのくだり。
今回の2人の恋愛関係は、一体何処まで進展するのか……
眠れない……
どうやっても眠れない……
ファルセットでも京子先生と同部屋だったけど、その時は別々のベッドだったし、特訓でクタクタになっていたから、何とか寝る事は出来たけど、さすがに同じベッドだとこの興奮状態では寝る事は出来ません!
「柳町君、起きてる?」
「お……起きてます」
「私、何か今日は寝つきが悪くて」
「ぼ……僕もです」
「何でも良いから、たわいもない話してよ」
「た……たわいもない話ですか?」
「うん。たわいもない、面白い話」
たわいもない、面白い話……
さらっと、ハードルが上がっている……
「じゃ、僕がB級能力者相談所に来る前の話をしますね」
「うん」
「実は僕、昔から何の取り柄もなくて、やりたい事も何もみつからなかったんです」
「ふ~ん……そうなのね。取り柄がない事は知ってたけど、やりたい事もなかったのね……」
「が……学生時代は良くいじめられてましたし、高校を卒業してからも一度就職しましたが、3ヶ月で辞めてしまいました」
「そういえば、入社面接の時にそんな事言ってたわね。何の仕事だったかしら?」
「扇子を作る仕事です」
「センスがないのに?」
「そ……そうです。その時の師匠にもセンスがないって言われました。今ならまだ間に合うって言われて、転職するように勧められたんです」
「それで本当に辞めたの?」
「辞めました」
「それって、お師匠さんが柳町君の事を試したんじゃないの?」
「今思えば、そうだったんだと思います。でもその時は、既に人間不信になっていたんで、本当に辞めた方が良いんだと思って、すんなり辞めましたけど、後から考えれば僕が本気かどうか試したんだと思います」
京子先生はゴロゴロと寝返りをうち、掛け布団を1人で体に巻き付けていた。僕は掛け布団を分けてもらえず、何も掛けないまま話を続けた。
「就職する時に家を出て1人暮らしをしていたんですが、その後はうまく就職が決まらなくてバイトで食い繋いでいました」
「何のバイトをしてたの?」
「カレー屋さんです」
「そう言えば、あのきったない字で書かれた履歴書にもそんな事が書いてあった気がするわ」
「い……家の近くのカレー屋さんで1年くらい働きました」
「お店の名前何だっけ? 何か、イタリアに住む海賊王みたいな名前だった気がするけど。どっかで聞いた事あるような名前だったのよね……」
「ヘルシーソクラテスです」
「そうそう! ヘルシーソクラテス! 私、そこに行った事あるかも知れない! 何か、眼鏡を掛けた時計職人みたいな、小柄な老人が1人でやってるお店よね?」
「はい。一応、ご夫婦でやってるんですけど、確かに京子先生は一度食べに来てます」
「やっぱり!? 私が食べに行った時に柳町君居たのね?」
「い……居ました」
ちょうどバイトが上がれるタイミングだったので、その後京子先生を尾行してしまった事は言えませんが……
「何か、骨付きの大きいチキンが入っていたカレーだったのは覚えてるわ」
「……? 骨付きのチキンですか?」
メニューの中に、骨付きチキンの入っているカレーは無かったような気がするけど……?
「あっ、間違えたわ。骨付きチキンが入ってたのは、柳町君の家の郵便受けだったわ」
「入ってました! そういえばいつだったか、カレーの匂いがする骨付きチキン入ってました!! まさかあれ、京子先生の仕業なんですか!?」
「何でもかんでも私のせいにしないでよ!」
「す……すみません」
「常識じゃ考えられない事が起こった時に、全て私のせいにされるのは心外だわ!」
た……確かにそうですよね……
ブルーハワイや裏組織と関わるようになってきてからも、常識外れな事ばかり起きているから、今までだったらともかく、一概に京子先生のせいにするのも良く考えたら失礼な話だ……
「京子先生……本当にすみませんでした。勝手に京子先生のせいだと思い込んでしまって……」
「いいのよ別に。私は昔からそうだったのよ。普段から破天荒な所があったから、周りで変な事が起きたらほとんど私のせいにされていたわ」
「そ……そうだったんですね……」
知らず知らずの内に、また僕は京子先生を傷つけてしまったようだ……
「私も学生時代は、本当にそういう濡れ衣が多かったわね。変な出来事が多かったっていうのもあるんだけど」
「変な出来事ですか?」
「そう。高校時代、学校で作ったクリスマスツリーのてっぺんに、本物のサンタクロースがぶら下げられていたり、体育館の天井に学校にあった全てのバレーボールとバスケットボールが挟まっていたり、全教室の椅子が全てお子様椅子になっていたなんて事もあったわ」
「どんな学校なんですか!? もうイタズラを超えて、事件レベルの怪奇現象じゃないですか!」
「私は、学生時代から頭がおかしい事で有名だったから、こういった事がある度に私のせいにされていたの」
「ヒドイですね……いくらなんでも、そこまで京子先生のせいにするなんて……」
「確かに9割方やっていたのは私なんだけど、サンタクロースをクリスマスツリーにぶら下げるなんていうデリカシーのない事はやらないわ」
「大体やってたんですか!?」
「勿論、足がつかないようにやってたから大丈夫だったけど」
何が大丈夫なのか分からないけど……
京子先生はデリカシーという言葉の意味も分かっていない気がする……
「柳町君、私の学生時代の事はいいのよ。柳町君の事をもっと教えてよ」
僕は正直、京子先生の学生時代の方が興味ありますが……
「柳町君は、彼女居た事あるの?」
「ないです……」
「そう。じゃ、私と付き合ったら私が初めての彼女になる訳ね」
「…………」
「何、固まってんのよ」
「い……いや……」
「私じゃ不満なの?」
「そんな事ありません!」
「弥生みたいな可愛いらしい娘の方が好みかしら?」
「弥生さんは可愛いいと思いますけど、僕は京子先生の方が……」
「ゼットゼット……」
「ゼ……ゼットゼット?」
「ゼットゼットゼット」
「き……京子先生!?」
「ゼットゼットゼット……」
「京子先生!? も……もしかして寝てます!?」
Zzz……と言いながら寝る人を初めて見た!
僕は知らない内にエロマギア状態になっていたので、欲望の氾濫で股間の興奮を抑え、何とか眠りにつこうとした。
横でぐっすりと寝ている京子先生のせいで、結局寝る事が出来なかったので、部屋を出て大広間のソファーに横になろうとしたら、真っ暗な中で鶴瀬さんが煙草を吸って寝れなそうにしていた。
お互い、同じ境遇だという事を悟った僕達は、たわいもない話をした後、2人でソファーに横になった。
翌朝、熱々のチーズを顔にかけられて飛び起きた僕は、急いで冷水で顔を洗い、京子先生と一悶着起こした後、皆で鶴瀬さんが作ってくれた朝食を食べる事になった。
時刻は7時30分。
フレンチトーストとスクランブルエッグ。そしてサラダやコーンスープもついた、いかにも弥生さんが好きそうな朝食だった。
デザートとコーヒーまで出してくれた鶴瀬さんは、手早く食器を下げ、後片付けまでしてくれた。手際の良さや器用さは、今まで見た誰よりも凄いと思った。こんな人がいつも側に1人居てくれたら、どんなに助かるだろうか。
良く見ると、京子先生は冷たい目で僕を見ていた。「使えない助手ね〜」という心の声が今にも聞こえてきそうなその視線を感じ、僕は部屋に戻って急いで掃除を始めた。
「言われる前にとっととやれや!」という威圧感は半端なく、付き人としてのレベルの違いで恥をかかされた感が強いのか、その後の京子先生は何処と無く悲し気な表情をしていた。
一通り掃除も済み、今後の動きについて話し合いをしようとした矢先、翡翠邸のドアをノックする音が聞こえた。
「すみません。イボルブモンキーの者ですが」
鶴瀬さんが連絡をとってくれていた、イボルブモンキーからの討伐メンバーが来たようだ。
鶴瀬さんがドアを開けると、そこには以前の会合で会った猿正寺 尊さんと朝比奈 薫さんという綺麗な女性が立っていた。
「改めて紹介させていただきますが、私は猿正寺 光秀の息子、尊と申します。こちらは父の側近で朝比奈 薫さんです」
「朝比奈 薫です。よろしく」
「よろしくお願いします。では、入り口で話すのも何なんで、中にお入りください」
そう言って2人を中に迎え入れた鶴瀬さんは、皆をテーブルの方に誘導し、コーヒーを出してくれた。
僕と京子先生と弥生さんもテーブルに付くと、今回の目的について京子先生が話し出した。
「前回話した通り、ブレイブハウンド、イボルブモンキー、テラフェズントによる3組織で連合を組み、ブルーハワイを叩き潰すという為に集まってもらった訳だけど、話を進める為に、とりあえず私がリーダーとして仕切るって事で良いかしら?」
「す……すみませんがあなたは……?」
そうだ!
あの時は浪花さんの格好で覆面をしてたから、尊さん達は誰だか分かってないのかも!
「私の名前は柊 京子。ある時はB級能力者相談所の所長。そして、ある時は浪花のブラックダイヤモンド。何を隠そうその実体は、完璧過ぎる事が唯一の悩み。柊 京子とは私の事よ!」
セーラーム◯ンばりにキメポーズをとった京子先生は、もうどうでも良くなったのか、あっさりと正体を明かした。
ここまで来たら、犬飼 治五郎の娘だという事さえバレなければ、浪花さんだろうが、京子先生だろうがどうでも良いのかも知れない……
B級能力者相談所が危険に晒される可能性もあるだろうが、逆に京子先生の存在を知らせた方が、喧嘩を売ってくる奴らが少なくなるかも知れないな……
そこまで京子先生が考えているかどうかは分からないが、どちらにせよ今の京子先生に敵う奴らはいないだろうし……
「あ〜! あの時、黒い覆面をしていた方ですね!女性だという事は分かっていましたが、まさかこんな美人な方だったとは……」
「尊さん。こういう場で女性を口説くのはやめてください」
「べ……別に口説いている訳じゃありませんよ! オヤジと一緒にしないでください!」
朝比奈さんにつっこまれて必死で弁解している尊さんの姿を見ると、お父さんである光秀さんとは違い、女性関係には真面目そうな感じがした。
「坊やが私を口説くなんて10年早いけど、流石エロジジイの息子だけあって、見る目はあるみたいね。私はまともな人間には興味はないから、口説きたかったらもっと破天荒に生きなさい!」
別に口説く気ないですけど……と言いたげな尊さんを横目に、結局京子先生がこの場を仕切る事になった。
「ブルーハワイの事で分かっているのは、新潟のある地域に居るという事。そして地下に潜伏しているという事よ」
「ナニナニ、もう場所は完全に特定出来ているんですよね?」
「大丈夫よ。その辺はぬかりないわ。ただ相手の戦力や能力が、多少未知な部分があるから、その辺だけは要注意ね。私的には問題ないけど、皆の面倒を見れるかは保証出来ないわ。単独で行くよりも、少なくとも2人1組で行動する方が安全だと思うから、雑魚は出来るだけまとまって行動しなさい」
雑魚とか言うな……
っていうか、この状況って僕がつっこまなかったら誰もつっこむ人いない系!?
京子先生を野放しにしてはいけないと思い、僕は改めて気を引き締めて、つっこみの手を緩める事なく京子先生の進行をサポートしようと思った。
「柳町君。そんな事よりももっと重要で、先にやらなくちゃいけない事があるでしょ?」
「な……なんですか?」
「分からないの? このチームの名前よ! 臨時で作られたチームなんだから名前くらいいるでしょ!?」
「た……確かにそうですね」
「ちょっと皆も呑気に構えていないで、ちゃんと名前を考えなさいよ!」
京子先生に促されて、各自一人一人が最低でも1個ずつ組織の名前を考える事になった。
京子先生の気に入るような名前を考えるのは一苦労だが、それも試練だと思い、皆は黙ってチームの名前を考えていた……
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!
もっと小まめに投稿したいと思っているのですが、なかなか難しいです……
私も気持ちが落ち込んだ時は、自分の作品を読んでテンションを上げているので、皆さんも気持ちが落ちてきたら、気軽に読んでください!
短編もよろしくお願いします!




