第38話 弥生と京子のバードウォッチング
テラフェズントの別荘である翡翠邸で、弥生と鶴瀬と一緒にブルーハワイを倒す為の密会をしていた京子と柳町。
夕食を食べながら雑談をしている中、弥生が鳥谷 紫園との思い出話を語り出した……
「私は自分の両親を知らないの」
「どういう事ですか?」
「幼少の頃の記憶はあまりないけれど、私が物心ついた時には、既にばば様が居るこのテラフェズントでお世話になっていたわ」
確か天影さんは20歳だって言ってたから、約20年くらいは鳥谷さんと一緒に居たって事か……
「本当の両親を知らない私にとって、ばば様は親同然なの。戦いの事や異能力の事、それに礼儀作法から学校の勉強まで、生活に関わる全ての事は、ばば様から教わったわ。今の私があるのは全てばば様のおかげなのよ」
そんな親しい存在だった人を亡くされたなんて……
「ばば様とは、ずっと寝食を共に過ごしてきた。時に喧嘩をする事もあったけど、私にとってばば様は全てで、唯一の家族だったわ。他に何もいらないから、近くにばば様が居てくれれば良かった。それだけで良かったの。あいつらが現れるまでは……」
「ブルーハワイの奴らですね」
「正直、ばば様がやられるなんて思っても見なかった……。ブレイブハウンドの犬飼さんと戦った時ですら、あそこまでされた事はなかったのに、あんなにボロボロにされるなんて……。あの日、私がばば様の元に駆けつけた時は、既に手の施しようがなかった。出血もひどく、あそこまで容赦なく痛めつける事が出来るなんて、人間のやる事じゃない!絶対に許せない!」
天影さんは目にいっぱい涙を溜めて、悔しさで震えていた。
「死んでもあいつらを見つけ出して、私の手でケジメをつけてやるの」
「で、その感動巨編にオチはあるの?」
「き……京子先生!?」
「ないわよ」
「ただの復讐劇じゃない。オチのない長い話ほどつまらないものはないわ。延長戦の末、スコアレスドローなんてあり得ない。弥生と言えどもこの借りは高くつくわよ」
京子先生……いくらなんでもちょっと言い過ぎじゃ……
「ナニナニ。奴らの居場所を教えてくれたら何でもするわ」
「じゃ、全裸になりなさい」
「ちょっ……!京子先生!?」
天影さんは迷わず服を脱ごうとしたが、その手を止めて鶴瀬さんが服を脱ぎ出した!
「ちょっ……要さん!? やめてください!!」
「いえ! やめません! 弥生さんが脱ぐぐらいなら僕が脱ぎます!」
「あんたが脱いでどうすんのよ。あんたが全裸になったって、弥生が喜ぶだけでしょ? 私が見たいのは柳町君の全裸よ」
「僕ですか!? 何で急に僕!?」
「弥生の為に全裸になる勇気があるんだったら、教えてあげるわよ」
な……何で急にターゲットが僕になったんだ!?
「柳町君、頼む!弥生さんの為に全裸になってくれないか!」
「いや、京子先生の代わりに言うけど真面目か!!
で……でも、それで天影さんの気持ちが晴れるなら、全裸になっても良いですけど」
「本当かい!? 柳町君!!」
「でも条件があります!天影さん!あなた1人では行かせる事は出来ません!! 1人で行く気なら、僕は脱がない!!」
「わかりました。私は1人では行きません。だからお願いします」
「弥生。嘘はダメよ。あなたがそんな簡単に折れる訳ないでしょ。その場しのぎの嘘は、私には通用しないわ」
この場が静まり返った……
「弥生……あんたまだ気付かないの?」
「?……どういう事ですか?」
「あんたは1人じゃないって事よ!! こうやってあんたの為に全裸になってやろうっていう変態が2人も居るのに、1人で抱え込んでんじゃないわよ!!」
僕はともかく、真面目な鶴瀬さんまで変態呼ばわりするのはどうかと……
でも、確かに京子先生の言う通りだ!
「そうです、天影さん!あなたは1人じゃないです! ブルーハワイの奴らは憎いけど、怒りに任せて1人で乗り込むのは間違ってる!! 皆の力を頼ってください!!」
「柳町さん……」
天影さんは冷静さを取り戻したようだった。
大きなため息をついた後、テーブルの上で両手の握りこぶしを震わせてゆっくり目を瞑ると、感情が一気に溢れ出したのか、我慢出来ずに号泣した。
何も言わずに天影さんの傍に駆け寄った京子先生は、彼女を思いっきり抱きしめて、自分の胸で泣きたいだけ泣かせていた。
その姿を見ていた僕と鶴瀬さんも涙を止める事が出来なかった。
京子先生だけが、優しい笑顔で天影さんを包み込み、泣きじゃくる彼女の全てを受け止めていた。
ご飯が冷める前に食べ終えた僕達は、気持ちを切り替える為に順番にお風呂に入り、一段落してからまた皆で集まった。
気付くと時間は既に20時を回っていた。
「ナニナニ、さっきはありがとう。皆さんにもお恥ずかしい所を見せてしまってすみませんでした」
天影さんは本当に素直だ。きっといろんな意味で純粋過ぎるんだろう……
照れくさそうに頭を下げた天影さんは、気を取り直して今後の事について話し出した。
「ナニナニ、これからどうしますか?」
「そうね。この翡翠邸って場所が気に入ったから、とりあえずここを本拠地として活動しましょう」
「本拠地ですか?」
「そうよ。何、バカみたいな顔してんのよ新右衛門君。大丈夫?」
「だ……大丈夫ですけど、本拠地っていうのは一体……」
「まぁ実質、私が居れば1人でブルーハワイなんか叩き潰せるんだけど、会合の時に乗り込まれた件もあるから、あの時話したように、ブルーハワイを討伐する3組織の連合を立ち上げようと思うの」
「そうですね。あの時はブルーハワイに先手を取られてしまいましたから、改めて討伐隊を立ち上げるのは、ナニナニにしては良い考えだと思うわ」
「弥生は一言よけいよ」
こうやって軽い冗談を言い合えるのが、本来の関係なんだろう。
何かやっと普段の2人に戻ったという感じで、少し安心した。
「ブレイブハウンドからは、僕と京子先生とフィレオフィッシュ牛尾さんの3人が、討伐隊のメンバーとして参加する予定でしたけど、テラフェズントさんの所では誰が参加予定だったんですか?」
「私と要さんの2人です。頭数が必要だったらもう2人手配する予定でしたけど、今のテラフェズントの戦力を考えると、内部から選抜する事は組織の存続に関わるので無理だと思います。あなた達と同じように、外部から同業者をスカウトするという形になりますね」
今回の件で、どの組織も大打撃を受けている事は間違いない。
そう簡単に優秀な人材なんて手配出来る訳ないか……
「分かったわ。じゃ、あとはイボルブモンキーね。面倒臭そうなエロじじいだけど、話を通さない訳には行かないものね」
京子先生も、既に猿正寺さんの事をエロじじい呼ばわりしてるし……
「猿正寺様の方には私から連絡してみましょうか?」
「要さんの方から?」
「ええ。この中に直接連絡を取れる方が居れば別ですが」
「僕は猿正寺さん達が入院中に、良くお見舞いに行ってたので、少し仲良くさせてもらいましたけど、連絡先までは知りません」
「私もほとんど面識ないわ。エロじじいって事くらいしか知らない」
「私もばば様から、猿正寺さんだけは遠ざけられていましたので、連絡先までは知りません。テラフェズントで調べれば、話は別ですが……。要さんはご存知なんですか?」
「猿正寺様ではないんですが、実はイボルブモンキーに所属の神谷 一樹という者とは、若い頃に一緒に仕事をした事があって、古い知り合いなんです」
「そうなんですね!」
「組織間の問題もありますので、最近はほとんど連絡は取っていませんが、お互いが今の組織に所属する前に、何度かチームとして一緒に仕事をした仲です。そこまで仲が良い訳ではないですが、すぐにイボルブモンキーと連絡を取る事は出来ますよ」
裏の社会も意外と狭いって事かな……
でも他の組織に知り合いが居るって、少しヤバいんじゃ……
「要さん。要さんの事だから問題ないとは思いますが……」
「大丈夫です、弥生さん。弥生さんが思っているようなスパイ的な活動はしていません。一応、お互いが自分達の組織を愛しているので、組織に対しての裏切り行為は一切していません。もし、そんな話を持ち掛けられたとしても、私はその時点で縁を切ります。
神谷君とは命を懸けて戦った仲ですから、信頼も出来る存在なんです。弥生さん達には信用してもらえないと思って、あえて黙っていましたが、私達はクリーンな関係です。彼と関わる時は、組織の人間という事よりも、1人の人間として関わってきましたから」
「何か言い訳がましいけど、そこまで真剣な眼差しでオチもなく語るって事は、本当なんでしょうね」
京子先生……
申し訳ないですが、鶴瀬さん糸目なんで、真剣な眼差しかどうか分からないんですけど……
サラっとオチがないとか言ってるし、軽くディスってますよね……
「分かりました。ではイボルブモンキーからの討伐メンバーの件は、要さんに任せます」
「かしこまりました、弥生さん」
何か鶴瀬さんと天影さんの関係って不思議だよなぁ……
多分……いや、絶対だと思うんだけど、鶴瀬さんって天影さんの事メチャクチャ好きなんじゃないかな……
誰が見ても明らかに好意を持ってるように見えると思うんだけど、天影さんはその事に全然気付いてなさそうだし……
何か鶴瀬さんって残念な人に思えてきた……
「鶴瀬さん!頑張りましょう!」
僕は鶴瀬さんの肩を抱いて、励ます言葉を掛けた。
「?……は……はい……」
鶴瀬さんは戸惑っていたが、僕から距離をとって神谷さんという人に電話をしているようだった。
電話をしている間に、鶴瀬さんがデザートとして出してくれた杏仁豆腐を皆で食べていた。
「そういえば、京子先生と天影さんっていつから知り合いなんですか?」
「ナニナニと出会ったのは2年くらい前です」
「そうね。あの頃の私は、ずっと相方を探してたの」
「あ……相方ですか? 何かその言い方だと漫才でもやるように聞こえますけど……」
「勿論、漫才も視野に入れてたわよ」
「どういう事ですか? アイドルデュオじゃなかったんですか?」
「最初から、何をやるかは決めてなかったの。ビーチバレーでも良いし、漫画家でも良いし、バードウォッチングでも良かったの」
バードウォッチング……
「何かしらの能力で、私と対等かそれ以上の素質を持った人間を探してて、その世界でトップを狙えそうな逸材をずっと探して旅をしてたの……北千住辺りで」
「き……北千住ですか?」
バードウォッチングで世界を獲るっていうのも、あんまりピンとこないけど……
「そしてある日、品川水族館で営業があった時に、駅の改札でまごついている弥生に出会ったの」
「き……北千住じゃなかったんですか? それに営業って一体、何の営業なんですか?」
「そんなの、相方がいないんだから、ピン芸人としての営業に決まってんでしょ!」
いや……決まってはないと思いますけど……
「品川に行ったのはアシカを見たかったからよ!」
「私もです」
「天影さんもですか!?」
「私、それまで電車に乗った事がなかったんです。だから改札の仕組みが全く分からなくて、何度も逆から入ろうとしてて、ずっと正解してたんです」
「天影さん! あの音は、クイズに正解した時の音じゃないです!」
や……やっぱり天然なのかな……?
ま……まぁ可愛いから許されるけど……
「私はそこで弥生を見つけたの。一目見た時にポンっと来たわ!」
「ピンっですよね!?」
「パッと見は、中身のない子に見えたけど、私に勝るとも劣らないそのビジュアルを見た時は、もうこの子しか居ないと思ったの! それで弥生に声を掛けて、今世紀最大の殴り合いが始まったのよ」
「何きっかけですか!? 改札でピンコンピンコンいってる人に声掛けて、殴り合いの喧嘩になるってどういう状況!?」
「その辺の流れは良く覚えてないけど、あの頃から弥生は半端なく強かったわね」
「私も自分と同じくらい強い人に会ったのは、ばば様以外では初めてでした」
殴り合いに発展したのは本当だったんだ……
「そして、何だかんだで意気投合して、アイドルとしてデビューする事になったんだけど、正統派で売っても面白くないから、闇アイドルとして裏社会でデビューする事にしたの。勿論、その頃からお互い本職もあったから、趣味というかバイト感覚でやっていたんだけどね」
「ばば様の居るテラフェズントで生活している以上、裏社会で生きて行く覚悟はしていたんですが、昔からアイドルには興味があったんです」
天影さんなら、すぐにトップアイドルになれると思います!
「今は忙しいから、月に1、2回早朝ライブをやってるだけね」
「そ……早朝ですか!?」
「大体4時〜5時ね。お客も9割以上が、昔ヤンチャしてたおじいちゃん達だから、健全なものよ」
そういえば、ブルーハワイがまだ赤スーツだった頃に僕が捕まった時、助けに来てくれたおじいちゃんがそんな事を言ってた気がする!
ターゲットがおじいちゃんだから、早朝ライブなのか!
「もし良かったら、柳町さんも私達のライブにいらしてください」
「是非、行かせていただきます!」
あ〜……天影さんと京子先生のアイドル姿、見てみたい!!
興奮が収まらない僕は、勝手に2人のアイドル姿を想像していた。
京子先生の事だから、絶対に露出度の高いコスチュームだろう。
ニヤケが止まらない僕を、殺人鬼のような目で睨み付ける京子先生だったが、その間に入ってくるようにして、鶴瀬さんが戻って来た。
「神谷君と連絡がついたので、事情は全て説明しました。猿正寺さんにも話を通してくれるという事なので、明日の早朝にはイボルブモンキーの討伐メンバーもここに到着するはずです」
「分かったわ。積もる話もあると思うけど、今日の所はこれでお開きにしましょう。これからエロい時間帯に入ってくるし、ブルーハワイの件は、明日お猿さん達が来てからって事で良いわね。では解散!」
京子先生の掛け声で一端解散し、各自が自由に行動していた。
エロい時間帯の下りをもう少しつっこみたかったが、とりあえず僕は泊まる部屋を確認しに戻った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!
書けば書くほど自分のスキルの無さを痛感しますが、とにかく今は書きます!
ストーリー展開が遅いと、巷で言われてるとか言われてないとか言われてますが、楽しんでもらえていると信じて書きます!
次回もよろしくお願いします!!




