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第32話 黒革のネタ帳

鳥谷 紫苑は亡くなってしまったが、無事、治五郎と猿正寺は一命を取り止めた。

そして同じ病院で入院していた京子だったが、無事退院する事ができ、弥生に会う為に柳町と一緒に病院を後にするのだった……


「電車に乗るのなんて何年ぶりかしら」

「僕はたまに乗ってます」

「アンタの話なんて聞いてないわよ」


 天影さんに会いたいと、正直に公言してからの京子先生は、僕に対して露骨に冷たくなった。

(コスチュームは浪花さんですが、公共の場に来てからマスクは被っていないので、この下りは京子先生で統一します)


 僕と京子先生は電車に乗り、テラフェズントの本部がある場所を目指した。

 電車の中でも、ピッチリとした全身タイツで堂々としていられる京子先生のメンタルが、本当に凄いと思う。キャッツアイでももう少し(おごそ)かにしているのに、さすが世界一万引きをしない女性と言われるだけある。


「ところで柳町君。この埼京線っていうのは何線なの?」

「!?……埼京線は埼京線ですけど……」

「ふ~ん……そうなの。じゃ、この北戸田っていうのは群馬なの?」

「全然違います!! 京子先生!もしかしてですけど、まさかこの電車が何処に向かってるか分からなかったりしてます?」

「分からないわよ。新右衛門君に連いて来たんだから」


 嘘でしょ!? あんなに迷いなく駅までズンズン歩いて来たくせに、それはないでしょ!!


「き……京子先生、確認しますけど、天影さんに会いに行くんですよね?」

「当たり前でしょ!ワタシ、サッキソウイッタワヨネ!」

「何で急にセルジオ入った!?」


 電車の車両はそれほど混んでいなかったが、周りの人は僕達の事を不思議そうな目で見ていた。

 まぁ、もっともだとは思いますが……


「弥生には会いに行くんだけど、その前に寄りたい所があるのよ」

「何処ですか?」

「それは行ってからのお楽しみよ。とりあえず西荻窪に向かってちょうだい」


 電車はタクシーじゃないんですよ!って言ってあげたい、やるせない気持ちを心にしまい込む事で、僕また一つ我慢強くなった。

 いつもの京子先生に戻った喜びと、また新たに始まる地獄の日々を想像して、どこか複雑な気持ちにはなっていたが、とりあえずは元気でいる事が何よりです。

 京子先生の指示通り西荻窪に向かうという事で、埼京線から総武線に乗り換えるルートで目的地に向かう事にした。

 西荻窪には一体何があるのだろうか……


「柳町君、あなたの生きる目的って何なの?」


 京子先生……唐突過ぎる上にその話題は、電車の中でする話にしては重過ぎます……

 さらっと世間話風に振られても、周りの人達に聞かれている状態では、本音は話にくいですよ……


「そ……そうですね……。あまりそういう事を本気で考えた事ないですけど、僕はやっぱり人の為になる事をしていきたいです」

「ふ~ん……そこはつっこみ人として普通なのね」


 普通で良いじゃないですか! 普通が一番! 京子先生には、普通という事をもっと学んで欲しいですけど!


「私はね、いつか岩尾になろうと思っているの」

「い……岩尾ですか?」


 またいつもの病気が始まった……

 この時僕は、もしかしたら僕の生きる目的は、京子先生を介護する事なのかも知れないと思った。


「岩尾っていうのは……?」

「そう。あのフットボールアワーのハゲてない方よ」

「ハゲてます!! あまり大きい声で言い切りたくないですけど、間違いなくハゲてます! っていうか、せめて()()()()しましょう!」

「もし、岩尾になれなかったら、ルカクになるわ」

「サッカーでベルギー代表の!?」

「いずれはどちらかになれると、私は信じてるの」

「応援します」


 迷いないその真っ直ぐな瞳を見ていると、京子先生なら何にでもなれるかも知れないと思ってしまう……


「でも最強なのは、見た目がルカクで頭部が岩尾なのよね」

「どっちも外見ですけど! 中身は岩尾さんとかじゃないんですか!?」

「中身は、増田岡田の岡田が良いわ」

「おもんない!! 中身がそれじゃ全然おもんないと思います!」


 岡田さんには悪いですけど……


「それでね、私、入院中に暇だったからフットボールアワーのネタを書いてみたのよ」

「あんなに苦しんでたのに、何やってたんですか! しっかり療養して下さい!」


 何て自由な人なんだ……

 おそらく広辞苑をひくと「自由人」の欄には、京子先生の名前が載っているんじゃないだろうか……


 そう言うと京子先生は、全身タイツの中から黒革の手帳を取り出して、僕に見せてくれた。


「後ろの方は、柊デスノートになってるから見ないでね」


 柊デスノートに僕の名前が書かれていない事を願い、フットボールアワーのネタが書かれているであろうと思われるページをめくった。

 そこには信じられないくらいの達筆でネタが綴られている。



 タイトル「俺の耳おかしなったんかなぁ?」


「どうも~! フットボールアワーで~す!」

 後藤「俺、毎回毎回、考えるの大変なのが、晩ご飯のメニューなんですよ」

 岩尾「そうなんや」

 後藤「ハンバーグにしようかな~、カレーにしようかな~っていつも悩むねん」

 岩尾「俺はどっちも好きやけどな。ちなみに今日は何にするか決めたん?」

 後藤「うん。今日はネズミやねん」

 岩尾「今、晩ご飯ネズミって言うた!?」

 後藤「言うてないよ」

 岩尾「そうやんな」

 後藤「言う訳ないやん。晩ご飯ネズミって、俺、猫なん!? お前、耳鼻科行った方が良えんとちゃう?」

 岩尾「そうやなぁ。俺の耳おかしなったんかなぁ?」

 後藤「良い耳鼻科紹介してやるよ。(先生、鼻毛2メートル出てるけど)」

 岩尾「今、先生鼻毛2メートル出てるって言うた!?」

 後藤「言うてないよ。言う訳ないやん」

 岩尾「そうやんなぁ。空耳かなぁ? 俺の耳おかしなったんかなぁ?」

 後藤「おかしなったんちゃう? 来週の火曜日、一緒に耳鼻科行ったろうか?」

 岩尾「ホンマに優しいな後藤君は。この世で一番信用出来るわ」

 後藤「じゃあ来週の火曜日に、俺の行きつけの耳鼻科に一緒に行こうや(俺は一人で長渕剛のライブ行くけど)」

 岩尾「今、一人で長渕剛のライブ行く言うた?」

 後藤「言うてないよ。言う訳ないやん」

 岩尾「そうやんなぁ。この世で一番信用出来る相方が、俺を置いて一人で長渕剛のライブに行く訳ないやんなぁ。やっぱ、俺の耳おかしなったんかなぁ?」

 後藤「おかしなったんちゃう? だから来週一緒に、鼻毛2メートル伸びてる先生の居る耳鼻科に行こう言うてるやん」

 岩尾「今、鼻毛2メートル伸びてる先生って言うた!?」

 後藤「さっきから言うてるよ。何言うてんの?」

 岩尾「え~! さっき言うてないって言ってたと思ったんやけど、俺、頭おかしなったんかなぁ?」

 後藤「頭おかしなったんちゃう?」

 岩尾「そうやんなぁ。頭おかしなったなぁ。俺、もう終わりやなぁ。死んだ方が良えなぁ」

 後藤「死なんで良えんちゃう?」

 岩尾「死なんで良えよなぁ? 例えどんなに頭おかしなっても、死なんで良えよなぁ?」

 後藤「良えと思うで」

 岩尾「でも、このまま生きてても良え事無いと思うねん」

 後藤「良え事あるよ」

 岩尾「あるかなぁ?」

 後藤「あるよ! 俺と出会えたやん」

 岩尾「出会えたなぁ~。この世で一番信用出来る相方に出会えたなぁ~。良え事あったわ」

 後藤「あったやろ」

 岩尾「耳鼻科で頭も見てもらえるかなぁ?」

 後藤「見てもらえへんよ。耳鼻科やもん」

 岩尾「でも頭も見てもらいたいなぁ」

 後藤「ちなみに頭、どんなんやったっけ?」


 岩尾、頭を見せる。


 後藤「ハゲとるやないか!!」



 ネタを読み終わると同時に、僕は京子先生に頭をどつかれた!


「な……何で叩いたんですか?」

「そこに頭があったからよ」


 そこに山があっても登らない京子先生なのに、何故か最もらしい事を言って納得させようとしていた。

 通勤時間帯を過ぎた午前中のこの時間は、電車もそれほど混んでいなく、席が空いた事もあり、僕達は隣同士に座って西荻窪まで行く事になった。


「京子先生はこうやってネタを書いたり、闇アイドルをやったりしてますけど、京子先生の生きる目的って一体何なんですか?」

「柳町君。そういう話は電車の中でする話じゃないの。電車の中でして良い話っていうは限られていて、スポーツの話や政治の話、あとは行き先の話や天気の話ね。身内の話も大丈夫よ。それに学校の話や……」

「ちょ……ちょっと待って下さい!!その話題、一体いくつあるんですか!?」

「大抵こういうものは108つあるわ」


 何故、煩悩の数と一緒なのかは分からないが、僕に108つ全てを話そうとするモチベーションがどこから来ているのか、そっちの方が不思議でならなかった。


「私の生きる目的は1つや2つじゃないけれど、今日は特別にいくつか教えてあげるわ」

「ありがとうございます」

「私が生きる目的として大事にしている事の1つに、いつでもどこでも()()()()()()という信念があるわ」

「自分に素直でいたいって事ですか?」

「そうね。どちらかというと、()()()()()でいたいって方が、しっくりくるかしら」


 確かに……


「そこはつっこむ所なんだけど、まぁ良いわ。そしてもう1つは、京子と名の付く人物の中で最強になりたいの」

「京子の中で最強ですか?」

「そう。京子と言えば私! 字が違う京子もたくさん居るけど、京子と言えば私しか思い浮かばないくらい、その名を轟かせたいって気持ちはあるわ!」


 じゃあ、何でブラックダイヤモンドを名乗っているんだろう……


「そしていずれは、世界征服も狙っているの」

「………………京子先生、そろそろ総武線に乗り換えましょう」

「そうね。馬鹿な事言っている場合じゃないわね」


 この人の凄い所は、馬鹿な事を言っているという自覚がある事だ。

 総武線に乗り換えて西荻窪に着くまでの間は大した会話もなく、冷めきった夫婦のように黙って電車に乗っていた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!

何となく漫才のネタを盛り込んでしまいました!(笑)

また、次回もよろしくお願いします!

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