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第28話 夜空に浮かばないお月様

異能力ドラフト出場者選考会が終わった後、A級能力者の集団誘拐事件を追っている内に、ブルーハワイから宣戦布告の動画が送られて来た。

それを見たブレイブハウンド、イボルブモンキー、テラフェズントの3組織は急遽会合を開く事になり、秘密のロッジに集まった所に、いきなりブルーハワイの連中が乱入して来た!!

 突然現れた青スーツ達の集団に驚いていた僕は、腰が抜ける寸前だった。

 この部屋に乱入されるまで、何処から現れたのか全く分からず、いきなりの強襲で僕だけがあたふたしているようだった。


「なんじゃお前らは? この状況でオレらに喧嘩売るとは良い度胸してんじゃねーか!」


 猿正寺さんは、ブルーハワイの1人の顔面を片手で鷲掴みにし、既に気絶しているその男を、まるでゴミ屑を捨てるかのように軽く放り投げた。


 な……何も見えなかった……

 僕が驚いて戸惑ってる間に、猿正寺さんは既に1人を倒してしまった!


「本当に、最近の若い者は礼儀を知らんねぇ。ウチの弥生を見習いなさいな」


 鳥谷さんと天影さんは背中合わせに立ち、その足下には既に2人の青スーツが横たわっている。


「す……凄い……。何がなんだか分からないけど、一瞬の内に2人も倒しちゃってる!!」

「いやいや流石ですね、お2人さん。相変わらずお強い。歳はとっても腕は錆ついちゃいないですね」


 聞き慣れたGさんの声に、僕はビビっていた。


「当たり前だ! オレらは()()()()()()まだまだ現役だぜ! なぁ婆さん!」

「毎日盛ってるアンタと一緒にするんじゃないよ! アンタ、弥生に手出ししたら只じゃおかないからね!!」

「おー怖っ! ちょっと目を付けてたのにバレちまってたか。まぁそれは良いとして、そこの白髪ジジイがブルーハワイのボスなんか!?」

「ジジイではなく、Mr.Gと申します。初めましてではない方達もいますが、改めて初めましてと挨拶させていただきましょうか。それと、ブルーハワイのボスは先日述べた通り、このせせらぎ 面太郎君なんで、どうぞよろしく」


 見た目は普通に見えたせせらぎさんだったが、確かに良く見てみるとどことなく目の焦点が合ってなく、寝起きのような感じのようにも見えた。

 洗脳されているかも知れないというのも、あながち間違いではないみたいだ。


「今この場で、裏社会の構図を叩き潰す。使えない老害達は、あの世で隠居暮らしでもしててくれ」


 見た目は寝ぼけているようにも見えたせせらぎさんだったが、話し方はしっかりしているようだった。

 せせらぎさんとGさんの周りには、他の青スーツ達とは少し違う出で立ちの部下が3人ほど居て、そいつ達は見た目から明らかに腕が立つ事が分かった。


 いつもだったらこういう場では、自分から進んで前に出て行く浪花さんが、さっきから妙に大人しい。不思議そうに浪花さんを覗き込むと、何故か力なくぐったりとしていた。


「大丈夫ですか、浪花さん!?」

「(ごめんなさい。さっきお月様がきたの)」

「お……お月様ですか?」

「(月に1度くる女の子の日よ)」


 浪花さんは小声で呟いた。


「!?………アレですね」

「(私はこれが発動すると3日は動けないの。後の事は頼んだわ)」


 え〜〜〜っ!!?

 僕は浪花さん頼りだったのに!!?

 ヤバい………

 心の何処かで浪花さんが何とかしてくれると思ってたから、どっかで安心してたのに……まさかの展開……

 そういえば、仕事の時もいきなり3連休になる時があったけど、こういう事だったのか……

 でもこんな時こそ、浪花さんを守って男を見せなくては!!


「柳町君。お嬢様と一緒に私の後ろに居なさい」


 一ノ条さんが、さりげなく僕達の前にポジションをとってくれた。


「あ……ありがとうございます」

「お嬢様は異能力のリスクのせいか、こうなると本当に動けなくなってしまう。柳町君はとにかく、お嬢様を守る事だけに専念してなさい」

「分かりました」


 僕が浪花さんに気をとられている間に、大半のモブ青スーツは猿正寺さん達に倒されてしまっていた。

 腕の立ちそうな3人とせせらぎさんとGさんはあまり動かず、僕達の動きを観察しているようだった。


「大口叩いてる割りには大した事ないの〜! お前らはやらんのか?」

「じゃあそろそろ私達も参加しましょうか。ちなみにここに居る3人も私達同様、かなり強いですよ。今は1人足りませんが、彼らは青の四獣と呼んでいて、我々の中でも特に優れた者達で集められています」

「能書きは良いから、さっさと()ろうや! 1番やかましい、お前から相手したんぞ!」

「光栄ですね。イボルブモンキーのトップである、猿正寺さんと手合わせ出来る日が来るなんて思っても見ませんでしたよ。まぁ後で泣いて謝っても許す気はないので、それだけは覚悟しておいて下さい」


 どうやら、猿正寺さんはGさんとタイマンを張る気だ!


「じゃ俺は予告通り、鳥谷の婆さんと()ろう。あんまり年上は好みじゃないがな」

「アタシも年下は嫌いじゃないけど、礼儀知らずは大嫌いだね。もしここから生きて帰る事が出来たら、礼儀作法から学んできな!」


 鳥谷さんはせせらぎさんと戦うようだ。

 青の四獣と呼ばれていた3人も、それぞれ相手を決めたようだ。

 1人は片目が髪の毛で隠れるくらい長く伸びている男で、青い色をしたヤクザ風のオシャレな着物を着ている。着物とスーツの中間のような不思議な服で、パッと見は武器らしい物は持っていないようだった。年齢は30歳くらいだろうか……。


「俺はあんたと()りてぇな」


 その男は牛尾さんを指名した。


「俺は誰が相手でも構わないが、弱い奴だけは勘弁してくれ」

「俺は青の四獣が1人、丸尾 マサカズだ。まぁ名乗った所で、すぐに死んじまうから関係ねぇかも知れないがな………」


 その瞬間、牛尾さんは三角形に置いてあるテーブルの内の2つをそれぞれ片手で軽々と持ち、丸尾さんに向かって順番に投げつけた!

 割られた窓方向に避けた丸尾さんはそのまま外に出て行き、後を追うように牛尾さんも外に出て行った! モブ青スーツも数人が後を追い、丘の上で2人は対峙していた。


「ウチは、その可愛い子をもらおうかね」


 天影さんに向かって挑発してきたその女性は、スレンダーな体型ながら、上半身は胸元が開いた袖口の大きいスーツ風の着物を着ていた。前髪パッツンにオカッパのような髪型で、膝上まであるタイトなスカートとロングブーツを履いている。この人も、さっき言っていた青の四獣の1人だろう。


「私は人を傷つけるのは好きじゃないんですけど、どうしてもというのなら仕方がないですね。あなたみたいな礼儀知らずは、全身毛むくじゃらにしてあげます」

「どういうタイプのお仕置き!?」


 天然さ丸出しの天影さんは、ノースリーブ風の着物を着ていて、ナチュラルでも舞妓さんのように透き通った肌をしていた。脇にはスケッチブックを抱えていて、言葉を発しない浪花さんと同じスタイルでその女の人と向き合っている。そして何故かさっきから、チラチラと僕と目が合っていた。


 ぼ……僕の事好きなのかな……?


 そう思った瞬間、僕の腕を掴んでいた浪花さんの手に力が入り、僕の腕はミシミシと音を立てて折れそうになった。


「弥生。アンタは向こうでやりんさい。少しでも広い方がアンタの特性が生きるやろ」

「分かりました。ばば様もお気をつけて」

「アタシの心配が必要ないのは、弥生が1番良く知ってるくせに。こういう時に社交辞令はいらないんだよ」


 天影さんは苦笑いを浮かべながら出入り口の方に向かい、ゆっくりと外に出て行った。

 それに続いて鳥谷さんとせせらぎさんも場所を移動し、廊下の方に出て行った。


「ゴホッゴホッ! ボクはハズレを引いてしまったようだ……ゴホッゴホッ! 一ノ条さん、ボクはあなた達で我慢しておきます。せいぜいボクを楽しませて下さい、ウゴッホッ!!」


 パンツ一丁にネクタイというふざけた格好のその男は、僕と一ノ条さんの前に立ち、具合が悪そうに喧嘩を売ってきた。今にも倒れそうなそいつは、青い顔をしてフラフラしていたが、いきなり布団を敷いて目の前でゆっくりと横になった。


「どういう状況!?」

「ボクの名前は末永。末永ポンチャックだ。ゴホッ! ゴホッ!! ご覧の通り、今日は良い感じに風邪をひいているから、ゴホッ! ゴホッ!! キミ達に勝ち目はないよ……ゴホッゴホッ!! オエッ! ゴホッゴホッ!!」


 大丈夫かこいつ!?

 僕は生まれて初めて、戦わずして勝てるかも知れないと思った。見るからに病人のポンチャックさんは、横になったまま体温を計っている。

 一ノ条さんは、明らかにおかしいこの状況でも神経を研ぎ澄まし、全く油断していなかった。百戦錬磨の貫禄というか、流石ブレイブハウンドの2代目を担うだけあって、この場でも一分の隙も見せる事はなかった。


「柳町君、奴は思っている以上に強いぞ。残念ながら私の異能力では少し相性が悪い。私1人だったらまだしも、キミ達を守りながら戦ったら私も無事では済まないだろう。もし隙があったらお嬢様を連れて逃げた方が無難かも知れない」


 戦闘経験の差なのか、一ノ条さんはポンチャックさんの強さを粗方把握したようだった。

 僕は足手まといにならないようにとにかく守りに徹し、チャンスがあれば浪花さんを連れて、この場から去ろうと思った。


 ポンチャックさんは、突然布団から右腕を出し、窓方向から僕達の方向に向かって手首を返した。するとその瞬間、突然窓が割れて、もの凄い風と共にガラスの破片が僕達を目掛けて飛んで来た!!


「ゴホッ!! 異能力『今日は39度2分(高すぎる平熱)』!!ゴホッ!! ゴホッ!! オエッ!!」


 僕と浪花さんは一ノ条さんに突き飛ばされて、椅子の影に隠れるように、ガラスの破片を回避した。


「な……何が起きたんですか!?」

「柳町君。奴はおそらく風使いだ」

「風使い!?」

「その通り。ボクは……ゴホッ!! ゴホッ!! 見ての通り風邪をひいてる風使いだ……オエッ!!」


 か……風邪をひいてる風使い!?


「ボクは風邪をひけばひくほど、強力な風を操る事が出来……オエッ!! オエッ!! オエッ!! ゴホッ!! ゴホッ!! オエッ〜〜〜!!」


 尋常じゃないくらい咳き込んでいるポンチャックさんのその一瞬の隙に、一ノ条さんが飛びかかろうとした!

 しかし次の瞬間、僕達3人はもの凄い風で壁に叩きつけられ、床に倒れ込んだ!

 一ノ条さんは、しっかり受け身をとって着地していたが、僕は浪花さんを守るだけで精一杯で、浪花さんを抱き抱えながら倒れてしまった。


 一ノ条さんはおもむろにネクタイを外し、乱れた髪を片手でかき上げて、オールバックを整えた。

 さっきまでの印象とはちょっと違い、明らかに戦闘体制に入った一ノ条さんの後ろ姿は、全盛期の綾野 剛さんを彷彿とさせていた。

(勿論、語弊があってはいけないので弁解しておきますが、綾野剛さんの全盛期はまだまだこれからかも知れません)


「い……一ノ条は見切りの天才よ」

「浪花さん!? 大丈夫ですか?」

「一ノ条はどんな攻撃もかわしてしまう達人なの。本気になった一ノ条に攻撃を当てるのは私でも至難の技よ。こうなったら邪魔をしないように、少しでもこの場から離れましょう」

「分かりました」


 僕は力無く、うな垂れている浪花さんをおんぶして、いつでも逃げられる準備をした。

 さっきの強風でとばっちりを受けたモブ青スーツ達は、この戦いで巻き添えを食うと思ったのか、別の場所に移動して行った。

 ポンチャックさんは、タイマンでも一ノ条さんに勝てるほど実力があるって事なのか……? いや、風邪をうつされるから、単純に嫌われているだけなのかも知れない……


 一ノ条さんは異能オーラを身に纏い、ポンチャックさんに向かって行った!

 ポンチャックさんは、そこらじゅうにある物を強風を使って一ノ条さんに投げつける! 見切りの達人というだけあって、一ノ条さんには一切当たらず、ガラスの破片1つですら見切っていた!

 布団まで近づいた一ノ条さんは、布団をちゃぶ台返しのようにひっくり返し、ポンチャックさんごと壁に投げつけた!


「冷たっ!?」


 ひっくり返した布団から何かが飛び散り、僕の方に降りかかった。布団の内側には氷が敷き詰められていたようで、びちょびちょに濡れている。布団にくるまって暖まっていたように思えたポンチャックさんは、実は身体を冷していたようだ!

 壁に叩きつけられたように見えたポンチャックさんは、風の力を利用しながら空中に浮いていた! 足下を見てみると小さな竜巻が渦巻いていて、その上で浮遊しているようだった!


「キミ達の攻撃がボクに当たる事は不可能だよ……ゴホッ!! オエッ!! ゴホッ!!………フー………フー……ハァハァ……ゴホッ!! ゴホッ!! ウゴッホッ!!」


 空中で浮遊しているポンチャックさんは、足下にある竜巻の影響で、微妙な速度で回転しながら喋っている。このまま話をされても、話の内容が入って来ないのでつっこもうと思ったが、何かそんな空気ではなくなってしまった。


 しかし、あれだけ強力な風を自在に操られたら、確かにまともな戦いにならないかも知れない。

 一ノ条さんは、それでも攻撃の手を緩める事はなかった。風邪だからといって、相手を休ませない事が大事だと思ったのか、とにかく怒涛の攻めを繰り出し続けている。

 ポンチャックさんの風攻撃をかわしながら、目にも止まらぬ早業で仕掛けているが、やっぱり中々当たらない。お互いに攻撃をかわすのが得意な戦闘スタイルなだけあって、どっちに1撃が入るかで勝負が決まりそうだ。どちらにせよ、我慢比べの長期戦になりそうな気がする……


 ………長期戦!?

 この戦いが始まって数分が経ち、明らかに体力のなさそうなポンチャックさんには疲れが出始めていた! 一ノ条さんはもしかして……


「口数が減ってきたが、もう疲れてきたのかい?」

「ハァ……ハァ………うるさい……ゴホッ!! オエッ!! オエッ!! オエッ〜〜〜〜!!」

「私は見切りにも自信があるが、実は体力の方が自信があるんだ。ブレイブハウンドじゃ寝ない事で有名でね、長期戦に持ち込んで負けた事は、1度もないんだよ」

「ハァ……ハァ……ハァ……そういう事か………」

「私の異能を披露するまでもなかったようだね」

「ゴホッ!! ゴホッ!! ……ここまで風邪が……いや、戦いが長引いた事はなかったけど、相性が悪かったのはボクの方だったって事か……ゴホッ!! ゴホッ!!」


 すぐに決着はつきそうになかったが、勝敗は目に見えていた。このまま行けば、おそらく一ノ条さんが勝つだろう。自分の方が相性が悪いって言ってたのも、ただの演技だったって事か……。そう言えば娘の静香ちゃんも演技が上手かったな……

 さすが一ノ条さんだ。圧倒的に戦い慣れしている。


 僕はこの場から逃げるタイミングを失い、浪花さんをおんぶしながら背中でお胸の感触を楽しんでいた。

 勿論、チョークスリーパーをかけられた状態でだが……

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!

月に2回の投稿を目標にしていましたが、W杯の関係で追いつかなくなってきました……

というのは冗談ですが、いろいろと設定関係を整理するのに時間がかかってしまいました。

また次回も宜しくお願いします!!

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