第26話 ここ掘れ小太郎とスナイパー
A級能力者集団誘拐事件の捜査に乗り出した、京子と柳町。
果たして彼らは、無事事件を解決する事が出来るのか……
「確かこの辺りだったような……」
2時間くらい探しただろうか。
何となくで来てしまったが、驚く事に京子先生の記憶だけで、赤スーツのアジトである、赤いのれんのたこ焼き屋の前まで来てしまった。
「凄いですね、京子先生の記憶力!」
「私は昔から、記憶力と顔とスタイルだけは自信があるの! あと、ケンカの強さと声色を変える事とSっ気も負けた事は無いわ!」
「ただの最強か!!」と、つっこみたくなるほどの無双ぶりの京子先生は、意味もなく自分の自慢をしていた。
僕達は店の裏に回ってアジトのあった犬小屋の前まで来た。
僕は京子先生の指示で四つん這いになりながら犬小屋に入って行こうとしたが、中はアジトには繋がっておらず、奥の方で柴犬がただ威嚇しているだけだった。
綺麗に顔を噛まれた僕は、流血を拭う事なく犬小屋から出て、小太郎と戯れていた京子先生に報告した。
「京子先生。案の定あの犬小屋は、アジトには繋がっていませんでした」
「でしょうね。前にも言ったけど、これだけの長い期間、私の目から逃れていた奴らだから、身を潜める事だけは上手いのよね。普通に考えれば、私達がアジトから出て行った後、すぐにこの場所は移動したでしょうね」
「じゃ、どうしてここに?」
「奴らの頭の悪さを確認したかったのよ。まだここに居るようなバカなのか、何か手掛かりを残すくらいのバカなのか、それとも何も手掛かりを残さずに消える事が出来るくらいのバカなのかね」
結局、京子先生にとっては全てただのバカなんですね……
「さぁ小太郎、何か変な匂いが残っていないか調べてちょうだい」
「そうか!それで小太郎を連れて来たんですね!」
「当たり前でしょ! 私がただ小太郎と遊びたいから連れて来たと思ってるの!?」
思ってました。
「あの〜……赤スーツ達の異能力なんですけど、これって具体的にどういう能力なんですかね?」
「おそらくだけど、この犬小屋自体は関係なくて、何らかのマーキングみたいなもので入口を作って、そこから目的の場所に行けるようにする能力なんじゃないかしら?」
「なるほど……」
「ワンワンワン!」
小太郎は何かの匂いを感じとったらしく、吠えて僕達を呼びよせた。そこは犬小屋ではなく、少し離れた所にある草影にあった浦和レッズのユニフォームだった。
「これは!」
「間違いなく赤スーツ達の物ね。もし、匂いで追えるのであれば、小太郎に誘導してもらいましょう」
「はい」
鈴木 啓太のユニフォームを見て、間違いないと言い切ってしまう京子先生の神経が凄いと思った。
警察犬並みに賢い小太郎は、時より人の話を理解しているようにも見えた。さすが犬飼三羽烏に数えられるだけあって、小太郎はかなりIQも高いのだろう。
京子先生は小太郎に鈴木 啓太のユニフォームの匂いを覚えさせて、小太郎が動くのを待っていた。小太郎は裏庭をぐるぐると旋回した後、路上に出て少しうろうろしていたが、匂いが追えなかったのか、悲しい顔で首を横に振っていた。
「ダメみたいですね」
「そうね。流石に足がつかないように消える事は上手いようね。結果、そこそこ賢いバカだったって所かしら」
「こ……これからどうしますか?」
「とりあえず柳町君は、皆にこの状況を報告してちょうだい。私は自分のネットワークを使って、アジトを探れるかやってみるわ」
「分かりました」
僕は一斉メールで皆に状況を報告し、京子先生はジョニーさんらしき人に電話をしていた。
京子先生の電話を待っている間に、茜さんから3組織と異能力ドラフト協会宛てに、動画が送られて来たという情報が入った。それが何と赤スーツからだったらしい!
ちょうど京子先生の電話も終わったので、僕達は一緒にその動画を見る事にした。
いきなりその動画に映し出されたのは、赤スーツを着た見慣れない若者だった。その若者の後ろには、あのGさんの姿もあり、何か宣戦布告のような脅迫をする時のような威圧する空気が出ていた。画面の真ん中に居た、ソバージュショートの髪型をしたイケメンの若者が突然喋り出した。
「俺の名前は、せせらぎ面太郎。今回の異能力ドラフトには参加しない事を決めた」
「せせらぎ面太郎!? あのドラフト1位候補の、せせらぎ面太郎さんですか!?」
「ドラフトに参加しないってどういう事かしら?」
「気が変わったって事ですかね?」
「いや、せせらぎ本人からドラフト参加の意思を協会に伝えてあるはずだから、いきなり取り消すなんて出来ないはずよ。しかもドラフトまで2週間も無いこの時期に動画で宣言するなんて、普通はあり得ないわ」
僕達は何が起こっているのか分からず、続けて動画を見ていた。
「俺は、お前達3組織には所属しない。新生ブルーハワイのトップとしてお前達を叩き潰す事にした」
「新生ブルーハワイ!? しかもトップ!?」
その瞬間、赤スーツを来ていた人達が、一瞬で青スーツに変わった! この早着替えに何の意味があるのか分からなかったが、僕達はいろんな意味で唖然としてしまった。
お父様が裏社会の組織図を変えてしまうとまで言わしめた逸材の、このせせらぎ面太郎さんが、ブルーハワイに加入したとなると組織のバランスはグチャグチャになってしまうんじゃ………しかもいきなりトップに君臨するなんて、Gさんも一体何を考えているんだ……
「近い内に、俺達新生ブルーハワイが裏社会を牛耳る! 今の内に自分達の身の振り方を考えておくんだな! とりあえず手始めに、トップの首を狩りに行くからせいぜい用心しておいてくれ。犬飼ん所のじいさんは死んだから、猿正寺か鳥谷のおばさんの所に行く。一ノ条さんの所はその後だ。まぁせいぜい首を洗っておいてくれ」
ここで映像が切れて動画が終わった。
A級能力者誘拐事件とブルーハワイの関係は分からないままだったが、他のチームとの話し合いをする為に、一時集合しようという事になった。
ファルセットの会議室に戻ると、牛尾さんと一ノ条さんが待っていた。茜さんと黒川さんと凛ちゃんは遅れるらしく、とりあえず僕達4人で話を進める事になった。
「2人共、ブルーハワイからの動画は見たか?」
「見ました! せせらぎ面太郎さんがドラフトに参加せず、ブルーハワイに加入するって言ってましたね」
「あれは、ワシらが会った時の面太郎ではなかったな」
「確かにそうでしたね。以前会った時は、もっと誠実な感じで礼儀正しい若者でしたね」
「どういう事ですか?」
「我々は今回の異能力ドラフトを前に、優秀な選択希望選手の数人に会いに行ってるんだが、その時会った面太郎はもっと低姿勢であんな感じではなかった。おそらくだが、洗脳か何かされている気がする」
「洗脳……!?」
一ノ条さんの口から、当たり前のように洗脳という言葉が出てきた。誰かの能力で面太郎さんが操られているって事!?
「もし実際にそうだとしても、簡単に洗脳されてしまうくらいの奴だったら、大した事ないんじゃないかしら?」
「確かにそれも一理ありますね」
京子先生は、数年ぶりにまともな事を言ったような気がする……
「いや、ワシらが見た面太郎は間違なく本物だった。サッカーでいうとメッシかクリスチアーノ・ロナウドのレベルだろう。そんな面太郎を洗脳出来るって事は、バックにジダンやマラドーナレベルの誰かがいるって考えた方が妥当かも知れん」
「じゃ声優界でいうと、宮野 真守レベルのバックに野沢 雅子がいるって事かしら? もしくは吉本でいうと、ダウンタウンレベルの面太郎が西川ヘレンに洗脳させられてるって事なの?」
「例えが分かりづらいですけど、そういう事なんですかね……? っていうか京子先生!! そんなに例え直す必要あったんですか!?」
「無いわ」
「じゃ、何で例え直したんですか!!」
「新右衛門君。世の中には我慢出来る事と、我慢出来ない事があるの。私はパンツを履いても、パンツに履かれた事は無い人間よ。そんな私でも、我慢出来ずに言いたい時もあるの!! 例え直す意味が無くたって、私にとっては柳町のお給料より大事な事なのよ!!」
「何、訳の分かんない事言ってるんですか!! っていうか、僕の給料も大事にして下さい!! パンツに履かれてるっていう意味も良く分からないし!!」
「どちらにせよ、ブルーハワイは本物の実力を持っていると考えた方が良いかも知れん」
良く話戻せるな……
「そういえば、ワンさんが調べていたテラフェズントの方はどうでしたか? まずは鳥谷さんが狙われるって宣言されてましたけど」
「奴らの所はガードが固くてな。治五郎の姿だったら遠慮なく堂々と行くんだが、いかんせんこの体だからな……変な振る舞いも出来んかった」
治五郎さんの姿だったら、変な振る舞いしてるって事?
「それより司。これはもう、ブレイブハウンド内だけで話し合いをしている場合じゃないかも知れんぞ」
「私もそれは思いました。取り急ぎ、3組織で緊急会合を開こうと思っています」
「それが良いと思うわ。頭が足らないアンタ達が、いくら考えても答えなんて出ないわよ!」
頭が足らないというくくりは、せめて僕だけにして欲しかった……
「し……正直、ここまで来たら組織同士で牽制し合っている場合ではない。ドラフトを一時中断してでも、3組織でブルーハワイを叩き潰すべきだとワシは思う!」
その言葉を聞いた一ノ条さんは、すぐに会合を開く為に他の組織に連絡しているようだった。
電話での話の内容を聞いていると、イボルブモンキーとテラフェズントも同じように思っていたようで、すぐに話がまとまった。
今日の16時から緊急会合が開かれる事が決まり、会合にはここに居る4人が参加する事になった。
何故いきなり、僕もそんな所に参加する羽目になってしまったんだろう……。とりあえずブレイブハウンドの最強メンバーが居るから心強い事は確かだが……
会合の場所が決まると、僕達4人は車に乗り込んだ。
ちょっと前まで相談所で働くただの助手だったのに、何故か裏社会の会合に出席する事になっている自分を不思議に思っていた。京子先生の世界に踏み入るって事は、こういう事なんだと改めて実感させられていた。
僕は何処に向かっているか分からないまま、京子先生と一緒に黙って後部座席に座り、一ノ条さんが運転する車に揺られていた。勿論、京子先生に足を踏まれたまま……
「死にかけ親父! イボルブモンキーとテラフェズントは誰が会合に出席するのよ!」
「イ……イボルブモンキーの猿正寺とテラフェズントの鳥谷のおばさんは出席するが、他の幹部連中は誰が出席するか分からん。こういう時は大抵、組織のNo.2やNo.3くらいは出席するようになっているが、今回の場合、組織のアジトを手薄にするとブルーハワイに叩かれ兼ねんから、ドラフト出場者をボディーガードとして連れて来るのが妥当だろうな」
「それで私達も一緒に連れて来た訳?」
「それもあるが、ワシが死んだ後のブレイブハウンドには、司以外にも京子のような奴が居る事を示すだけで抑止力になると思っておったから、ドラフトの前に京子の強さをお披露目する機会があるのなら、それでも良いと思ってた所はある」
「それは、もし向こうが喧嘩を売ってきたら、買っても良いって事かしら?」
「まぁそういう事だ。ただ1番の目的は、3組織で協力してブルーハワイを叩く事だ。その為の同盟や一時休戦、そしてお互いで情報提供をする事を約束したいと思っておる」
「柳町君もそうだけど、そもそも話し合いの通じる相手なの?」
僕は出来れば話し合いだけで解決したい方ですが!
「ワシが生きていた頃は、ワシが抑止力になっていたからある程度まともな話は出来た。でも今のこの状況であいつらがどう出て来るかは分からんな」
「もしあの方達が好戦的に出て来たら、さっき言った通り、お嬢様が黙らせた方が話が早いかも知れませんね」
一ノ条さんまでも、2つの組織を京子先生の力でねじ伏せようとしている……
組織の長として、京子先生の力を頼り過ぎでしょ……
「一応、6ヶ月という契約期間内は、私はあなた達の指示に従うわ。新右衛門君はB級能力者相談所に入社する時に、一生私の指示に従うと契約しているから心配しないで」
「あ……あの〜……ぼ……僕、そんな契約したでしょうか?」
「実際はしてないけど、自分から契約させて下さいって、これら泣きつくんじゃないの?」
この時の京子先生の威圧感はハンパではなかった!!
自分に、1秒先の未来は無いと確信させられるほどの殺意を向けられた僕は、いつも以上に生きた心地がしなかった……
「け……契約させて下さい……」
「ちょっと順番が前後しただけだから気にしないで良いわ」
やっぱり僕は、付いて行く人を間違っていなかった。この人を本気で怒らせて生きていた人は、おそらく居ないだろう。
この時僕の中では、京子先生最強説があらゆる意味で揺るぎないものとなっていた。
車のまま人気の無い路地裏に入ると、そこには情報屋のような人が居て、何やら一ノ条さんと話をしていた。その後僕達の車は、行き止まりの壁に向かって走って行き、激突すると思った瞬間、別の場所にワープした!
「こ……これは!?」
「そうか。柳町君は初めてかな? 我々の組織内では良く使うルートなんだが、さっきのはブレイブハウンド専属の移動屋なんだ」
「移動屋ですか!?」
「秘密の場所で話し合いをしたり、追っ手を撒いたりする時に良く使うんだが、足がつかないように場所を移動する時に、移動屋の能力を使って異空間からワープするんだ」
凄い……改めて見ると本当に感動する……
一ノ条さん達にとっては、日常的な事なのかも知れないけど、やっぱり突然別の場所に移動するのは驚いてしまう……
「あそこが会合の場所ね」
京子先生は丘の上をレーザーポインターで指した。
「狙撃手と間違われますよ!!」
怖いもの知らずの京子先生に、僕はドキドキしながら緊張していた。
ワープから出て来た所は、見通しの良い小高い丘のある場所で、周りには一切何もなく、丘のてっぺんに1軒のロッジが建っているだけだった。ロッジの周りには4台の車が置いてあり、2台ずつ猿の紋章とキジの紋章が入っていた。おそらくイボルブモンキーとテラフェズントの車だろう。
僕らだけ1台の車で乗り込んで来たので多少の不安があるが、とにかく京子先生頼みなので、京子先生の機嫌を損ねないように気をつけようと思っていた。
京子先生は覆面を被って浪花さんに変身し、すっかり戦闘モードに入っていた。
「では行こうか」
最後まで読んでいただきありがとうございます。あきらさんです!
思ったより小太郎を活躍させてあげられませんでした……
次回は遂に3組織での会合が始まります! お楽しみに!




