第19話 パンダと焼き肉
ブレイブハウンドの特訓施設である通称ファルセットで、相部屋生活をしながら特訓をしている柳町 新右衛門と柊 京子(浪花のブラックダイヤモンド)。 特訓期間の終わる2週間前に、京子の実の父であるブレイブハウンドのボス、犬飼 治五郎が死去するというニュースが流れた……
異能力ドラフトが始まる2週間前。
僕は、ブレイブハウンドの特訓施設であるファルセットの中の宿泊場所で、同部屋の京子先生(浪花さん)と一緒に生活をしていた。
就寝前にプロレスごっこをしていた僕達は、浪花さんのジャーマンスープレックスが綺麗に決まった瞬間、臨時で入ったニュースとして勝手についたテレビモニターから、衝撃のニュースを目にした。
『犬飼 治五郎 死去』
僕を投げ捨てた浪花さんは、スマホを手に取り、裏サイトのニュースを数分眺めた後、苦笑いしながらため息をついた。
「大谷翔◯選手 メジャーでも20奪三振か……」
「何のニュース見てるんですか!?」と、つっこみたかったが、流石にそんな雰囲気ではなかった……
「せっかく頑張ってボケてるのに、柳町君もヒドイわね……ほったらかしにするなんて」
「す……すみません」
こんな時くらい頑張ってボケなくても良いのにと思ったが、これがいつもの京子先生と言えば京子先生か……
「このニュース、本当なんですか?」
「私もここのモニターで見るのは初めてだけど、緊急時や臨時ニュースが入った時は、無条件でテレビの電源が入って速報が流れるようになっているのよ。今、信憑性のある裏サイトのニュースでも確認したけど、本当らしいわね」
「そうですか……残念ですね」
「明日はおそらく、ブレイブハウンドに関わる施設は全て休業になるんじゃないかしら」
そりゃそうか……。葬儀の準備とかもあるだろうし、組のトップが亡くなったとなっては、いろいろな問題が起きるだろうから、対応に追われてバタバタするだろうな……
「新右衛門君。明日、一緒にお出掛けしない?」
「何処にですか?」
「それはこれから決めるんだけど、心当たりがある所がいくつかあるの」
「心当たり……ですか?」
「とりあえず今日は寝なさい。私は一ノ条に連絡して、お風呂に入ってから寝るから」
「分かりました」
「明日は、6時出発予定だから5時には起きててね」
「了解しました」
「じゃ、良いお年を」
10月のこの時期に訳の分からない事を言って、部屋から出て行った京子先生は、スマホを忘れた事に気付き、すぐ帰って来て僕にワンパン入れてから再び出て行った。
心当たりの意味が良く分からなかったが、強がっている京子先生の姿が何とも痛々しかった。
寝付けそうにもなかったが、僕はとりあえず布団に潜り、犬飼さんの事を思い出しながら目を瞑っていた。
翌朝目が覚めると、京子先生は既に出掛ける準備をし終わっていて、後はマスクを被るだけという感じで僕の寝顔を見下ろしていた。
時計を見たら、5時45分。
6時出発と言っていただけあって、僕の顔を見つめる視線は明らかに冷たく「準備出来なかったら、全ての髪の毛をむしりとるわよ!!」と威圧感だけで語っていた。
左手にはストップウォッチを持ち、右手には金の斧を持って素振りをしている姿を見て、僕はすぐに飛び起きて、とにかく急いで出掛ける準備をした。
たいした身支度も出来なかったが、何とか6時までに間に合い、京子先生と一緒に出掛ける事になった。
エリアBの外に出てみると、そこには黒塗りの車が準備されている。京子先生の車だろうか……
「柳町君。とっとと乗りなさい」
「は……はい」
通常よりも少しだけ着飾った服装の京子先生は、マスクだけ被り運転席に座った。
僕は助手席に座り、普段よりきつめにシートベルトをして、京子先生のご機嫌が戻るのを待っていた。
「新右衛門君。私に何か言う事ない?」
「………………いつにも増して、マスクがお似合いです」
「…………」
お……怒られるかな……
「ふっ……。何、ガラにもなくボケてんのよ」
正直、京子先生の事が心配だった。
普通だったら寝坊した事を謝れば良いんだろうけど、突然お父様を亡くしたという辛い気持ちを、少しでも紛らわせてあげたいと思って、ガラにもなく無理にボケてみた。
「ありがとう。そんなに私の事が心配?」
「心配です」
車はエリアBを出て、犬飼家の敷地から外に出た。
「あの人とはもう何年も会ってないし、そもそも数えるほどしか会った事ないの。実の父親ではあるけど、あまり思い入れのある人じゃないから、そこまで落ち込んではいないわ」
「そうなんですか?」
「まぁ他にも理由はあるけど……」
どういう意味だろう……?
「あの〜……所でこの車はどこに向かっているんですか?」
「ラブホテルよ」
「…………早朝ですけど」
「新右衛門君、つっこみの質が落ちてるわよ」
「すみません……」
「何でさっきからアンタが落ち込んでんのよ!」
「だって……」
「私とラブホテルに行きたくないの!?」
「行きたいです!」
「落ち込んでる暇があったら、しっかりつっこみなさい!!」
「分かりました!」
「どうでも良いけど、調子を狂わせないでちょうだい! こんな状況だけどいつも通りで良いのよ! 気を使われている方がやりにくいわ!」
「すみませんでした!」
「そうそう!! そういう立ち直りが早い所も柳町君の良い所なんだから、辛気臭い顔してないでしっかりしてね!!」
犬飼さんと会ったのは一度きりだけど、僕の方が思い入れが強かっただけのかも知れない……
京子先生は、僕が思っていたよりは落ち込んでいなかったようで少し安心した。とりあえず今の所は、出来るだけ普段通りに振る舞おうと思った。
「これから銀行強盗ですか?」
「それは昨日終わったわ」
「行ったんかい!!」
「これから行くのは私の実家よ」
「じ……実家ですか!?」
「そう。母さんの所」
京子先生のお母様……
ちょっと怖い気もするけど、ご挨拶がてらに1度会ってみたいとは思っていた。でもそれが今日だなんて……。心の準備が全く出来ていない……
「緊張してんの?」
「まぁ……それは……少しだけ……」
「別に怖い人じゃないけど、例の挨拶だけはしっかりやってよ」
「例のって……娘さんを僕に下さい的なやつですか?」
「違うわよ! 『オッス! オラ野沢雅子!!』よ!」
「そっちですか!?」
そんな挨拶が、例の挨拶として通じる訳ないでしょ……
「あの〜……もしかしてなんですけど、お父様は自分の死期を悟って僕達の所に来たんですかね?」
「でしょうね」
「京子先生は、ご兄弟居るんですか?」
「どういう意味?」
「いや……ブレイブハウンドって後継ぎとか、2代目をどうするのかなぁと思って」
「以前、一ノ条が初めてB級能力者相談所に来た時、一ノ条の他に若い男が居たの覚えてる?」
「あっ! 覚えてます! ちょっと性格悪そうなホスト風な奴ですよね!」
「あれが私の腹違いの弟。血統的にはブレイブハウンドの正統な2代目なのよ」
「そうなんですか!?」
「まぁ、向こうは私の事を知らないだろうけど、確か柳町君と同い年だった気がするわ」
僕と同い年で2代目……
印象の薄い人だったけど、一応は後継ぎが居るのか……
「正直言うと、新右衛門君の言う通り性格は悪いわ。今の状態であの子が後を継いだらブレイブハウンドは終わるでしょうね」
「それってヤバいじゃないですか」
「だから心配して、あの人も私達の所に来たんでしょ」
そういう事か……
「実家まではもう少しあるから、寝てて良いわよ。睡眠、足りてないんでしょ」
「は……はい」
寝坊はしたが、京子先生が心配で全然眠れず、寝ついたのが5時頃だった気がする。
「では、お言葉に甘えて……」
「本当に寝るのね」
「えっ?」
「どういう神経してんのかしら?」
そんな……そこまで言葉の裏は読み取れませんよ……
そう思っている内に、目にも止まらぬスピードで殴られた僕は、気絶して眠ってしまった。
「着いたわよ」
「えっ? あっ……はい!」
どれくらい眠らされていたのか分からないけれど、車から降りると目の前には比較的大きな一軒家があった。高級感のある家ではあったが、どちらかというと和風の家で中流階級と上流階級の間くらいの人が住むくらいの、ちょうど良い感じの家だった。
表札には確かに『柊』と書いてある。
ここが京子先生が育った場所か……。何か不思議な感じだな……
「何、アホみたいな顔してんのよ! 行くわよ!」
「は……はい!」
家の周りは全体的に綺麗になっていて、隅々まで掃除が行き届いてる。お母様は凄く綺麗好きのようだ……
「ただいま! 母さん居ないの?」
僕達は玄関を開けて中に入った。
目の前には、雑巾がけをするのが大変そうに思えるほどの長い廊下があり、一見旅館のようにも見える内装だった。
廊下から見える庭には盆栽などが置いてあり、少し都会から離れたイメージすら感じさせる古風な感じを醸し出していた。
奥の部屋で障子が開く音がしたと思ったら、着物を着た上品なおば様がこちらに向かって歩いて来た。
芸能人で例えると、岩下志◯か吉永小◯合かというくらい綺麗な人で、一目見ただけでこの人が京子先生のお母様だと確信出来るほどだった。
「母さん、玄関に鍵かかってなかったわよ! 物騒なんだから気をつけてね!」
「たまに帰って来たと思ったら、いきなり説教かい? そんなんじゃいつまて経っても、嫁のもらい手がない…………!? 京子!! 何だいその生き物は!?」
「一緒に働いてる、助手の柳町 新右衛門君よ」
「柳町 新右衛門です。京子先生には、いつもお世話になっています」
「あ……あんたの彼氏なのかい!?」
「ただの下僕よ」
ヒドイ…………間違ってないけど……
「間違えた。ただの下僕じゃないわ。ド変態の下僕だったわ」
「言い過ぎです! 間違ってないけど言い過ぎです!!」
「今日はブラジャーしてないの?」
「いつもしてないです!!」
「携帯用のローションは?」
「持ってないです!!」
「パンツは履いてるわよね」
「履いて……………………ないです。…………急いでたんで」
「ふふふっ……本当に変態なのね」
「いやいや、お母様!! 勘違いしないで下さい!! 今日はとてつもなく急いでいたので、たまたまパンツを履くのを忘れただけです!」
「たまたまで、パンツを履くのを忘れる人なんか居る訳ないでしょ!」
ヒドイ……本当は昨日の夜のプロレスごっこで、京子先生が意味も無く僕のパンツを全て引きちぎったから、履くのがなかっただけなのに!!
「京子もそこそこの変態だから、良いコンビかも知れないわね」
「一緒にしないで欲しいわ」
「京子の相手がまともに出来る人なんてそうそう居ないから、京子の事を末永く頼むわね!」
「は……はぁ……」
「はぁ……じゃないわよ!!」
京子先生に頭を叩かれたが、何かお母様には気に入られた感じがした。
「立ち話もなんだから、奥の部屋でゆっくりして行きなさい」
そういって僕達は奥の居間に通された。
そこは畳が敷かれている和室に、8人ほど座れそうな大きめの机が置かれていた。並んで座布団の上に正座した僕達は、お母様がお茶菓子を用意してくれるというので、大人しく待っていた。
「何キョロキョロしてんのよ」
「いや……京子先生の実家って、しっかりしてるなぁと思って」
「何よ! 私がしっかりしてないみたいじゃない!」
「いや! そういう意味じゃなくて、意外とちゃんとした生活が出来てたんだなぁと思って」
「どういう意味よ!」
「母子家庭だって聞いてたんで、もっと大変そうなイメージがあったというか……」
「もう少し貧乏だと思ってたって事?」
「それもありますけど、グレてこうなってしまったのかと…………ぐぁ!!」
「父親があんなだから援助はしてもらってたみたいだし、お金にはそんなに困らなかったわ」
「何か悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」
お母様が、お茶菓子を用意して持って来てくれた。
「大丈夫よ。ちょっと関節が逆に曲がっただけだから」
「もう、京子ったらいい加減にしなさい。今日はそんな事をしに来たんじゃないんでしょ?」
お母様は、持ってきたお米の磨ぎ汁と生野菜を僕達に出してくれた。
到底、お茶菓子と呼べるものではなかったが、一応礼儀として一通り手をつけてみた。
「母さん……何でベルのエサを持って来たの?」
「ごめんなさい。間違えたわ」
一通り食べてから言わないで下さい……
お母様も動揺してるかも知れないけど、この間違え方は無いと思います……
「母さん…………あの人の事なんだけど、何か聞いた?」
「何かって?」
「…………」
「何よ……? 何かあったの?」
「実はあの人………………………………死んだのよ」
「あぁ、本人から聞いたわよ」
「「本人から!?」」
僕と京子先生は一瞬止まってしまった。
「あの人、久々に帰って来たんだけど、今お風呂に入ってるわよ」
京子先生はいきなり立ち上がってお風呂場に向かって走り出したので、僕も京子先生に続いて後を追いかけた!
京子先生がお風呂のドアを開けると、そこには呑気に湯船に浸かっている犬飼 治五郎の姿があった!!
「ど……どういう事ですか!?」
「やっぱりそういう事だったのね」
「えっ!? 何がどうなってるんですか!? 亡くなられたんじゃないんですか!?」
「情報を操作して、死んだ事にしてたんでしょ」
「京子か。久しぶりだな。そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「どういうつもりなの?」
「こんな事でもしなきゃ、京子が会いに来てくれないと思ってな。……というは冗談だが、ちょっと話しておきたい事があってな。今、風呂から上がるから居間で待っててくれ。すぐに行く」
状況が飲み込めず納得は出来なかったが、とりあえずお父様が生きていた事に安心した僕達は、居間で待つ事にした。
僕は湯船から上がる瞬間のお父様をチラ見したが、普通にしているのが不思議なくらい腰から下が焼け爛れたようになっていた。
居間に戻って待つ事数分、犬飼さんがスパッツ1枚でお風呂から出て来た。エガちゃんというよりは力道山といった体型だったが、上半身にもかなりの傷痕が残っていて、相当の修羅場を潜って来た風格が漂っていた。
僕と京子先生の目の前に座って胡座をかき、お母様が注いでくれたビールを一気飲みした。
「京子はいくつになった?」
「26よ」
初めて知った……。僕と3つしか変わらなかったんだ……
「そうか……26か……。私が美玲に出会ったのもそれくらいだったな」
「あなたと母さんの馴れ初めの話なんてどうでも良いわよ! それよりあんなデマを流したのはどういうつもりなの!? 返答次第じゃ、ただじゃおかないわよ!!」
「実は強ち嘘でもないんだよ」
「どういう事よ」
「ワシは既に末期の病でな。あと2ヶ月以内に死ぬ事は確かなんだ」
「……」
言葉が出なかった……
「散々好き放題やったから、自業自得ではあるんだが、ブレイブハウンドの事や家族の事が気がかりで、このままじゃ死ぬに死ねん。かと言って立場上、自由に動く事も出来んから、表面上だけ先に死ぬ事にしたんだ」
「それで?」
「京子には先に言っておいても良いとは思ったが、会ってくれないと思ってたからな」
「当たり前でしょ」
本当に複雑な親子関係だ……
「ワシが死ぬ事で、裏社会の構図はかなり変わるぞ」
「私達には関係ないでしょ」
「そうだが、素性がバレれば京子達が危険な目に会う可能性はかなり高い」
「だったら会いに来なければ良いじゃない」
そんな、元も子もない事言わなくても……
「まぁ、そうなんだが……」
犬飼さんと京子先生は本気の話し合いをしていたが、お母様は先に事情を聞かされていたようで、素っ気ない態度をしながら話半分で聞いていた。
そしてその後、お昼ご飯を用意すると言って席を立った。
「気にかかるのは、やっぱりブレイブハウンドの事なんだ」
「そうよね。結局2代目はどうすんのよ」
「京介にはまだ早い。2代目は司が継ぐ事になってる」
「一ノ条さんなんですか?」
「今の京介はトップに立てる器じゃない。ワシが育て方を失敗したのもあるんだが、あいつは正直、元々の素養があまり良くなかった。ちょっと道徳観に問題があって、あまり人の痛みが分からん奴なんだ」
「私もあいつは嫌い」
「そんなはっきり言うな」
「3代目には京介に継いでもらおうと思っているから、司の下に付けていろいろ学ばせてはいるんだが、なかなか難しくてな。2代目にされなかった事で、下手すると司の命も狙い兼ねないような奴なんだ」
確かにそれは危険だ……
「京介は私の事知ってるの?」
「いや、教えてない。昔、娘が居た事は知ってるが、もうとっくに死んだ事になっているし、本当の事を知っているのは、司と静香ちゃんと司の側近である烏丸だけだ。ファルセット所属の箕さん、瀧崎、井森の3人は、何となく気付いている気もするが、あの3人はワシと家族同然の付き合いをして来たから、野暮な事はしないだろう」
「やっぱりバレたらまずいんですか?」
「まぁいろんな意味でな。猫子も今だに京子が死んだと思ってるしな」
「猫子さんですか?」
「あぁ、ワシの妻だ」
犬飼 猫子……スゴい名前だ。
「あいつも病弱で、今はほぼ寝たきりだからな。跡目相続の事には口出しして来ないだろう。ただ、京介が本気で探り出したら京子にたどり着くかも知れん。京子の存在がバレたとしても、命を狙って来る事はないだろうが、警戒だけはしておいた方が良い」
「相続問題は私達には関係ないから、そっちで勝手にやってよ。こっちに火の粉が飛んできたら、蹴散らすだけだし。柳町君を盾にして……」
「僕じゃ盾にならないです!」
「そうね。紙エプロン程度よね」
「はい! 紙エプロン!」
そう言ってお母様が僕に紙エプロンを渡してくれた。お昼から焼き肉を用意してくれたこの食事が、結果的に京子先生にとって両親と食べる最後の食事になった。
それを知るのはもう少し後の事だが……
「ワシが気にしている事はもう1つあって、裏社会の勢力分布図が変わる事なんだ」
「勢力分布図ですか?」
「裏社会は良くも悪くも、ワシが居た事で3勢力のバランスが保たれていた。ワシが居なくなる事で、そのバランスが大きく崩れるだろう」
そんな強い影響力を持っていたんだ……
「正直な所、ワシが力だけで実権を握っていたと思っている奴等も多いだろうが、実際はいろんなパワーバランスを考えて、3組織の力を配分し、間も取り持って良い関係を築いてたんだ。そこでだ。ワシの代わりになる人物を、どうしても今回の異能力ドラフトで獲得しておきたいと思ってる」
「誰よ?」
「せせらぎ 面太郎だ」
「せせらぎ 面太郎!?」
こいつもなんて変な名前なんだ……
「来月に行われる異能力ドラフトで、ダントツの1位指名候補だ。何十年に一度の逸材であるこいつが、何処の組織に所属するかで今後の力関係が一変するだろう」
「そんなに凄い人なんですか?」
「ワシの若い頃にそっくりだった」
「じゃ、大した事ないじゃない」
京子先生は、お父様に対しても毒舌だ……
「ま……まぁ……京子にとっちゃたいした事ないかもな……」
犬飼さんも京子先生の前じゃタジタジだな……
「何か嫌な予感がするんだけど、もしかして私達にそのドラフトに参加しろとか言うんじゃないでしょうね?」
「まぁ、そういう事なんだが」
「どういう事ですか!?」
僕は、異能力ドラフトについてあまり詳しい事は知らなかった。裏社会にとって、年に1度のビックイベントだという事は知っていたけど、野球のドラフトみたいに順番に指名していく形じゃないんだろうか?
京子先生は、うんざりした様子で僕に説明してくれようとした。
「新右衛門君。勉強不足もいい加減にしてよね」
「すみません」
「裏社会の異能力ドラフトは指名制じゃなく、各組織で選抜した数名でバトルして、勝者が獲得権を得られるのよ」
「もしかして、そのバトルに参加しろって事でしょうか?」
「このオヤジはそう言ってるわね。そんな事より、早くカルビ焼きなさいよ!」
「す……すみません」
「それでいくらくれるの?」
「出るんですか!?」
「出せて200万だな」
「やるわ」
「やるんですか!? 裏社会のバトルって言ったら命を懸けてやるんでしょ!? 安くないですか!?」
「さっきからうるさいわね! 早くロースを焼きなさいよ!」
「は……はい」
「冗談だ。1億出そう」
「いらないわ! お金の事で後でゴタゴタするのも嫌だし、500万で良いわ」
増えてるし。
「誰にも知られていない金だから、後でゴタゴタする事はないぞ」
「そこまで言うなら、間を取って9900万もらうわ」
「全然、間じゃない!!」
僕は音速で殴られた。
「黙ってハラミを焼きなさい!!」
普段、ほとんど焼き肉を食べないので、ハラミがどの肉だか分からなかったが、京子先生の顔色を伺いながら5種類の内の1つをホットプレートに置いた。
京子先生は「よし」という感じで軽く頷いた。
「異能力ドラフトでのバトルは3戦だ。1戦目と3戦目がシングルで2戦目がダブルスになっている。3組織で行うバトルだから、今年も9名の新人が入る事になる。去年まではワシが1戦目に出て、司と烏丸が2戦目のダブルスに出て、3戦目はその年に組織で1番活躍した奴が出ていた」
「やっぱり全勝してたんですか?」
「いや、1戦目2戦目は何とか勝っていたが、3戦目は負ける事も多かったな」
「やっぱり他の組織も、それぞれトップが出て来るんですか?」
「去年まではそうだったが、ワシらがあまりにも勝ち過ぎるから、他の組織が異を唱えて今年からルールが変わったんだ。組織のトップが出られなくなった事と、同じ人は3年間しか出られない事になった」
「その矢先に、アンタがこんな事になったって訳ね」
「まぁ、そういう事だ」
「あの〜……当然の事として確認しておきますけど、僕は出なくて良いですよね」
「出るに決まってるでしょ! 1人2億よ!!」
「だから増えてる!!」
「柳町君は私の異能力として出れば良いのよ」
「京子先生のですか!?」
「そうよ! 私の能力は『柳町 新右衛門君を自在に操る』というB級能力で登録するわ」
「B〜級〜!!?」
「残念ながら、ダブルス以外は1人と決まっているんだ」
「えっ!? もしかして新右衛門君を人としてカウントするつもりなの!?」
「当然でしょ!!」
「こんなパンダみたいなのに?」
「どこがパンダなんですか!!」
「鏡を見て見なさいよ」
お母様が鏡を持って来てくれた。
「あ〜っ!!」
「何で京子先生が驚くんですか!! 寝ている間に、落書きしましたね!! しかもこのテカり具合、油性マジックで3度塗りくらいしてるでしょ!!」
「3日は落ちないわね」
「4日は落ちないだろ」
「いや、5日はいけると思うわ」
「家族みんなで何を予想してるんですか!!」
1つオチがついた所でお父様が話を元に戻した。
「柳町君が参加するかしないかは置いといて、京子には1戦目で出てもらいたいと思ってる」
「当然でしょうね」
「そして何としてでも勝ってもらい、このせせらぎ 面太郎をブレイブハウンドに加入させたいんだ。最悪、2戦目3戦目は捨てても良いくらい、この1戦目が重要だと理解してくれ」
「ちなみになんですが、3組織ありますけど、相手はどうやって決まるんですか?」
「良い所に気がついたな。そう! この戦いはバトルロイヤル形式になっている」
「バトルロイヤル形式!?」
「最近は毎年そうなんだが、必ずと言って良いほど2対1の構図が出来上がってしまう」
「イボルブモンキーとテラフェズントが手を組むって事ですか?」
「まぁ、そういう事だな」
「そいつらはどんな奴を1戦目に出して来るか、目星はついているの?」
「それが分からんのだよ。去年までだったらイボルブモンキーは猿正寺 光秀、テラフェズントは鳥谷 紫園という組織のトップが出て来ていたが、さっきも言った通り今回からはトップが出られなくなったからな。自分より強い奴が組織に居ないと思ったら、トップの座を他に譲ってでも猿正寺や鳥谷のおばさんが出て来てもおかしくない」
テラフェズントのトップは女の人なんだ……
「まぁ私が出る限り、誰が何人出て来ようが関係無いけど」
京子先生の場合、実際にやれるだろうから怖い……
「私が出るのは良いとしても、ブレイブハウンドとは関係無い私の立場は、周りにどう説明するのよ」
確かに……。組織のメンバーや血縁者だったら、まだ周りを納得させる事が出来るかも知れないけど、京子先生や僕の事はどうするんだろ?
「実は、今回から変更になったルールの1つに、ドラフトバトルの参加者にスカウト枠が設けられたんだ」
「スカウト枠ですか?」
「異能力ドラフトが行われる11月11日の前後3ヶ月間、正式な組織メンバーの他に『出場させたい人を3人だけスカウトして良い』というルールが追加された。仮メンバーとしてドラフトバトルに参加する為だけに、6ヶ月間だけ組織に所属するという事だ」
「じゃ私達は、裏社会の均衡を保つ為に、6ヶ月だけブレイブハウンドに加入し、せせらぎ 面太郎を獲得してから脱退すれば良いって事ね」
「まぁ簡単に言うと、そういう事だ」
「それで1人3億だったら悪くないわね」
「だからデイトレードか!! っていうくらい増えてます!!」
「京介はどうするの?」
「立場上、出さん訳には行かないだろうな。まだ2戦目に出すか3戦目に出すかは決めていないが、その辺は司ともう少し相談するつもりだ」
「みんな、話に夢中になりすぎよ。お肉はたくさんあるからどんどん食べて!」
僕もさっきから食べたいと思っていたが、焼き上がった肉を片っ端から京子先生に持って行かれて、全く食べる事が出来なかった。いつの間にか焼くのは僕の係で、焼き上がった物を分配するのが京子先生の役目になっていた。僕の取り皿には玉ねぎとナムルしか盛られておらず、まだ肉を1枚も食べる事が出来ていないのだ……
とりあえずご飯とナムルをひたすら食べながら、どうしても食べたかったカルビを京子先生に奪われないように、焼き上がるのを待つ事にした。
「そういえば柳町君。特訓の方は上手くいってるのか?」
「以前よりは強くなってると思います。能力も少しずつ使いこなせるようになってきてますけど、実際に戦ったらまだ勝てる自信はありません」
「能力名は何て言うんだ?」
「能力名ですか?」
僕は京子先生と顔を見合わせた。2人共、頭の上に?マークが浮かび、サンドウィッチマン並みに「ちょっと何言ってるか分かんない」といった感じだった。
「柳町君の能力名は『おっぱい大作戦』だっけ?」
「勝手に変な名前付けないで下さい!!」
「もしかしてお前達は、能力名を持っていないのか?」
「そんな事考えた事も無いです」
「じゃ、ネーミング師も知らないって事か?」
「ネーミング師って何ですか?」
犬飼さんは、さぞ当たり前かのように「ネーミング師」なる単語を発した。
「そうか。ネーミング師を知らないとは盲点だった」
「能力名なんて勝手に付けるもんじゃないの?」
僕も京子先生と同じように思っていた。
犬飼さんは「これだから素人は困る」といった表情だった。
「能力名は人の名前と同じくらい大事だ。自分で勝手に付けている輩がほとんどだが、実際は自分の能力に合った良い能力名を付ける事が大事なんだ。そして能力を発動する時に、能力名を発する事で能力の効果が倍増するって事を、意外とみんな知らない」
「そうだったんですね」
「確かに! 黒い物を白いと言ったり、丸い物を四角いと言ったり、柳町君をハンサムだって言うのは違和感があるものね!」
なくても良いんですけど……
「やっぱり、ブサイクはブサイク! 変態は変態! チン○ス以下のゴミ野郎には、2度と生まれ変わってくるな!! って言った方が力がみなぎるものね!!」
「言い過ぎー!! 僕の事を貶してる時、力みなぎり過ぎです!!」
ちょっと興奮してしまった僕に、お母様が甘酒を注いでくれた。場の空気がおかしくなってしまったので、とりあえず大好物の甘酒を飲んで正気を取り戻した。
「その人の能力にしっかり合ったネーミングを付けられるネーミング師は、世界的に見てもかなり少ない。ワシらブレイブハウンドが、昔から世話になってる数少ない優秀なネーミング師を紹介してやるから、午後に2人で会いに行ってきなさい。能力名を付けるのは少しでも早い方が良いからな」
そう言って犬飼さんは、誰かに連絡してくれていた。
「まぁネーミング師に会いに行くのは良いんだけど、6ヶ月という限定でブレイブハウンドに加入するにしても、私達は裏社会の事をあまりにも知らな過ぎるわ」
「確かに! 僕も協力したい気持ちは山々なんですけど、これから関わっていく以上、もっといろいろな事を知っておきたいです!」
「では、案内役に誰か付けよう。この世界の情報通で、我々の組織の事情もそれなりに知っている奴の方が良いな」
「そうね。それなりに美人だと尚良いけど」
賛同して良いものか迷ったが、京子先生がそう言うのなら僕的には願ったり叶ったりだったので、とりあえず大きく頷いた。
「それなりに美人か……みんな忙しいと思うが、茜だったら少し手が空くかも知れんから、話をつけてみるか」
「茜ちゃん? 確か、烏丸さんの妹さんだっけ?」
「そうだ。幹部の連中は、この後の葬儀やら何やらで動けないだろうからな。烏丸の所の茜だったら、大丈夫だろう。信用も出来るし、それなりに美人だしな」
基本的に美人だったら、僕は何でもOKです!
性格が悪かろうが殺し屋だろうが、美人に勝るものはないと思ってます!
多分、京子先生も同じ考えの持ち主だから、僕達は相性が良いのかも知れないという気がしてきた。思い出してみると、黒川さんの時もどちらかというと積極的にB級能力者相談所に勧誘していた気がする。
京子先生は元々1人でやっていたけど、僕が入ってからの2年間は、いろいろな人が来てもそういう勧誘はしなかったものな……
やっぱりお互い、美人や可愛い子には目が無いのか……
「茜と連絡がついたようだ。2時に稲穂坂の線路沿いにある梅宮という釣り堀で待っているそうだから、そこで合流すると良い」
「どんな人か分かりませんけど大丈夫ですか?」
「場にそぐわない美人だから、多分見れば分かるだろう」
場にそぐわない美人……あまり聞き慣れない言葉だが、何故だか納得してしまった。
「ほら、もうすぐ1時だから早く食べちゃって! 残したって誰も食べる人居ないんだから!」
「分かりました!」
僕は、残っていた肉や野菜を全てホットプレートに入れて焼き始めた。
梅宮という釣り堀までどれくらいかかるのか分からなかったが、お母様の感じだと1時にはここを出た方が良いという口振りだった。
焼き上がった物は全て京子先生が振り分けて、とりあえずお皿にあった物は綺麗にたいらげた。
あれだけ焼いたのに、僕はお肉を1枚も食べられなかった……
野菜と甘酒だけでお腹を満たした僕は「ヘルシーな正月か!!」と言いたかったが、とりあえず美人が待っているという事で、怒りを抑えた。
もぐもぐタイムが終わった僕と京子先生は、お母様から1人1房ずつのバナナをもらい、呼んでもらったタクシーに乗って梅宮という釣り堀に向かった。
僕は甘酒を5杯ほど飲んだが、京子先生はビールを10杯くらい飲んでいた。見た目は全く酔っていなかったが、お母様が気を利かせてタクシーを呼んでくれたのだろう。
「京子先生、乗って来た車は置いておいて大丈夫なんですか?」
「私のじゃないから分からないわ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!
コメディ8、ストーリー2くらいの割合で書いていましたが、今回から7:3くらいを意識してみました。
もっともっと面白くなるように、自分が読んで笑っちゃうような作品を目指したいと思っていますので、今後とも宜しくお願いします!!




