第11話 甘いけど甘くなかった……
京子の話で、異能力の事を少しずつ理解してきた柳町と黒川 桃子。
そして誰でも訓練すれば強くなる事が分かった異能力の秘密。
それを知った同僚の黒川 桃子は……
この日の診療が終わった後、京子先生は小太郎を連れて帰ったせいもあり、今日は珍しく黒川さんと一緒に帰る事になった。
途中までは帰り道が一緒なので、今まで一緒に帰らなかった方が不思議だったが、今日はごく自然な流れでこうなり、僕は勝手に軽いデート気分を味わっていた。
「柳町さんは料理とかするんですか?」
「いや……あんまりしないよ。自分が食べるくらいの簡単な物は作るけど」
「1人暮らしだから、いつもやってるのかと思って」
「いや。ほとんど買ってきて食べるかな。黒川さんは実家だもんね。やっぱり帰ると、ご飯作ってあるの?」
「ある時と無い時がありますね」
「そうなんだ」
「何かうちの親は気分屋なんで、いろいろムラがあるんですよね」
「良かったら、これから何処かで一緒にご飯でも食べて帰る?」
「エロい誘いですか?」
「違います! そのキャラやめて下さい!」
「冗談です。すみません」
黒川さんは、最近本当に明るくなったと思う。
うちで働くようになって、元気になってくれたのは喜ばしい事だけど、少しずつ京子先生の悪影響を受けている事が悲しかった。
「良いですよ。実は私も、ちょっと話たい事があったんでお供します」
そういうと黒川さんはスマホを取り出し、実家に連絡していた。
「ちなみに私、門限は11時なんで、それまでには帰りますね」
何かエロいキャラに釘を刺されたみたいで胸が痛かったが、そういう所はちゃんとしている娘なんだと思い、何処か安心している部分もあった。
あまり選べるお店も無かったので、消去法で近くのファミレスで食べる事になった。
「ここ、ペットの入店禁止ですね」
「ぼ……僕は一応、人間扱いで大丈夫だと思うよ……」
「いや……そういう意味じゃなくて、京子先生が、今後は小太郎君もB級能力者相談所に来る事が多くなるって言ってたから、そういう所も気にしておいた方が良いかなぁと思っただけです。京子先生じゃないんで、流石に柳町さんを犬扱いはしませんよ」
京子先生に毎日いじられてるせいか、日に日に被害妄想がひどくなってきている気がする。
ごめん。黒川さん……
「お手!」
黒川さんの差し出した手に、無意識に反応してしまう僕。
「犬扱いしてるじゃん!!」
「これくらいのノリじゃないと、お2人に付いていけないのかなぁと思って、ちょっと頑張ってみました」
「別に頑張らなくて良いから……」
そうこうしていると、ウェイトレスさんが来て、禁煙席に案内してくれた。席について黒川さんがメニューを見ている間に、僕はセルフサービスのお水を2つ持って来た。
「あっ! ありがとうございます! 柳町さんって意外とこういう所マメですよね!」
「そう?」
無意識でこういう事をやっているが、僕は元々いじめられるタイプだったので、いつの間にか周りの人の顔色を伺ったり、今はこういう事をして欲しいんじゃないかと、勘ぐる癖がついているのかも知れない。感受性が強いのが唯一の長所だとは思っているが、たまに人から意外と気が利くみたいな事を言われる事はある…………京子先生以外には。
「そういえば柳町さんって、お給料ちゃんともらってるんですか?」
「一応、ギリギリ生活出来るくらいはもらってる。実はさっき、京子先生から小太郎グッズを買いに行かされた時に、お釣りは取っておいて良いって言われたんで、今日は少しだけ余裕あるんだ。ここは僕が出すから、好きな物食べて良いよ」
「私にそんな事言って良いんですか?」
「何か怖いな……」
「じゃあ、お腹空いてるんでもう呼んじゃいます!」
「あっ! まだ決めてないのに!」
呼び鈴が鳴り、すぐにウェイトレスさんがやって来た。
「お伺いします」
これがマーフィーの法則というのか、何故かこういう時だけウェイトレスさんが来るのが早い。
「とりあえず私は、チョコレートパフェと、チーズケーキと、クリームあんみつで!」
「ぼ……僕はチーズインハンバーグとライスで。後、ドリンクバーを2つお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
黒川さんの注文に少し戸惑った。
「黒川さんは、ご飯物は食べないの?」
「食べなくはないですけど、今日はせっかくのおごりなんで、食べたい物を食べようと思っただけです」
そういえば以前、赤スーツの時の話を聞いた時にかなり甘党だった気がする!
実は偏食タイプだったのか……
「そういえばさっき、何か話したい事があるって言ってたけど、何の話なの?」
「一ノ条さんとか特訓の話とか、いろいろ分からない事を聞きたくて。京子先生も後で説明してくれるって言ってたけど、帰っちゃったし」
「僕が言って良いのか悪いのか分からないけど、京子先生に差し支えない程度で良いなら説明するよ」
「お願いします」
僕達はとりあえず、ドリンクバーに行った。
まさかのメロンソーダかぶりを果たし、はたから見たらカップルに見えただろうか。
黒川さんはガムシロを2つ持って席に戻り、僕達はまた話を続けた。
「簡単に説明すると、一ノ条さんっていうのは、昔、京子先生に格闘術とか能力の事とかをいろいろと教えていた人らしい。先日、その人が僕に、強くなる為に特訓をしないかって話を持ち掛けてきたんだ」
「そうだったんですね」
「京子先生と一ノ条さんの間にはいろいろあるみたいで、僕と一ノ条さんが関わる事は、京子先生的には嫌だったみたい。でも、僕にも強くなってもらわないと困ると思ったのか、さっき特訓をする為に休みをもらう事を了承してもらったんだ」
「特訓って、能力の使い方とかも教えてもらえるって事ですよね?」
「そうだと思う」
黒川さんは一瞬考え込む仕草をし、少し間を置いてから喋り出した。
「柳町さんは、私でも強くなれたりすると思いますか?」
意外な質問だった。
黒川さんもあんな危険な目に会って、少しは自分の身を守れるくらいの強さが欲しいと思ったのかな……
「出来る事なら私も特訓に参加したいと思ったんですが……」
黒川さん……本当に変わったな……
うちに相談に来た時は、もっと弱々しい感じだったのに、あの赤スーツの件があってうちで働くようになってから、明らかにメンタルが強くなった。
「私、もっと自分を変えたいんです! 今までいろんな事に遠慮して、目立たないように生きて行こうと思ってたんですけど、柳町さんや京子先生に出会って、もっと自分らしく生きたいって思ったんです!!」
僕はただ、毎日京子先生に弄ばれていただけなのに、黒川さんにこんな影響を与えていたとは……
ただ気掛かりなのは、黒川さんまで抜けてしまうと、相談所の仕事を全て京子先生に任せてしまう事になる。
黒川さんも当然、それを分かった上で言っていると思うから、やっぱりそれなりの想いがあるって事か……
「僕もそうだけど、特訓で強くなれるかどうかは自分次第だと思う。もし黒川さんも参加したいっていうんだったら、明日にでも京子先生に相談した方が良いと思うよ」
「そうですよね。まだ仕事もままならないのに、ちょっと勝手過ぎますよね」
「でも、黒川さんのその想いを伝えたら、京子先生もきっと分かってくれると思うよ」
ウェイトレスさんがデザートを持って来てくれたが、まだ手をつけずに黒川さんは少しの間、考え込んでいた。
2つ離れた席に居る客の声が聞こえくるほどの沈黙が流れた時、ウェイトレスさんが食器を下げようとして、床にスプーンを落とした。そして、それが合図になったかのように、黒川さんが突然喋り出した!
「分かりやした!! やるだけやったります!!」
「う……うん。そ……それが良いと思うよ……」
キャラ変をしようとしていたように見えた黒川さんは、その後、人の金だと思って存分にデザートを堪能した。
さっきの沈黙は、どれから食べようか迷っていただけのような気さえする。ガムシロをかけたデザートを全てたいらげると、黒川さんは僕の顔をチラッと見て、チーズインハンバーグを持って来てくれたウェイトレスさんに、追加の注文をした。
「すみません! 追加で、ホットケーキと、ストロベリーサンデーと、砂肝をお願いします!」
「かしこまりました」
黒川さんの偏食チョイスが分からない……
黒川さんは、僕がチーズインハンバーグを食べている間に、おかわりのドリンクバーを取りに行き、カルピスソーダとガムシロを2つ持って来た。
僕がチーズの入っていなかったチーズインハンバーグを食べ終わりそうな頃に、追加の品物がやって来た。
黒川さんは砂肝にガムシロをかけた瞬間、一瞬で3品をたいらげる。
黒川さんの能力は舐めた物を黄色くする能力だが、この食べっぷりを見て僕は赤くする事は出来るようになる気がした。
危険という意味で……
目を覆いたくなるような会計を済ませた後、僕は黒川さんと別れ、地面に付くんではないかと思うほど肩を落としながら家路に着いた。
最後の最後にパフェ7つ…………か
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。あきらさんです!
黒川さん的には、甘党ダイエットをしているそうです。
次回もよろしくお願いします!




