転生先の指定忘れにご用心
目を開けると、俺の周囲には忙しそうに動く無数の人の姿があった。
視界全体がぼんやりと滲んていてよく見えないが、どうやら俺の家族に当たる人々のようだ。
うむ、どうやら転生は上手くいったか。
神様のミスで死んでしまった俺はその弱みに付け込んで、異世界に転生させてもらう事にしたのだ。
チート能力としてあらゆる武器と魔法を使いこなせる才能、異性を虜にする美貌と話術を付与してもらった。神様は渋い顔をしていたが知ったことか、俺はこの世界で好きなようにやってやるのだ。
さて俺は、どうやら生まれたばかりの赤ん坊になったらしい。
手足も上手に動かせないし、目も上手く見えず、耳もよく聴こえない。
だが、ここから成長するに従い、美貌と会話で周囲を味方につけて、いつしか偉大なる英雄として褒め讃えられる存在になるのだ。
「あら……さま、お……たの……」
視界の端から寄ってきた女が俺を見て、なにか声を掛けてきた。
近付いて初めて知ったが、流れるような金髪の両脇から尖った耳が突き出ている。
よしよし、神様はちゃんと要望通りにエルフのいる世界に送り込んでくれたな。
瞳は澄んだ藍色でまつ毛が長く、唇は薄桃色ですこし厚みがあり、胸はおおきく突き出ていて腰はくびれている。下半身に目をやれば尻はまるく大きく、短い腰布からむっちりとした脚が伸びて健康的な色気を放っている。
妙齢のエルフ、これが俺の母親なのだろう。ぐふふのふ。
俺はさっそくムラムラした感情をぶつけるべく、おっぱいを要求するために泣き声をあげようとした。
ところが、声が出ない。
喉の奥からはかすれたような音が出るばかりで声にならず、それどころかいがらっぽく詰まるような気さえする。
「おじい様、無理に喋らないで。大丈夫よ」
エルフの女がそう言いながら俺の手をそっと握った。
なんだって?おじいさま?
目をよくよく見開いて、女が握った自分の手を見れば皺だらけで枯れ木のようだ。
驚いて体を起こそうとするが全く動かず、内臓全体に鈍い痛みが走って俺はうめき声を絞り出す羽目になった。
「カティア、最後が近いのだ。しっかりと手を握っていてあげなさい」
「はい、お父様」
もうひとりエルフが近付いてきた。
鼻筋の通った、えらく男前の壮年エルフだが、もしかしてこいつが俺の息子なのか。
「父さんのお陰で平和が戻って今日でちょうど300年、世界は完全に元の姿を取り戻しました。もう大丈夫です」
勝手なことをほざきながら壮年エルフが俺の空いた方の手を強く握った。
いてててて、折れる、砕ける。
「どうぞゆっくりお休みください。願わくば、天の国から我々の営みを見守ってくださいますよう」
「おじい様、私の息子もいよいよ来年は里の戦士長に就任します。どうかご加護を」
くそ、完全に死んだていで話を進めてやがる。
暴れてやろうかと思ったがその気力もないし、体力もない。
ぜいぜいと息が漏れ、呼吸が早く浅くなり、体の内からなにかが抜け出していくのを感じる。
ああ、なんてこった、俺は死んでいく。
神様がまさかこんな形で裏切るなんて。
そう考えた途端に脳裏に声が響く。
「要望は全部叶えてやったが、いくらなんでもお前さんみたいな危険人物を野放しにはできんわい。騙して悪いがこれも仕事での」
ほっほっほ、と哄笑を残して声は消え去った。
なんてことだ、俺のチート能力が、ハーレムが、世界征服の夢が。
俺は涙を流し、神様を恨んだが時すでに遅し。
最後の吐息とともに俺の心臓は動きを止め、俺は死んだ。
かくしてエルフ一族の天才、勇者とともに魔王を倒し世界に平和をもたらした大英雄は息を引き取った。
異世界転生もいいことばかりじゃない。