スーツ姿のダークエルフ
「あの、西田さん。
こちらの方が私と一緒に観光開発をお手伝いして下さるお方でしょうか?」
そう何処か不安げな顔で奥でじっと座る西田さんに訊ねているダークエルフの女の子。
俺は眼前に立っている女性の存在が未だに信じられなくて、暫く棒立ちしたまま彼女をまじまじと眺めていた。
本当にダークエルフなのか?
それともただのコスプレか?
俺が彼女をダークエルフだと判断したのも、ネットから得た些細な知識を宛に彼女の風変わりな顔立ちからそう決めつけただけで、彼女が一体何者なのか、判然としないでいた。
「あ、あの、そんなに見つめられると……」
俺の視線に気づいたのか(ずっと見続けていたのだから、無理もないが)彼女は小麦色の頬をほんのり赤らめて、身を少しよじらせていた。
俺は彼女のその様子に一瞬、呆気にとられていたが、やがて思い直して直ぐに目線を別の方に追いやった。
「す、すみません!!」
俺は深く頭を下げて彼女にそう謝ると、対してその本人はまだほんの少しだけ頬を赤らめていて、「い、いえ。気にしてませんから」と何でもない風を装っていた。
「それに、わたぬきさんとはこれから暫く私と一緒に仕事をするのですもの、私はもっと仲良くなりたいと思っています。
ですから、その、頭を上げてくれませんか?」
そう優しく、寧ろ其方からお願いするように彼女は丁寧に俺へ声をかけてくれ、それが少し自分としては罪悪感を募らせるだけで、それを振り払うように俺もまた、彼女に対して何でもない風を装って、はははと愛そう笑いを浮かべた。
「えっ、と自分はまだ貴方の素性すら何も分からないのですが、先程から仕事と仰り、それとこのペンダントも色々気になり、恥ずかしい話、本当に分からない事だらけですので、宜しければ教えて頂けませんか?」
俺は初対面にも関わらず、その女性とこじらせてしまった妙な距離を少しでも修復する為に、無理矢理話を転換して、そんな話題を持ち出した。
本来なら、これはあの異文化交流云々という組織のトップであろう西田さんに聞けばいいのだが、恐らく俺よりもかなり年下であろう。顔年齢がそう物語っていたため、年下の子を27はおっさん?に入るの変わらないが、年上がその子に失礼を働いたままその不敬を放置して、ぞんざいに扱うというのも、不義理で、男としてどうかと思ったので、無理矢理にでも彼女に接近を図るしかなかった。
それも、出来る限り愛そうよく、好意的にだ。
「えっ、えっと、そうですよね。
先ず、は自己紹介からですね。
私はこの辺りの湖を抜けた所にありますゴルド山。
その麓に棲むダークエルフ族の族長の娘で、名前をリリエールド・サラ・アルテー二と言います。
他の皆さんは私をサラと呼ぶので、わたぬきさんもどうか、私をそう呼んでくれると嬉しいです。」
彼女は俺の我儘に付き合ってくれたのか、やや戸惑いながらも、そう快く挨拶をして俺の願いを受け入れてくれた。
先はダークエルフがどうとか、人間がどうだとかと顔ばかり窺っていたから、彼女の身なりに目がいくことが無かったが、奇妙なことにと言ったら失礼だが、ダークエルフを名乗る彼女は黒色のレディーススーツを着ていて、首には俺と同じ金色のペンダントを掛けていた。
白いワイシャツの下から覗く、小麦色の肌とのくっきりとしたコントラストとその下を眺めれば、真新しいジャケットが彼女の豊満なバストをぴっしりと覆っていて、腰はやや短めのシュッとしたタイトスカートが艶めかしく優美な彼女の腰の曲線を綺麗に浮かび上がらせていた。
その姿が魔性の女のように何処か蠱惑的で、未だ恋愛経験ゼロの俺は今にもその魅力に吸い寄せられてしまいそうになり、思わずぶるぶると微睡む脳を振るって、理性を取り戻そうとした。
「このペンダントは、私の故郷で取れるオリハルコンと呼ばれるエリアス王国の重要資源の魔鉱石を埋め込んだ物で、互いに言語の異なる者との意思疎通を円滑に進めるための道具です。
そちらの世界にはこのような物が無いと聞きましたので、あの、やはり私の説明では要領を得ないでしょうか?」
スーツ越しの彼女の艶やかな肉体に気を取られていて、俺は半分ほどその話を聞き逃してしまい、突然彼女がそのように心配そうな顔で訊ねてくるものだから、嘘でも俺は微笑しながら「そのようなことはないですよ」と穏やかな口調で答えるしかなかった。
とはいえ、頭がパンクしてから時間もそれなりに経っていて、次第に思考が落ち着きを取り戻したせいか、彼女が言っていたことの重要な部分は概ね理解出来たので、あながち嘘でも無かった。
「はい。お陰でその辺のことは上手く飲み込めました。
それで、自分の仕事ということなのですが、先程西田さんから大体は伺っているのですが、何分ここに来た時の衝撃の方が強かったので、すみませんが状況すら把握出来ていないのです。
ですから、その事についても出来る限り詳細に教えて頂けると嬉しいのですが……
勿論、ここに来て求人どおりの旅館のお仕事ということではありませんよね?」
すると、サラさんは口元を少し歪めて、何を思ったのか非常に機嫌良さそうに俺の質問に答え始めた。




