異世界とゲート
車から出て、俺が足をつけた地は伝統的な日本文化を継承した古典的な外観の旅館の前でも無ければ、況してや、そこには建物すら無かった。
「どこだここ?」
俺は思わず声を上げて、そして眼前の光景を前に呆気に取られた。
それは広大な平原であった。
何処までも続く野原、上空は果てしないほどに蒼蒼と澄み渡る大空とそこには少しずつちぎられた綿菓子が放たれ、宛もなくふわふわと漂っていた。
ヒューと緩やかなそよ風が草原を優しく撫でて、一人取り残された俺にも等しくその心地よい風が母の手のように優しく俺の頬を撫でた。
酷く混乱する俺の脳内とは裏腹に景色は青と緑と白の単純で明快な色を見せていて、そんな矛盾に俺は暫し頭を空白にして、思考が再び動くまで惚けていた。
そんな際中に、後ろから誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「いやー、待たせてごめんね。少し着替えが遅かったね。」
それは紛れもなく、西田さんの声だった。
俺は聞き覚えのあるその声にはっと、停止させられていた意識を取り戻させられた。
「に、西田さん!これって一体どういう事ですか?
俺、何も聞いてないんですけど!?」
ぎこちなく、噛んでしまいそうなほど、覚束無い口調でそう言いながら、俺は慌てて西田さんのいる後ろへと振り返った。
そして、後ろを振り返った後、又しても俺は眼前の光景に目を見張り、言葉を失った。
そこにあったのは巨大な湖と天まで聳える白雪をかぶった山々であった。
「改めて、紹介をさせてもらうよ。
私は内閣府直轄の"異世界文化交流推進委員会"の会長を務めさせていただいている西田俊夫です。
そして、ここはエリアス王国東部に位置するアイネル平原と呼ばれる草原地帯で、奥に見える山々がゴルド山脈、その手前にある湖がゴルド湖だよ。
現地民との異文化交流の第一歩を開拓してもらう為に、君にはここに日本の温泉街を作って欲しいんだ。」
1度に入ってきた情報量が多すぎて、そのとき、とうとう俺の頭はパンクしてしまった。
俺の思考が停止して、再起動を始めた頃。
気づくと俺は深緑色のテントの下で、なぜか折りたたみ式の鉄パイプ椅子に座していた。
「気分はどうだい?」
俺の前には簡易的な野外用のプラスチックの四角い机が置いてあって、それを挟んで向かいに西田さんが椅子に座って、微笑しながらそう話しかけてきた。
「あ、はい。なんとか。」
まだ頭が混乱しているのか、俺の口から出た返事はとても不自然であった。
「まあ、無理もないよね。
君からしたら、旅館だと騙されてここに来てるんだもね。
今の心境としてはここどこだよ!?って感じでしょ?
でもとりあえず、順を追って私が説明するから、今は何とか取り乱さずに聞いてほしいんだ。」
「は、はぁ」
「四月一日君、異世界って知ってる?」
俺がまだ、事態を飲み込めずにそう気のない返事で応じた矢先に西田さんは藪から棒にそんな信じられない言葉から説明しだした。
数十分間ぐらい、俺は錆びた歯車のようにぎちぎちに固まった思考で何とか西田さんの話を理解しようとした。
それは長々と語られた内容であったが、未だに理解し難い話ばかりであった。
半年前、(場所は教えてもらえなかったが)とある場所の空間が、割れたカガミのように大きな亀裂のはいった一帯を確認したらしい。
これだけでも、かなり意味不明で、摩訶不思議な話であるが、そういうことにしておいて欲しい。
その亀裂は日を重ねる事に大きくなって、やがてそれは亀裂というより大きな穴のようなものに広がったという。
空間に空いているのだから、もちろん穴には裏側はない。
何かの災害か、その予兆なのか事態を重く見た政府はその穴の空いた空間に自衛隊やら専門の調査員を派遣して、その調査にあたらせた。
そして、調査の結果その穴は重要なゲートであることが分かった。
日本と異世界とを繋ぐ二次元のゲートであった。




