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上手い話には必ず裏がある



バスが駅を離れて、暫く、その間は西田さんと時間を忘れるほど談笑していた。


最初はここまでの移動の話などを聞かれ、「夜行バスで5時間以上かけてきました。」と答えると、西田さんは「それはまた、大変だったね。長旅で疲れただろう?」と優しく聞き返すので、俺はどこかその声音と言葉に安心感を覚えて、初対面で、見る限りかなり自分とは歳は離れているのに西田さんとは何故か直ぐに打ち解けられるような気がして、実際にその予感が正に的中して、西田さんとは上手い具合に楽しく会話を進められた。


というのも、西田さんも自分と同じぐらい温泉つうであったからだ。


「あぁ、七味温泉はいいよね。

私もあの自然に囲まれた長閑で、人を寄せ付けないような神秘的な風景が好きだよ。

とても落ち着く。」


七味温泉とは長野県にある所謂秘境温泉で、信州の高山温泉郷の中でも最も奥地にあり、その界隈の人にはかなり有名である。


「分かります。

自分もあそこは20歳の頃に行きましたが、あれは都会の騒々しさを忘れられる気がして、とても癒されました。

また機会があったら行きたい温泉の一つです。」


「20でもう、都会を離れたいと思ったのかい?

四月一日君は他の若い子と比べてちょっと変わっているね。」


「よく言われます。」


西田さんの思わぬ指摘に俺は心ならずも、失笑してしまった。


「そうか、その口ぶりだと最近はあまり温泉には入れていないのかい?」


「えぇ、まあ。

以前は何かと忙しくて、ゆっくり温泉に浸かることもできていなんです。

だから、自分の家の小さな風呂に入浴剤を入れて済ますのが精一杯でして……」


自嘲気味にそう話すと、西田さんは少し低い声で「それは丁度よかった。

ウチには温泉が有り余るほど湧き出ているからね、入り放題だよ。」と言い、俺はそれに「それは楽しみですね」とゆっくりとした口調で零した。



それから、西田さんとは温泉や各地の温泉街の料理や観光地、娯楽、お土産や温泉のあるある話を互いに出し合い、それを面白おかしく、評価し、素直に感想を述べて楽しんでいると、自分のズボンのポケットの中からピロロロとスマホのアラーム音がなり、それによって一旦会話は中断させられた。


バイトの時間に間に合うようにふだんはこの時間にアラームを設定していたので、すっかりそのままになっているのを忘れていた。


西田さんに断りをいれて、俺はスマホを見ると、画面に映し出された時刻は朝の8時を回っていた。


まだかなのか……。それでも、そんなに旅館までは遠いのか?


バスのカーテンは全て閉まりきっていて、外が見えないようになっている。

今何処に向かっているのかすら分からなかった。


すっかり西田さんとの会話に耽っていたから、外を見る気も無くて、今更ながらに本当に目的地に問題なく向かっているのか、疑問に思うようになった。


別に悪いことでもないし、一層の事カーテンをそっと開けて、外を覗いてみよう俺はそう何となく思った。


だが、そんな考えは空腹が一気に削いでしまった。


そういえば、もう朝食の時間だよな。


夜間バスじゃあ、ほとんど寝れなくて、だいたい起きていたし、脳が活発に動いていた分、腹が空いてきたのかもしれない。


ぐるるると空腹を警告する豪快な音が腹からなってしまう。


大人にもなって、子供のように人前で腹を鳴らすというのも、流石に恥ずかしく思い、俺はややぎこちない口調で、西田さんに「すみません」と謝って、空腹を押し殺そうとぐっと我慢をした。


暫く、そうして空腹を我慢していると、何だか急に眠気が襲ってきて、深夜寝ずに起きていた分の疲れがどっと押し返して、体が一気に重くなった気がした。


流石に長旅で疲れたかな。


俺は「すみません、ちょっと疲れたので休ませてもらってもいいですか?」とそうしっかり会話途中の西田さんには言っておいて、俺は座席に深く座り込み、頭を後ろに倒して、そっと目を閉じた。


その時、瞼の裏側から差すカーテン越しの光が一瞬だけ暗くなった気がした。




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