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温泉湖の秘密

何故、こんな事になった?


ほんの少し前に起きた出来事を頭の中でぐるぐると回して、俺は何度も何度も思い返しながら、事の原因を探ろうとした。


すると、次第にその要因が何となくわかってきて、ただそれが話すのも憚れるほど酷く気まずくて、何とも言えない感じであったので、どうの仕様もなく俺は頭を抱えた。


そんな俺をやはり、隣で変わらずきちんとした、すらっとした姿勢で湯に浸かって眺めていたサラさんは心配そうな顔で健気に「どうされたのですか?」と優しくたずねてきた。


「いえ、少し考え事をしていただけですから」


そう答えると、サラさんは「そうですか……」と少し残念そうな顔でやや俯き気味に零した。


彼女には俺と話したいと言われて、それで自分は素っ気なく何でもない、と返すのもかなり酷で、薄情であったと思う。


申し訳なく感じていても、しかしながら俺は「裸の付き合いですか?それはかなり誤解されていると思いますよ。」なんて到底言えるわけがない。


まだ少しあどけなさが残るサラさんの可愛げで無垢な顔見れば、裸の付き合いの意味が決して異性同士の事ではなく、同性との親睦を深める事を指しているなんて平然と説明する事が理性と思いやりのある人間ならば、尚更そんな貶め、辱めるような事をどうして出来ようか。


心苦しい限りではあるが、口を開ければペラペラと暴露されてしまいそうな最悪の言葉を殺すために俺はじっと口を閉じるしか無かった。


しかし、言うまでもなく、会話相手の俺が黙っていてはサラさんもただ困惑し、気まずくなってしまうだけで、必然的に嫌な居心地の悪い静けさが辺りを包み込んでしまうだろう。


それを想像すれば、嫌でも流石に俺もいたたまれなく感じて、俺は悩んだ果てに何とか荒んだ空気を変えようと適当な話題を考えられる限り頭から捻り出して、やや無理をしながらも俺は闊達な笑顔でサラさんに話を持ちかけた。


また、極力、サラさんが例の痛烈な辱めを受けるような言葉は避けて、話すようにした。


「あのサラさんは、ここの山麓の生まれなのですよね?

でしたら、この湖にはよく来られるのでしょうか?」


「えっ? あっ、は、はい!

そうですね。

以前は家族と頻繁に遊びに来ていました。

春はこの辺一帯の平野は満開の野花が咲きますから、よくお昼ご飯を持って、その日はずっとその景色を眺め続けたりしていました。

でも、まさかこのような格好で湖の中に入って、こうして浸かってただ腰かけて、山の風景を眺めながら過ごすなんてことは1度もしたことはありませんでした。」


びくりと肩を動かして、驚きのあまり目を皿にしたサラさんはやがて、口元を幽かに緩めて、嬉しそうに昔を懐かしむようにそう話していた。


曇り空が晴れたように朗らかな顔になったサラさんに俺は少し微笑ましく思えて、それが今は何よりも

心底安心させられた。


「それで、どうでしたか?

自然の湯の心地は気に入ってもらえましたか?」


そう聞くと、サラさんは赤子のように無邪気な笑顔で「はい。何だか普段、湯を沸かして入るのとは少し違って、何だか新鮮だけどそれでも凄く心地よくて、日頃の疲れも嫌な事も全部忘れらそうな感じで、安らぎます。」とそれがただの社交辞令やお世辞でも無く、それが本心であると、そう実感させらるような言葉に聞こえた。


俺はそれが嬉しくて、いつまにか、お互いこんな肌を晒し合うような恥しく、目のやり場に困る格好でも彼女とは気軽に接することができるようになっていた。


「あの、四月一日さん。

今私とあのペンダント無しで話せているのですが、お気づきですか?」


嬉しさに胸を弾ませて、次はどんな話題を持ち出そうか、と考えている時にサラさんは藪から棒にそう聞いてきた。


「えっ、ペンダントですか?」


俺はサラさんに指摘されて、初めて自分の首に何も掛かっていないことを確認した。


そして、まさかと思い、今度は意識してサラさんのタオルで隠された大きな胸の上をあたりを覗けば、やはりそこにはあの金色の首飾りは無かった。


ただ、それを確認する為に僅かの時間とはいえ彼女の胸を覗いた時に、又しても俺は興奮を覚えたのは内緒である。



とにかく、奇妙な事にあのペンダント無くして俺はサラさんとまともに会話ができていた。


それは同時に異なった言語を持つ者同士の意思疎通を助けるという能力を持つペンダントが、実際は俺達にとっては必要の無いものであるという事を示唆していた。


しかしながら、それは俺が最初にペンダントの説明を受けた時、全く同じ疑念を抱いたのだが、サラさんによって直ぐにそれは否定され、その時に既にペンダントの正当性は示された。


だから、益々今そのペンダントがない状態で彼女と不便なく話せていることが不思議で仕方がなかった。


あれでもない、これでもない、と思いつく理由を頭にぞろぞろと浮かべながら、結局それが合致しないことが分かって、首を鶴のように長くして当てはまらない回答にうーんと唸っていると、そんな俺を見ていたサラさんがふふふっと小さく笑って優しく説明してくれた。


「四月一日さん。それはですね、こういうことなんですよ」


そう言って、彼女が尻をつける湖の底に華奢でしなやかな両の手を伸ばして、小麦色の肌が暗澹とした深海に同化して、またその手でお茶碗を作って、彼女はそっとそこから何かを掬った。


鉄紺色の暗い水中からだんだんと浮かび上がってきその姿は、思っていた通り地中に沈んでいた砂が両の手に盛られていただけで、特に彼女と会話ができる理由にもならないじゃないかと俺は少し軽く考えていた。


子供のたわいもない自慢話を優しく聞き入る俺と、そんな素っ気ない俺の態度に気づくこともなく、ただこれから俺に見せびらかす玩具に期待と好奇心をふつふつと滾らせながら、手を段々と空に近づけるサラさんがいて、その様子はどこか温かく見守りたくなるようなものであった。


やがて、両の手が空に触れた時、俺は手に載ったそれを見て目を丸くした。


「四月一日さん。この砂をよく見て下さい。

砂の中にキラキラと橙色に光る小さな粒があるのを分かりますか?」


サラさんの言われた通り、砂の中をよく目を凝らして覗けばそこには確かに金砂のように光に反射して、目立つほど明るく煌めく粒が目測では数え切れないほどあった。


「サラさん。一体、これは何ですか?」


疑問符を顔に浮かべながら、そう素直にたずねるとサラさんは丁寧に答えてくれた。


「はい。

これは先ほど説明しました、例のペンダントに嵌められているオリハルコンの欠片の一部がこのように極小の粒になったものです。」


「粒ですか?」


「そうです。

元々、湖の底の火山灰やらと同じように沈殿していたみたいで、これは最近になって分かったのですが、どうやら湖に全域オリハルコンの欠片があるようです。

その為、私達がこうしてペンダントを持たなくても、この湖はオリハルコンがそこら中に散らばっているのですから、こうして意志の疎通が出来るという訳です。」


「なるほど、では、つまりはこの湖に浸かって入れば言語の違う者同士、簡単につながり合う事ができるということですね?」


「はい。

仰る通り、言わばここは言語の垣根を超えた大きく開かれた社交場という事です。」


そして、サラさんは快然たる眼差しを俺に向けて、大変仕合わせそうにそう話すのであった。

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