第8話 強化の真髄極めたり!
ダンジョンに入るのは3回目。
何となくだが、雰囲気には慣れてきた。
ハルナも、前を歩かずに並んで歩いてくれている。
周りを警戒しつつも、雑談を交えることも出来るようになった。
「なぁ、何で俺がレベルアップするって分かったの?」
「ユウジは初めての戦いでした。訓練すら受けない中、果敢に戦ったこと。それ自体が成長の証そのものですから」
「なるほど……」
「洞窟内に入っても、物怖じせず、ちゃんと周囲を見ていました。その経験は、間違いなくユウジがレベルアップするだろうと踏んでいました」
そう言われると、ハルナに褒められた気分で、ちょっと嬉しい。
その雑談も、2人揃って中断する。
目の前に見えるのは、一体のバブリースライムだった。
「さぁ、今日の獲物ですよ!」
「よし……いってやらぁ!」
抜刀し、突撃!
互いの間合いまで来て、構える。
今度はすぐに剣を振ったりしない。
前回は、攻撃した後の隙を狙われていた。
無闇やたらと攻撃することの愚かさを学んでいる。
(寝ている間に、いろいろ頭が整理されるもんだなぁ)
寝るって大事だ。
レベルアップが寝た後っていうのも、何となく分かる気がする。
ハルナは相変わらず、後ろから応援してくれる。
今度こそ、この最弱モンスターを倒す!
互いに睨み合う。
どこに目があるかは分からないが、視線らしきものを感じる。
ちょっとした油断を見つけるように、構えたまま止まっている。
すると。
ビョン!
飛び跳ねるスライム。
そこを狙い目と、剣を振る。
「ぅおんどりゃあっ!」
球体のスライムめがけて切りつける。
剣は、確実に捉えていた。
(よし、もらったっ!)
俺の剣は、見事スライムを両断した。
が。
そのまま相手が飛んでくる。
(な、何だと!)
2つに分かれた小さなスライム。
勢いはそのままに……
バチコーン!
「うぎゃあ!」
眼を直撃。
反射でも瞼しか防御が出来ない、人体の弱点の一つ。
凄まじい激痛が、直接脳に送られているようだ。
眼球全体が一回り大きくなったかのような錯覚に陥る。
視界が朧気になる。
マジで痛い。
この一撃でぶっ倒れそうになる。
しかし、そんなことはお構いなしに、俺に襲いかかる2体のスライム。
(おのれ単細胞生物……!)
前の奴がバスケットボールと例えられるとすれば、2つに分かれたこいつらはハンドボールだ。
そして、珍肉剛速球は変わらない。
顔面を執拗に狙うが、俺もさすがに学習し、剣で弾き返す。
が、真後ろから後頭部を直撃。
からの、怯んだその瞬間に顔面往復ビンタ。
何とか一矢報いろうとしたその瞬間。
ふと思いつく。
というか、忘れていた、あの存在を思い出す。
(そういえば、強化スキル……使ってないな)
世間は酷評するスキル。
しかし、俺の強化は半端ではない。
声が超音波ばりに大きくなる。
息が台風のように強くなる。
これは、実は相当な可能性を秘めているのではないだろうか。
そこで思いついた一つの方法。
こんなのはどうだろうか。
「スキル、強化!」
目の前に出来る魔法陣。
その魔法陣を、剣先が掠めるように、思い切り横へ凪払う。
すると。
バシュゥゥゥ!
眼に見えるかのように飛んでいくのは、真空波。
これは……
そうだ。
ゲームで見たことがある!
ソニックブームってやつだ!
高速で飛んでいくその波は、全てを切り裂く凶器。
その速度は、音速のごとく。
そして。
ズバァン!
ソニックブームに巻き込まれたスライムは、見事に分断……
どころか、消し飛んでいた。
静寂が訪れる。
俺自身も、この結果には驚いているが……
一番驚いているのは、後ろにいるハルナだった。
さっきから、目を丸くして、僅かに口を開けていた。
「おーい、ハルナさーん?」
パン!
「…………はっ!」
あまりに長いことやっているので、猫だましでこっちの世界に戻してやる。
目が平常に戻ったかと思えば、今度は満面の笑みを浮かべた。
「す、すごいですよユウジ! いつの間にかソニックブームを会得したんですかっ?! もしかして、早くも閃きましたかっ?!」
「あ、いや。今のは強化スキルなんだ」
「えぇっ!?」
思わず俺を二度見する。
今起きた事態を、全く信じられない様子だ。
「す、すごいですね。これが、ユウジの本当の力……」
「まぁ、今のところ、唯一の取り柄だしな」
苦笑しながら答える。
だが、こうやって使ってみると、なかなかすごいものだ。
使い勝手は難しいが、工夫次第かもしれない。
「よし、とりあえず、これを機軸に頑張ってみるか!」
「はいっ! 行きましょうっ!」
ここ一番、嬉しそうなハルナと平行して俺たちはダンジョンを歩いていった。
◆ ◆ ◆
ハルナと歩くダンジョン。
それは、さっきのソニックブームが撃てるようになってから、かなりイージーモードになっていた。
俺の強化スキルにより増幅された剣の衝撃波、ソニックブームは、バブリースライムを一撃で倒してしまう上に、効果範囲も広い。
さっきから遭遇するのはバブリースライムだけなのが気になるが、全て楽勝で倒していた。
そして、時折落ちる石。
それをハルナがしっかり拾っている。
「その石、何なの?」
「これは魔石です。この洞窟のモンスターは、全てこの魔石を元に魔王が作っていると言います。弱いモンスターほど少ない魔石で、強いモンスターほど大量の魔石が必要になるそうです。冒険者ギルドでは、この魔石を利用して、私たちに必要な、様々なものを作っているそうですよ」
「ふぅん、だから買い取ってるのか」
「そういうことになりますね。飯のタネですから、大事にしていきましょう」
スライムから出た魔石を、ハート型の可愛いポーチに入れる。
再び歩き出そうとしたその時。
前から冒険者が血相変えて走ってきた。
1人ではなく、10人以上いるだろうか。
絶えず後ろを気にしながら、何かから逃げるようだ。
俺たちに気づいた先頭の冒険者は、顔を青くしながら言う。
「お、おい。もうこれ以上先には行くな。これから冒険者ギルドに報告して、討伐隊を編成して貰う……!」
「どうしたのですか?」
ハルナが、要領を得ないとばかりに、優しく質問する。
対する応答は、1秒でも惜しいとばかりに早口に。
「「里帰り」だっ! ニョグタが1階に出やがったんだ……!」
「えぇ……ニョグタがっ!?」
ニョグタ?
なんか聞いたことがあるような無いような……
「あれは間違いない……俺の仲間が、3人も食われちまった! ちくしょうっ! でも、俺にはどうしようも出来ねぇ!」
「心中お察しします。ご忠告感謝します」
「あぁ……お前たちも、俺たちに続いて早く出ろよ」
そう言って、再び外へ向かっていった。
いまいち事情を飲み込めないでいると、ハルナが説明してくれる。
「ニョグタというのはスライムの親分みたいなものです。しかし、その強さは、レベル13のパーティーが向かっても全滅しかねません。本来は地下30階付近で遭遇する敵らしいのですけど……」
「何故か1階に出てきていると」
「はい。私たちは「里帰り」と呼んでいます。極々稀にあるんです。深層にいるモンスターが、勘違いとばかりに上の階に上がってくることが」
「なるほど……恐ろしい話だな」
「本来、強いモンスターほど障気が濃い場所に、弱いモンスターほど薄い場所にしか生息出来ないものなのですが……時折、その障気が局地的に狂うのが原因と言われています」
「そういえば、さっきからスライムばっかり出てくるのって」
「もしかしたら、ニョグタに惹かれているのかもしれません。他のモンスターたちも、危機を察してどこかに身を隠しているのでしょうね」
「なるほど。何にしても、モンスターも恐れる自然災害みたいなもんか」
「そういうことですね。とにかく、ギルドに報告されれば、然るべき人間が集められて、討伐されるはずです。私たちは、とにかく避難しましょう」
ここで、そのニョグタを倒せれば一躍有名になれるんだろうけどなぁ。
まぁ、そんな夢は捨てるべきか。
まだ駆け出し冒険者であることを忘れてはいけない。
「よし、じゃあ帰ろうか」
「はい。そうしましょう」
俺たちが後ろを向いたその時。
その後ろから、再び駆け出してくる冒険者たち。
次は5人だった。
しかも、その顔を知っている。
「おいおい、いくらお前らがスライム退治の専門って言っても、あれは手に負えないぜ?」
昨日も今日も会った、あのクソな性格のイケメン剣士たちだ。
「先ほど警告を受けました。私たちも戻ります」
「そうしとけ。あんなもの、レベル40クラスでもないと手に負えねぇぞ」
そう言って、血相変えながら走っていく。
その彼らの背中に違和感を覚える。
1人足りない。
どうしてもそれが気になり、思わず声をかける。
「なぁ、あの小さい子はどうしたんだ?」
「あぁ? あぁ、リザのことかよ。俺たち、実はニョグタと遭遇しちまってよ。あいつを囮にして逃げてきたんだ」
「はぁっ?!」
こいつら、何言ってるんだ?
言っていることが素直に飲み込めない。
「いやいや、怒るなよ。あいつは、自分で志願したんだ」
「そうそう。隊長は、ちょっと、そうしてくれたらいいなって言っただけなんだって」
「そしたらあいつ、囮になるから逃げてくれって言ったんだ。誰も強制なんかしてねぇんだよ」
「大体、人のパーティーの事情に口出ししないでくれよ。あいつは俺たちのものなんだしな」
「…………」
話にならない。
そう悟り、無視を決め込んだ。
向こうもそれを悟り、足早にその場から立ち去った。
ただ、一人だけ。
黙って俺を見つめる男がいた。
そういえば、前もあの男だけは何も言わなかったな。
何か言いたいってわけでもなかったが。
まぁ、それは置いておこう。
聞くところによれば、スライムの親分というニョグタ。
きっとものすごく大きなモンスターに違いない。
誰もが脅える存在。
手練れを集めなければ倒せないという敵。
そんな恐ろしいものを相手に、あんなに小さな女の子が、怖くないはずなどない。
間違いなく、あいつらの無言の圧力に脅されて囮を買って出たに違いない。
それを思うと、やり場のない怒りがこみ上げてきた。
「ユウジ……?」
ハルナが俺の顔をのぞき込む。
彼女の表情は、心底心配しているようで、目はどこか期待を持った視線を向けていた。
そんな輝く目をしながら、次に発する言葉を待ちかねている。
俺は、その期待に応えなければならない。
いや、そんな使命感ではない。
俺の行動は、彼女の期待を満たすものだと、胸を張っていえる。
だから、真っ直ぐに目を見て言った。
「あの子を助けよう、ハルナ」
「はいっ! 行きましょう、ユウジ!」
俺は、ハルナと手を繋いでダンジョンの奥へと進んでいった。
◆ ◆ ◆
通路がどんどん暗くなっていく。
横には松明が灯されているはずなのに、そんな光すらも覆い尽くす闇が充満している。
そして、何より。
(き、気持ち悪い……)
吐き気だけではない。
身体全身が妙に気だるく、力が入らない。
息苦しいが故か、知らぬうちに過呼吸になる。
空気を身体に入れる度、肺胞の一つ一つが腐ってるのではないか。
脳にも影響が出ており、頭痛だけに留まらず、五感の全てがイカれてきている。
「かなり濃い障気……ユウジ、大丈夫ですか?」
「いや、ダメそう……」
「初陣に等しい経験で、この障気は身体に障ります。ユウジだけでも引き返してください」
「……それはダメだ」
こんな中、あの子はきっと1人で頑張っている。
俺がここで逃げるわけにはいかない。
あの時、確かに聞いた。
羨ましい、というあの言葉。
俺は、その言葉を救いの言葉と受け取った。
彼女を助けたい。
彼女の求める声に応えたい。
さりげにチラッと見えたあの姿。
長い前髪に隠れていた、垣間見える自信の無い目。
それは、肩をすぼめて歩いていたりという、態度にもよく出ていた。
全身から発した救いを求める声。
そして、間違いなくロリ巨乳!
マスターも認める可愛さ!
…………いやいや、そういうことじゃなくて。
何かをじっと我慢しているであろうあの様子。
きっと、とても寂しい顔をしているのだろう。
それならば、必ず俺の仲間にして……
絶対に可愛いであろう、彼女の笑顔を拝んでやるんだ!
扉を前に、ハルナが険しい表情で見つめる。
「この障気……間違いなく近いですね」
「そうか。マジで気が狂いそうだ」
俺の身体は、もう毒されたように、全身に激痛が走る。
ハルナのほうも、かなり厳しいのか。
顔色は決して良くはない。
「恐らくニョグタは、この扉の先にある広い玄室にいます。あの子がここにいる保証はありませんが、ニョグタとは、間違いなく遭遇することになるでしょう。この先、足を踏み入れますか?」
「俺がここで退くわけないだろう」
「そう言うと思いました」
ハルナが笑って応える。
「ゆっくり開けます。いいですか? 絶対に、驚いて声を出したりしないでください。上手くいけば、気づかれずに室内に入れます」
「あ、あぁ、わかった」
頷いたハルナは、音を立てずにゆっくりと扉を開ける。
その先に見える光景は…………
とても信じがたい光景だった。
次の投稿は、来週の土曜日あたりになると思います。
更新できたら頑張りますが、今しばらくお待ちください!