第6話 初戦闘
地下から上がる階段を歩いている最中、ふと後ろを見ると、ついてきていたはずのマスターの姿が無くなっていた。
まあ、まだ地下牢に用があるのだろう。
そう思いつつ、無事に階段を登り切り、目の前にある扉を開く。
すると、前にも来た冒険者ギルドの光景が広がっていた。
俺が開けた扉のすぐ近くにある机と4つの椅子。
その椅子に座っていたのは、再びダブダブのローブを羽織ったハルナだった。
俺の姿を認めると、泣きながら抱きついてくる。
「よかった……! 生きてました!」
「おいおい、勝手に殺すなよ」
「そうは言っても、町中でのスキル使用は御法度です。連れて行かれたまま出てこないと思いました……」
あの時とは違う、しっとりとした涙を流す。
その頬を拭ってやる。
「大丈夫だって。約束したろ? 俺はお前を守る。苦しみは半分ずつ分かち合うんだ。こんなところで死んでたまるかってんだ」
「うん、そうでした」
ようやく笑顔を見せてくれた。
眼帯は再びつけたようだが、その笑みはとても眩しい。
そんな良い顔のハルナの頭を軽く撫でてやりながら、俺はやるべきことを思い出す。
「よし、じゃあ、俺たちがまずしなければならないことがある。分かるか?」
「…………?」
全く分かっていないようで、頭にハテナマークをぷりっと出している。
「自己紹介だよ。お互い、まだ名乗ってもいないんだぜ?」
「あっ……」
そう、本当に今更なことだ。
俺たちは、互いに名前を交換する前から、これほどの絆を結んだ。
こんな奴らが、今までいただろうか。
「俺はユウジだ。よろしくな」
「ハルナ。ハルナ・アルタイルです。よろしく」
右手同士で握手を交わす。
最初の握手は三本目の腕だったことを思い出すと、少しばかり笑いが込み上げてくる。
「よし、ハルナ。まず一つ、言っておかなければならないことがある!」
「何でしょう?」
「俺のスキルは、強化に特化している。それをどう思うか!」
「使えないですね」
「ぐはぁ!」
ストレートに言われると、さすがの俺の心も折れる。
オロオロしながら、俺を見るハルナ。
「す、すみません! 私、嘘は苦手で…………あ」
「ま、まぁ……言いたいことはよく分かった。俺も察している」
正直なところ、強化スキルの認識はそういうものだ。
例えそれが何百倍になろうとも、使いどころが難しいのは事実。
ハルナの、この反応が当たり前なのだ。
「さて、こんな俺とダンジョンに行く気はあるか?」
「それはもちろんです。私は、ユウジの剣となり、盾となります」
「それは頼もしい」
本来は逆で有りたかったがな!
まぁ、それは、これからの俺の頑張り次第というところか。
(そういえば……)
ふと気になったことを聞いてみる。
「ハルナのステータスってどのくらいなんだ?」
「ステータスですか? 少し前ので良ければ……」
出してきたステータス表を見て、愕然としてしまう。
種族 ヒューマン
クラス ソードマン
性格 中立
レベル 7
力 B
知力 C
信仰心 C
生命力 B
敏捷性 A
運 D
スキル スマッシュ ソニックブーム
ユニーク ダブルソード クロスブレード
「……お前、すげぇな」
「そんなことはないです。まだまだ鍛錬が必要です」
「ちなみに、最高レベルとかあるの?」
「さぁ、聞いたことがないですね。私が知ってる限りでは、28くらいだったでしょうか」
「……それって、かなり高いの?」
「クラスマスターと呼ばれるレベルが13と言われていますからね。とても高い方ではないかと」
「なるほどなぁ」
ってことは、ハルナのレベル7ってのも、実は相当高いってことか。
「さて、それじゃ先輩。悪いが頼むぜ」
「せ、先輩ですか?」
「おう。俺はまだまだ初心者だ。だから、色々教えてくれよ」
そう言うと、ハルナが急に顔を赤らめ、そして目を輝かせる。
「も、もちろんです! さぁ、ついてきてください、ユウジ!」
勇み足でダンジョンへと向かっていく。
恐らくは、あの容姿だ。
お姉さんどころか、先輩ぶることも無かったのだろう。
そう思うと、なんだかとても微笑ましい。
そんなハルナの後ろを、弟分よろしくついていった。
相変わらず不気味な雰囲気を醸し出す洞窟の入り口。
まだ明るい時分のはずなのに、周囲が暗くなっている。
特に日差しを阻むものなど無いはずなのに。
「なぁ、何でこんなに暗いんだ。まだ昼間だろ?」
「マスターから聞いてないですか? 洞窟……というより、その最深部にいる魔王から発せられる障気のせいです。洞窟の奥底から、ここまで届いているのですから、近づいたらもっと凄いことになるのでしょうね」
「なるほど」
どうやら、俺が倒さなければならない魔王というのは、それほど凄い存在らしい。
……俺、次の一生はミジンコ確定かもしらん。
「じゃあ行きましょう。ちゃんとついてきてくださいね」
「おう、頼むぜ」
俺は、ハルナの背中を見ながら、2度目のダンジョンに突入した。
「1階は、全然明るいんだな」
「3階までは、かなり人の手が入っています。要所に松明も設置してあるので、真っ暗ということは少ないですよ。それに、松明が切れていたら、火を付けるのも暗黙の了解です」
そう言いながら、消えていた松明に火をつける。
腰に下げた可愛いポーチから取り出した、用の済んだマッチを、再び仕舞う。
そして再びこちらに振り向くことはなく、前を歩くハルナ。
うーん、何とも頼もしい。
この小さな背中が、こんなにも大きく見える。
そして、突入前にあのローブを脱いだハルナを見て、今更ながらに分かったこと。
(あの腕、足にもなるのか!)
なるほど、3本の足で歩くことによる速度。
もちろんハルナの修練にもよるんだろうけれど、歩くのが早くなるわけだ。
そのハルナは、俺を気遣うようにゆっくりと歩いている。
(うーむ、なんとしても立場を逆転させねば)
こんな華奢で小さな女の子に守られる俺。
格好悪い。
何とかして、強化スキル以外に強みを持たねばなるまい。
この際、ノービスというクラスを生かして、何でも出来るようになるべきか。
器用貧乏にはならないようにしないとなぁ。
そんなことを考えていると、突然目の前にハルナの背中が迫る。
(おわっ!?)
急に立ち止まったのだろう。
考え事をしていた俺は、それに気づけない。
(だ、だがこれは……!)
いわゆる、後ろから誤って抱きついちゃったパターンか!
ご、ごめん、と真っ赤にした顔の俺とハルナ。
それに対して、いいよ、ユウジになら、という……
あの展開か!!
(神様ありがとう! 俺は男としての責務を果たす!)
「うわっとぉ」
わざとらしい声を出して、よもや身体を抱きしめる前提で腕を伸ばす。
その瞬間。
「うげごばっ!!」
俺は、今まで出したことのない声を出してしまう。
ハルナの3本目の腕が、見事俺の首を捕らえ、絞めていた。
しかも、やはり力の加減が出来ていない。
まずい……
マジで死ぬ!
「うん? はっ……ゆ、ユウジ!」
振り向いてようやく気づいた様子。
どうやら悪気は無いようだ。
すぐに首から放すと、頭を下げる。
「す、すまない。私の背後に危険が迫ると、反射的に動いてしまうんだ」
なるほど、俺がまさに襲いかかろうとしたが故の脊髄反射ということか。
素晴らしい判断だ、ハルナの本能……
「とにかく、今は伸びてる場合じゃありません」
そう言って見据える先。
そこには木で作られた扉があった。
「この奥にモンスターがいますよ」
「そ、そうなのか」
最初の戦いが始まろうとしていると思うと、やはり緊張してしまう。
初めて腰に下げた剣を抜き、構えてみる。
ガクガクと震えるのは、ただの武者震いだ。
うむ、そうだ。
怖くなんかない。
お化けなんてないさ。
お化けなんて嘘さ。
いや、この世界に限っては、お化けはいるのか?
「……ユウジ?」
「……うん?」
「大丈夫ですか? 心の準備は」
「い、いつでもこい」
「わかりました。では、行きますよ!」
「え、ま、ちょ」
ハルナが扉を蹴り飛ばし、中へ入る。
俺も慌ててついていく。
すると。
中には、何もいない。
だだっ広い空間。
その真ん中に、小さな水たまりが一つあるだけだ。
「何だ、何もいないじゃん」
「そんなことないですよ。あれを見てください」
「うん?」
指差した先は、その水たまり。
すると、まるで蛇のように地を這いながら動き出した。
「うおっ! あれが例のスライムってやつか!」
「えぇ、バブリースライムです。一体だけな上に最弱モンスターと言われていますから、最初の相手にはまさに打ってつけですよ。さぁ、がんばって倒してください!」
「よし、俺でもそれくらいは出来そうだ。行くぜっ!」
剣を振りかぶりながら突撃する。
向こうもそれに気づいたのか。
音もなく近寄ってくる。
互いが距離を詰め、ついに俺の剣の間合いに入った。
その好機を逃さず……
「もらったぁ!」
地面にいるスライム目掛けて剣を振る。
その液体を刃が捉える。
直前。
ピョコ。
最小限の動きで俺の剣を避ける。
そして、球体になったと思うと、まるでゴムマリのように跳ね上がり……
バチコーン!
俺の顔に命中。
クリティカルヒットと言える。
などと言っていられない。
スライムは、何度も跳ねては、俺に体当たりをかましてくる。
しかも、絶妙なタイミングで狙ってくるため、顔に全弾命中。
マジでやばい。
「へぶし! おぶす!」
顔を殴られるたび、アホみたいな悲鳴をあげてしまう。
だが、剣を振っても一向に当たらず、ただただスライムに翻弄される。
「くっ……な、なかなかやひでぶ!」
やばい。
結構マジでやばい。
一撃一撃は大したこと無いのだが、やはり積み重なるときつい。
スライムの硬さは、例えるならバスケットボール。
しかし、その勢いは、力の加減を知らない珍肉人間の剛速球。
こっちの攻撃は当たらない。
向こうの攻撃は確実にヒット。
頭も大分クラクラしてきた。
最弱のモンスター相手に、俺はマジで殺されるかもしれない。
「ひぃ……ひぃ……!」
「ほら、ユウジー! 頑張ってくださーい!」
ハルナの黄色い声援を受け、がむしゃらに剣を振り回すが、その隙を見て見事に飛び跳ねるスライム。
顔面に何発もの体当たりを受けているうちに。
(や、やばい……限界が)
視界が霞み、目の前が見えなくなる。
剣も持っていられない。
片膝をつこうとした。
その瞬間。
ヒュンッ!
俺の横を通り過ぎる一陣の風。
気づけば、スライムは全く動かなくなっていた。
その先では、ハルナが刀を納めている。
ふとハルナのステータス表を思い出す。
ユニークと書かれたスキル欄。
そこに記されいたクロスブレードという名前。
恐らく、あれがそうなんだろう。
いわゆる、抜刀斬りだった。
「お疲れ様でした。な、なかなかの戦いっぷり……ぷっ、ぷぷっ……でした」
いや、笑い堪えなくていいから!
分かってるっての、無様なことくらい!
まさか最弱のモンスター相手に、一発も当てられないとは。
トホホ……
「まだしゃべれますか?」
ハルナの問いに、首を横に振る。
「そうですか。では、今日は町に帰りましょう。歩け……ませんよね」
今度は首を縦に振る。
「その無理しない姿勢、良いことです。では、ちょっとつらいかもしれないですけど」
(のわっ!)
3本目の腕で無造作に掴むと、腕で抱き抱える。
ちょうど、丸めた犬の尻尾の真ん中に俺がいるような感じだ。
荷物になったような感じで、何とも格好悪い。
「気分が悪くなったら言ってくださいね」
と、ハルナが進もうとしたその時。
前から、別のパーティーが歩いてきた。
向こうから来たパーティーは6人。
前列3人、後列3人で行軍している。
前列にはとても小さな女の子、そして男2人。
後列には、女1人と男2人。
そのうちの、前の真ん中を歩くリーダー格の男が、俺たちを笑い飛ばす。
「おいおい、随分面白いもの見せてくれたなぁ。まさかバブリースライム相手に、手も足も出ない冒険者がいるなんてよ!」
「全くだぜ。どんなピエロショーよりも楽しめたな!」
「ピエロに失礼よ。ピエロは笑わせるために道化を演じるけど、こいつは天然で道化をやってるんだもの」
同調するように、周囲もはやし立てる。
その声を受けても、ハルナは気に留めずに歩く。
「……行きましょう、ユウジ。構うだけ時間の無駄です」
独り言のように小さく言うと、再び歩き出す。
そのハルナを見て、男たちが
「おや、かの有名な三脚じゃねぇか」
「いやいや、蜘蛛だろ?」
「私は蜥蜴だと思ったわ」
「何でもいいじゃねぇか。同じことだろ? 気持ち悪いからさっさと行けや」
「言われなくても」
不機嫌な顔を惜しみなく見せつけるハルナ。
俺も、自分が馬鹿にされるより、ハルナへの発言に腹が立って仕方なかったが、身動き一つ取れない。
歯痒い思いをしている中。
俺の肌と耳は、僅かな……本当に僅かな刺激を感じ取った。
すれ違い様。
突き刺さったのは、あのとても小さな女の子の視線。
栗色の髪は、とても綺麗なストレートヘア。
サラサラな前髪を大げさなほど垂らしていて、顔の半分は隠している。
しかし、その隙間から掻い潜って向けられた視線。
どんな感情が乗せられているのかは、今の俺には分からなかった。
しかし。
耳は、確かにその言葉を受け止めていた。
「羨ましい……」