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第4話 救いの手

 ハルナに生えている左右の腕。

 もちろん、普通の腕だ。


 だが、尻尾のような腕は、やはり奇妙なものだった。

 こいつらの言う面白い物というのは、このことだったのだ。


「ギャッハッハッハ! まさかこんな奇形がいるとはなぁ!」


「本当だぜっ!」


「おぉ、気持ち悪ぃ……! 化け物だぜこいつぁよ!」


 ハルナが下を向いて、僅かに震えている。

 そんなハルナに、容赦ない罵詈雑言がぶつけられる。


「どうだ小僧! これは傑作だろ? お前も笑えよ!」


 俺は……


 笑えるはずが無かった。

 むしろ、その様子を見て、無性に腹が立った。


「…………だから何だよ」


「はぁ?」


「こんな腕が生えてるから、何だって言うんだよ」


「おいおい、小僧が何か言ってるぞ」


 はやし立てる男たちを余所に、俺はさらに声を荒らげた。


「こんなことして楽しいのかよっ!!」


「何だよ、お前だって見たかったんだろ?」


「ふざけるなっ! 俺はこの子のプライバシーをさらけ出して笑うような最低な男じゃない!」


「ぷ、ぷらいばしー? 何かよくわかんねぇこと言ってるが、まぁ落ち着けや。な、小僧」


「落ち着いてなんていられるか! 行こう、ハルナ」


 俺が彼女の方へ向かう途中、男に肩を押さえられ引き留められた。


「おいおい、まぁちょっと冷静になれや。なるほど、お前の意見はよく分かった。だが、この状況で正義感ぶっても、得はねぇぞ?」


 周囲の男が、俺に敵意の視線を向ける。

 おもわずたじろいでしまうが、それでもここで折れるわけにはいかない。




 俺は、こんな謂われのない差別が嫌いだ。

 前の世界では、同じような理由で差別されたんだ。

 それこそ、そのせいで死んだと言っても過言じゃない。


 ちょっと女子のリコーダーを舐めたいと思っただけ!

 そんな理由で、俺を蹴落とした奴らを許せない!!

 それと同じだ!!!



「残念だが、俺は彼女のことを笑わない。笑いたいのは、そんな理由でこの子を笑い物にしているお前たちの方だ!」


「そうかそうか、よく分かった。小僧、言いたいことはそれだけか? まだ何かあるなら、今のうちだぞ? 聞くだけは聞いてやる」


 ポキポキと拳を鳴らす男たち。

 よもや標的は、完全に俺になっている。

 俺の膝はガクガク言ってるが、よもや後には引けない。


「おいお前等。分かってるとは思うが、町中でのスキル使用はすぐに守衛に見つかる。こんな奴に使うことは無ぇだろうが、使うんじゃねぇぞ。後は、殺さなきゃいい」


 じりじりと迫る男たち。

 それを見て、俺はニヤリと口元をゆがめる。

 そう、俺だって考え無しじゃない。

 とっておきの手段がある!


「なんだこいつ……油断するな! 何かたくらんでやがる!」


 そうだ。

 腰を抜かすな。

 思い切り息を吸い込む。

 僅かに息を止め、そして……!


「誰か、助ぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇえええええっっ!!!」


 町中に響く大声!

 そうだ、このくらい大声を出せば、大通りから少しはずれたくらいの道だ。

 すぐに誰かが来てくれる。

 そうすれば、結果的に彼女を助けられる!

 俺の力では無理だが、他の人の力を借りればいい!

 他力本願万歳!!


 俺の声が響いてしばらく。

 鳴り響いたのは、誰かが駆けつける足音ではなく、大きな笑い声だった。


「ギャーッハッハッハッ!! おいおい、笑わせるんじゃねぇよ!」


 ひとしきり笑ってから、丁寧にも笑いながらの解説が入る。


「そうか、首の刻印、今見えたぜ。お前、転生者リレイザーか。しかも、来たばっかみたいだな。そしたら教えてやるよ。この世界には、性格に善と悪ってのがあってな。水が合わねぇってんで、互いに一緒に生活もしなければ、ダンジョン探索もしねぇんだ。で、この区画は悪の街でな」


「まぁ、悪っつっても、別に極悪人ばっかり指すわけじゃないんだぜ。何事も金次第ってくらいの感覚の奴も、悪として分類されちまうんだ。つまり、大半の人間は悪なんだろうがよ」


「ちょっと話が反れたけどな。結論から言や、厄介事にわざわざ巻き込まれに来る奴は、ここらには居ないってことよ」


 拳を鳴らし、じわじわと寄ってくる。

 まさかの計算外。

 俺は、為すすべなくオロオロするしかない。


(い、いや、ちょっと待て……!)


 最後まで考えろ。

 ここでボコられても、彼女を助けたことにはならない。

 ボコられてるうちに逃げて貰ってもいいが……


 それでいいのか、俺っ!


 その時、俺の中で天才的なアイデアが閃いた。

 俺の持つ強化スキル。

 これを使えば、この状況を打破出来る!



「ハルナ、耳を塞げっ!」


 俺の言葉を素直に受け入れるハルナ。

 それを見届けてから、俺はスキルを発動する。

 目の前に現れた魔法陣。

 それに向けて。


「うわああああああああああああああああああ!!!」


 思い切り叫ぶ。

 強化された声が、周囲に響く……

 いや、響くなんていうものじゃない。

 身体に流れ込み、内蔵を揺さぶる凄まじい音波。

 建物の石一つ一つに染み渡り、崩れそうになるほどの振動。

 まるで小さな地震でも起きているかのような空気の震え。

 この周囲には、そんな音の凶器が飛び交っていた。


「ぐっ、くそっ……うわあああああああっ!」


 耳を塞がなかった男たちは、耳から血を流しながら、倒れている。僅かに身体が動いているあたり、死んではいなさそうだ。


「さぁ、今のうちにっ!」


「あ、えっと、うん」


 俺は、ハルナの手を掴み、走り出す。

 半ば放心状態だった彼女は、素直に俺の手に引っ張られていった。




「ふぅ、とりあえずは大丈夫か」


 中央の噴水まで来て、周囲を見渡す。

 何とか逃げおおせたらしい。

 その事に安堵していると、ハルナがようやく口を開いた。


「何で……私を助けたの?」


「えっ、何でって。お前みたいな可愛い女の子を助けるのに理由がいるか」


「はぁ……意味が分かりません。私を助けて、何の得があるというのですか?」


「得? うーん、得かぁ。考えてなかったな」


 顎に指を当て、考えてみる。

 その様子に、ますます呆れ顔に磨きがかかるハルナ。

 そんなハルナを見て、そうかと思い出した。


「そうだっ! お前を仲間に、というかパーティーを組んで欲しい。そもそも、俺はそのために後をついていったんだ。いやあ、うっかりうっかり。お前を助け出したいという気持ちばっかり先走って、すっかり目的を忘れてたよ」


「その話なら断ります」


「そっか、そうだよなー……って、えぇっ?!」


 思わず声をあげてしまう。

 まさか、この流れで断るとは!


「……もはや、あのローブが無くなっては隠せなくなってしまいました。この身体を見て、あなたはどう思いますか?」


 横を向き、これでもかと見せつけてくるのは、あの3本目の腕だ。

 その腕を見せつけられた俺は、好奇心丸出しの、子供のような顔を浮かべていた。


「いやー、珍しいよな。見てもいいのか?」


「はぁっ?! ……はあ。別にいいですが」


「おぉ、マジか! では、ちょっと失礼」


 訝しげな表情を浮かべるハルナを差し置いて、しゃがみこみ、マジマジと見つめる。

 指先は、親指、人差し指、中指、人差し指、親指という感じだろうか。

 丁度真ん中の腕って感じがする。

 なかなかに面白い。


「手は握れるのか?」


「……大抵のことは出来ます。むしろ両腕より指先は器用です」


「へぇ、どれどれ」


 手を握りに行くと、突然走る鈍い痛み。

 凄まじい握力で返され、骨が砕けるかのような激痛が走った。


「いってぇ!」


「す、すみません。その腕は、指先は器用だが、力の加減はちょっと加減が難しいので……」


「な、なるほど、いやそれは俺が悪かった。ちょっとした不注意だな」


 手を離すと、俺は立ち上がる。


「サンキューな。面白いものを見せてもらったよ」


「……それはどうも」


 明らかに不機嫌になった顔を見せるハルナ。

 どうにも、俺の「面白いもの」という言葉が気にくわなかったようだ。

 だが、俺は。


「んで、どうだ? 俺とパーティー組んでくれないの?」


「……まだ言いますか」


「もちろんだ」


「いい加減にして欲しい。私はもう、他の人間とパーティーを組む気は無い」


「何で?」


「私と組むと、不幸になる」


「どんな不幸が来るっていうんだよ」


「さっきのことだってそうでしょう。私と関わらなければ、あんな厄介事には巻き込まれなかったんです」


「そうか、なるほど。確かにそうかもしれない」


「分かりましたか? それなら、諦めてください」


「いや、諦めない。むしろ俺は、もっとお前と組みたくなった!」


 俺は素直に言う。

 しかし、その発言に、ハルナがブチ切れた。


「ええい、この分からず屋っ! こんな化け物と一緒に居たって、何の得にもならないって言っているのですっ! 見なさい、この奇妙な場所から生えた腕っ! 私だって気持ち悪いとしか思えないっ! 化け物なんて、私のためにあるような言葉ですっ! こんな化け物と一緒にいたら、あんたにもいらぬ火の粉が降りかかるるっ! もう私に構わないでっ!」


 俯きながら、最後は涙声になって叫ぶ。

 いや、懇願しているように思えた。

 だから俺は、しばらくの沈黙の後に、素直に言う。


「俺、お前に惚れたわ」


「はぁっ?!」


 素っ頓狂な声を出すハルナ。

 まぁ、無理もないか。

 脈絡無いもんな。

 少しずつ説明してやろう。

 俺はゆっくりと話す。


「まず、自分のことを化け物なんて言うんじゃねぇよ。自分が可哀想じゃんか」


「可哀想とかそういう問題では無い。実際に私には腕が生えているのだし……」


「後ろにち○こが生えてると思えばいいじゃないか」


「はぁ?! ばっ……何を言っている!」


「あ、いや。今のは軽い冗談だ」


「冗談になっていないぞ! 大体、その、ち、ち……言わせるな!」


「いや、すまんすまん。今のは忘れてくれ」


 セクハラするつもりでは無かったんだが……

 頭を掻きながら、さらに話を続ける。


「今の話はともかくとしてだ。俺は、その腕があることを何とも思ってないぞ? 全ての人間が、それぞれみんな違うのは当たり前のことだ。それがちょっと特別なだけだ。俺は、そんなことを理由に、お前を化け物扱いする気にはなれない」


「でも、この腕はあまりに……」


「まぁ、ちょっと他の人間よりは変わってるかもしれないな。でも、それだけのことだ。腕が3本あることと、人それぞれ顔の形が違うこと。俺にとっては、それと大差ない」


「そんなことあるものか。私は、やはり化け物だ……」


「お前が、自分で自分の事を、化け物と言うなら、お前の中ではそう思ってればいいさ。でもな、俺の中では、ハルナの腕の事を笑いの種にしている人間のほうが、余程化け物に思えるぜ?」


「えっ……」


 初めて、俺にまっすぐの顔を向けてくれる。

 いつの間にか眼帯が取れており、蒼と碧の瞳であることに今更気づき、思わずドキッとする。

 その鼓動は、俺の本音を更にさらけ出させる。


「俺の中では、お前は人間だ。そして、あいつらは化け物だ。人間なら、お前の腕を笑い物にしていいはずがない。ちょっと人と違うという理由で、あんな心ないことをしてはいけない。俺はそう思う。そんな野生児みたいな人間は、むしろ猿だ。俺は、そんな奴らに囲まれていたお前を、心から助けたいと思った。そして、もっと話をしていたら、お前という人間に惚れ込んだ。だから、一緒にパーティーを組んで欲しい」


「しかし、私といると……」


「なぁ、そうやって否定から入らないでくれ。俺とパーティーを組むのを頑なに拒むのは、俺に迷惑を掛けたくないからだろ?」


「…………」


 その問いに、ハルナは無言で答える。

 この無言は、俺の言葉を肯定すると捕らえて、先に進める。


「俺は、そんな優しい心を持つお前に惚れた。きっと、今まで辛い思いをしてきたんだろう。だが、優しいお前は、自分よりも、自分に関わった人間に不幸が降りかかる方が辛かったに違いない。その経験が、人と関わりを持たないようにしている。だから、1人で生きていこうとしている……そんな強い心を持つ、お前に惚れた」


「そんな勝手な妄想を……」


「そうだな、俺の想像でしかない。でもな」


 いったん言葉を区切り、頬をなでてやる。


「当たらずとも遠からずっていうのは、今のお前の涙が語ってるぜ?」


「っ!?」


 ハルナからは、自然に出てきた涙がこぼれていた。

 今更ながらに、ハルナが涙を拭う。

 だが、涙はとめどなく溢れてきていた。


「お前が、どうしても、その腕を理由に俺を拒むというなら、それも仕方ない。今までお前が味わってきた苦しみを、分かるとは言わない。そんなおこがましいこと、俺は言えやしない。俺は、お前の意見を尊重する。お前は、1人の人間だ。お前自身が決めたことに、いつまでも意見するような無粋な真似はしない」


「…………」


「でも、もし、俺とパーティーを組んでくれるって言うなら……いや、お前が変わりたいと望むのなら」


 まだ涙を流すハルナの肩に手を置く。


「その苦しみ、俺も半分受け止めてやる」


「…………っ!?」


 3本目の腕があることで、今まで謂われのない迫害を受けてきたのだろう。

 それを分かち合う人間もいないまま、1人背負い続けてきた少女。

 華奢な身体で、そんな負の感情を全部受け止めてきたんだ。

 その溜まった感情が、今、とめどなく溢れ出ていた。


「辛い時は1人で背負うな。俺がお前を受け止めてやる。だから、今は全部吐き出せ。今まで辛かったこと、耐えてきたこと、全部涙にして出してしまえ!」


 堰が切れた。

 ハルナが、ペタリと座り込み、そして。


「あう、あぁ……うわああああああん!!」


 大粒の涙を流し、子供のように泣きじゃくる。

 そんなハルナを、俺は優しく抱きしめる。


「俺は、絶対にお前を見捨てたりしない。そんな腕のことで、何かを言うやつがいるなら、俺がお前を守ってやる。約束だ」


「ひぐっ、えくっ……うええええええっ!」


 俺たちが抱き合う中。




 複数の、鎧を来た不穏な陰が俺たちを取り巻いていた。


ブクm……しつこいですね、すみません。

でもとても励みになるのは本当です!

よろしくお願いします!

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