第21話 絶体絶命!
背中に走る、ゾクリと冷たい感覚。
ふと周りを見渡すと……
「う、ウソだろ……?」
現れたのは、同じくティンダロスの猟犬。
しかし、その数は2体や3体ではない。
軽く30体を越えている。
「そ、そんな……」
「どんな嫌がらせですか! まだ2層なんですよ……!」
絶望に染まる声のリザ。
現実を受け入れがたいのか、悪態をつくハルナ。
俺は、呆然とそれを見ていた。
(1体ならハルナが何とかしてくれた……だが、この数は!)
いくら何でも手に余る。
戦えるはずがない!
《さて、どうするよ……?》
《いくら私でも、この数を相手するのは無理です》
《じゃあ、ブリューナクはどうだ?》
《ちょっと無理があります。1体くらいなら仕留められるかもしれないですけど、その先が続けられません……》
どうやら、かなり手詰まりの様子。
これでミジンコ転生か。
はかない人生だったな。
《とにかく、生きるために、出来ることはしっかりやりましょう。ユウジ、入ってきた方に強化を。私が風の剣で吹き飛ばします。その後、強化したブリューナクを反対側へ。出来るだけ敵を殲滅しつつ、距離を取って戦いましょう》
《異存なし。リザは?》
《その作戦しかなさそうです》
《よし、早速実行だ!》
「スキル、強化!」
俺は、後ろに向けてスキルを発動させる。
それに向けて、ハルナが風の剣を放つ。
刹那。
「その強化、貰うわねぇ♪」
周囲に響く声。
数度聞いたあの声。
さっき聞いたその声が、この玄室に響いた。
「パラライザー!」
一瞬のうちに飛んでいく魔法。
ピンポン球ほどの小さな光球が魔法陣を通過すると、途端に大玉となった。
上空に浮かんだ巨大な光球が、弾けて飛んだと思うと、ティンダロスたちを飲み込んでいく。
光に飲まれたティンダロスは、その機敏な動きを完全に封じられていた。
「持続時間は長いほうじゃないから、一度撤退が最良よ。ついてらっしゃい」
「一度ならず二度までもとはな。ありがとな、メル!」
「お礼は後でいいから、早くいらっしゃいよ」
俺達は、痺れているティンダロスたちを横目に走っていった。
◆ ◆ ◆
「いやー、まさか2層でティンダロスがあれだけ湧くとはねぇ」
今は1層に戻ってきている。
ここなら、さすがのティンダロスも障気の薄さに耐えられないだろうと踏んだのだ。
全員が、ホッと一息ついている。
だが、ハルナとリザは、相変わらずメルを警戒しているようだった。
「何を企んでいるんですか、メル」
「やぁねぇ、何も企んでなんかいないわよ」
「その言葉が嘘っぽいのです」
ハルナの言葉を否定するメルに、畳みかけるリザ。
俺は、ひとまず2人をいなす。
「まぁまぁ。助けてもらったことには素直に感謝しようぜ?」
「……ありがと」
「ありがとーございました」
2人揃って、全く素直じゃない感謝の言葉。
俺は、ため息をつきながら後頭部を掻きつつ謝る。
「いや、悪いな。でも、本当にありがとな」
「いえいえ、ちょっとした気まぐれだしねー」
視線が怪しい。
やはり何か企んでいるのだろうか。
そんな憶測をさせてしまう何かが、彼女にはある。
メルは、ニンマリと笑いながら、口を開く。
「私がお願いしたいことは同じよ。是非、ユウジ様のパーティーに入れて欲しいなって。それだけよ?」
「そのPRの一環ってことか」
「そういうことね。言ったでしょ? お姉さん、しつこいのよ」
ニヤニヤ笑う。
そして、相変わらず目はどこか作り物のように思える。
「今回もダメかぁ。仕方ない、また今度がんばりましょうか」
「いや、まぁ俺はいいんだけど……」
後ろを振り向くメル。
俺は、2人に視線を向ける。
やはり猜疑心の塊だ。
目が訴えている。
あいつはやめておけと。
いや、やめてくれ、と。
「ま、あの子らの顔を見れば分かるわよ。鏡見ろって書いてある」
「なんか、悪いな」
「あんたが気にしないでよ。あの子らの気持ちは分かるし、自業自得って言葉もあるわけだしね」
あっけらかんと言うメル。
だが、その言葉の裏には、どこか寂しげな感じがあった。
そんな寂寞の感情を見せつけるように、メルは振り返り、手を振る。
「あっ、おい……」
思わず声を掛けようとした。
その瞬間。
「キロロロロロッ!」
突如、地面から生えてきた黒い物体。
それは、メルの足を捉え、そして。
バツン
食いちぎった。
「ありゃま……」
メルがつぶやくと同時に、地面からは数多の黒い物体……
いや、ティンダロスの猟犬が、メルの四肢にかぶりついていく。
その度に、当然のごとくメルの身体は小さくなっていった。
「ゆ、ユウジ!」
ハルナの悲鳴にも似た声。
やはり、周囲からはティンダロスの猟犬が地面から現れる。
それもやはり5や6じゃない。
軽く30は越えている。
つまり、2層にいたティンダロスたちが、全員上がってきたということだ。
「は、ははは……ここ、1層だよな」
「そのはずなんですけどね」
「私たち、もうお終いなんでしょうか……い、いえ、やるしかないですよね」
ハルナは、懸命に構えるも、身体全身が震えている。
リザも、前を見てメイスの携えているが、虚勢を張るのがやっとのようだ。
(くそっ、俺には、この2人を守る力がないのか……)
内心呟くも、俺が出来ることは限りがある……
(そうだ!)
スマッシュ以外にも、もう一つあったじゃないか!
スナイピング。
弓はもちろん、投石などの命中率と攻撃力を格段に上げるスキル。
パッシブスキルである以上、強化との併用が出来るはずだ。
俺の強化は桁外れただ。
石を投げるだけでも、きっと凄まじい攻撃力を発揮するに違いない!
(これで活路を開く……!)
そこにある石を拾い、握りしめる。
自分が狙う獲物に、100%当たる確信を持てることに驚く。
俺は、思い切り振りかぶり……
そして投げた。
「スキル、強化!」
その石に、魔法陣を潜らせる。
これで、この石は弾丸よろしく、凄まじい威力を発揮する!
だが。
「あ、あれ……」
俺の前に現れた光景は、石が消失しているところだった。
僅かに波動が飛んでいったようにも思えたが、気のせいレベルに等しい。
「だめよ、ただの石じゃ。運動エネルギーの強化に耐えられなくて消滅するわ」
どこからかするメルの声。
気づけば、生首が俺の足下に転がっている。
「うわぁ!」
「びっくりしてる暇なんて無いわ。聞きなさい、ユウジ」
生首が、そのまま話を続ける。
「生き残りたいなら、あの子らを守りたいなら、強化したブレスをリザに掛けてもらいなさい」
「そ、そうか! そこまで極限に強くなったハルナなら……!」
「違うわ。ハルナは対個人戦闘には長けているけど、対集団には不向き。ブレスを貰うのはあんたよ、ユウジ」
「はっ……? 俺?」
「四の五の言わずに、さっさとなさい。それから先はあんたがやるのよ」
「ちょっと待て。さすがに意味が……」
「考える時間なんて、あると思ってるわけ?」
見渡せば、ティンダロスたちは既に、俺たちを完全に包囲している。
まさに絶体絶命。
いつ全滅したっておかしくない。
(くそっ、信用するぞ……!)
俺は、リザに向けて叫ぶ。
「リザっ! 強化スキルを通して、俺にブレスをっ!」
「えぇっ、でもブレスを使ったら、もう何も出来なく……」
「俺を信じろっ!」
「は、はい……!」
有無を言わさないように、強く言うと、リザは反射的に返事をする。
ブレスの準備はすぐに終わったようで、小さく頷いている。
「スキル、強化!」
「ブレッシング!」
ほんの僅かな時間差で発動する互いのスキル。
そして、その瞬間。
目には見えない神の祝福は、確かに届いた。
何百倍にも強化されて。