第20話 ティンダロスの猟犬討伐!?
「な、なんだこいつ……!」
真っ黒な影。
そう形容するしかないものが、そこにいた。
漆黒の物体が、犬の形をしている。
陽炎のように黒い靄を身体全身から発しているが、消え行くような気配などあるはずもない。
不自然なほどにつり上がった赤い目は、俺の恐怖心を呼び起こすには充分なものだった。
コボルトとの犬つながりなのか。
消えた遺体を見るや否や、突進してくる。
(は、早ぇっ!)
何かをする間もなく、俺の目の前まで迫っている。
口が大きく裂けている。
その、普通の犬では考えられないほどの口を大きく開けた。
人1人を軽く飲み込めるほどの大口は、俺の頭目掛けて飛んでくる。
(う、動けねぇ……!)
まるで泥沼にでもはまったかのように動かない。
とっさの判断も出来ず、頭は混乱したまま、大きな口を見つめる。
「やらせません!」
ハルナの声が響いた。
右手の刀が下顎、左手の刀が上顎を抑えている。
そして、口の中には、3本目の腕が鋭い突きを繰り出していた。
「もらった!」
ハルナの声には確信が籠もっている。
だが。
「ハルナさん、まだ無理です! 離れて!」
リザの警告が飛ぶ。
それに素直に従い、刀を咄嗟に納めて後ろへバック転する。
俺も急いで奴から距離を取る。
「エンチャント、一呼吸遅いわよ」
「ハルナさんが早すぎるんです。魔法はそんな咄嗟に出せないんです」
「そのおかげで、トドメを差し損ねたわ」
相変わらずの2人だが、いかにも声は冷静だ。
そこは、この戦闘において私情を挟んでいないという証拠。
「な、なぁ。あいつは何なんだ?」
「ティンダロスの猟犬……普通、15層あたりに出るはずなんですが」
「それが何故か2層に、ってか」
こちらを睨みつけるティンダロス。
まるで、俺にねらいを定めるかのように、鋭い視線を突き刺してくる。
「里帰りなのか?」
「この場合、おのぼりさんって言う感じですね。里帰りは、もっと危険なモンスターが上がってきたときのことを言いますから」
なるほど。
上に登ってくるからってことか。
上手いこと掛けてるもんだ。
同時に、こいつはそこまでの驚異ではないということが分かる。
「感心した顔をしてないでください。かなりの強敵です」
「リザの言うとおりです。だから、さっさとホーリーライトをエンチャントしてください、リザ」
「少しは忍耐というものを知ってください、尻尾さん。今やってますから」
「早くしてください、目ん玉頭。あなたからエンチャントを貰わないと、あの犬に有効な攻撃は出来ないんです。あいつは、質量を持ちながら、実体を持っていませんから、ただの鉄では切れません。だから、さっきは退かざるをえなかったんです。この空気読めないトロくさい女のせいで」
いがみ合いつつも、きっちり戦闘はしている。
誉めるべきか、怒るべきか……
非常に悩みどころだ。
「確かに強敵ですが……ハルナ三刀流の前では、ティンダロスの猟犬くらい、敵ではありません。下がっててください」
「私のエンチャントあってこそ、ですよ?」
「そうですね。そのことについては素直に感謝してますから、いい加減その減らず口を縫いつけといてもらえますか」
刀を構えるや否や、ティンダロスに向かって跳ぶ。
「キロロロッ!」
「はぁっ!」
すさまじいスピードでぶつかり合うハルナ。
既に俺の目には、しっかりと戦闘が見えていない。
影と影がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。
だが、確実に言えること。
それは、ハルナが押し勝っているということだ。
時折上がるティンダロスの小さな悲鳴。
同時に落ちる小さな黒い破片。
その切れた断片は、地面に落ちると塵になって消失する。
「ハルナさん、すごいですね」
「あぁ、俺が横から手を出すと余計なことになりそうだ」
「私もです。でも、機会があれば、ちょっとお手伝いを……」
いつ、自分のほうに攻撃が来てもいいように警戒は怠っていない。
リザも同じようで、その機会とやらを窺いつつも、メイスを構えている。
「……今っ!」
咄嗟に小さく声をあげるリザ。
すぐさま前髪を上げた。
その瞬間。
一瞬だけ。
ほんの僅かな間、ティンダロスの動きが止まった。
猟犬の視線。
それは、明らかにリザの視線と重なっていた。
巨大な目による威圧感なのか。
それとも、強い視線を向けられるが故の無意識な行動なのか。
理由はともかく。
ティンダロスは、ほんの一瞬だけ、ハルナから視線を反らしたのだ。
そして、それは命取りとなる。
「はぁっ!」
3本同時に襲い来る刀は、ティンダロスの首、胴を切り飛ばし、最後に宙を舞う頭を串刺しにした。
「キロロロ……」
弱々しい悲鳴と共に、ティンダロスは塵となって消えていった。
「す、すげえな」
「ふふん。これが私の実力です」
刀を納めつつ、小さな胸を反らしてハルナが言う。
「でも、私のサポートもあってこそですよ?」
「そうですね、一応感謝しておきます。討伐は時間の問題ではありましたけど、それが短縮出来たのは事実です。それがパラゲイザーですか」
「そうですよ」
「眼力と視線による一時的な敵の拘束。使い方次第では、ターゲットの移行にも使えそうですね。なかなか便利なものです」
素直……ではないが、ちゃんと礼を言い、分析までするハルナ。
まぁ、これがこの2人なりのやり方なんだろう。
やれやれと思いながらも、魔石を拾いながら2人をなだめるように言う。
「さて、それじゃ行くか」
「はい!」
「れっつごーです!」
その一歩を踏み出した瞬間。