第18話 お前、それはギャグで言ってるのか?
ハルナが駆け抜けたその軌跡に、メルの身体があった。
その身体は四体不満足となってしまっている。
最も大事であろう、頭がなくなってしまっていた。
「お、おい……本当にやっちまったのか」
「当然です。これで町も平和になるでしょう」
「……そうですね」
何故だか2人、意気投合しておられる。
だが、やったことは犯罪に他なら無い。
「な、なぁ。本当に大丈夫なのか?」
「黙っていれば分かりません。モンスターに倒されたということにするために、すべてこのままにしておきましょう」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
頭が冷静になれない俺。
だが、その遺体を見て、ふと違和感を覚える。
(……立ってる?)
そう。
普通なら、とっくに倒れてもおかしくない身体。
それが、いつまでも首なしのまま直立している。
「お、おい……」
何か言おうとしたその瞬間。
バタバタバタ!
急にその身体が暴れ始めた!
「うわぁ!」
「きゃっ!」
「ひぁっ!」
思わず全員の口から漏れる驚きの声。
しかし、この身体。
暴れるというより……
ただ、地団駄しているだけのようだった。
しかして、首がない身体が動いているこの状況。
違和感しかない。
「あーらら。ハルナ、これで前科一犯ね」
どこからか響くメルの声。
その方向に向かっていくメルの身体。
しゃがみこみ、それを持ち抱える。
「じゃーん! 一発芸、デュラハン」
俺達のほうを向いて、そう決めてくる。
が。
そんな高度すぎるギャグについていけるはずもない。
俺達は、呆然と立ち尽くすのみだ。
「ちょっと、せっかく首が飛んだ時しか出来ない奴なんだから、少しは反応してくんない?」
「は、はぁ……」
よもや、目の前の現象に理解が追いつかず、怖いを通り越して混乱になっている。
「んもう、つまんないわね。グールギャグよ、グールギャグ」
「はぁ。ぐーるぎゃぐ、ってなんすか」
「この通り、グールにしか出来ないギャグよ。面白いものみれたでしょ?」
「グール……」
それこそゲームではよく出る存在だ。
死体を食べる死体。
だが、その身体はもっと腐った死体のようなイメージだ。
今、目の前にいるメルは、肌こそかなり白いものの、人間そのものだった。
「よいしょっと」
首を然るべき場所につけると、再び俺達に向き直る。
「め、メル。あなた……死体だったのですか?」
「死体なんて呼ばないで頂戴。私はちゃんとしたグールなんだから」
「いや、ちゃんとしたって何だよ」
思わず俺が突っ込みを入れる。
それを、笑って受けるメル。
「ふふ、やっぱり面白いわね、ユウジは」
「あんま答えになってないぞ」
「そうね。まぁ、例えば、そこなプリーストなら分かるんじゃない?」
「リザのことか?」
「他にいないでしょ」
言われてリザを見ると、完全に固まっていた。
思わず肩を叩く。
「おーい?」
「あっ、ごめんなさい」
僅かに間を空けてから、リザが信じられないという声色で話し出す。
「えっと、今の状況から分かることは……確かにメルは死んでいるということ」
「そりゃそうだろ」
「ですが、同時に生きてもいます」
「……意味が分からないんだが」
「だから、私も混乱しています……」
プリーストである以上、生者と死者の区別についてはエキスパートとも言えるだろう。
そんなリザすらも欺くメルの存在。
そのメルは、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「リザが感じた通りよ。私は、生きているし死んでいる。そんじょそこらに生えてくるグールと一緒にしないでちょうだい」
「いやぁ、でもさっぱり分からないんだけど」
「そうねぇ。素人にも分かりやすく言えば、そこらのアンデッドは、この障気に当てられて動き出したもの。私は、死んだその時から、生きている時の自我を保っているのよ」
「あぁ、なるほど。それなら何とか」
つまり、モンスターとして出てくるアンデッドは、魔王の障気が、死体を操っているだけということ。
メルにはちゃんと自分の意志があり、身体を動かしている。
それはつまり、俺達の意識が操っている身体が生体なのか、死体なのか。
それだけの差といえば、それまでなのかもしれない。
「ふぅん、やっぱり面白いわねぇ、あんた」
「うん、何がだ?」
「私、グールよ? 気持ち悪いと思わないわけ?」
「あぁ、そういうことか」
そこは正直に言わせてもらおう。
「お前の身体そのものは、見た目は普通にしか見えないし、そこについては気持ち悪いとか思わない」
「ふぅん」
「でも、さっきみたいな、ギャグになってないグールギャグは勘弁して貰いたいな。ああいうのは、正直気持ち悪いぞ」
「あはは、あんた本当に正直ねぇ」
まったく気配を感じさせないまま、突然俺の真後ろに来る。
さっきまで俺の目の前にいたはずなのに。
メルは、俺の後ろから腕を回して抱きついてきた。
「実はさぁ、私がグールだっていうのは、みんなに内緒にしてるのよ。これでもうまーく隠してきたの」
「ま、まぁ、そうなんだろうな」
そうでなければ、ハルナやリザが驚くはずがない。
そして、明らかに俺に色目を使っている。
スレンダーな割に豊かな所はとっても豊かだ。
その胸を、俺に惜しげもなく押しつけてくる。
これがモデル体型か!
「だからぁ、今回の救出料はロハにしてあげるからさ。この事は秘密にしてくれない?」
「あ、あぁ。それはいいぞ。もとより言う気も無いし」
「ありがと。そしたら、あの子たちにもその約束して貰える?」
横目で見る先には、当然ハルナとリザ。
2人は、仏頂面でこちらを見る。
「……ユウジがそう言うなら」
「し、仕方ないですね」
何とも不満そうな声だが、一応約束はしてくれたようだ。
その言葉を聞いて、メルはにんまりと笑う。
「うふふ、ありがと。お姉さん、素直な子は好きよぉ」
頬に唇の感触。
うっひょう!
と思うのは、ラッキーだからではない。
めっちゃ冷たかったからだ。
そんなことを思っている間に、メルが背中を向けて去っていく。
「あ、おい……」
「ん、なあに?」
思わず引き留める。
何故なら。
「ありがとな。まだしっかりとお礼を言えてなかったからさ」
「律儀にどーも」
メルは、今度こそ背中を向けたまま、手を振って去っていった。