第6話『いおりマザー』
4/11 ストーリー改変、加筆を行いました。
前略、人間、あんまりにも理解が追いつかないと笑うらしいです。
「なになに?ラブレター?」
部屋に戻るとお母さんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「ち、違うし。」
「ふぅ~ん、ま、いいけどっ」
お母さんは目を細め、それ以上の追求はせず、立ち上がる。
「行こっか⋯いや、帰ろっかと言うべきなのかな?」
俺もキャリーケースの柄を伸ばす。荷物はこれで全部だ。
「ええ、帰りましょう。 私達のお家へ。」
お母さんが柔らかく微笑む
その笑顔に⋯“母”の笑顔が重なる。
「あのさ、お母さん。」
「なんだい? 娘。」
「や、ちょっとそういうノリじゃなくてさ⋯真剣な話。」
「⋯いいよ。話してごらん。」
ふざけた雰囲気は一瞬で霧散する。
「お母さんさ、私は⋯私は本当にこのままの『俺』でいいと思う?」
“楔”が軋む
「依織⋯あなたはいつだって私の大事な娘よ。例え、あなたが記憶を失おうと、私はあなたのお母さんなんだから。」
泣きそうな目で
それでも柔らかく あたたかな微笑み
その表情は母親にしかできない 我が子を想う“母”の表情だった
俺は母親を知らない。
知らないけど、写真でしか知らないけど、その表情は__確かに、母親の顔と重なったのだ
感情が堰を切ったように溢れ__決壊する
瞼から熱い 熱い感情が 筋となり頬を伝う
ふわっと 懐かしい匂いがする
例え中身が別人でも体は覚えている お母さんの匂いだ。
お母さんを抱きしめ返す 強く 強く抱き締める
声が 震える
「おかあさん⋯だいすき⋯」
「愛してるわ⋯いおり⋯」
お母さんの声もまた震えていた。
この日、この瞬間から本当の意味で家族になれたのかもしれない。
静かに、母娘は抱き合い涙を流したのだった。
■□入院棟 駐車場□■
「ねえ、お母さん。」
「なんだい?娘。」
デジャヴかな?
「うちって⋯お金持ちだったりする?」
俺達の目の前には真っ赤なスポーツカー⋯フランスが誇る某有名メーカーの高級スポーツカーが停まっている。
精悍なマスクに甘い曲線美が品の良さを醸し出している。
カシュン
お母さんは手首の腕時計型の端末で車のトランクスペースを開けてみせる。
「⋯」
「うちは⋯それなりよ?」
顎に手を当て少し悩むフリをした後、笑顔で告げる
「だうと!」
嘘だー!快適な入院生活で薄々気付いてたけど絶対嘘だー!
「ほーら、荷物積んで、行くわよ。」
「⋯悩んだら負けな気がしてきた。」
俺は慎重に荷物を積み込み、右側の助手席へ乗り込む。
左ハンドルだからね。
ばたむ
重たいドアを閉め、体を包み込むような複合革張りのシートに身を預ける。
シートベルトも忘れず装着する。
ズキャキャキャ ヴォルルルンッドドドドド⋯
エンジン音がかかり、腹の底に響くような重低音アイドリングが響き渡る。
「依織ちゃん的には お腹空いてない?」
「そだねー、依織ちゃん的には⋯って何言わせるんだよ。うん⋯お腹は空いたかな。腹ペコだよ。」
今なら何でも食べれそう
「じゃ、お寿司でも行きましょうか。勿論回らないわよ」
「マジで!?お母さん大好き!」
俺は回っても良いんだけど、回らないと尚良い!
「チョロくなったわね⋯じゃ、悠人に連絡してくれる?すぐ行くって。」
悠人は一つ下の学年の弟だ。
若干シスコン入ってるけどゲーム好きないい弟(?)だ。
「はいはーい、えっと、ゆうと⋯これか。発信っと」
「私も発進よ。」
ヴォン ブロロロ⋯
「もしもーし、姉です。あ、うん、ありがとう。今ね__」
俺は弟に電話しながら
お母さんは車を走らせ、病院の駐車場を出て家へ向かう。
俺達を乗せた車は走る。
依織の生まれ育った家へ__逢妻家へ帰るのだ。
青い空に柔らかい日が降り注ぐ。 絶好の退院日和だった。
4/9 大幅アップデートを行いました。ストーリー変更があります。