第5話『いおりファイル』
4/11 ストーリー改変、加筆を行いました。
前略、春休みって半分くらいは学校側の都合みたいなものだよね
中庭で藤原さんを見送った俺は自分の部屋に戻ってきた。
「お腹空いたなぁ...」
朝食は...朝食はまだか
朝食を終えたら先生から説明があって、それから退院だ。
依織は学生だから、当然学校に行くわけだが⋯今週までは春休みだ。
「中学生かぁ」
依織は市内にある参州学園中等部の2年生だ。
俺の母校でもある。
「この胸で中学生だとは思わなんだ⋯」
俺は自分の胸を持ち上げながらボヤく
女の子になっておっぱいが触り放題なのは喜ぶべき事なのだが⋯重いし、肩こるし、動くと痛いし、院内の男共からヨコシマな目で見られるのだ⋯中身は男なんだけどなぁ
「ま、俺だって男のままなら見てただろうけど」
だから文句は言うまい 気持ちは分かるってヤツだ。
コンコン
「逢妻さん、朝食持って来ましたよ。」
お、来た!
「はーい!今行きます!」
俺は待ちに待った朝食を迎えに行った。
■□朝食後□■
「ま、荷物はこんなところかなー」
俺はすっかり私物が無くなった病室を振り返る。
朝食の食器を下げてもらい、部屋の荷物を纏めていたのだ。
勿論、退院の準備だ。
時刻は既に9時を回っている。
「退院かぁ⋯」
ここに来てから3日と少し⋯俺が死んでから⋯まだそれだけしか経っていない。
俺の精神は不思議と今の状況を受け入れ、順応している。
依織である事への拒否感も何故か無い。
普通はもっと狼狽えたり、精神的に安定を欠いたりするのかもしれないが⋯あ、初日に初めて鏡を見た時には、少し情緒不安定になったな
正直なトコロ、男に戻りたいかと言われれば⋯それはNOかな
少なくとも安城はもう生きてはいない⋯だろう⋯
見ないように
触れないようにしているが…あの瞬間に俺は死んだのだ。確実に。
なんせ通過電車に轢かれたのだ。
背筋が寒くなるような⋯あの冷たい『死』を 俺は覚えている。
ぶるりと 肩を震わせる。
「ダメだ」
“近付いてはいけない” そんな風に思った。
俺は直感に従い、自分の『死』について考える事を止めた。
俺は__自分の『死』から逃げ出したのだった。
コンコン「依織ちゃん、入るわよー」がちゃー
そう言いながらドアを開けるのはどうかと思うんだ
「⋯ノックと言葉と同時に開けるのはどうかと思うんだけど」
ジト目で侵入者睨む。
「あら⋯元気ないのね?」
う、バレた なんでだ
「⋯どーも、お陰様でね」
不貞腐れてみる
「うふふ」
「ふふっ」
どちらともなく笑い出す。
この女性はお母さん。
依織の母親だ。
この3日間、喋り倒したから随分と仲良くなった。
俺の元の年齢より歳上なだけあって色々知っているし、バリバリのキャリアウーマンは話も面白い。
最初こそ、お互い距離の探り合いのトークをしていたが⋯
今では先輩後輩のような関係だ。
でも勘違いしてはいけない。
たった3日と少しでここまで楽しい会話ができるのは、間違いなく親子という絆があってこそなのだ。それは間違いない。
ツッコミもボケも相手への愛が必要なのだ。
そして、外にいる時と家にいる時とで性格が若干違う。
家の中ではもっと柔らかい感じ⋯らしい。
今は外モードなのだ。(お父さん談)
「ふふっ⋯依織ちゃんもスッカリ変わっちゃったわね。前はこんなに面白い反応してくれなかったもの。」
楽しそうに笑うなぁ
「前の依織なんて知らないよ。私は私だよ。あと、ちゃん付け禁止ぃ。」
お母さんだけ ちゃん付けをやめてくれない
「わかったわ。依織ちゃん♪」
「ワザとだよね!?」
「それで、もうお引越しの準備はできたの?」
⋯挨拶代わりのコントはおしまいってことか
「はぁ⋯お引越しって⋯ご覧の通り、片付けは終わったし、あとは先生の説明を受けるだけ。」
俺は背後の病室を首だけで振り向く。
「さすがお姉ちゃんね!」
そこはかとなく馬鹿にされてる感
「こ、子供扱いしないでくれるかなぁ?」
わなわなしちゃうぞ
「あら、大人のレディならそんなはしたない格好はしないわよ。」
「え?」
「白のワイシャツ着るなら下にキャミソールくらい着なさい と言っているのよ。まさか,あのイケメン先生を誘惑するつもり!?きゃー大胆な娘ね!」
いやんいやんするお母さん
「ち、違うんじゃ⋯これは天狗の仕業で」
「言い訳しないの。ほら、早く着替えなさい。」
カンゼン論破ですわぁ⋯
「はぁい、着替えるから閉めてよ~」
俺の負けだ⋯先程キャリーケースに詰めた荷物を開ける。
下着類の中から白のキャミソールを取り出し、カーディガンとワイシャツを脱ぎ、手早く着替えた。
「ん、よろしい。服装のセンスも随分と良くなったんじゃないの?」
「いやぁ⋯受け売りだし、theお嬢様みたいな服じゃなくて、ジーパンにTシャツがいいなぁ。」チラッ
ヒールなんて足の小指ブレイカーともオサラバしたい。
楽で歩きやすい靴が履きたいのです!
「すっかりワイルド志向なのね⋯イメチェンってこと?」
お母さんは顎に手を当て、スケジュール帳をペラペラっと確認する。
「そ、今までの私とは違うんだから⋯さ。」
よし、この流れなら
「そうね⋯明日は土曜日だし⋯私達のスケジュールも空いてるわ。久しぶりに家族皆でお買い物行きましょうか。」
お母さんはスマホで家族の予定を確認すると、お買い物にGOサインを出す。
「やったぁ♪」
ラフで楽チンな格好が待っている!
コンコン
「依織さん、今池です。入ってもいいかな?」
お、先生来た。
「はーい、カギ開いてるので、どーぞ。 」
「失礼します。おはようございます。いい朝ですね、退院するにはいい天気になりました。」
「や、おはよー先生。」
「おはようございます。この度は娘が大変お世話になりました。主人に代わり厚く御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。」
気軽な挨拶の俺とは違い、お母さんは綺麗な挨拶をする。
さすがキャリア。サマになるね
「御母さん、顔を上げてください⋯私達は出来ることを精一杯したままでです。それが医師たる者の務めですから。」
イケメン先生の爽やかな笑みで言われると嫌味に聞こえない不思議
何だが映画のワンシーンみたいな空間だ。
「あー⋯おほん。堅苦しい挨拶はその辺にして、先進めよ?」
「そうね、先生。お願いします。」
「はい、では奥で話しましょうか。」
先生は、依織の簡単な現状の健康状態を説明した後
退院や退院後の定期検診について説明したのだった。
あとは、個人的に退院前の御挨拶ってとこだ。
「⋯それでは私はこれで」
話しを終えて、先生は部屋を出ようと立ち上がる。
「ん、先生。そこまで送ってくよ。」
「ありがとうございました。今後とも娘をよろしくお願い致します。」
「ありがとう。」
俺は先生と病室のドアまで歩く
「そうだ⋯依織さん、これを」
ドアを出たところで先生は何かを手渡してくれる。
『依織ファイル』を手に入れた。
USBメモリにそう書かれているのだ。
「⋯これは?」
「先生は依織さんの味方だから。それだけ覚えておいてね。それじゃ、またね。」
意味深な台詞を残し、今度こそ先生は廊下の向こうへ消えていった。
「定期検診⋯まさかね⋯」
俺は自分の手の平を見つめる。
依織の体は普通じゃない。
仮に、その能力がバレていたとしたら⋯グッと拳を握る。
「この『依織ファイル』の内容次第⋯か。」
俺の複雑な心境とは無関係に 外には退院日和の晴天が広がっている。
桜はもう咲きそうだ。
4/9 大幅なアップデートを施しました。ストーリーも1部改変中です。