第16話 『依織ピリオド』
前回のあらすじ
おやつのプリンを救出する為に集中したら能力に覚醒する依織。
その後、弟とゲームで遊びながら能力を多用して自爆。
脳みそトロけそうになって弟のベッドでダウンしたのだった。
前略、代償のない力なんてないのです。
ゆさゆさと揺すられ、ゆっくりと意識が浮上する。
「__て」
「起きて、お姉ちゃん」
あー⋯あのまま寝てたんだっけ⋯
「きゃー 弟に乱暴されるぅ たーすーけーてー」
布団を体に抱き寄せる迫真の演技をする姉
「この姉タチ悪すぎ!!」
頭を抱えて叫ぶ弟 面白い
「ごめんごめん。悠人 ありがと⋯痛っ」
立ち上がろうとしてフラついてへたり込んでしまう。
頭痛いし⋯何か熱っぽい?
「大丈夫?」
悠人が心配そうに覗き込んでくる
「あー⋯うん、ちょっと頭痛くて熱っぽいかも。」
額に手を当ててみると、確かに熱っぽい
「風邪ひいた?」
「ん、大丈夫だよこのくらい。」
よいしょ と立ち上がると鈍痛がする けど大丈夫だ。
「そっか、まぁ無理しないでね。ゴハンだってさ」
「えっ 今何時?」
そんなに時間経ったのか?
「もう7時。ほら、リビング行くよ。」
「あちゃー⋯お手伝いするつもりだったのにぃ」
嘆きながらリビングへ向かう。
熱っぽいのを心配されたけど
いつも通り、皆で美味しく夕食を頂いたのだった。
■■依織の部屋■■
「任意発動はできるし便利なんだけど、熱が出るのはなぁ⋯」
時間が遅くなるように感じる あの能力について考えているのだ。
〔両眼が正確に時間を捕捉る〕
〔時間が重くなる〕感覚
自身の体を完璧にコントロールする精密動作
人間の脳は10%しか使われてない そういう言葉を聞いたことはないだろうか
最近ではその説は間違っていると言われている。
常に80~90%が使用されており、人間の脳に秘められた超能力なんてない らしい。
「多分『脳のリミッター解除』だ。」
わずか10%~20%脳が覚醒したところで出来る事に限りはある。
だが、そのリミッター解除によって引き上げられた演算能力を自由自在に操り、強化したい感覚に割り振る事が出来れば⋯どうだろうか。
「例えば、走馬灯とか」
生命の危機に相当する緊急事態に対処しようと、脳が通常ではありえない程に視覚情報、思考速度へと演算リソースを割く、そうする事で加速した思考の中、相対的に外の世界が遅く見えるのではないか。
音が聞こえなくなるのも感覚のリソースを視覚に割いているのだとすれば⋯それと同じような感じで、他の感覚をカットして体の精密動作に処理能力を回しているなら説明がつくのかもしれない。
1度電車に轢かれ死亡した俺は、その感覚を覚えていて⋯依織になってからトラウマによって無理矢理掘り起こされた『脳のリミッター解除能力』なのではないかと考えた。
つまり、俺がリミッター解除に慣れたのではないか⋯そして依織の体はそれに適応したのだ。
「⋯『制限解除』だ。」
オーバークロックとはシステムに過負荷をかけて高性能を得る行為全体を指す。
俺の場合、過負荷がかかるのは 情報を処理している脳だ。
使い続ければオーバーヒートで脳細胞が死滅する⋯文字通り脳味噌がトロけてしまうのだ。
(正確にはタンパク質が固まっちゃうんだけどね)
「この熱も頭痛も調子に乗って乱発した反動だろうなぁ」
また死ななくて良かった⋯
俺は、この能力 を『制限解除』と名付け、緊急時以外は使用しないと心に決めた。
ピコリン
携帯端末がメッセージの着信通知を鳴らす。
「舞か⋯」
チャットアプリで舞へ返信するとすぐ返事が来る。
舞とは友達らしい平和なやり取りをしている
お互いの好きなものや趣味なんかの情報を交換している。
最後に週末は映画を観る約束をして、寝るね と返事を打って横になる。
頭痛と熱っぽさがマシになってくると変な気分になりそうだ。
お腹が熱くなるような__
「うん、早く寝よ。」
明日は悠人の入学式だし、舞との約束もある。
早く寝て治さなきゃ
在校生はお休みだけど、姉として弟の晴れ姿くらいは見ておいてあげないとね。
俺は妙な感じを振り払うように寝た。
4月6日
翌朝
いつもより長く寝いていたが、いつも通り起きると、日課になっている夢日記をつける
「今日はチンアナゴとリンボーダンス⋯」
珍妙で奇怪だけど面白いからいいのだ。
「うーん⋯だるい⋯気持ち悪い。」
倦怠感が抜けないけど、まだ動ける。
今日はパジャマのまま玄関へと向かう。
悠人の入学式なのだ、見送りしなきゃね
玄関には既に皆が居た。
お父さんの姿はないが、多分車を取りに行ったのだろう。
皆に挨拶をすると、悠人をまじまじと見る。
「お、制服似合うね。可愛いと思うよ。」
いかにもお坊ちゃんといった感じだ、よく似合っているけどまだまだ恰好いいという感じではない。
「ママと同じ事を⋯褒められてる気がしないんだけど」
そっぽを向いて拗ねる悠人。
そういうところもまだ子供なんだよなぁ
俺と中島さんは入学式組を見送る。
お母さんには体調を心配されたが、休んでるから大丈夫と言っておいた。
この体調で出歩くのどうかと思うしね
その後、朝食を摂ったが⋯珍しい事にあまり食べられなかった。
当然 中島さんにも心配されるが、大丈夫と言って逃げるように自室へと引き篭る。
「⋯病院行った方がいいのかな」
起きていると倦怠感が酷い。
特に何をする気力もなく、依織部屋の図書館で本を読んだりぐだーっと過ごす。
体はだるいのだが、お腹が熱くて⋯変な気分
「あかん⋯寝よ」
本を放り出して横になると目を閉じた
ピコリン
メッセージの受信音で目を覚ます。
「ん⋯今なんじっ!?」
ぐしゅっ
下腹部に猛烈な違和感を感じ、慌てて身体を起こすと__股のあたりが血塗れだった。
「ぎゃー!?」
何 な、なに!?
パジャマのズボンが真っ赤⋯!!
鼻につく生臭い鮮血の香りに吐き気がこみ上げるが、喉でお帰り頂く。
これ以上汚すわけにもいかない。既に血塗れだ
生暖かい鮮血を吸ったショーツは重く肌に張り付く。
身じろきするとぐちゃっとした不快な感触が伝わってくる
絶対これヤバい出血だよね!?
「あっ⋯⋯生理か」
俺は完全に失念していた。
体が女の子なんだから当然来るであろう
女の子特有の月のもの
倦怠感も頭痛も生理前の現象だったのだ。
実体験は初めてだけどさ
「これ⋯どうしよ⋯」
鮮血に染まる下半身の衣類達とシーツ
俺は携帯端末を見る。
時刻は12時を回ったところだ。
「自力⋯ムリ⋯ヘルプ」
端末からお母さんへ通話を繋ぐ
とるるる⋯とるるる⋯
〘もしもし、依織ちゃん? 何かあったの?〙
察しのいいお母さん
〘お母さん、血塗れ、生理、ヘルプ!〙
カタコトでお母さんに助けを求める
〘やっぱりそうだったのね…それで、間に合わなかったのね?〙
〘ベッドで血塗れ状態。生理なんて初めてだもん⋯どうしたらいい?〙
〘もうすぐ私達も家に着くわ。とりあえずシャワー浴びて流しなさい。〙
衣類は流して水に浸けておいてね とアドレスを頂いた。
電話を切ると少し調べ物をしながら立ち上がる。
ぐしゅっと気持ち悪い感覚が伝わるが、仕方ない。脱衣所まで我慢だ⋯
俺は換えの下着だけ持ってのろのろと歩き出した。
何とか脱衣場へ辿り着くと、上だけ脱いで浴室に入る。
「どうせなら汚れないここで⋯」
パジャマズボンとショーツを脱ぎ去る。
「うわぁ⋯」
うわぁだった。
俺は元々グロ耐性皆無だし、電車に轢かれるのとか想像するだけでアウトな俺だけど、幸いにも血塗れとか人間の内蔵には縁遠い平和ライフを歩んできた。
そんな俺がこの惨状を見てみろ⋯血の気が引いて震えてるではないか。
ショーツがぐっっしょりと血を吸って股に当たる部分には何か血の塊みたいな物まであるのだ。
「うっ⋯」
再び吐き気がこみ上げてきて⋯今度は無理だった。
「おぇっごほっかはっ⋯」
心の準備が無ければ気を失っていただろう
何とか嘔吐だけで済ませた俺を褒めたいけど、誰も褒めてくれない。
「はぁ⋯処理しよ⋯」
とりあえず浴室なのでほぼ液体だった吐瀉物をシャワーで流してしまい、口をゆすぐ。
ぺっと水を吐き出したら次は下着の番だ。
鮮血の塊と化したショーツをシャワーの水で流す。
パジャマズボンはお尻の部分が真っ赤だ。
他の部分が染まってもヤなので脇に避けてある。
水で流しつつ気がつく。
「あ、お母さんが水で洗えって言ったのはお湯だと血中のタンパク質が凝固するからか⋯」
だいぶ冷静さを取り戻してきた。
俺は血塗れショーツとズボンを水でしばらく洗っい、大体の汚れが落ちた所でバケツの中に放り込む。
「あとは水に浸けて⋯と。」
一息つく。
さむい
「あー⋯精神的に疲れた⋯」
手早く髪を濡れないように纏めると、暖かいシャワーを浴びる。
冷えた身体を温めるように温水を浴びると落ち着いてくる。
「いやぁビビったわ。」
生理はまだ始まったばかりなのだが、いかんせんファーストインパクトが大きかった。
シャワーを浴びていると誰かが脱衣場に入ってくる音が聞こえてきた。お母さんだ
「依織ちゃん、大丈夫?」
「あー、うん⋯今衣服の下処理終わったところ。でも、ベッドのシーツがそのまま。」
「そっちは片付けておくわ。シャワー上がったらら生理用品の使い方を教えるわね。」
「はぁい、ありがと」
脱衣場で身体を拭きながらお母さんに愚痴をこぼす。
「お母さん、生理ってマジつらすぎ⋯」
猛烈な体調不良に続き、精神的なダメージもあり満身創痍だ。
「依織ちゃんはそんなに重いほうじゃなかったんだけれどねぇ…とりあえず着替えながら教えるわね。」
苦笑気味のお母さん
「まずはナプキンの使い方ね。これが極一般なナプキンよ。量によって若干大きさなんかは変わるけど、そこは自分で選ぶといいわ」
四角く折りたたまれた柔らかそうな紙だ。
「これを広げて、剥がして、このクッションみたいな物をクロッチ⋯股が当たる部分に貼り付けるの。」
「なるほど⋯この横のやつは?」
「生理用のショーツはクロッチの部分が二重になっている物があるのよ。これみたいにね」
お母さんがショーツのクロッチ部分を開くと、布が二重になっている。
そこに羽をくっ付けて、ナプキンを固定するらしい。
「なるほど⋯この大きくなってる方がお尻の方になるのか」
「それは伝い漏れぼうしの土手ね。あとはメーカーのよって羽があったりなかったり⋯でも、基本的には一緒よ。」
ついでに捨て方も教えてもらう。
「はーい、それで交換タイミングとかは?」
「初日は多いから隙あらばって感じよ。生理中は気を抜かずチェックするといいわ。一般的には大体5日~7日で収まるわよ。」
「うへぇ⋯めんどくさい。」
「女の子ってそういうものよ。あと持ち運びね、依織ちゃんが以前使ってたポーチがあったから、これを使うといいわ。」
「女の子が持ってたポーチってそういう事だったのか⋯」
衝撃の事実ばかりだ
生理という物を知ってはいても、対処法や付き合い方までは教えてくれないのだ。男子には
「お母さん ありがと。」
「いいのよ、これも母親としての務めだもの。」
その後は極力安静に、亀が甲羅に籠るように、苦痛に耐えるのだった。
「うあ゛ー⋯」
唸りながらリビングのソファーで丸くなる俺を心配そうに見つめるお父さんズ。
「大丈夫か?何かできることは」
「お姉ちゃんが荒巻いてる⋯」
「生理だからほっといてぇ⋯」
荒巻くって動詞だったのか
シーツ交換が終わるまではリビングで死体ごっこを継続する。
お父さんズが心配して色々と差し入れをくれたので有難く頂いた。
ご飯は喉を通らないが、食べないと、飲まないとマズいのでスポーツドリンクとゼリーだけ食べる。
某ゼリー飲料は飲みやすくて美味しかった。
「サンキューパッパ⋯」
最近元気にしていただけにお父さんズには心配をかけてしまったが、こればっかりは仕方ない。
(依織さん、シーツの交換が終わりました。)
中島さんがこっそり報告してくれる。
「ありがと⋯お部屋行く。」
のろのろと立ち上がり歩き出す。
心配そうな視線を背負いリビングを後にした。
「HPがじわじわ減ってく⋯」
まるで毒状態だ
部屋へ辿り着くと真新しいシーツとオフトゥンが迎えてくれる。
「よっこいしょういちー」
ぼふっとベッドへダイヴして携帯端末を操作する。
舞とチャットで生理について愚痴っている。
イオ〘初めて生理来たんだけどキツすぎ笑えない〙
マイ〘あー、記憶喪失後初の生理ね⋯〙
舞は自身の初潮を思い出しているようだ
イオ〘舞はどうだったの?〙
マイ〘ああ、来たんだなーって感じよ。だるいけど、私は軽い方だからまだいいわ。〙
イオ〘じゃあ私は重い方なのか⋯ぐえー〙
マイ〘私なんかスポーツするから、軽くて助かるわ。〙
イオ〘これで体育とかムリ〙
マイ〘私は二日目の方がつらいんだけど⋯大丈夫かしら?〙
イオ〘え、マジ?〙
うだうだと女子的なトークをしながら時間は過ぎた。
舞がこんな不毛な話に付き合ってくれるのは正直ありがたい。
気が紛れて少し楽になる
あの血の塊が中から でゅるり と降りてくる感覚はトリハダモノだが、慣れなきゃなぁ⋯
「二日目の方がつらいなんて聞いてないぞ⋯」
俺は戦々恐々としながらナプキンを交換しつつ、怒涛の生理1日目を終えたのであった。
次回
第17話『依織エブリデイ』
お楽しみに!