第15話 『依織ゲーム』
4/11 ストーリー改変、加筆を行いました。
前略、ゲームは1日1時間って言うけど1時間で済んだ試しがないよ!
お風呂上がり
お肌のケアを施すと、念入りにタオルドライをする。
この工程を省くと髪の乾きが遅くなるのだ。
「すっかり慣れたもんだ」
男の時はガシガシ拭いたらドライヤーで30秒って感じだったのにな
櫛で髪をとかし、ドライヤーでやさしく、ゆっくりと乾かす。
特別な事はしていないが、依織の髪は本当にサラサラだ。
シャンプーのCMに出れそうだ。
あのサラサラ~ってやるやつ
それこそアイドルにだって引けを取らないルックスだし
「ま、俺は芸能界なんて御免だけどなー」
ガラじゃないのだ。
髪を乾かし終えると2階へゆっくり向かう。
今から弟と一緒にゲームをやる約束をしている。
家族とのコミュニケーションという大義名分の元、ゲームを楽しむ!
「腕が鈍ってないといいけど」
FPSなんて1年くらい前にやって以来だ。
ゲーム中にあのスローモーション使えたら便利だよね~
「や、でも顔中から液体垂れ流すような負荷がかかるのはヤだなー」
女子的にも御免こうむる。アレは絵的にマズい。
「そーだ! 冷蔵庫にプリンがあったよね。」
予定変更!
私はプリンを取りに行くのだ
俺は再びキッチンへ行く。
冷蔵庫ぱかー
「んー、上の方だ⋯椅子に乗るか」
ばたん
いそいそと椅子を運んでくる。
女の子になってから割と困ってるのが背だ。
料理をする時に中島さんやお母さんが居ないと高い所の調味料や鍋が取れなかったりするのだ。
最初は屈辱に震えたけど、足りないものは仕方ない。
少し高めの椅子を持って来る。
「よし目標を確保。」
俺は無事にお皿に乗ったプリンを確保する。
あぁプリン⋯なんて素敵な響きなんでしょう♪
おっと、悠人の分も忘れずに持って__グラッ
「あっ」
俺は椅子の上でバランスを崩し後ろへ倒れ
〔両眼が正確に時間を捕捉える〕
“時間が重くなる” 音が消失する。
だけど俺の思考はハイスピード
何だ今の脳内イメージは!?
つーか、“時が見える”とか主人公かよ!?
当然俺のツッコミに答える者は存在しない。
これは俺の脳内で始まり、脳内で完結する言葉。
何の違和感もなく、ごく自然にスローになってんな⋯冷静になれ、落ち着け。
⋯⋯オーケー
俺は冷静だ、しかし、体は容赦なく背後へ倒れて行く。
あ、ダメだ こわい!!
心の涙がドバーっと出るけど、でも泣いてる場合じゃない!
俺には守りたいモノがある
この両手のプリンを守らなきゃ!
俺は愛すべきお菓子の為に勇気と知恵を振り絞る。
ついでに体を張る!
大丈夫。手も足も、体も動く!
“最適解は見えている”
俺は瞬時に__重くなった時間の中でさえ尚、瞬時に落下速度、落下予測地点、の計算動作を決め、実行へ移す
腕を広げたまま傾きつつある体で、手首のスナップを効かせ皿を真上へ飛ばす。
僅かに回転しながら宙を舞うプリンとお皿は水平の姿勢を保って浮遊する。
俺は背後への落下に逆らわず、逆に利用する。
背中を張り詰めた弓のように反らし、頭を床へと向け、自ら落下する。
流麗な曲線美を描くお腹を_腹筋を一気に収縮させ、重心を引っこ抜く。
勢いのまま撥ね上がる足を折り畳み、体を丸め回転する。
バク宙の要領
しかし、この場合空中でバク宙の動作を行う、『空中バック宙返り』だ。
回転が終わり着地姿勢へ移る。
折り畳んだ足を延ばし、足の指から足裏へ、足裏から足首へ、滑らかに関節を順にしならせ、最後に膝をつき着地の衝撃を相殺する。
そのまま姿勢を低く、乱れ散る髪の隙間からハッキリと“見えて”いる保護対象
だらりと、差し出された両の手の指をふわりと 広げ、皿を受け止める。床から150mm
しかし油断は出来ない。ここからが勝負なのだ
保護対象の落下速度に合わせ、腕を下ろし慣性を相殺し、保護対象の崩壊を防ぐ
床までの距離150mm⋯100mm⋯50mm⋯ぐ⋯25mm⋯間に合え!⋯5mm⋯停止。
〈解除〉
イメージを浮かべると、その通り“時間の重さが戻る”
乱れた髪が重力に引かれ、落下する
胸も派手に揺らしたせいで痛いッ
「ぷはっ⋯保護対象はっ!?⋯無事だった! よかったぁぁぁぁぁ」感動の再開だ
「依織さん! お怪我はございませんか!?」
「ひぁゃいっ!?⋯中島さん!?いつからそこに⋯」
唐突に声をかけられ、今度こそ本当にプリンを取り落としそうになる。
「申し訳ございません。」
あれ、このやりとり以前にも⋯
デジャヴ?
俺はプリンをテーブルへ置き、髪を整えながら中島さんへ向き直る。
「陰ながら見守り、危機とあらばお救い⋯いえ、それも不要だったと言うべきでしょうか⋯」
「あ、うん⋯何とか無事だったよプリン♪」
よかったよ~ホント
「いえ⋯そうではなく、お体の方は」
あ、ソッチでしたか
「だ、大丈夫だよ。ほら、このとおり!」
えへんと胸を張る。
中島さんが困惑して狼狽えるのも面白いけど、俺への心配をプリンの心配だと勘違いした俺の方が数倍面白い奴だよ!!
「最近の依織さんには驚かされてばかりです。」
驚き7割呆れ3割の表情だ。多分
そうだよね…俺への心配をプリンの心配だと勘違い(以下略
暗い表情をしている俺の様子に気が付いたのか
中島さんは捕捉する。
「あの体捌き、一切の淀みなく行われた上に、柔らかいプリンまで無事に受け止めなさるとは⋯流石に御座います。」
本気で関心されてたようだ。
「そ、そう? とにかく必死でさ、運が良くたまたまだよ。あはは⋯」
必至すぎてスローモーションになったとか言えねーよ!
「依織さんには軽業の才能があるのかもしれません。」
確かに、大道芸人にでもなれそうだよね。
「偶然だよ。それに、危ないからお父さん達も心配しちゃうしね。」
2度とあんなアクロバットは御免だ。
コンコン
「ゆーとー」
「開いてるから入ってー。」
「はいはいー、入るよー。」
俺は空いた指で器用にドアノブを捻り部屋に入る。
悠人は何やらVCで話しているみたい。
「あ、ねーちゃんのアカウントはもう準備できてるよ! ねーちゃんはそっちの画面ね。用意できたらギルメンともVC繋ぐよ。」
「はーい、凄いねぇ2台もあるなんて。ほら、悠人のプリンも持ってきたよ~」
プリンとスプーンを差し出す。
「ありがと!いただきまーす。」
早速パクパク食べ始める。
「私も、いただきまーす。」
「んー♪おいしいっ♡」
頑張って守った甲斐があるもんだ
B・O・F
プレイヤーは多種多様なパワードスーツを着込み、それぞれの陣営に別れて戦うオンラインゲームだ。
兵科は陸戦型、砲戦型、補助型の三タイプ。
ステージの構造も含め、システムのゲームバランスが非常に良い事で有名だ。
俺はプリンを食べ終えると、悠人のサブアカウントを確認する。
名前を変更しておく⋯『イオ』でいいや。適当だ
「サブアカウントなのに随分と装備が充実してるね~。」
装備類の見た目を好みにいじる。
俺はいつも機体を真っ白にするのだ
「サブだけど、僕が前使ってたからね。今ではお遊び用だよ。」
「豪華なお遊びだなぁ。あ、私は準備できたよ~。」
俺は砲戦型の狙撃装備にする。
極力装甲を排除した高機動型だ。
「装甲はもっと厚い方がイイと思うんだけど⋯慣れないうちは、後方で構えて狙う感じでもいいんじゃない?」
「お芋はなぁ⋯」
悠人はバランス型の陸戦型だ
補助兵装が多いから中衛ってとこだろう
「まぁやれるだけやるよ~。悠人とお友達のギルメンに期待してるね!」
「任せて!ボクのHNは『ユージン』だから。間違っても名前で呼ばないようにね。」
「私のHNは『イオ』だから、ユージンも間違えないよーにね。」
「うん、それじゃ繋ぐね!」
▫▪▫▪▫▫▪▫▪▫▫▪▫▪▫
悠〘皆、ただいま。イオを連れてきたよ。〙
イオ〘はじめましてー。イオでーす。〙軽い感じで御挨拶
蟹〘おかー。はじめまして、カニです! イオ姉さんと呼ばせて下さい!!〙
食い付き強いなー
東〘おか。僕はイースト。よろ〙
言葉少ないイースト よし、キミは東だ
イオ〘うん、いーよー 蟹。よろしくね東〙
蟹〘マジすか!〙
悠〘⋯とりあえず、今いるメンバーでPT組んで、アリーナでも行こうか〙
蟹〘おーけー。イオ姉さん、困った事があったらこのカニが手取り足取り__〙
東〘カニうるさい。行くよ。〙
俺達はユージンをリーダーにしたPTを組む。
イオの慣らしも兼ねて、野良の試合へ行くようだ。
悠〘それにしても、イオってもっと捻れなかったの?〙
イオ〘や、ユージンも大分テキトーだよね?〙
蟹〘あー 俺もイオ姉さんみたいなお姉さんが欲しい!ユージンは裏山死刑!!〙
東〘カニ うるさい。〙
イオ〘蟹はお姉さんが欲しいのかー、ほーら私でよければ__〙
悠〘イオは変な事言わない! カニは双子の妹が居るじゃん〙
ありゃ、悪ノリしたら怒られた。
蟹〘俺はお姉さんに甘えたいんだー!!〙
蟹は最後までうるさかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達4人はチームで纏まり、20VS20規模のセッションに入る。
ステージは中規模の戦場
〘よろ〙〘46〙〘よろ〙
VC勢が挨拶をする中
〘よろー〙〘よろ〙
イオ〘よろしくー〙
〘〘お、女の子がきた!?〙〙
悠〘あ、イオそれオープンチャンネルだよ。〙
イオ〘あっ〙
なんて事もあったけど、俺達は4人で楽しくゲームをした。
下手の横好き狙撃なので戦績は上下が激しい。
ハマれば強いんだけど、安定して獲物が狩れるほど俺のAiMは精密じゃないのだ。
悠〘そんな見た目重視の構成で撃墜王取れるんだから、強機体使えばいいのに〙
イオ〘浪漫は大事だよ~、楽しむのが大事なんだから。それに、女の子なんだから見た目は気にしないとね~〙
蟹〘そうそう、イオ姉さんの言う通り! 楽しめばいいんだよ〙
東〘カニは単純なだけ〙
悠〘カニはカニだしね⋯〙
蟹〘ヒドイ!!〙
イオ〘ごめんね⋯蟹、キミはいい奴だったよ⋯あ、そだ、私次でラスト1回にしまーす。〙
カニは愛すべきいじられキャラなのだ。
蟹〘⋯イオ姉さん、次戦はスコアで勝負しましょう! 〙
イオ〘お、じゃあお姉さん本気出しちゃおうかなぁ♪〙
蟹〘俺⋯この勝負に勝ったら連絡先聞くんだ⋯〙
東〘死亡フラグ乙〙
悠〘じゃあ、シャッフル部屋に入ろうか⋯蟹を狩らなきゃ…〙
それぞれの思惑が交差するラストゲームが幕を開けた!
『START!!』
俺は順調に敵を排除しながら、高機動を生かし戦場を走り回る。
凄く調子がいいかも
本気出して集中すると⋯〔眼が正確に時間を捕捉る〕感覚とでも言えばいいのか⋯“僅かに時間が重くなる”のだ。
その代わりに音が全く聞こえなくなる。
流石に、プリンの時ほどの超絶スローではないが、指先の動きだけで戦えるゲームなら好都合だった。
おかげで、俺の大したことない照準能力は格段に向上している。
〔両眼が正確に時間を捕捉える〕
蟹〘うおおお⋯おぅ!?〙
“僅かに重くなった時間”の中で、俺は正確に蟹の操る赤い機体の頭部へ照準を合わせ、『射撃』
蟹撃破。
〈解除〉“時間の重さが戻る”。
しかし、集中は切らさない
蟹越しに敵が見えたのだ
リロードをしながら遮蔽物に一瞬背を預け
再び広間へ飛び出し、〔両眼が正確に時間を捕捉える〕
“僅かに時間が重くなる”中、遮蔽物の影からこちらを狙う敵機の頭部に狙いを付け、『射撃』
イオ〘 ふぅ⋯何となくコツが掴めてきたかも〙
蟹〘何で!?奇襲だったのに⋯イオ姉さん構えてから撃つまでが異常な早さだったよ!?〙
俺は“よく見える眼”と近距離狙撃でスコアを伸ばす。
しかし、画面外からの奇襲であえなく撃破される。
悠〘く⋯イオの本気ヤバ過ぎる。これ以上スコア稼がれたらマズい。〙
ふふ、今のところユージンよりもスコアは上だ。
俺は再び戦場へ降り立ち暴れ回った。
『試合終了』
結局、シャッフルでの即席10vs10の試合では俺が総合一位を獲得した。
東〘イオ すごかった。〙
東は5位だったが自陣の勝利に大きく貢献していた。
イオ〘えへへー、どやー!〙
凸砂の悪評は上場のようだ。
チャットで悪夢だとか言われる始末だ。
ま、俺の撃墜数は断トツだったし、ほぼ近距離での一撃必殺だしね
悠〘覚醒したら強くなり過ぎでしょ⋯〙
蟹〘イオ姉さんの神AiMやべぇ〙
ユージンは総合2位だったが、蟹は⋯うんまぁお察しだ。
悠〘凸砂があんなにヤバいとは思わなかったなぁ。〙
イオ〘当たれば強いんだけどね~⋯当たれば。〙
それにしても集中力をかなり使った⋯超眠いし⋯頭がボーッとする。
イオ〘ふぁ~⋯宣言通り⋯休憩するね。〙
東〘おつでーす。〙
蟹〘おつ様でしたぁ!〙
ヘッドセットを外すと横にあった悠人のベッドで横になる。
「ちょっと寝るー」
熱さと眠さで⋯脳味噌トロけそうだ
「ちょ、それボクのベッド!」
「30分したら⋯起こして⋯すやぁ」
悠人が慌てるが俺は構わず転がり意識を失った。
〘裏山死刑ィィ!!〙
遠くで蟹の叫びが聞こえた気がした。
明日からもう少しサクサクっといく予定です