第12話 『依織クイーン』
最近生活リズムが崩れがちです。
その代わりと言ってはなんですが、眠気には強くなりました。いぇい
前略、スクールカーストに属さない少数派だったので、クラス内の力関係には疎いのです
◇月曜日◇
「んん⋯」
目覚ましの1分前に目を覚ました。
「⋯⋯ 今朝の夢は鰻と盆踊りだったなぁ」
どんな夢だよ
メルヘン要素はないけどカオスだった。
ピピピピ ピピピピ
「へいへい」
パシっと叩いてアラームを止める。
リリリリリ リリリリリ
「こっちもだった。」
携帯端末の方のアラームもスライドして切る。
時刻は06:40
大して使われていない上に、中身まで真っ新だった端末。
恐らく入院中に全てデータを処分したのだろう。
今はまだ家族の連絡先以外は登録されていない。
「ま、気持ちは分からなくもないけどさ⋯うん」
俺だって死ぬ前にHDDの中身は消去したかった⋯いや、叩き割りたかった
誰だって秘蔵コレクションを家族に見られるくらいなら叩き割るだろう?
だが、悔いても仕方ない。
「ふぁぁ⋯今日から新学期、二周目の学園生活かぁ」
昨日は遊園地で散々遊び倒したので夜は早く寝たのだ。頭はスッキリしている。
俺は起き上がると、身支度を始めるのであった。
「ふっ⋯まさか母校の女子制服を着るハメになるとは」
□■洗面所■□
しゃこしゃこ
洗面所で歯磨きをする制服姿の女子中学生が居る。
依織だ。
臙脂色の細いリボンは中等部2年生の証だ。
参州学園中等部の制服はデザイナーが優秀らしく、野暮ったくない。
清楚で可憐な制服は一部のマニアに大層人気なんだとか⋯俺は知らん。
髪をかき上げ、口を濯ぐ。
今日は寝ぼけてベタッとやらなかった。えらい
口元を拭きながら改めて自分の姿を見る。
「改めて見ると背徳的だ」
綺麗な形を保った胸は一般的な中学生の胸囲を大きく上回っている上に未だ成長途中なのだ。
ヒジョーに肩が凝るが、ここには夢が詰まっているのだ⋯
「きょうもいちにち、がんばるぞいっ」
俺は半分死んだ目でボヤきながらリビングへ向かう。
「おはよ〜」
「おはよう、依織ちゃん。朝ごはん出来てるわよ」
「おはようございます。こちらです。」
いつも通り、お母さんと中島さんが迎えてくれる。
お母さん今日はスーツだね。なんだかクールな感じだ。
俺は席に着き
「いただきます。」手を合わせる。
朝食のホットケーキ⋯パンケーキと言った方がいいのか、それを頂く。
うまうま
「あれ、悠人は?」
居ないんだけど
「悠人の入学式は明日なの。在校生はひと足早く始業式なのよ。」
ほーん、そうだったっけか
もぐもぐ
ニュースでは桜の開花がどーとか言ってるなー
暖かかったし、そろそろ咲くんじゃないかな。
「ごちそーさまでした。」
手を合わせ、食器を流しへ運ぶ。
既に家事は中島さんが代わっていた。
「中島さん、お皿は流しに置いときますね。」
「はい、ありがとうございます。依織さんもご準備なさって下さい。これはおやつです。」
「はーい。ありがと!」
鬼饅頭をもらった♪
足取り軽く洗面所へ行くと、お母さんが居た。
仕事出来そうな感じだ
化粧も相まって、非常に凛々しいパンツスーツ姿のOLだった。
「お母さんカッコイイね〜」
「うふふ、そうでしょ〜!」
まだ家モードだ
「あらら、依織ちゃん、襟とリボンがおかしいわ。」
お母さんが整えてくれる。
「ありがと、他に変な所ない?」
鏡越しにチェックするが、特に変なとこはない。
相変わらず美少女だよなぁ
「そうねぇ、スカートをもう少し短くしましょ。ちょっと長過ぎるわ。
清楚さも適度な長さが求められるのよ? あと、ソックスに糊を塗らないとズレてきちゃうわ。」
そう言いながらも、お母さんはスカートの裾を直していく。折って短くするのかー
丈は膝くらいね
プリーツスカートってスースーするんだよなぁ
「んで、糊は⋯あ、ポケットに入ってたこれか」
リップクリームみたいなのが出てきた。
「その糊をソックスの内側に塗っておけばズレ防止になるわ。」
「はーい。」ぬりぬり セット
これでOKだ
「依織ちゃんはリップクリームは持ってる?」
「ん、持ってないけど、要るかな?」
「これ、持っていきなさい。うちの新作よ」
お母さんの会社が作ってるリップクリームをもらった。
さっそく塗ってみる
「あ、桜の香りがする⋯」
唇も適度に潤うし、気に入ったカモ
「ありがと、これ良いね。」
さっきより唇が艶やかな気がする。
校則でも、これくらいは大丈夫だった気がする
「どういたしまして。似合うわよ♪ それじゃあ、行くわよ。」
「え?送ってってくてるの?」
「ええ、今日は特別よ。今、中島さんが車を回してくれているわ。」
「やったぁ」
初日は贅沢な車での登校だ
用意を終えてた俺達は、玄関から出て中島さんに迎えられ、車へ乗り込む。
「奥様、依織さん、いってらっしゃいませ。」
「ありがとう。悠人を頼むわね」
「かしこまりました。お気おつけて。」
中島さんに見送られ、俺達は入学式へと向かった。
参州学園
全国でも有数の少中高大一貫の巨大学園だ。
その広大な敷地面積は、参州市まるまるひとつ分だ。
誰かが言った『みかわのバチカン市国』
実際そんな感じなのだ。
しかし、お高くとまっているという印象はない。
校訓が『自由』という事もあり、比較的規則はは緩いし、教員もおおらかだ。
更に、奨学金制度が非常に充実しており、努力を惜しまない者には学費が免除されるし、寮も貸し与えられるのだ。
その反面、規則を破れば厳しい罰則が課せられるが⋯ここへ来るような生徒は基本的に優秀な事もあり、そんな真似は滅多にしない。
そんな平和かつ自由な学園ライフを送れる参州学園。
その中等部区域の一角にある多目的ホール
そこが中等部の始業式会場だ。
依織多目的ホールのエントランスに来ている。
えーっと、席は1階のJ-2ね。
ガヤガヤ
それにしても、すげー人混みだ
依織の背はそんなに高くはない。
せいぜい平均程度だし、大体は見上げる形になるから人混みに圧倒されそうになる。
ひと学年250人で10クラス。
およそ、500人近くの大人数が始業式会場の多目的ホールへ集まっている事になる。
俺の在学時よりも、人数、クラス共に増えているなー
その人混みを歩いているのだが⋯何故か、モーゼの十戒の如く人が避けていく。
普通に堂々と歩いているだけなんだけど⋯
しかも上級者にまで避けられてる?
無遠慮な視線をぶつけられるのも、ヒソヒソされるのも非常に居心地が悪い。
(あれが噂の⋯)
(『女王様』だ)
(おい、『女王様』のポニーテールなんて初めて見たぞ)
(うなじが美しい⋯)
(いおりたんは俺の嫁)
(はぁはぁ⋯いおりたんペロペロ)
誰だペロペロ言った奴はやめーや
(やっぱデケーよな)
(たまんねーなアレは)
(揉みしだきたい)
(俺がガンダムだ)
なんか変なのいたぞ⋯
やはり男子は胸見てんな、気持ちは分かるけど
それにしても『女王様』て⋯依織⋯お前一体なにやったんだよ!?
早くも波乱の予感しかしない
げんなりする。
まだ始まってすらいないんだけどさ
俺は重い足取りで、ホールの指定された席へと向かう。
はぁ⋯こんなに注目されるとは予想外だ
「『女王様』、どうかお情を」「この下僕にお慈悲を」「スメルを」
憂鬱だ⋯
「『女王様』どうかこの卑しい下僕に__」「お慈悲を!」「スメルを! 」
誰だ、さっきから人混みでハードなプレイをしてる変態共は?
怪訝に思った俺が辺りを見回すと、周囲の生徒全員と目が合う⋯
いや、俺と俺の足元を見ている__足元の男子達と目が合う。
パッと見イケメンだ。
でも、イケメン男子達は、土下⋯寝をしている上に「はぁはぁ」しながらイッちゃってる目で見上げている。
何なんだ⋯このアブナイ奴らは
てか、スカート
「ちょ、覗くなって」ゲシ
「アッ♡」
ゾワッとして⋯反射的に後退る。
「えっと⋯どちらさんで__」
「踏んで下さい、卑しい下僕をもっと踏んで下さいぃ!!」「白いソックスで顔面を!」「我は靴のスメルを!」
次の瞬間、奴らはイケメン男子達から変態共に降格?昇格?した。
俺に向かってアブナイ言葉を投げつける変態共
「⋯もしもし、警察ですか?」 通報した。フリだけど
その瞬間、奴らは素早く起き上がると目で合図して一目散に逃亡した。
それはそれは、鮮やかな逃亡だった。あっという間に野次馬を掻き分け、同化する。
あまりにも鮮やかな身のこなしに反応が遅れる。
「あ、逃げられた⋯何だったんだよ一体。」
俺はやれやれと、首を振ると再び歩き出す。
モーゼの十戒も継続中だ。
(まーたやってたのかあいつら)
(⋯俺も足の指舐めたい)
(俺はおっぱいがいい)
(あの女また栄君を誑かして⋯!!)
まて、最後のやつ男の声だったけど大丈夫なのか⋯?
奴らの中の1人は栄って名前なのか
周りの生徒は、遠巻きにこちらを見ながら噂話に花を咲かせているようだ。
とりあえず安全⋯みたいだな
「こーりゃ予想以上にハードかもなぁ⋯」
知らず、呟きが漏れる。
依織は何したら女王様になるんだよ
あとあの変態はなんだ
そんな事を考えていると、放送が入る。
『間もなく始業式が始まります。生徒諸君は席に着きなさい。』
雑談に興じていた生徒は自分の席へと急ぐ
俺は暗澹たる気持ちで始業式を迎えた⋯
ーー40分後ーー
『以上で始業式を終わります。礼。』
「_ん、終わったかぁ⋯ふぁ⋯」
俺は完全に寝ていたようだ。
伸びをすると「「おお⋯!」」と野太い歓声が上がる。
「え?」見られているのは俺だ。
伸びの姿勢のままぐるーーっと見回すと気まずそうに目を逸らす男子達⋯ああ⋯すまん
「ちょっと!逢妻さん、男子に色目使わないで下さる?」
縦ロールキター
「あ、ごめんごめん。」
俺は手刀を切って謝る。 赤髪縦ロールも悪くないなぁ
「へっ___!? わ、分かればいいんです⋯わかれば⋯」
縦ロールは驚いた表情をして大人しく引き下がっていく⋯なんぞ?
『それでは、担任の先生の指示に従い、教室へ移動してください』
放送の後に号令が飛び交い、それ以上話すヒマはなかった。
ザワザワ
「2Aの生徒ぉ、注目!」
俺のクラスか
担任の先生は新任の若い男の先生だ。
「これから教室へ移動し、HRを行う。先生の後に続いて教室へ移動だ。」
先生を先頭に、俺達はぞろぞろとついていく。
参州学園中等部の校舎は『日』の字をした三階建ての建物だ。
真ん中には上下2本の渡り廊下があり、中庭には芝生やベンチが設置されている。
渡り廊下の1本は一階で、2本目はニ階と三階の間_中二階に渡り廊下があるのだ。
俺達のクラス『2A』は校舎二階の渡り廊下にほど近いA教室だ。
ぞろぞろと移動しながら喋る生徒も居るが、俺は黙って歩く。
さっきからすごぉく見られてる。
そのくせ喋りかけて来る奴も居ない⋯様子を伺っているのか?
そんな事を考えている間に、教室へ着いた。
「ここが君達の教室『2年A組』だ。HRは今から10分後⋯この教室の時計で『10:05』になったら開始する。それまでは休憩時間だ。席順はホワイトボード表示通りに。以上、解散!」
先生が簡潔に指示出す。
ふーん、新任の若い先生の割にシッカリしてるなー
さて、俺はトイレ行っとくか⋯
「確かこの廊下の真ん中と両端にあったよな。」
女子は我慢が効かない
学校でお漏らしなんて笑えないからマメに行くのだ。
幸いにも2Aのすぐ近くにトイレはあった。
既に女子トイレは数人入っていたが、問題なく入れた。
俺もいい加減慣れたしな
ふぅ⋯これからが正念場だ。
自己紹介とかあるだろうし
「既にスタート位置はマイナスだけど、せめてゼロからスタートしたいなぁ⋯」
心の声が表に出てしまう。
手を洗い、鏡で依織をチェックする。
変な所はない。大丈夫だ
俺はハンカチで手を拭きながら自分の教室へ戻る。
ガララ__シンッ
注目されている
「あーうん、よろしく」
俺は愛想笑いを浮かべながら、そそくさと自分の席へ座る。
席順は出席番号順ってやつだ
勿論、逢妻は一番だ
廊下側の一番前だから非常に分かりやすい。
俺が席へ座ると背後のざわめきが戻るが、視線はビシビシと背中に刺さってる。
俺が何したってんだ⋯
そこへ
「さぁ時間だ。席に着いてくれ。」
先生がやってきた。
「それでは改めまして、進学おめでとう!。俺が2Aの担任、金城 豪だ。俺にとって、このクラスが初担任だ。」
ハキハキ喋るし、度胸はあるし、初担任だとは思えない落ち着きようだ。
「至らぬ点もあるだろうが、よろしく頼む。趣味は筋トレとトライアスロンだ! 」
ホワイトボードに力強く自分の名前を書く。
中々時がうまい
⋯趣味からして脳筋かと思ったけど偏見だったようだ。
「以上、先生の自己紹介だ! 何か質問はあるか?」
「はいはーい、センセー何歳?」
チャラ男っぽいのが手を挙げる
「うむ、今年で25だ。」
若い、ちょっとカッコよくない?芸能人の誰に似てるとか、話し声が聞こえてくる。
「はーい、彼女はいるんですかー?」
前の方に座っている、くせっ毛の女子が質問する。
「いない。先月振られたばかりだ。ははは!」
軽く笑いが起こる。
うーん、なんかお父さんと同じ匂いがする
「まぁ俺の事はこれくらいにして、今から、君たちの自己紹介をしてもらおう。2分後に先生の気まぐれ順で始めるから、各自考えターイム⋯スタート!」
ええ〜 短いよ〜
など声が上がるが、カウントは既にスタートしているようだ。
ま、俺は喋る事決まってるんだけどね…
周りが自己紹介を考えている間、俺はぼけーっと時計を眺めていた。
ー2分後ー
「よぅし、では先生の気分は⋯名簿順の後ろからだぁ!さぁ前へどうぞー!」
げ、俺が最後じゃねーか⋯
ーー30分後ーー
今、壇上では俺の左横の男子が自己紹介をしている。
次はいよいよ俺だ。
「荒子 裕二剣道部だ。特技はけん玉だ。剣道なだけにな!」
本山がビジッとポーズを決めると小さく笑いが起こる。
先生と波長が合いそうだな
「おお、とキャラが被りそうだな。はっはっは!」
「はっはっは!」
2人とも肩を抱いて笑ってらぁ
荒子君は拍手をもって壇上から降りた。
「では、最後。逢妻さん、前へ」
俺は立ち上がり、姿勢よく歩く 胸が揺れるのは仕様だ。
ま、人前で話すのは苦手じゃないし、相手は中学生だ。ここは大人の余裕を持って話せば大丈夫
先生がホワイトボードに名前を書いてくれる。
それを見届けて、ゆっくりとクラスメイトに向き直る。
「はじめまして、逢妻 依織です。私は春休み中に『記憶喪失』になりました。目が覚めたら病院だったんです。両親や医師からは持病の治療で『記憶喪失』になった と聞かされています。」
「「ザワッ」」
「静かに!⋯逢妻さん、続きを」金城先生から援護を受ける。
頷き、仕込みをする。
少し目を伏せ 悲しそうに語る。
「以前の私がどんな人だったかは、分かりません⋯ですが、今の私は皆さんと仲良くしたいと思っています。」
涙を拭う仕草をして、顔を上げる。目が潤んでいるのは、仕込んだ目薬だ。
「これから1年間 どうぞ、よろしくお願いします。」
仕上げにニッコリと笑顔を浮かべておく。
うーん、ヴューティフォ⋯決まった。
「先生からも、ひとつ。逢妻の記憶喪失は本当だ。ご両親と担当医からお話があった。」
ぐ⋯あのマッドも干渉してきてるのか⋯今回は援護射撃されたけど
これで『記憶喪失』の話に真実味も加わるだろう。
「先生は、新任だし去年の逢妻がどんな子だったかは知らない。そして逢妻自身も自分を知らないのだ。だから、皆も先生と同じように今の逢妻だけを見てやってほしい。」
「先生からの最初のお願いだ」
先生はガバッと頭を下げ、ゴン と教卓に頭を打ち付ける。
痛そう⋯
一同「⋯⋯⋯⋯」
パチ⋯パチ⋯パチパチパチ__拍手が起こった。
先生は顔を上げる。
全員、とはいかないまでも大多数の生徒は戸惑いつつも依織を受け入れたのだった。
「ありがとうございます。」
俺はもう1度頭を下げ、自分の席へ戻った。
「えー⋯自己紹介も済んだことだし、明日の入学式について説明を始める。では、このプリントを配って、後ろに回してくれ」
俺はプリントを受け取ると、後ろに回す
「はい」
「ありがと。私は朝倉 舞よ。逢妻さん、よろしくね!」
後ろの席は黒髪ストレートの美人、朝倉さんだ。
「依織でいいよ。朝倉さん、こちらこそよろしく」
笑顔で軽く握手をした。
内心ホッとしている。
後ろの席の人が友好的で助かった。
「プリントは行き渡ったな。それでは__」
先生が話し始め、俺もプリントの内容を読みながら聞く。
最初はどうなるかと思ったけど、何とかなりそうだ
□□放課後■■
キーンコーンカーンコーン
「起立、礼。」
「では、本日はこれにて解散。」
終わった〜
ガヤガヤ
俺は伸びをしようとして⋯自重した
思わず苦笑いがこみ上げる。さっき注意されたばかりなのになぁ
どうも学生気分にもどって気が緩んでいるようだ。
「依織ちゃん⋯どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ。朝倉さんは優しいね。」
「もう⋯舞でいいわよ」
「ふふ。じゃあ、私もちゃん付けは無しでね。」
「分かったわ、依織。」
やったー美少女とお近付きになれた!
内心喝采を上げたのだった。
そこへ
「あー⋯逢妻さん、朝倉さん、俺は荒子裕二だ。好きに呼んでくれ。よろしく!」
隣の席の荒子君が挨拶をしてくれた。
彼は背も高く、中々精悍な顔立ちをしている。
でも、俺の胸をチラチラ見てる気がするんだよね⋯気にしすぎかな
「うん、よろしく荒子君。」
「よろしくね荒子君。ちゃんと目を見て話してね?」
舞はやんわり注意する。そう言えばいいのか…
「ぬ、つい⋯な。すまん!」
わかるわー 男子だもんな
「いいよ、気にしないで」
「あ! 荒子ズリーぞ!抜け駆け禁止!」
奥の方から騒がしそうなのがこっちへやって来る。
あ、チャラ男だ
「俺は八事 慶次だ。よろしくな! 彼氏の顔を忘れちまったのか?依織」
ずいっと俺の肩を抱くチャラ男 ちけーよ
「依織に彼氏は居なかったわ。あと、近いわよ」
「おい、嘘はよくないぞ。」
「あはは⋯まぁお友達からなら⋯」
「マジで!?」
手を握っ⋯まぁ手ぐらいいいけど、チャラい
あと胸をガン見すんな
「お友達なら目線は合わそうね~」
やんわり八事の手を剥がす。 ついでにちょっと抓る。
「あづっ、やぁ~ごめんごめん」
両手を合わせウィンクを飛ばしてくる。
「八事、セクハラしすぎ」
舞のゴミを見るような目 あ、足踏まれてら
「慶次、お前の行動は正直過ぎる」
荒子君が八事を剥がしてくれる。
「まぁまぁ⋯2人とも、八事君だって悪気があった訳じゃないしさ。ね?」
中二なんてこんなもんだ。多少は許してあげよう
「あー⋯ごめん。調子乗ったわ。本当にごめんな、依織ちゃん。」
パン と手を合わせて真剣に頭を下げる八事。
ほら、意外と普通にいい子だった。
「いいよ、次から気を付けてね~」
「まったく⋯依織は甘いのね」
舞には呆れられたが
チャラ男効果はあったようだ。
様子見をしていた周りのクラスメイトの視線は随分と軟化したようだった。
あの赤髪縦ロールもこちらに呆れたような視線を送ってくる。
小さく手を振ると慌てて逸らされてしまう 嫌われたかな?
「あ、あの__」
他の男子生徒が話しかけてこようとするが
「__来るわ。依織、もう行きましょ。」
舞は目を細め鞄を持つと教室を出ようとする。
「あ、うん? ごめんね⋯舞、待ってよ! 皆、また明日ね。ばいばい!」
残されたクラスメイト達に手を振り、舞を追いかけ、教室を出る。
もっと挨拶しておきたかったけど、まぁ明日からも時間はあるし いいか
まだ人の少ない廊下を、舞と並んで歩く。
他のクラスも、それぞれ新しいクラスメイト達と交流しているようだ。
「舞、どうしたの?そんなに急いで」
「依織、気を付けた方がいいわよ⋯あの手の男が山ほど貴女の所へ来るわ。」
先を歩く舞は、難しそうな表情をして振り向く。
「へ?」
八事のアレは冗談だろうし、そんなに心配する事じゃない気がする。
「あんまり自覚がないようだから、言っておくけれど⋯貴方は非常に可愛いし、魅力的なの。」
「か、可愛いなんて」
舞ような美少女に褒められると正直照れる
「そんな可愛い子が『記憶喪失』です。なんて表明したら、そこに漬け込み親しくなろうとする男子が続出するわ。」
さっきの八事がいい例よ と付け足す。
確かに、早速現れたけど
「ま、まぁ大丈夫だよ。本気でやる訳ないでしょ」
舞はやれやれと首を振る。
「分かってないのね⋯依織はいい子すぎるのよ。」
はて?どういう意味だろうか
「いい?貴方はあのチャラ八事も無下にはしなかったわ。」
「うん、まぁ男子だなーって。」
だって中二の男子のする事だ。気にしてない
「そういうところが危ないって言ってるのよ⋯エスカレートした男子共に襲われたらどうするのよ」
大袈裟に天を仰ぐ舞
そんな仕草も可愛いなぁ
渡り廊下横の階段の前まで来ると、舞は立ち止まる。
「問題はもう一つあるの」
そう前置きして
「以前の逢妻さんがなんて呼ばれてたか知ってる?」
「『女王様』でしょ?」
散々聞いたワードだ
「そうよ」
「私も噂程度しか知らないけれど、男を足で使っていたらしいわよ⋯実際に足を舐めさせていたかどうかは、定かではないわ。」
つい と顔を逸らすのはやめて!
嘘だと言ってよ!まーいー!
「足を舐めさせるとかHENTAIチックな事は無かった と願うばかりだよ⋯」
俺は頭を抱える。
「それに、逢妻さんはそれこそ群がる男を千切っては投げ、千切っては投げ⋯という噂も」
「なんじゃそりゃ」
千切っては投げるて⋯
脳内依織が男を足蹴にしながら千切っては投げる姿を想像する。
無双じゃねーんだから
「その『女王様』は誰にも靡かないし、媚びなかった。だから、男子は一種の腕試しやプレミア欲しさみたいな勢いで告白してたらしいわ」
「登竜門かよっ!」
「変態御用達のね」
「ひどい!?」
舞がいじめてくる
「問題はここからよ。その変態の集まり⋯自らを下僕と呼ぶ、親衛隊が居るの。」
あ、何か凄く嫌な予感してきた
「親衛隊⋯もしかして、栄って人もソコに居たり⋯?」
始業式で遭遇したあの変態共だ。
「その先輩⋯いえ、あの変態が恐らく親衛隊の元締めよ。」
丁寧に言い直される程度に有名みたいだ。変態
「でも、私は『女王様』じゃなくなったし、親衛隊はもう解散してるかもなんて⋯」
「⋯あまり現実から目を背けない方がいいわよ。」
チラリと2Aの教室を見る
「デスヨネー」
2Aの前には見覚えのある変態共がウロウロしている。栄先輩も居る。
「それに、中等部は貴女の噂で持ちきりなのよ?」
「そ、そうなんだ⋯あ、それで助けてくれたのか。」
舞が居なければ親衛隊や野次馬に捕まり、教室からの脱出は困難だっただろう。
「いいのよ。私は今の貴女だけを見て、『守る』と決めたんだから。」
守護天使かな?
「うん。ありがとう!嬉しいよ」
俺も守護天使には精一杯の笑顔で答えよう
「⋯あんまり男子の前でニコニコしちゃダメよ?余計に犠牲者が増えそうだわ。」
「善処します。」
依織の営業スマイルでも死ぬんだろうか⋯
「げ⋯親衛隊に気付かれたわ。急ぎましょう。」
舞が2A教室の様子を見て、急ぐ。
2Aに群がっていた親衛隊はこちらを捕捉すると、猛然と追って来る。
「女王様ぁぁぁ!踏んで、いや、蹴って下さいぃぃぃ!!」
「我らにおみ足の慈悲をぉぉ!」
「蒸れたローファーのスメルをぉぉ!!」
廊下が一瞬で魔界と化す。
なんて威力だ⋯!
「わぁ⋯」
普通にこえーよ
「依織、走れる?」
「撃退しようか?」
「え?どうやって⋯」
「今朝もう撃退したから」
俺は端末を取り出すと親衛隊へ向き直る
「もしもし、警察ですか?」
親衛隊は即時反転。逃避行を開始した。
ドドドドドと凄まじい勢いで逃亡する親衛隊
「ね?」ニッコリと笑顔を浮かべる
「そんな方法が⋯」
「くぉらー!! 廊下を走っちょるバカモンはどこじゃー! 」
親衛隊を青いジャージを来たおじいちゃん先生が走って追いかけて行く。
おじーちゃん先生元気だなぁ
「もう、大丈夫そうだね。」
「う、うん⋯依織、あなた、意外と強いのね。」
意外だったらしい
「あー、うん。見た目よりは逞しいつもりだよ。じゃあ、帰ろっか」
俺は舞と一緒に仲良く帰った。
レンタルDVDって借りる時はアレ見たいコレ見たいってなるけど、実際帰ってから見る気がなくなる事もありますよね
(コイツに2時間も使うのはアレだとか考えちゃう)
4/11 内容の変更、加筆を行いました。




