第2話 霊能力
「それじゃあ、お母様の容態を確かめに行きますね」
かえでさんの言葉で現実に引き戻される。
どうやら母との話はまとまり、俺は今から霊能力とやらを見れるようだ。それもどうやら遠くの出来事を知れるようなやつを。
今までは全て整体院の客として来ただけなので、霊能力は見たことがないのだ。
かえでさんは背中と頭を壁にもたれさせ、足を畳の上に、ちょうど長座体前屈をするように伸ばした。
「お願いします」
「はい、それでは」
言うが早いか、かえでさんは一切の表情を消した。元が美人のせいかちょっと、いや、かなりコワイ。
それからまるで瞑想するように、目をゆっくりと閉じた。目をつむっているかえでさんはとても美しく、つい無遠慮にジロジロと顔を見てしまう。
数秒後、かえでさんの体に変化が起こった。
居眠りをする人のように、かくんと頭が垂れ下がり、天井に向けていたつま先は、斜めに傾き、ぴたりと閉じていた両足は少し開いている。体から力が抜け切っているように見えた。
変化はこれだけである。
「ショボくないか……?」
思わず小声で呟いてしまい、しまった!と思ったが、幸い母は気にしなかった。
ともかく、何か、もっと神々しいオーラが溢れるようなものを想像していたのだが。
「ええと、今視に行って来たんですけど……」
しかも早い。いや、早く済むのはいい事か。
直前の恐ろしいまでの無表情と、今軽く憔悴しているようなかえでさんを見ると、嘘には見えないが……。
「どうでした?」
「それが……」
かえでさんは何やら言い淀んでいる。何かよくないことがあったのだろうか。
「村上さんが仰ったように、彼女には私達が聞こえないものを聞いているようです。ただ……」
一旦言葉を切り、決定的なことを突きつける。
「恐らく年齢の関係で力が暴走しています。今から修行して抑えようにも、体が耐えられないと思います」
「そんな、それじゃあ……」
「ええ、残念ですが……。幸い、といって良いのか分かりませんが、力の暴走は命の危機に直結するものでは無いということです」
かえでさんは俺たちに伝えるのが心苦しそうで、母はそれを聞き、悲壮感溢れる表情で嘆いた。
恐らくもう治らないということを告げられているのだろうが、俺はイマイチピンとこなかった。
俺が薄情なのだろうか。いや、そんなはずは無い。ただ単に現実を受け止めてないだけかもしれない。
俺達の生活費が心もとなくなった時、祖母と祖父は進んで援助してくれた。俺はそのことに感謝しているし、いつか恩返ししたいと思っている。
せめて祖母を治してあげたいが、俺に一体何が出来ようか?いや、俺が無理でも--、
「かえでさんの力で治すことはできないんですか?」
いままで話に参加していなかった俺が、急にこんなことを言い出したからか、母は少し驚いた様子であった。かえでさんは少しの間押し黙り、口を開いた。
「ごめんね。私の力じゃ治すことは出来ないわ」
かえでさんの性格からして、出来るのなら最初から俺達に伝えていたはずなので、予想はしていた。それでダメ元で聞いてみたのだが、はっきり言われると少し動揺してしまう。
「そうですか……。すみません無茶なこと言って」
「いいのよ。……私の力が足りないだけなんだから」
かえでさんは俺の謝罪に、少し悄然とした様子で呟く。
「そんなことないです。そもそもかえでさんが視てくれなかったら、祖母の状態がどんなものかさえ解らなかったんですよ。それだけで十二分に助かってます」
「そうかしら……?ありがとう透弥君」
俺の励ましにかえでさんは感謝で応えた。
母達は『今日視て貰ったお代はおいくらですか』『ウチはこういうことでお金を取ってないんです』『いえ、払わないわけには』『いえ、本当に結構ですので』などといえいえ、と言い合っている。
それを横目に俺は何かを見落としているような気がして首を捻る。
なんだろう、すごくモヤモヤする。
俺がしばらく考えている間に、代金の件はマッサージを受けて、その分のお金を払うということで方がついた。そんなことでいいのか、と俺も少々拍子抜けだ。
「そう言えば、マッサージと整体って何が違うんですか?」
と俺が聞くと、
「マッサージと整体は資格制度からして全くの別物よ。」
と返して来た。どう違うんだ。
そんな俺の心を読んだのか--あるいは本当に読んだのかもしれない--かえでさんは俺に説明をしてくれた。
「そもそも病院以外の整体院は医業じゃないの。だから何の資格も持っていない人が整体院を開業しても一応は問題無し。とはいえ、何らかの民間資格を持っている人がほとんどだと思うわ。それで所謂マッサージなんだけど、これは『あん摩マッサージ指圧師』っていう国家資格が必要になるわ。これを持たずにマッサージをした整体師さんは普通に違法だから処罰の対象となるわ。マッサージっていう言葉が浸透しているから、看板に掲げる人が多かったんだろうけどね。今は代わりに『ほぐし』って言葉が使われているわ。透弥君は見たことある?」
「ええ、よく駅前とかにありますね。しかしそんな違いがあったんですね、初めて知りましたよ。かえでさんはその資格をお持ちなんですか……?」
丁寧な説明に対して不躾な質問をぶつける。実際かなり失礼だろうが、普通じゃない整体師に疑問を持つのは仕方ないんじゃないだろうか。
「こら透弥!かえでさんに何てことを!」
母に怒られた。聞くのはやめておいた方がよかったかもしれない。
「失礼ね。ちゃんと持ってるわよ」
かえでさんはぷんすかと怒った。可愛い。やっぱりわざわざ聞いてみてよかった。
そんなこんなで、まずは俺からマッサージを受けることになった。かえでさんにやってもらえるということで、少々ドキドキしている。
思春期の男子の性なので、仕方ないといえば仕方ない。
俺はかえでさんの指示に従い、畳の上の布団にうつ伏せになった。
「それじゃ、始めるわね」
俺は緊張しているが、当然といえば当然だがかえでさんの声に緊張の色は無い。そのことにプロとしての自信を垣間見た気がして、今回も安心して任せられるような気がした。
かえでさんのたおやかな指先が俺の背に触れる瞬間、先ほどまで頭を悩ましていたものの正体に気付き、俺は思わずあっ、と声を上げる。
「えっなにどうしたの?私まだ何もやってないんだけど……」
頭上からかえでさんの困惑した気配が伝わってくるが、俺はそれに構わず思い当たったことについて、かえでさんに問いかける。
「さっきかえでさんおっしゃってましたよね?祖母の力が暴走したと」
「ええ、確かに言ったわ。それがどうかしたの?」
今度は別の意味で緊張し、震えそうになる声を抑えて、確かめるように問う。
「つまり、俺にもそういう力が使えるってことですか?」