序章 勧誘
また失敗かしら。
アタシは目の前で呆然とへたり込む金髪の美少年を眺めながら思う。
上も下も、全方位満天の星空に覆われたこの場所には、今はたった二人だけ。
この凍ってしまった空気を溶かす者はおらず、アタシは自失してしまった少年をどうしようかと頭を捻る。
そもそもこんな状況になってしまったのは、女神を騙り、それ風の変身をしたはいいものの、魔法の掛け方が甘くて角が出たままで少年をこの場所に引き込んだのが原因だ。
最初はうまくいったのだ。
『貴方の力を貸してください』といった女神っぽい演技を、少年は感動した面持ちで聞き入れ、いよいよ契約を結ばせようとした所で、少年は角に気付いた。
てっきり変身が完璧だと思っていたのでーー周囲が薄暗くて、最初に気づかれなかっただけだーー看破されたことに驚いてしまい、つい変身を解いてしまったらこれだ。
さて、いつまでもこの状況なのはよろしくない。
アタシは少年に声をかけるべく一歩だけ距離を詰めた。
「ねえ、キミ…」
アタシが声をかけると少年はぱっと顔をあげ、そのままじりじりと座ったまま後ずさる。
「ちょっと話を…、って聞いてる?」
「嘘だ…悪魔なんて…」
少年は震え上がりながら、掠れた声を出す。
「ひぃっ⁉︎」
少年が短く悲鳴を漏らす。どうやら後ずさっていたら背中に扉が当たって驚いたらしい。
少年をこの場所に引き込む為に設置した両開き扉は、満天の星空の中で固く沈黙を守っている。
「くっ!」
少年は勢いよく立ち上がり、扉に縋り付く。
「あっ、ちょっと待って!逃げないでアタシの話を聞いて!」
「く、来るな化け物‼︎」
ひどい、と思いつつも来るなと言われたので立ち止まる。
しばらく少年は扉の把手を、ガチャガチャと音を鳴らせていたが、やがて開かないことに気づき、絶望の表情を浮かべる。
「くそっ、開けよ!開いてくれ‼︎」
ついに少年は扉を蹴り破ろうという暴挙に出る。しかし扉は開くことも、傷つくこともなかった。
「どう?諦めてアタシの話を聞く気になったかしら?」
「…ッ!」
少年は扉を開こうと無我夢中になっているようだ。息が切れるのも時間の問題だろう。
しばらく経ち、息が切れ再びへたり込む少年にアタシは自慢げに微笑みながら声をかける。
「無駄よ、なんたってアタシが作ったんだから。その扉はアタシの『開け』という言葉にしか反応しな
カチャッ
………今なんか音がしたような…?
いち早くそれに気づいた少年は慌てて把手に飛びついた。
すると、びくともしなかった扉がギィィィと音を立て、隙間から光を溢れさせながら開いてゆく。
半ばまで扉を開けた少年はするりと光の中に身を投じ、あっという間に消え去ってしまった。
…………………。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
星空が煌めく空間に、悪魔の叫び声が響き渡った。