2話 のり塩味を食べるため
赤髪の少女が、お菓子をボリボリと食べながら頭を捻らせる。
「うーん……うーん……」
「なんだようるさいな。どうしたんだよ?」
「いやー……あの菜乃の黒い衣装……どこかで」
何かを思い出そうと、独り言として声に出す。
隣で聴いてる俺は、さっきから気になって仕方がなかったので、黙らせるため、脚下のカバンから小袋を取り出して少女に手渡した。
「頼むから静かにしててくれ。子供じゃないんだろ?」
少女は小袋を受け取った瞬間、パァっと表情が明るくなる。
「やったー!ポテチだ!」
俺は一瞬小学生を相手にしている錯覚に陥ったが、この少女は間違いなく16歳である。
最前席に座る俺の斜め前の自動ドアが開き、黒い礼服姿の菜乃が駆け足で自分の席へと戻る。
その菜乃の姿を見た俺の隣にいた少女は、ボソッと思い出した感情を一言呟いた。
それは隣にいた俺にも聴こえない程の、小さな独り言。
「……あ……お母さんがあの時来ていた衣装か……」
俺達の横を通り過ぎた菜乃の横顔は、何故か嬉しそうに笑っていた。
そして嬉しさのあまりか、俺達にまで聴こえるような声でもう1人と話す。聞き覚えがある。相手は菜乃の母親だ。
「ママ!パパがいたの!向こうに向かって歩いていったの!」
俺はもちろん、この場で話を聞いていた全員が耳を疑った。
そんな筈が無いのだ……!
菜乃の親父さんは、大型トラックに跳ねられ、顔の原型はおろか身体のあちこちが粉々になるという、そんな惨い遺体で発見されたのだ。
それと菜乃は自分で、父親を火葬場まで見送っているはず。
父親がこの場にいる筈がない事は、菜乃本人が一番分かっている筈なのに……!
菜乃の母親は思わず、その場で泣きじゃくる。
「いい加減にしてよ!あの人が死んで辛いのは貴女だけじゃないのよ!こんな時にそんな冗談止めなさい!」
当然の反応だった。数日前に愛する夫を亡くしているのだから。
けど菜乃だって辛いはずなのだ。
そんな菜乃が、こんな時にそんな不謹慎な冗談を言うとは俺には思えない。
俺はこっそり、隣でポテチを頬張る少女と話し合う。
「……なぁ。これってもしかして……あれか?」
聞かれた少女は顔を上げるが、依然として手と口は動いたままだ。
「へ?何が?」
ボリボリ……ボリボリと……
「いや何がじゃねぇよ。ボリボリポテチ止めろ。菜乃のやつ……死んだ親父さんを見たって言ったぞ。しかも、この車内で……」
「死んでなかったとか?」
「そんな筈ない。大勢の人が、亡くなったのを確認してる。事故のことはニュースにもなったんだ。間違いなく亡くなった」
「……って事は、もうあれしか考えられないよね」
「……あぁ、嫌な予感がする」
菜乃は信じてくれない母親と、泣きながら口論していた。
俺は立ち上がって、そんな菜乃の腕を掴む。
「菜乃大丈夫だから!俺は菜乃の話を信じるよ!」
「渉……!?本当に私、パパを見たの!」
「あぁ信じてる!だから会わせてくれ!俺をお前の親父さんのところまで案内してくれ!」
真っ直ぐな眼差しでそう言った。
俺は菜乃の了解を得ないまま、腕を引っ張って連れて歩き出す。親父さんを見たという場所へ。
途中、赤髪の少女の側で立ち止まる。ポテチを食べ終え、俺の顔を見るなり空の袋を見せつけた。
「おかわり欲しい」
「どんだけ食う気だよ!?いいからお前も行くそ!お菓子はその後だ!」
すると少女が自信満々に立ち上がる。
「仕方ないなぁ。このボク!ニール・クルーエルが付いて行けば安心だもんね!何でも解決しちゃうよ!ただし!ボク次はのり塩味が食べたいからね!」
ニール・クルーエルと自ら名乗った赤髪の少女。
要求するのり塩味のお菓子は、事が片付いた後でだ。
俺はこれから起こる事に薄々予想がついていた。
だから一刻も早く、菜乃が見たという死んだ親父さんの正体を確かめないとーー
手遅れになる!
3人で動き出そうとした所だった。
俺達の向かう先の号車から、ドア越しに大きな悲鳴が叫ばれる。
女性の悲鳴。声色からして只事ではない。
俺達は急いで現場へと向かった。
問題の号車へとたどり着く。
「……くそっ……!手遅れだったか……!」
俺の嫌な予感が的中するのだった。
他に人気のない号車の中心で、悲鳴の本人であろう女性が血だらけで倒れーー
それに跨るように中年男が、両腕を血で赤く染めて佇んていた。
この男の顔は……以前菜乃に見せてもらったことがある。
幼い菜乃を肩に乗せて、共に笑う幸せそうな写真。
その男を見た菜乃は、言葉を失って絶句するのだった。
「……パ……パ……!?」
2話もご愛読ありがとうございます!
昨日連載をスタートさせた『Silent Syndrome』(サイレントシンドローム)
もうたくさんの人からの感想頂いて、とてもうれしく思ってます!
読みやすさを何より考え、空いた時間にサクッと読めるようになってますので!
是非皆さんの合間の時間を楽しい物に出来ればと思います!!
これからもよろしくお願いします。
突如車内で起こった殺人事件!その犯人は、亡くなった筈の菜乃のお父さん!?
これからの渉たちの活躍をご期待ください!