15話 事件と事件の合間
俺ーー犬神渉の過去の話をしよう。
一生癒えることのない、深い傷ーー
「お兄、ちゃん……お願い……私、の……」
妹ーー悠里はその日死んだ。
妹の今にも消えてしまいそうなその台詞が、俺の今後の人生を大きく狂わせた。
街を騒がせる、数々の都市伝説。嘘か本当か、所詮ただの作り話だと相手にしない者も多い。俺も、その信じない側の1人……だったーーあの時までは。
※
そして運命のその日、俺たち兄妹はその都市伝説に巻き込まれてしまうーー
『亡霊の通り魔殺人事件』
獄中で息を引き取ったはずの連続殺人鬼が、街に現れ無差別に人を刺す。という物だった。
この殺人鬼は多くの警察関係者の立ち会いの元、確実に息を引き取っていた事を確認しただけでなく、火葬場で焼かれ、灰や骨が墓の下に眠っている。はずなのだ……
その街に現れた通り魔の目撃者は、皆口を揃えてこう言った。
「まるで煙みたいに姿を消した!」
「あれは殺人鬼の幽霊に違いない!」
そんな話を思い出して、俺は鼻で笑って呟いた。
「幽霊?そんなものはどうだっていい……!」
いくら自分が死んだからとはいえ、他人を死に巻き込んでいい理由なんてあるはずがない……それなのに!
どうしてーー
悠里が刺されなきゃならない!?
「悠里……何で……お前が……!?」
俺は目の前のーー腹部にナイフが刺さり、全身を血で染めて倒れている妹に問いかけた。
いや、妹にというよりは、こうなってしまった運命という残酷な物にだ。
それでも俺は、悠里を抱き抱えながら叫び続ける。
「頼む!死なないでくれ!嫌だ!いつもみたいに笑ってくれ!」
それはもう叶わないのだと、心の何処かでは分かっているはずなのに。
けれど、叫ばずにはいられない。
結局、俺の願いが叶う事はなかった。
「お兄、ちゃん……お願い……私、の……」
妹はその台詞の途中で、安らかに息を引き取った。
託したかったお願い。伝えたかった思い。最後に妹がどうしても俺に言い残したかった言葉が何だったのか……2年経った今でも、俺ーー犬神渉の心に引っかかっている。
悠里が救急車に運ばれていく中、俺はある事を思い出した。
ある人物の欠落……
この場にいなくてはならない少年が、辺りを見渡せどその姿はない。
「あいつ……!何処で何してんだ……!?悠里が刺されたってのに!悠里の彼氏だろうが……!あいつ!」
※
時は現在。
露草菜乃がアップルパイを焼き始める9時間前。昼の12時過ぎ頃まで遡る。
星条学園教室棟。
昨夜の新幹線での1件が終わり、証拠不十分として容疑が晴れた俺ーー犬神渉は教室の机に顔を伏せて休んでいた。
銀のナイフを持ち合わせていた為、かなりしつこい事情聴取だったのだが、被害者の何処にも切り傷が見当たらなかったことから、今回の件とは無関係という結末に終わった。
まぁ車内の監視カメラでも、俺の無実が証明された訳だが。
……はぁ
ちょっと嫌な事があると、すぐ悠里が死んだあの時を思い出す。
何か気を紛らわせようにも、今は授業中。大人しく座って教科書と睨めっこしてるしか……
教師のつまらない駄洒落混じりの日本史解説。チョークが黒板をたたく音。
それらの音が、睡魔となって襲い掛かるのだ。
俺は退屈を感じ、隣の席の少女にコソコソと話しかける。
「……なぁ菜乃。ちょっといいか?」
うとうとさせていた菜乃が、俺の声でハッと集中力を回復させる。
「……何渉?私ノート取るのに忙しいんだけど?」
うとうとしながらシャーペンを握っていたせいか、菜乃の言うノートはすっかり奇妙なナスカの地上絵だが、それは強情な菜乃には黙っておこう。
「あのさぁ……この授業終われば昼休みじゃん?昼休み何分からだったっけ?」
「ん?あと5分で授業終わりじゃない。だから貴方もがんばってノート取りなさいよ」
「俺はノートなんて取らなくてもーー」
そこまで言ったところで、菜乃はムスッとして代弁した。
「テストは満点。赤点知らずだものね渉は」
御機嫌を損ねた菜乃は、すっかり話しかけるなオーラ全開でノートを書き始める。
今はそっとしておこう……後でジュースでも奢ってあげれば機嫌は治るだろうから。
けれどノートなんて取ったことのない俺は、どうしたものかと考え……
大きなあくびを手で隠し、スッキリし終えると……
「おい。生きてるか?」
1つ前の席で、ぐっすりとうつぶせて爆睡している男の、椅子を軽く揺すった。起こしてあげようと、そう思った。
そう思っただけでーー
だが何故か、前の男は机から跳ね起きてーーその場で深く頭を下げたのだった。
「す!すすすすすすいません!期間限定白米バーガーは、昨日で販売終了致しました!」
「……は?」




