10話 後ろにいるの
電話の向こうの声とーー
それとは別の声が重なって聞こえてきた。
「《あのね。今お姉ちゃんの後ろにいるの》」
背筋が凍り付く。
混乱と恐怖が渦巻く中、菜乃は恐る恐る後ろを振り返った。
「ごめんねお姉ちゃん」
誰もいるはずのないそこには、身長150センチくらいの少女が立っていた。いや、この場合それはどうでもいい。
急に少女の姿が現れたーーその事実が恐怖なのだ。
菜乃はその場で悲鳴を上げると同時に、腰が崩れ落ちる。
「誰!?貴女は誰!?」
玄関のドアロックは確実に施錠したはずなのに……
窓の戸締りの全て行っていた……
他に人が入れる筈もない、マンションの3階に位置するこの部屋で……
目の前の少女の存在は、とにかく有り得ないのだ。
菜乃はこの少女を一言でこう解釈した。自然とその一言に結びついた。
『幽霊』
「こ、これは夢……?そう、悪い夢なのよ……そうでないと……」
何度も何度も、これは夢であると自分自身に言い聞かす。けれど、もう1人の自分が叫んでいるのだ。
所詮、それは自己暗示にすぎない。
少女が哀しそうな表情で言葉を吐き捨てる。
「ごめんねお姉ちゃん……これは現実。今からお姉ちゃんはーー」
ドッ!
鈍い音と同時に、少女の台詞が中断された。
菜乃は恐怖のあまり、持っていたスマートフォンを少女の頭部目掛けて投げつけたのだ。
立っていた少女は、その衝撃で体のバランスを崩し、その場に膝をついた。
膝をつく少女を見て、菜乃はすぐに謝った。相手は不法侵入だとはいえ自分より幼い少女だ。いくら不自然な登場をした相手であれ、物を投げつけるという行為を取ったことに後悔したのだ。罪悪感が菜乃を覆う。だが……
ーーその後悔さえも、すぐに後悔へと変わった。
非常識。
「な……!?なんで……!?どういう事!?」
目の前の光景に目を疑った。この世のものとは思えない。まるで異次元の世界のような奇妙な光景。
頭に直撃した携帯端末は、普通であれば、衝撃の後重力に負けて落ちていくーー言葉に表さなくてもそう予想される。それが常識なのだから。
目の前の光景ーー携帯端末が、頭に埋まったように一体化し、血が一滴も流れた様子がない……
そしてその様子を受け入れているように、少女は涼しい顔のままゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫、だよ……あのね私……幽霊だから」
「悪い冗談……よね……!?」
冗談であって欲しいと、菜乃は不器用な作り笑いをして見せるのだが……
自分自身、目が笑えていない事に気づけていなかった。
少女はゆっくり、右手の平を菜乃の方へ向けるように伸ばした。
「ごめんねお姉ちゃん。今からお姉ちゃんを殺すことになっちゃうけど、大丈夫だからね……痛みを感じないように殺す方法、私知ってるから」
殺される?殺される?殺される?殺される?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
脳内で何度もそう叫ぶが、恐怖で身体が動かない。
そしてーー少女はぼそっと呟いた。
「さようなら。そしてごめんねお姉ちゃん」
菜乃はそれを聴いて、最期の力を振り絞り声を出す。
「誰か助けて!!」
その時だった。誰も予想だに出来ない出来事が刹那の早さで起こる。
マンションの玄関が外側から吹き飛ばされ、そこから現れた少年が、菜乃達のいる部屋に突入する。
そして体を回転させ、幽霊の少女を蹴り飛ばす。
宙に飛ばされた少女の体は、勢い良く窓ガラスを打ち破り、ベランダから外へ放り出されるように飛んでいく。
これらは菜乃の叫びから、ほんの2秒弱の間で繰り広げられた出来事だった。
その姿は、菜乃の通う星条学園で使われてる男子制服。身長は決して高いとは言えないが、自分を守ったその背中が大きく見えていた。
少年はそんな菜乃に構わず、粉々に砕かれた窓へと足を運ぶ。
「幽霊……直ぐに片付ける。ゴミはゴミ箱へ……いや、焼却炉へ叩き込む!ここが人気がない街外れでよかったよ」
瞳の色を緑へと変えて、自身の持つ携帯端末を耳へと近づける。
それは特定多数へ向けた、グループ通話。
「室槙……見えてるな?相手が子供だからって容赦はするな。これより、例のフォーメーションで奴を仕留める……!燐音達にもそう伝えろ……行動開始だ」
なんとサイレントシンドロームも10話目に突入しました!!
たくさんの人から読んでるよって声かけてもらって(*≧▽≦)
応援のひとつひとつが励みになってます!
今後もよろしくお願いします!




