もう一仕事。
「はぁー、疲れた。」
入学の式典が無事終了したので即行で帰宅してきた。
着替えもせずに天蓋付のベッドに飛び込んだ。
「シオル様!全く着替えもせずに!制服に皺が着いてしまいます!あーぁー、もう皺が付いている!」
ベッドに懐いていたらノックの後に入ってきたロンダークのお小言が炸裂した。
枕を頭の上にのせて小言を遮断しようとの試みは、ロンダークに枕を呆気なく終了。
「ロンダークぅ、私一応王子なんだけど酷くない?」
「ご自分が王子殿下であると御自覚がおありでしたか。それは失礼致しました。さぁ起きて着替えてください。さぁさぁ!」
ぐぐぐっ、絶対に王子に対する態度じゃないぞそれ。
今更畏まれても気持ち悪いだけだが、本当にロンダークは口煩い。
人前じゃそれなりに“王子”をしてるんだから自室でくらい だらけても良いじゃないか!
ロンダークの小言が仕方なくノロノロと身体を起こす。
「こちらの厨房から料理長が見えてます。」
ガバッ!っと勢い良くベッドから飛び起きればロンダークが着替えを差し出したのでさくっと制服を脱ぎ捨てて代わりにロンダークに手渡した。
「はぁ、はじめから動いていただければ小言も必要ありませんのに……。」
「へいへい。」
小言に返事をしたら怒られた。ロンダーク、そんなに怒ってると血圧上がるよ?高血圧は体に悪いよ。
どうやら料理長は応接間に待たせているようだったので、そそくさと移動する。
木目が美しい扉を開ければ、先日調理場で知り合った男性が所在なさげに佇んでいた。
「アレホ料理長!」
「これはシオル殿下、学園へのご入学おめでとうございます。ご依頼がありましたソイの実が蒸し上がりましたので、指示をいただきにお伺いいたしました。」
頭を下げてそう告げてきたのは、先日調理場で知り合った料理長のアレホさんだ。
さすがに王子の私室に料理服で出入りは憚られたのか、今日は清潔感のあるシンプルな上下を着ている。
すっかり緊張してか顔がひきつっているアレホさんの様子が可笑しくて
「アレホ料理長、この前と同じように話してください。」
「いや、しかし……。」
「ぷっ!アハハハッ!ア、アレホさん借りてきた猫みたいだ。」
調理場でガキ大将っぽい雰囲気を垂れ流していたアレホさんの狼狽えっぷりが可笑しくて可笑しくて、腹を抱えて笑ってしまった。
「はぁ、たくよ。こっちは王子様に会うってんで粗相しねぇように緊張しっぱなしだったってのに、台無しじゃねえか。」
「すいませんね。確かに私は王子ですけど、四六時中王子様してると鳥肌がたつんですよ。だから普段通りのアレホさんで対応してくれると嬉しいんですが。」
肩をすくめて見せれば、アレホさんは困った顔で横に控えて気配を消すように佇むロンダークさんへ目を向けた。
「殿下がそれで良いってんなら俺は、構わねぇがあんたんとこの従者殿がなんと言うか。」
「私の事はお気になさらず、殿下が気安いのは今に始まったことではありませんし、言ったところでこの気安さはもって生まれた性質です。不治の病を治せと言うだけ無駄です。」
深い深いため息をつかれた。うーん、さすがに不治の病は言い過ぎじゃないかい?まぁ、三つ子の魂どころか前世からの魂だからなぁ。
「ほらね。ロンダークもこの通りだから気にしなくて良いんだよ。王子だろうがシオルだろうが、赤ん坊の時から知られてるせいか遠慮がないんだ。だからアレホもいつも通りで良いよ。」
「はぁ、わかりましたよ殿下。それであの山のようなソイの実を一体どうすれば良いんだい?みんな蒸すのはかなりの手間だったぞ。」
袖口を捲り軽く肩を回すアレホの様子に苦笑する。まぁ、自分で頼んでおいてなんだけどさ、流石に麻袋十袋はやり過ぎたかも。
「お疲れ様。さてその蒸し終わったやつはどこにあるんだ?」
「厨房にあるよ。」
「そっか、なら行こう!」
さっさと扉に向かうと後ろからロンダークとアレホさんか追いかけてきた。
はじめから成功なんてするわけは無いんだから思いっきりやるかぁ。
……なんか忘れてる気がする。まぁいっか。