ソープナッツ
うふ、うふふふふ。肥料!肥料!
「あ、あの。陛下、なんで殿下はご機嫌で木桶を抱えて中身を混ぜていらっしゃるのですか?」
「すまないな、村長。よくああなるんだ。」
なっ、父様酷い!愛息子を行動異常者見たいに言わないでくださいな。みんなが誤解しちゃうじゃないですか。
「さぁ、撒きましょう。追肥でそのまま根元にかけると肥料焼けを起こすおそれも否定出来ず怖いので、少し離して撒きましょうか。ついでに雑草も抜きましょう!雑草に養分を取られるのは勿体ないですから。」
「こ、こうですか?」
試しにひと畝分追肥してみせると、他の人もやりはじめた。
「そうそう!そんな感じです。あとは雑草を抜きながら二十日おきくらいで収穫まで追肥をしてくださいね。収穫後は土を掘り起こして先程やったように腐葉土を鋤き込んでください。」
元肥に使う肥溜めは暫く発酵させないといけないからひとまず放置しておこう。
うん、とりあえず街も綺麗になったし、収穫が近い野菜もあるから、はやいうちに多少の成果は見込めるだろうことも伝えておく。
「本当に私の甥っ子殿は物知りだねぇ。」
「えぇ、ロブルバーグ様のお陰です!」
都合の悪いことは全てロブルバーグ様の威光をお借りしちゃってます。
「さぁて、後はなにもないかな?」
出来ることを粗方済ませて現在は父様と叔母様が狩ってきた大量の尾獣を使った夕食をいただいてます。
なんでも最近山から村に猪や鹿が降りてくるようになったらしく、レイナス主従で狩りにいったんだけど、ミリアーナ叔母様が参戦したことで狩猟勝負になったそうな。
ドラグーンからついてきたお付きの人達は軒並み途中でリタイア。嬉々として鹿を斬り倒した未来の王妃の姿に遠い目をしてました。
あんなに楽しそうなミリアーナ姫は初めてみたそうです。
そんなわけで目の前には獲物が山になっているわけでして現在剥ぎ取り真っ最中です。
ちなみに今は自分で仕留めた雌の大人の鹿を捌いてます。
だってさ、うさぎを捜してたら父様達に追われた鹿がこっちに全速力で突っ込んできたんだよ。
恐かったんだよ!前世では車だったけど、今度は鹿に轢かれるかとおもったわ。
反射的に首を撥ね飛ばしちゃっても仕方がないじゃんね。
あっ!そう言えば腐葉土を取りに入った森で、良いものゲットしたんですよね。
「そうだ。はい!ミリアーナ様。これあげます。」
ズボンのポケットから干からびでしわしわになった茶色い木の実を取り出して叔母様の手にのせました。
「この木の実はなんだい?」
「ムクロジです!」
ムクロジ、別名ソープナッツ。ムクロジは漢字で〔無患子〕と書く樹木で、前世では子供が病気をせずに祈りを込めて、種子を羽子板の羽の重りや数珠にしていたあれです。
「ムクロジ?へぇ、これ食べられるの?」
ちなみに叔母様に渡したムクロジは果皮がつやつやして黄褐色の半透明なので、中に入っている黒い種子が透けて見えている。
「種子は食べられますよ?ただ果皮は食べちゃダメですよ。そのままだと毒がありますから。これは石鹸ですからね。」
「えっ!石鹸ってあの高級品でしょ?私もドラグーンに行ってから他国から高価で輸入されてくる物を使わせて貰ってるけど」
そうなんですよね。石鹸は海を渡った遠い異国から商隊が輸入してくるんだけど、とにかく高くて貴族しか手にできないんだ。
「そう、その石鹸ですよ。なんならやってみますか?」
「ちょっ、ちょっと待って!せっかくだから捌いちゃおう!」
止まっていた手を器用に動かして高速で捌かれていく猪をみながら、私も鹿を解体していく。
流石に重くて捌きにくいところは、大人の手を借りることにした。
あらかた獲物の解体も済んだので父様とミリアーナ叔母様、村の奥様方を呼び寄せてポケットの中からムクロジの実を一つずつ手渡した。
実から種子を取り出して分けておき、手元に残った果皮は洗浄効果のあるサポニンが含まれているから、井戸から汲んできた水に浸けてゴシゴシと掌で擦り合わせた。
白く泡が出始めたのを確認すると、次々と同じように泡立て始めた。
「おっ、本当に石鹸みたいだな。」
父様は泡を増やそうと水分を増やしすぎて流れてしまったのかもう一つの実を使って洗い出した。
「ちょっと見てよこの手!私の手ってこんなに白かったんだねぇ。」
「待って!泡を流すのにこっちの樽を使って頂戴!ついでに洗濯物しちゃうから!」
うん、村の奥様方は鬼気迫る勢いで洗濯をし始めた。
あ~あ、自分の旦那様の着ている衣類を剥ぎに行く強者まで出始めると、大樽に水をくんで急いで拾いに言ってきたらしいムクロジの実を投入するなり男性陣が解体作業で汚れた身体を水浴びで清め始めた。
裸体祭りになってきたよ。
「これ、うちの国にもあるかな?」
いつになく真剣な声でムクロジの実を摘まみながら呟く父様。
「ありますよ?」
「なんでもっと早く教えなかったんだ?」
「だって、最近見付けたんだもん。お城から出たこと無かったし。商品化するにしてもドラグーンが成功してからの方が良いですって!」
「は?なんでだ?早い者勝ちだろう。」
「これで下手に裕福になると、戦争の引き金になりかねないもん。」
「うーん、なぜドラグーンは良くてうちはダメなんだ。」
なぜって、だってさ。
「うちの国小さくて貧乏だから生き残ってる訳ですし。」
この覇権争いでレイナス王国が生き残ってるのははっきりいって奇跡です。
「だからムクロジを国内で増やして乾燥させれば長期間保存もききますし、それをドラグーンへ出荷しましょう!それでも収入としては大きいですし、ある程度広まってからうちでも石鹸として売り出すんです。」
確か某国民的教育番組で乾燥後の果皮は延命皮と呼ばれて強壮・止血・消炎などの薬効が見込めたはずだけど、此方は適量が分からないから黙っておこう。うん。
「ムクロジか。いっちょやってみるか。」
「それでこそ父様です!」
地獄絵図とかした男裸体祭りを眺めながら、細々と作り続けていたらしい夕食を受けとり何の肉か分からない焼かれた肉塊にかぶりついた。