アンナローズ様
「ふんふ、ふんふ、ふー。さぁシオル殿下。お姉さんと遊びましょうね」
「アンナローズしゃま」
御機嫌で鼻唄を奏でるアンナローズ様に抱かれ、連れられて父様の元へと戻って参りました。
ロブルバーグ様の憔悴ぶりを遺憾無く披露して、呆然とする父様と思案顔の宰相閣下なシリウス伯父様。
「本日はどちらへ滞在される予定でしょうか」
私を膝の上に乗せたまま、用意されたお菓子を口へ放り込んだアンナローズ様にシリウス伯父様が声をかけました。
「レイナスの修道院が有りましたでしょう。そちらを当たってみたいと思っておりますわ」
ふーん、修道院ですか。
「もしお決まりでなければ城内に部屋を用意させて頂きますが」
「あら、宜しいんですか。ではお願い致します。それと国王陛下」
「なんでしょうかアンナローズ殿」
「滞在中シオル殿下と過ごしてもよろしいでしょうか。本当に可愛くて聡明な王子殿下で私もっと仲良くさせていただきたいのです」
満面の笑顔での賛美は親バカには効果抜群ですね。アンナローズ様の言葉に自慢気に頷くと二つ返事で許可してしまいました。
「側付きとして数名同行させますのでよろしければ仲良くして頂ければと思います。シオル、アンナローズ殿に失礼が無いようにしっかりな」
「はい」
そう言って髪の毛がぐしゃぐしゃになりそうなほど豪快に頭を撫でられました。
すこし手荒ですが、まぁこれと言ってへアセットしてるわけでもないので問題なし。寧ろこれ好きなんです。
「うふふ、感謝を申し上げますわ。ではシオル殿下参りましょう」
優雅に踵を返すと真っ直ぐに部屋を出ました。
アンナローズ様たっての希望で接待することになったのはまぁ、良いとして。
現在進行形で柔らかな太ももの上にのせられてます。そろそろ降りていいでしょうか。
「うふふ、お姉さまかローズ姉様って読んでくださいな」
蠱惑的な笑みを浮かべての懇願、威力は素晴らしいですね。廊下ですれ違う騎士や貴族の紳士の視線を一身に受けても一切靡く様子なく、腕の中の私に夢中。
しかもお姉さま呼びを強要です。綺麗なお姉さんは好きですか?はいもちろん。
「ローズねぇしゃまでしゅね」
中身は大人ですのでね、呼びますよ。呼べば納得してくれるんなら安いものでしょう。
「うーん可愛い。シオル殿下食べちゃいたいくらい可愛いですわ」
「たべないでくだしゃい」
切々と願います。危ないお姉さんは勘弁です。
「殿下はおいくつ?」
「はい。二歳でしゅ、す」
正式には中身は三十路ですけどなにか?
「お祖父様が気に入るはずですわね。たった二歳とは思えないほど利発なんですもの」
父様譲りの赤い髪を手透きながら恍惚としながらの賛美。
誉められるのは嬉しいですね、私誉められて伸びる娘ですから。あっ今は男ですけども。
「ローズねえしゃま、ロブルバーグしゃまはしゅうきけい(枢機卿)として戻られるんでしゅ、すか?」
少しずつ字や世界情勢を学んではいるもののまだまだ学ぶべき内容は多岐にわたる。
大司教として各国を回り歩いたからこそ得られる知識は書物にはない血の通う生きた情報だもの。
その全てに於てロブルバーグ様ほど学のある師はいないわな。
「えぇ、そうなるかしら、寧ろ法王ね。お祖父様がなんと言おうと法王になるのは避けられないわ」
「ほうおうげいかでしゅ、すか」
「えぇ、まぁ大層な肩書きだけど私は御免だわ」
クスクスと笑う姿も麗しい。うむ、法王様は大変なんでしょうね。
「一日中教会に引きこもるなんて耐えられないわ」
あー、うん。なんかみんなやりたがらない訳がわかった気がします。
「朝起きて、祈祷して粗食食べて祈祷して粗食食べて祈祷してねるだけなのよ。周りは年寄ばかりなんて!可愛い子供達を愛でられない生活なんて、地獄だわ」
プルプルと握り込んだ拳を震わせて力説してますが、そんなに好きですか。
「ローズねぇしゃ、さま、何して遊びますか?」
取り合えず話を逸らして仕舞いましょう。
「うふふ、そうねぇ・・・・・・お着替えしましょうねぇ~」
うっ、く、雲行きが・・・・・・。
「き、きがえですか?」
おっ、どもったお陰で“す”が言えたぞ。避難の意味もかねて不自然にならないように膝から降りました。
だって膝の上じゃ逃げ場がない。
「えぇ、わたしシオル殿下に似合いそうな衣装を沢山持ってきてますのよ」
恍惚とした表情を浮かべて、見つめてくる視線に鳥肌がたつんですけど、二歳にもなってまたカボチャパンツの危機ですか。勘弁してください。
最近はやっと手足が延びてきたのでカボチャパンツを卒業してハーフパンツへイメチェン出来たんですけど、逆戻り嫌すぎる。
ウフフッと物凄く楽しそうに、それはそれは楽しそうにごそごそと自分の旅装から引っ張り出された衣装を見て、一歩後退。おっと、ついつい絶句してしまっても罪はないと思います。
凝った意匠のピンク色のそれ、アンティークドールが着そうなデザインのそれは見間違いのしょうもないワンピース!
ふんだんにアンティークの緻密なレースが幾重にも重ねられ、袖やら襟やらもレースたっぷり、ボタンやらリボンやらすごい数ついてます。
流石に宝石は着いてませんが代わりに刺繍が凄いことになってる。
ダレガキルノデスカ、このロリータファッション。
さち子だった時ですら着ませんでしたよ、こんな服。寧ろ年がら年中、ジーンズとシャツかパーカーでしたから。だって楽だもん。
「あっ、あの、ローズおねえしゃま」
ジリジリ壁に追い詰めないで下さいません?まじめに怖いんですけどっ。
「さぁ、シオル殿下ぁ~。おめかししましょうね」
いや~!、たっ、助けて~。
仮にも一応男児ですよ。他国の王子殿下に女児もの着せたら不味いでしょ!?
「いや、ローズおねえさま!ぼくおとこですし、とうさまもかあさまもおどろいてしまいます!」
必死の訴えに一瞬何か考え込む仕草をしたアンナローズ様でしたが、ドレスを持ったまま、ポンっと手を打つといそいそとロリータワンピースを仕舞うと、衣装ケースと私を抱えて立ち上がりました。
「そうですわね、では王妃陛下と一緒に着せ替えして遊びましょうか」
ってえー!!母様巻き添えの共犯にする気ですか!?
「そうと決まれば参りましょう」
参りましょうって、他国の王妃部屋を襲撃しちゃダメでしょう。




