ロブルバーグ様のお客様
さち子ちゃん改めレイナス王国のシオル君は現在図書室でロブルバーグ様が引っ張り出してきた教材を熟読中。
「むかち、し。むかし、ふたごのかみしゃ、さまがいました」
美しい色彩で彩られた絵本を床に置きペラリと羊皮紙を捲り、舌足らずな口調で文字を追いながら、私は今日も勉学にせいを出しています。
ミリアーナ叔母様がドラグーン王国のキラキラ王子に嫁に行って(正式には婚約中)から自分の行動を悔いながらはや一年ちょっと、わたくし二歳になりました。
ロブルバーグ様(本人の希望で様呼びになりました。)の教育の賜物で一通りの文字は読めるようになりました。
頑張った私!
ロブルバーグ様ありがとう御座います。
「むー、むじゅ、ずかしい!」
これで舌が回れば完璧なんだけどねぇ。
「二歳児ならそんなもんじゃろ」
据え付けられたテーブルの向かい側に座りながら分厚い教典を捲りながらロブルバーグ様が返事をくれます。
「ろー、ロブルバーグしゃまはいってることわきゃるんだきゃらいいじゃん!」
「ロブルバーグさまはいってることわかるんだからじゃ!」
くっ!直された!文字は読めても呂律がまわらないんだから仕方無いじゃん。
「もっとちぎゃうほんがいいです」
文字を読むことは出来るようになったけど、羽根ペンを持つと意思に反して文字に成らないのは困った。
基本的にこの世界の文字はローマ字みたいな法則に則って構成されているので助かったけど、羽根ペンを持つのにぎっちりと掴むしか出来ません!
鉛筆の持ち方って実はかなり高度な握力要ったんだね。
「もっと違う本が良いです。じゃ。その本がきちんと発音出来るようになったら徐々にじゃな」
「そんな~!」
実はこの本、本日五十三回目の音読です。
子供向けの絵本なのでページ数も少なく、文字も大きいため読みやすいんだけど。飽きました。
苦行だよ全く。
「失礼します!ロブルバーグ様はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「図書室での大声はご遠慮願えますか?」
「あっ!すっ、すいません」
図書室の入り口から聞こえてきた元気の良い声を張り上げた近衛さんが司書のお姉さんに怒られてます。
「儂はここじゃよ、どうかしたかの?」
ペコペコと司書さんに頭を下げている近衛さんを見かねて声をかけると、近衛さんがこちらへ走ってきます。
「は!実は御客様がいらっしゃっておりまして陛下の命にてお捜ししておりました」
司書さんに言われましたよね、懲りずに大きな声で敬礼をとる近衛さんの様子にロブルバーグ様が苦笑を浮かべておりますよ。
「わかりました、陛下はどちらに?」
「陛下は現在北の棟でお客様の御相手をされております」
近衛さんの返答にロブルバーグ様が額に皺を寄せてます。いつも好好爺している彼にしては珍しいものもありますが。
「国主自ら相手せざるを得ない人物ということですかのぅ、はて?こんな年寄りをわざわざ訪ねてくるようなもの好きがいるともおもえんがのぅ」
「ロブルバーグしゃま、きょうのおべんきょうはおわりですきゃ?」
「うむ、おわりじゃのぅ。さて」
其まで腰掛けていた椅子から立ち上がるとひょいっと私を抱えて床に下ろすと手を繋ぎ一緒に歩いて図書室から出ました。
いつも通り司書さんに大きく手を振るとニッコリ笑顔で手を振り返してくれました。
この司書のお姉さん。あまり表情を変えずに淡々とお仕事をこなし、元々美人なのにつり上がり気味な青い瞳が一見気難しい様に見せてしまう為、今年中にお嫁に行けないと年増扱いになってしまうのです。
が!私は知ってますとも。彼女が極度の人見知りで大変子供好きなことを!日頃ツンツンしてるのですが子供や自分が好意を寄せる相手、しかも懐に入れた方にはとことんデレル人なのだ。
「あんなに気立てが良いご令嬢なのに男女の縁がうすいとは難儀よのぅ」
言いたい事はわかりますとも!彼女が笑み崩れるの黙って見ているのはもったいないんだもの!
「ロブルバーグしゃま、だれきゃいいおとこ、いないでしゅきゃ?」
「儂があと三十年若ければのぅ」
実はロブルバーグ様はかの司書さんをお気に入りなのです。
「さて、冗談はこのくらいにして一緒に行くのじゃろ?」
「もちろん!」
父様が直々にもてなすお客様。興味ありますとも!
「ふふふ、それでこそ儂の弟子じゃ」
にや~っと笑みを貼り付けて微笑み合うと意気揚々とお父様の元へと向かいました。
「陛下、ロブルバーグ様がお見えになりました」
北の棟の目の前にある扉は正規のお客様出はなく、御忍びの親いお客様が招かれる部屋です。
前に入ったことがあるのですが、白を基調として優しい若葉を感じさせる細いストライプの壁紙と木目の美しさをいかした家具があるんですね。
寛げそうな雰囲気を醸し出す部屋です。
一歳の誕生日に歩けるようになり探険を繰り返して居たときにこの部屋を発見したときはついつい雰囲気をが気に入って度々来てはまったりしていたのですが。
ついついまったりし過ぎて寝こけてしまい、大騒ぎになってしまいましたよ。
扉を守っていた近衛騎士さんが私と手を繋いでやって来たロブルバーグ様を認めると二度ほど扉を叩いた後室内に声をかけました。
異世界でもこの辺は同じなんですね。
「あぁ、入れ」
おっと入室の許可がおりました。父様の声ですね。
「失礼致します。ロブルバーグ、只今参りました」
ロブルバーグ様が頭を下げたのに合わせて私もさげますよ。礼儀作法は真似して覚えるのがいちばんですね。
「よく来てくれた、顔を上げてくれ。実はロブルバーグ殿にお客様が見えられていてな」
顔を上げると革張りのソファーに腰を据えた父様に、向かい合わせで座る人物を見上げた。
「・・・・・・」
「ロブルバーグしゃま?」
顔を上げると同時に沈黙してしまったロブルバーグ様を不信に思い見上げると見事にフリーズしてしまってます。
「お久し振りですお祖父様。御健勝で何よりで御座います」
美しい艶を放つ長い金色の髪を首筋にたらした美女白いすべらかな手にもったカップをテーブルに戻すと、優雅に立ち上がり扉の前のロブルバーグ様に微笑みかけました。
転生してからの美形エンカウント率が高すぎて吃驚です。
スッと通った鼻梁は絶妙な高さだし。唇に引かれた赤い口紅と青い瞳。右目の下の黒子が色っぽいのに着ている服は双太陽神教の司祭服を纏ったむっちり美女。
「アンナローズ、おまえがなぜここに?」
「ふふふ、嫌ですは。ドラグーン王国の立太子式に向かわれたまま一向に本部へお帰りに成らないお祖父様を迎えにきたのですわ」
さも当然だと言わんばかりに大きな胸を張って見せる。衝撃にフルンッと揺れた胸は禁欲的な修道服と相まって男性にはさぞや魅惑的でしょう。
因みに私はムラムラしません。身体が二歳児だからなのか、はたまた中身がおばちゃんだからなのかわかんないけど。
少なくとも父様や同室している近衛騎士さんには威力抜群!お~い、父様?鼻の下が伸びてますよー?
お母様にバラすよ?
「なんじゃと、ローナンドに持たせた手紙は届いておらんのか?」
「届いておりますよ?」
懐から封筒に入ったままの手紙を取り出して中身を開くと、文面が本人に見えるようにロブルバーグ様の前に突きつけた。
「こんなふざけた書類が認められるわけないでしょう!!」
「うっ!」
なになに?
『拝啓 法王猊下
年寄りに教会本部まで帰るのは疲れるので、ここらで引退しま~す。後任は猊下にお任せしますので宜しくお願いします。
追伸 取り合えず面白い子供を見付けたのでレイナス王国に隠居します、近くに来るときは顔でもみせてくだされ。
早々』
うわー、これって。
「ふむ、確かに儂の文じゃ」
「こんなの認められるわけないでしょう!!」
「血判も押してあるし、大司教の封蝋印も変換したから問題ないはずじゃ」
「問題があるから私がこうしてわざわざレイナスまで来ているのですよ!」
胸を下から支えるように両腕を組み佇むアンナローズ様は迫力満点です。いろんな意味で。
「そんなもん、法王猊下の印さえあれば可能じゃろうが」
「ですからお祖父様の手紙が届く前に猊下は天に召されて仕舞われたので、受理されてません!」
「へっ!?」
アンナローズ様、今なんて言いました?
「ですから直ぐにお戻り下さい、これからコンクラーベです。新しい法王猊下が決まらねばいつまでもお祖父様は教会関係者なんですから!」
「それこそ関係ないわい!儂は大司教じゃ!コンクラーベは枢機卿がするもんじゃ!儂の出番はない!」
確かにコンクラーベは枢機卿から選ばれるから自称元大司教様のロブルバーグ様には関係ない。
「はぁ、やはり聞いておりませんでしたのね?レイナス王国へ旅立つ前に猊下から枢機卿への昇進を言い渡されましたでしょう?」
「へっ?」
「もう!出発前にトリンドル枢機卿がお倒れになり、枢機卿へ昇進しましたでしょう。正式に手続きが済むまで枢機卿代理としてレイナス王国へ、正式な任命書はドラグーン王国へ行くようにとの書類と共に猊下の書面が届きましたでしょう?」
はっ!としたようにロブルバーグ様は自室へ向かって走り出した。
「どこじゃ!?どこにやった!?」
自室の机の引き出しやらチェストやらを盛大にひっくり返しながら目的の封筒を見付け出し手紙を取り出して中を確認するが、床に落ちた書面は一枚。
ほっ、と胸を撫で下ろすと、厚みを失わない封筒に違和感を覚えてゆっくりと中を覗き込む。
「もしや!」
空の封筒の内側側面、無駄に厚みある場所を丁寧に破ると中から出てきた羊皮紙を恐る恐る開く。
法王猊下直筆の枢機卿任命書。猊下聖印付き正式書類。
「儂は引退したんじゃ!何故にいまさら枢機卿なぞせなならんのじゃ!しかも法王選出へ出るために教会本部まで来いじゃと!?じじぃをなんじゃと思っておるんじゃ!儂はぜーったい行かんぞ!!長旅なんぞしたら違う所に逝ってしまうわい!」
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