待ち人見っけ
城内見学は順調。
すれ違う侍女や女官、官吏や貴族を確認しつつも未だに本命に当たらない。
「あぶー(う~ん居ないなぁ)」
「焦るだけ無駄じゃ」
さも当然だとばかりにロブルバーグ大司教様が前を行くアルスの後について行く。
今は炊事場へと向かって移動中だ。
「ん?・・・・・・申し訳ありませんが、少しだけこちらで御待ちいただけませんでしょうか」
「ああ、どうしたんじゃ?」
「通路の先に座り込む人影を視認しましたので確認して参ります」
言われて通路の先に視線を向ければあらデジャブ!
あの長い黒髪、カーラーもヘアーアイロンもドライヤーもないのに素晴らしいあのウェーブ!あれは天然記念物!
「アリーシャ?どうした?」
「えっ、アルス様?」
聴こえてきた声音は概ね記憶に新しい。
「すいません、急に目眩が」
立ち上がろうとして体勢を崩した彼女、アリーシャさんを瞬間的にアルスさんが支える。
うむ、なんかメチャクチャ甘くないかにゃ?お二人さ~ん。
「具合が悪いなら無理せずに休まなきゃ駄目だろ?」
アルスさん、そんな声が出るんですね?諭しつつも愛しさがほとばしってますよ。
「ありがとう。もう大丈夫ですから、アルス様は御仕事中。御客様を御待たせしてはいけませんわ・・・・・・」
どうやらアリーシャさんは通路に待ちぼうけした私達に気がついた模様。アルスさんを諭して仕事に戻そうとしている。
「あぁ、あんまり無理するなよ?」
離れがたそうに念を推すアルスさん。
「あうあ~、あーきゃ!(ロブルバーグ大司教様、アリーシャさんを確保してください!)」
「よしきた。アルス殿!」
突然声を掛けられて振り返ったアルスさんにロブルバーグ大司教様が慈愛の笑みを浮かべる。
「その方は体調が思わしくないご様子。今後お世話になるかもしれませぬゆえに、医務室までの道順を確認しつつご一緒にお連れしましょう」
「えっ、しかし・・・・・・」
「ありがとうございます!大司教様。それでは医務室までご案内致します!」
アリーシャさんが断りを入れる前にアルスさんが深々とロブルバーグ大司教様に頭を下げてしまう。
アルスさんは素早くしゃがむと、有無を言わさずに背中にアリーシャさんを背負い上機嫌で先導し始めた。
「彼女が例の女性かの?」
「あーきゃ(多分そうだと思います)」
「うむ」
目の前を進むアルスさんに聞こえないくらい小声で囁くと豊かな顎鬚を撫でながら何かを思案し始めた。
初めのうちは戸惑いか遠慮からかアルスさんから降りて歩こうとして抵抗していたアリーシャさんだったが、今はぐったりと身体を預けている。
何度か曲がり角を曲がると木造の扉を開ける。
扉は外に続いていたようで、気迫のこもった掛け声と金属の打つかるどこか澄んだ高い音が聞こえている。
訓練には怪我が付きまとう為、兵士達が日々訓練を行う訓練場に併設されているのかもしれない。
「クライン、別に私に付き合わなくてもいいんだぞ?退屈じゃないか?」
「楽しいですよ?貴女の剣はまるで舞を踊るようですね」
「そ、そうか?・・・・・・それなら構わないが・・・・・・」
「はい。どうぞ気にせずに続けてください」
聞き覚えのある声に視線を向けると、今日も変わらずに真剣を苦もなく素振りするミリアーナ叔母様を発見。
回りの兵達と変わらないデザインの衣服を身に付けているけれど日頃から男装が普段着のため違和感は感じない。
鋭く振り抜かれる剣は光を反射して白銀の帯のように残像を残している。
「あーう(すっごい違和感)」
「ん、どうした?あぁ、姫様と皇太子殿下かの」
違和感は無駄にキラキラ輝いていた。
訓練には相応しくないヒラヒラフリフリのブラウスと動きにくそうなベストを身に付けて満面の笑みを振り撒きながらミリアーナ叔母様にあっつ~い視線を贈る銀髪美少年。
「あーう(あれは訓練遣りづらいわ)」
隣でずっと見詰められながら素振りって授業参観、いや最早罰ゲームかも。
「儂もあれは嫌じゃな、無言の圧力と言うよりはもはや視姦じゃろう」
視姦・・・・・・うん。
「まぁ、悪意による物ではないから大丈夫じゃろ」
ふと隣を確認すると、青い顔をしたアリーシャさんが何かに耐えるように下唇を噛み締めていた。