ミリアーナドラグーン王国へ行く*王子の教育係の苦悩
時は少しだけ遡ったドラグーン王城にてゼラム・ロワンダは落ち着きなく室内を徘徊していた。
ドラグーン王国の第一王子の教育係として幼い頃から手塩にかけて育ててきたドミニク王子が一年前に息を引き取った。
元々身体が弱く熱を出して数日寝込むことも多かったが、肺炎を併発してしまいどうすることも出来なかった。
苦しむドミニク王子を励ますことしか許されない自分の無力さに腹が立ち、苛立ちを自室の柱にぶつける事も多かった。
ドミニク王子の死後、すっかり塞ぎこんだ私の所にカルロス・ガザフィー宰相閣下に連れてこられたのは平民の子供だった、灰色の髪と紺碧の虚ろな瞳をした子供。
「ゼラム、この者はクラインセルト、王太子殿下の落としだねだ。ドミニク王子がなくなった今早急に世継ぎを育てなければならないので連れてきた、お前が教育せよ」
ちょっと待て、平民だったものを最高権力者に育てろだぁ!?
なに考えてやがるこのくそ貍!
王の血筋だけでどうにかなる問題じゃない、本人の資質や幼い頃からの教育で徐々に形成されていくものなんだ!ふざけるな!
これまでの生活環境によっては“待て”から教えなければならないのだ、しかし実際に教え始めれば幸い文字の読み書きや数字の計算は出来るようだった。
本人に活気は無いものの、呑み込みが早く、渇いた土の様に知識と言う水を吸収していった。来る日も来る日も厳しく教育を施していた矢先、ドラフト国王陛下が急死ししてしまった。
グラジオス殿下が王位を継承する、すなわちまだまだ教育が足りないクラインセルトを王太子として他国の王侯貴族の前でお披露目すると言うことだ。
はっきりいって無理だろ。
そんな中、各国の要人が挨拶に来る祝宴を前に姿を眩ませてしまったのだ、あの馬鹿は。
皆で探した結果、庭園で倒れていた所を他国の騎士に横抱きで連れられて保護されたらしい。
どうやらクラインセルトの身分はバレていないようだが、頭痛しかしないのは何故だ!?
「倒れていたお前を城まで運んでくれたのはレイナス王国の騎士のようだ。後で礼を言わなければならないな」
確かに言った、言ったことは認めよう!しかし何故翌日に行く!?たいした約束すら取り付けていなかったのに、しかも騎士ではなくてレイナス王国の王女だと!?
「あの~ゼラム様、先程クラインセルト殿下がレイナス王国の王女殿下を王城から連れ出したと報告が・・・・・・」
はぁ!?
「見張りの兵は何をしていた!」
「現在来客の出入りが激しく対応追われており見逃してしまったと・・・・・・」
あぁ、溜め息しかでてこない。
「判った、私が直接探しに行く!」
報告が入ってから一番始めに向かったのは彼の生家があった場所だった。
古い建物が多く危険なため、今では取り壊しや建て直しになるものが多い。
しかし生母と義父が亡くなってからは引っ越したと身辺調査書に記載されていたのを思い出す。
「居やがらねぇ」
調査書の記憶を頼りに城下を一通り捜した。
職人街に視線を走らせた時に、キラキラと街の光を反射する頭を見付けて駆け出した。
初めて会った時には灰色に見えた髪は侍女達の涙ぐましい努力で本来の銀糸のような髪になっているのだ。
毎日見ているゼラムが間違う訳がない。
「クラインセルト様!」
背後から声を掛けるとビクッと体を跳ねさせてこちらを向いた。顔に何故ここにっ!と書いてあるぞクラインセルトよ。
「ゼラム・・・・・・」
今更青ざめても遅いわ!スタスタとクラインセルトの前まで移動すると右手を振り上げてクラインセルトの左頬に平手をを叩きこんだ。
渾身の一撃はバチン!と響き渡った音と共にクラインセルトの細い身体が衝撃で吹き飛ぶ。
「ちょ!」
慌てて駆け寄り抱き起こした男いや女か、キリッと整った容姿にははっきりと困惑が浮かんでいる。
男装の麗人、きっと彼女のような者のことを言うのだろう。
勢い良く吹き飛んだ時に唇が切れたのか口角からツゥっと鮮血が伝っているが構うものか。
「あなたは自分の立場を何だと思っておられるのか!?」
仮にも一国の王子なのだ、決断ひとつが人の行く末を簡単に左右する程に重い。
「身勝手な振る舞いは、あなただけでなく多くの者を危険に晒すと言うことを忘れられたか!」
国民の暮らしを守る、それは貴族でも王族でも同じだが奪うことは守るよりも容易い。
城下に碌な守護者も連れずに訪れて命を狙われるような事になれば、抵抗するすべの無い国民に大なり小なり被害が出ることになるのだ、また理由はどうあれ王子を守れなかった騎士も処罰を受ける。
「すまなかった、軽率だったすまない」
麗人はクラインセルトを引っ張りあげて立たせると、深々と頭を下げて謝罪した。
自分の非を素直に認め頭を下げることが出来る、それは爵位が高いものほど欠落していることが多くこの姫君の美徳だろう。
危うくもあるがきっちりと自分というものをもっているのかも知れない。
彼女ならクラインセルトをよい方向へと導いてくれるだろう。
何より自分を着飾る事に頓着しないのでドレスや宝飾品等への散財をしなそうだ。
考えようによってはこれは良縁になるのでは無いだろうか。
クラインセルトは頭を下げた姫をゼラムの値踏みするような視線から庇うように前に出ると自らもゼラムに頭を下げた。
「すまなかった、ミリアーナ姫は私が御誘いして連れ出した。罰なら受ける」
ゼラムを見上げる瞳にはもう初めて会ったときの虚ろな光はなく、一端の男の眼をしている。
上等だ、やっと寝ぼけた獅子が目を覚ましたようだ。
「取り合えず城へ戻りましょう」
「判った」
頷くクラインセルトに背を向けると、ゼラムの口許に自然な笑みが浮かぶ。
これは思っていたよりも良い拾い物をした。
城へ戻りミリアーナ姫を無事にレイナス王国のアルトバール王の手にお返しすると、クラインセルトはそのまま宰相執務室へと直行した。
「失礼します。今時間が有りますか?」
入室の許可をとり、部屋に入るなり開口一番でそう告げた。
おい!唐突過ぎるな相変わらず。
「なんだ?結婚しない、王太子にはならないと言うことなら聞く気はないぞ」
机に向かい書類から視線を上げることなく宰相カルロス・ガザフィーが答えた。
当然だろう、ドラグーン王国で王位を継承できる血筋はクラインセルトのみだ。もうその選択肢はとうの昔に塞がれているのだ。
「もう逃げるつもりはない」
クラインセルトが静かに告げるとカルロスは持っていた万年筆を机に置き、書類から視線をクラインセルトに向けた。
「ほう?どういった心境の変化だ?」
カルロスが威圧的に問い掛ける。
「欲しいものが出来た」
「欲しいもの?」
「そうだ」
欲しいもの、いやいやほしい人の間違いだろうが、しかし自分の家族以外に興味を持ったことは喜ばしい事なのだ。
「努力を怠るな、そしてじわじわと手を回し情報を集めろ、何かは知らんが己が才覚で手にいれろ。私は手を出さん」
いやいや、聞いた方が良いぞ!?もはやクラインセルトが望む花嫁は一人だ。
「判った」
短く告げて頷くとそのまま部屋を出ていった。
クラインセルトの後ろ姿を見送るとゼラムは溜め息をはいた。
「あいつが言っていた欲しいものとは何だ?」
再度書類に目を落としながらカルロスはゼラムに問い掛けてきた。
「レイナス王国の王女殿下かと」
休むことなく動いていた万年筆が止まる。
「レイナス王国・・・・・・あぁ、あの何もない小国だな」
「はい、昨日祝宴を逃げ出され不参加された際に庭園で出逢われたそうです」
嘘は言ってないぞ、お姫様だっこで運んで貰ったことは言ってないだけで。
「本日も御二人で散策をされております」
城下町を。
「ほう?あの王子が随分と懐いたものだな」
「そうですね、私も驚いております」
「レイナス王国の王女はどういったものだ?」
視線を上げたところを見ると、レイナス王国の王女に興味を持ったらしい。
「まだまだ(女性としても)自覚が足りない所がありますが、自分の非を素直に受け止め謝罪する事が出来るようです。又大変(いろんな意味で)お美しい姫君です」
そう、ドレスが似合う姫は沢山いるが、あそこまで騎士服を着こなす姫はなかなか居ないだろう。
「ほう?随分とそなたの評価が高いのではないか?」
獲物を狙う猛禽類のように鋭く見詰められ背中に冷たい汗が流れ落ちた。
「事実を言ったまでです、一年クラインセルト様の教育係をさせていただきましたが、あのように自分の願いを口にされたのは初めてですし」
「餌をぶら下げれば賢王となられるか」
「あの姫なら愚王には自ら鉄槌を加えるでしょうからな」
噂ではかなりの剣術の使い手らしいから文字どおり力付くで止めることだろう。
「判った、花嫁候補に入れておこう」
現在の花嫁候補に上がっているのはゼス帝国の王女、ケンテル共和国の末の王妹、ドラグーン王国の公爵令嬢。
これにレイナス王国の王女が加えられることになった。
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