私の小さくて大きな守護獣
私達の世界では、子供は卵と一緒に生まれてくる。
それは一生を共に過ごす友達で、保護者で、多分家族以上に大切な存在。
私のお兄ちゃんも、お父さんお母さんに村の大人の人達皆が口々に言う。
「良い守護獣は良い子の元に」
そんな言葉を信じて、凄く素直に育ったと聞く。
私の記憶の中のお兄ちゃんは、とっても優しくて、いつも卵を気にしてて。
ちょっと抜けた所の有る、大好きなお兄ちゃんだった。
そんなお兄ちゃんが孵したのはペタンっていう、ふわふわの金毛に、童話の中のお姫様の肌より白くて柔らかそうな白毛の腹毛。
そして箒みたいな尻尾を持った、お兄ちゃん譲りの優しさを持った狐の守護獣だった。
本当なら、15歳で卵を孵して大人の仲間入りを認められる。
そんな大事な出来事を5歳分も前倒ししてやりとげちゃったお兄ちゃん。
色々大変な事もあったというけれど、お兄ちゃんは凄かったの。
半年で村で教わるような守護獣のしつけは全部覚えて、その上……当時の私にはわからなかったけど。
体の大きさを自由に操る術で山というお城より大きなものみたいな大きさになったらしい。
この、体を大きくするというのは守護獣が主人に与えられて、蓄積して拡大した魔力容積の大きさに比例するの。
だから、ペタンをとっても大きくしたお兄ちゃんは凄い魔力の持ち主だったって事。
私がそれをどう思ったかっていうと、実を言えばそんな事どうでもよかったの。
ペタンの柔らかい毛並みに触れて、抱っこさせてもらえれば満足。
お兄ちゃんの魔力が凄いとか、ペタンとの意思疎通が凄いとかは小さい私には解らなかった。
ふんわりとしたペタンの感触と、自分の大切な守護獣と遊ぶのを見守ってくれるお兄ちゃんの優しさだけが私の全部だった。
だから、お兄ちゃんが魔道師になるために村を出るって言った時には酷くないた覚えがある。
お兄ちゃんと離れたくない一心でお母さんを困らせたみたいだけど、実はその辺りはあまり覚えてないかな。
それよりも、お兄ちゃんが村を出て、優しい家族と可愛いペタンが居なくなった寂しさが私を少し内気にしたかもしれない。
でも、それもほんのちょっとだけ。
お兄ちゃんは定期的な長期休みにはいつも村に帰ってきたし、何より私には自分の卵があった。
いつか私にも素敵な守護獣が孵る。
その気持ちを拠り所に、いつしか私は何時も卵を抱えて大人しくしている子になったように思う。
ちょっとした気持ちの変化と共に、私はお兄ちゃん達が居なくなる前よりもっと愛情を込めて魔力を卵にあげるようになった。
その卵が、今日孵る。
今日は私の誕生日。
お兄ちゃんは寝ていて起きたらペタンが孵っていたけど、私は当然眠れるはずもなくて徹夜。
目はきっと真っ赤に腫れて、ちょっと隈もできてるかもしれない。
こんな顔で初顔合わせなんてってちょっと思うけど、卵から守護獣が孵る瞬間を見逃したくない。
そう思って私は夜を明かして……部屋の板窓の隙間から光が差し込んできた頃、ぴしり、と卵に罅が入った。
来た!と思ったわ。
思わず罅の入った卵の上に覆いかぶさるように身を乗り出す。
細かく幾重にも走る罅割れを押しのけて卵から孵ったのは……雲のように白くて、世界を見たいのに、差し込む日の光に目を細める小さなイタチの姿。
卵は私達女の股から子供と一緒に生まれるわ。
当然、そんなに大きなものじゃないの。
だから、その卵から生まれる守護獣は本当に儚くて、愛らしい。
一目見たその瞬間に私はその子の虜になった。
「可愛い!やだもう、なにこの毛並み!すべすべじゃない、ふっくらしたペタンの毛並みとは違う魅力だわ!ああ、それにこの小さな口、鼻、全部私の口の中に入っちゃいそう!」
風に消えた卵の殻を気にする様子も無く、みゅうみゅうと私を求める守護獣を、潰さないように、傷つけないようにそっと手で包む。
私を探しているのか、手の中から鼻をひくつかせながら私の顔を捜すその仕草に、思わず頬を寄せる。
求めていた私の感触に安心したのか、ちろちろと小さな舌で私の頬を舐めるその子に似合いそうな名前を、私は早速考え始めていた。
白くて細い体だからシラカバとかどうかしら。
ああ、そういえば東方の国で白くてつるつるした細長い食べ物を食べたって前にお兄ちゃんが言っていたわ。
あれはなんていう食べ物だったかしら……フォトゥ、だったかしら?
フォトゥ、いいかもしれない。
私の気持ちが決まれば、後はこの子に聞いてみるだけだった。
「ねぇあなた、あなたのお名前なんだけど、フォトゥってどうかしら?それでいいなら私に頬ずりして、いやなら頬っぺたを噛んでもいいわ」
反応は、頬に触れるつやつやの毛並み!
すべらかに頬を撫でるなまめかしい感触に一瞬うっとりしたけれど、それを押しのけて嬉しさがこみ上げた。
だから私は思わず声を張り上げた。
「お父さん!お母さん!お兄ちゃん!孵ったわ!私の守護獣、フォトゥが卵から孵ったの!!やったぁー!」
そんなに張り上げなくても聞こえる、安普請の家で叫んだ私は後でこってりお母さんに絞られた。
でも、守護獣の誕生自体は皆お祝いしてくれて……お兄ちゃんはちょっとアドバイスをくれた。
「あのねミーナ。その子は……ううん、ペタンもなんだけど、守護獣は甘えん坊なんだ。言って聞かせればいう事はちゃんと聞いてくれると思う。でもね、構って欲しそうにしていたらちゃんと遊んであげてね」
私は大きくうんうんと頷いた。
そんなの、言われるまでも無い事だった。
だってこんなに可愛いんだもの、構い倒さないわけが無い。
と、思っていたらお兄ちゃんの言葉には続きがあった。
「で、それは基本なんだけどね。やっぱりどこかで主人の方が歯止めをかけてあげなきゃいけない。僕らにはまた後でがあるんだ。自分のするべきことをちゃんとして、それから遊ぶんだよ」
これには参ったの一言だったわ。
確かに私、気をつけないとずっとこの子に夢中になってほかの事に手がつかなくなる所だった。
とにかく、こうして私はフォトゥと出会ったのだった。
その後は、いくら魔力をあげても私の手のひらサイズより大きくならないフォトゥといつも一緒。
作業の合間合間に甘えてくる可愛い子に我慢をさせるのは辛かったけど、それでも服のポケットに入って何時も一緒の私達は平気だった。
それこそ、普段家から離しているお父さんやお母さんが寂しすぎて死んでしまわないか、私には不思議だった。
毎日触れ合って、森での訓練はしないけれど、フォトゥからの不思議な波動を感じて。
フォトゥが孵ってから数年後、私はなんとなくフォトゥの気持ちが解るようになっていた。
フォトゥは、良く覚えていないけれどとても大きくて哀しい、寂しさを砕いてこの体になった。
そんな微かな記憶があるらしい。
これが関係しているのかはわからないけれど、とにかく私とは離れたくないらしい。
私は、ずっと私と一緒で幸せ?と問いかけると、フォトゥは凄く満足そうな気持ちと、ずっと一緒でもう寂しくないという気持ちを私に送ってきた。
フォトゥの気持ちを受けて、私ももう寂しくない、他の人の守護獣が羨ましくない。
人生の半身を手に入れた。
そんな気持ちを杖に、どんな辛い事があってもその先の人生を歩み続けた。
お父さんやお母さんが死んでも、婿に迎えた人が先に逝っても。
いつも傍でフォトゥが、子供達でも癒しきれない悲しさに沈みそうになる私を助けてくれた。
お父さんが死んだ時、そういえばお母さんお兄ちゃん、お婿さんでお父さんの思い出話をした後は、それぞれ自分の守護獣に甘えていたと思う。
ああ、やっぱり守護獣は家族よりも身近な、魂まで守ってくれる神様の恵みなんだわ。
フォトゥ、私の天使。
そうして私は15の後は、ずっと素敵な心も体も別だけれど、寄り添い続けるフォトゥと過ごしたのだった。




