接客します。
「いらっしゃいませ」
店内に入って、改めてお客さんに挨拶する。
挨拶と同時に、姿は見えないけど店内にいる店長に、お客さんがいることを知らせる意味もある。
何せ、私もそうだけど、制服を全部身に着ていない。
エプロンを着けるからと裾の出しっぱなしなブラウスに、スラックスという姿は何だか間抜けだと思う。
帽子をかぶっていないから、コック帽をかぶっていたときに付いた髪の癖が丸出しだし……。
「あら、開店前だったの?」
お客さんがそう思った理由は、店内に照明が落ちてるからというより、ショーケースに目的のケーキがなかったからかもしれない。
入って直行した、ケーキのショーケース前に立っての一言だったし。
「申し訳ありません。只今準備しておりますので」
当たり前だけど、『えぇ、そうですよ。開店前なんだから、全部揃ってないんですよ』なんて、いってはいけない。
私はもちろん、いわないけどね。
いや、店長ならあの優雅な笑顔で、遠回し遠回しながらも『開店前』というニュアンスのことをいいつつ、『それなのに、店を開けてくれたのね。なんて親切なのかしらっ!』って、お客さんに逆に感謝されるかもしれない。
残念ながら、私は熟練の店員じゃないから、謝るのがせいぜいだ。
「どういったものを、お探しでしょうか?」
そういうことはいっそ、お客さんに聞いた方が早い。
熟練の店員じゃなくても、お客さんの欲しいものを聞いて先に厨房から希望の数を取ってくること位は出来る。
生クリームのものとか、チョコレートのものとか、フルーツたっぷりのものとか、名前がわからなくても、それだけ聞ければ大丈夫だ。
以前、聞かないで全種類をお松さんを急かして持って来て、結局先に並んでたケーキをお買い上げされたとき、彼には随分情けない顔をされたっけ……。
元々、怒鳴らない人だけど、私はそれを見て深く反省した。
「そうねぇ…」
お客さんが少し悩んでいると、勢い良く厨房のスライドが開いた。
ふんわりと、ツナとチーズの香りが漂う。
冷ましているプチキッシュの香りだ。
そういえば店内に出るときに川ちゃんが玉葱をスライスしてたから、今日はツナと玉葱のキッシュかもしれない。
「ラッシー、これも出し…あっ」
厨房じゃ、私の挨拶が聞こえないのはわかってるけど、しゃべりながら出て来ないでよ。
しかも、あからさまに『ぎょっ』とした顔すんな。
あと、お客さんの前でそのあだ名呼ぶなっ!!
キッと睨むと、私の気持ちの何割かわかったのか、厨房から上半身だけ出した川ちゃんはひきつった顔でこちらを見る。
お松さんなら、笑顔で接客してくれるけど、慣れていない川ちゃんでは無理かな。
『なら、さっさっと引っ込め』と、念じつつ睨む。
10:10で、もう開店時間過ぎてるんだ。
まったく、時間を見てから店内に出てよ。




